北欧 ノールウェー オスロ

2019年5月31日 (金)

「ムンク」 整った古典的絵画も描けますが、あえての象徴主義!

 

ノールウェー・オスロ市にある 「 ムンク美術館 」 を訪ねた。

ムンクの作品を見る鍵は2つある。  

ひとつは ’ 不安 ’ で、   もうひとつは ’ 象徴主義 ’ だ。



彼の絵は 何であんなにタッチが荒いのか 日頃から不思議に

思っていたが    少し謎が解けた気がした。

 





01.       「 思春期 1895 」


思春期のただ中にある少女の不安と恐れが 

深く美しい色調で描かれている。 

背後にまとわりつく影が ムンクの ’ 不安 ’の象徴だ。

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02.      「 マドンナ 1895 」 

2004年に 「叫び」 と共に 真昼間銃を持った犯人に強奪され、

身代金を要求されたものの おとり捜査で2年後に無事戻った作品。

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03.      「 絶望  1894 」   「 叫び  1893 」 


エーケベルグの丘の道路の柵沿いに見るフィヨルドと不穏な赤い空、 

そして耳を塞ぐ人物。  彼は叫んでいるのはなく 叫び声を聞いている。 



ムンクによれば  ” 突然血のように赤くなった空から 

自然を貫く 大きく終わりのない叫びが聞こえた ”  ・・・

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04.   「 月星夜  1924 」  ゴッホにも同タイトルの絵がある。


この様にムンク美術館では写真OKだったが 人を押しのけて撮る訳にも

いかず 斜め撮りが多かった・・・   ( 以下へ 言い訳 !)

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05.     「 自画像 1882 」  「 地獄の自画像 1903 」

ムンクは 80歳で亡くなるまで 80点以上の自画像を描いている。



左側  最初期 19歳当時の自画像。 立派な風貌だ。


右側下   別れ話のもつれから 付き合っていた女性に発砲され

左手中指の一部を失い、 精神を病んでいった当時の自画像

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06.       「 病める少女  1886 」

ムンク5歳の時 結核で亡くなった母に続き、

彼が14歳の時 母親代わりとして慕っていた姉も結核で亡くなった。

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07.       「 病室での死 1895年 」 左側上

右奥の椅子に座らせてもらい 家族に見守られ臨終を迎える姉ヨハンナ。

手前は妹。    実際の椅子の展示もあった。 

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08.       「 すすり泣く裸婦 1914 」


上の 06.「病める少女」 に話は戻るが、    実は ムンク、 

新境地を拓くことになる大胆な技法を用いて この絵を描いたのだが、 

批評家筋からは激しい非難を  素人からは嘲笑を浴びてしまう。



”  キャンバスの下地塗りもせず、 殴り書きの様な荒い筆遣い、 

縦・横の線で無造作に仕上げ、   近くで見たら何のことやら 

ただの雑多な色の斑点だけになる ・・・  ”

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09.   「 安楽椅子のそばのモデル 1929 」  


ムンクの絵は国内の評論家たちの辛辣な批判にさらされたばかりでなく、


ナチスによって 不道徳で退廃的芸術との烙印が押され、 1937年 

82点の作品がドイツ国内の美術館から没収される憂き目に遭う。

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10.       「 春  1889 」


ところでムンクは 「 病める少女 」 に対する嘲笑・批判に反発して 

このように美しく整った古典的絵画 「春」 を描いて見せた。

ムンクにしてみれば 実力開陳  胸のすく思いだったろう。

 

この絵はすぐさま傑作として受け入れられた。 

私も これがあのムンクか と驚いた !! 

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11.      「 灰  1925 」

人妻と禁断の恋愛に陥り、不倫の憂鬱に苦しんだ時期の作品。



ところで 「春」 のようなアカデミックな絵を描けるのに    何故

ムンクは 手荒い 殴り書き技法に向かったのだろうか ・・・?

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12. 「夏の夜、人魚 1893」 左上 「二人、孤独な人たち 1935」 右下



それは 写実的であればあるほど 目で見える範囲の存在感が

限定的となる一方、


画面が荒ければ荒いほど 獏とした形が象徴するものへ 

一層強力に心の眼が導かれ、 作品に内在する不安や悲しみが

思いがけないほど大きく見えることがあるから、、


これが ムンクが目指した  ” 象徴主義 ” だと思う。

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13.      「 自画像 時計とベッドの間  1944 」

美術館入口 ムンク最晩年の自画像が看板となっていた。

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ムンクの 「 叫び 」 も、  ごく普通の風景画より 

一層不気味な叫び声が 象徴主義的画面から轟いて来そうだし

 

ムンクの生涯に憑りついた 「 不安 」 も  象徴主義の

荒々しい筆致によって 一層深く見る者の心に響くのかも知れない。





ムンクをちょっと見直した 美術館訪問となりました。

 




*    *    *    *    *    *    *

 

 

2019年5月24日 (金)

ノーベル平和賞とノールウェー  国王夫妻の醜い?肖像画

マザー・テレサ ダライ・ラマ 金大中 アウンサン・スーチー

ネルソン・マンデラ 佐藤栄作 バラク・オバマなどが 受賞した

ノーベル平和賞は    

ここ 「 オスロ市庁舎 1950年建設 」 
で授与式が行われる。



セレモニーが行われる セントラルコートと共に

館内を彩る 多くの 独特な雰囲気を持つ壁画・絵画も見どころだ。





 

01.     ノーベル賞と言えば 毎年スウェーデン・アカデミーによる

発表が注目されるが、  実はノーベル平和賞だけは ノールウェー国会の

選考委員が受賞者を決め このホールで授与式を行う。


他の5つのノーベル賞とは全く別物なのだ。

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02.     普通壁画と言えば真ん中に神がいて 上部は選ばれし聖人

下部に地獄に落ちんとする人々が描かれるものだが、  このフレスコ画 

「 働き楽しむ人々 」 では 一般庶民を主役として  ノールウェーの 

平和 自由 健康 男女の平等などが 象徴的に表現されている。

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03.    反対側の壁画には 労働者 特にノールウェーに大きな恵みを

もたらす漁業に従事する者たちが描かれている。

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04.      ノールウェーは 約90年間 スウェーデンとの連合王国

と言う形で スウェーデンの支配下にあったが、 

激しい独立運動を経て独立したのが1905年。       その後、 



2つの世界大戦 ナチスドイツの占領 などを経て ノールウェーが 

豊かな自由国家になっていくのに50年かかり、        さらに 



他国に干渉しない ’ノルディックバランス’ という独自の外交方針を

以って 世界にその存在感を知らしめるのに もう数十年かかった。

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05.    ホール下部にある絵では 竜頭付きのヴァイキング船の勇者と

ヌードの女性で、  ノールウェーの今昔を一言で表現している。


壁画には経年変化のクラックや 観光客の衣服の摩擦などによる色落ちが

あり  こうしてリタッチ補修が時々行われている。 

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06.     2階でも 女性の参政権運動 ナチ占領時の恐怖

労働者の権利獲得などにまつわる 様々な壁画が描かれていた。 



ちょっとユーモラスな、 明るく薄い色合いで描かれたオスロフィヨルドの

ビーチの絵、 平和の証し 健康・自由を謳歌する人々が描かれているが、 

真っ暗で陰鬱な極夜の時期には  一層人々に元気を与えることだろう。

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07.     さてその隣りに ノールウェー王室の前国王と王妃の肖像画が

飾られていた。  ハーラル王は デパート経営者の娘で洋裁と仕立てを学んだ

平民女性 ソニアと 多くの困難を経て9年かかって結婚したと言う。 

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08.     その肖像画にびっくり!  王様とあれば 普通は必要以上に

美しく描くだろうに   この汚れたような 醜い!? 仕上がりは ・・・

メディアからの批判もあったそうだ。



結局 この絵は言わば ’宮廷お抱え絵師’ によってでなく 

市民の手によって描かれた現代画 と言えそうだ。    そして



現代絵画独特の自由な表現法が許される先進的お国柄と  絵に

お墨付きを与えた国王・王妃の鷹揚で進歩的な姿勢が  

この絵から透けて見える。

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09.     さてここは 「 結婚の間 別名ムンクの部屋 」

市民がこの部屋で 結婚の届け出をする。

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10.     ムンクの絵 ’ Life ’ を背に 幸せそうな二人

’ 不幸を絵に描いたような絵 ’ が多いムンクだが

この作品は 爽やかで美しい ! 

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   ( 婚姻手続きの写真は human-Etisk Forbund から )







11.     ところで 何故ノーベル平和賞だけノールウェーなのだろう。


ノールウェーの独立運動が最も激しい時期に晩年を過ごしたノーベルが

スウェーデンとノルウェーの和解と平和を願い 遺言を残したそうだが、



独立後 経済力と 中立化路線で政治力を付けたノールウェーにとって

ノーベル平和賞は  それを授与するに相応しい平和国家であり続け

ねばならないと 自らを戒めるよすがとなっていることだろう。

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12.     揺りかごから ご老人まで 高福祉の恩恵を受ける

オスロ市民たちのひとコマ。     マフラーを被る子供たちもいる。


ノールウェーの移民受け入れ数は 2016年を境に激減している。

どの国も 自国ファーストとヒューマニズムのはざまで葛藤している問題だ。   

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13.     日本人と同じく  ” 木肌のぬくもりを知る国の人 ”、

彼らも 休憩時間は スマホをいじる。    

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市庁舎見学の折には、   キリスト磔刑図のような宗教色もなく 

ナポレオンの歴史画のような派手さもなく、

どう把握したらよいか つかみどころのない宙ぶらりんの気分だった。





しかし 西ヨーロッパの国々と一線を画した 独自の文化と政治

それこそが 北欧らしさなのかも知れないと気付いたところでした。

 





*    *    *    *    *    *    *

2019年5月17日 (金)

「スターヴ・チャーチ」 ノールウェーの森とヴァイキングが生んだ宝


ノールウェーには 中世時代からの古い木造教会

’ スターヴ・チャーチ Stave Church  樽板教会  '  が残っている。 
 

その古き佳き趣きは ノールウェー人ばかりでなく 日本人の心にも 

深く沁み渡り、  異文化とも思えない懐かしさを感じる。

 



 

01.     「 ホッペルシュタッド スターヴ・チャーチ 1130年頃 」


かつては ヨーロッパに木造教会は数多く存在したが、 やがてそれぞれ

石造りに建て替えられ 今やノールウェー国内には28棟が残るだけだ。


この教会も19Cに修復されるまでは  外板が剥がされるなどして 

非常にみすぼらしい状態にあったという。

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02.      ノールウェーの教会は  歴史遺産に指定されるような

立派なものでなくても さすが森の国、 今日でも多くが木造だ。 


町や村の守護神として一隅を照らすその姿は 何ともメルヘンチック !

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03.     ハダンゲル・フィヨルドの東端の街ヤイロから 首都オスロに

至るルート上でも 私はたくさんの木造教会を見ることが出来た。  07.で

紹介する名物スターヴ・チャーチも 遠くからではあったが目撃した。



但し見つけようという 鋭い目的意識を持たない限り ノールウェーの森に

隠れて  何も見えないかも知れない ・・

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04.       「 カウパンゲル スターヴ・チャーチ 1180年 」


内部には 教会の荷重を支える ’ 太い支柱・スターヴ ’ が22本 

まるでそこに生えている木のように林立している。 


スターヴ・チャーチは 内部の設え 装飾全てが木だから 外観ばかりで

なく   内部も日本文化に通じる たまらない魅力にあふれている。

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05.      「 エイスボル スターヴ・チャーチ 1250~30年 」

最も保存状態のよい スターヴ・チャーチの一つ。

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06.     さて当たり前ながら ルート上のどの木造教会にも墓地が

付随していた。    墓石は小さく低く ノールウェー人の地味な趣向が窺える。

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07.      「 ボルグンド・スターヴ・チャーチ 1250年 」


アナ雪のエルザ姫の城のモデルとなったと言われ、

観光客が多く訪ねる 最も有名なスターヴ・チャーチの一つだ。



切り妻屋根から 4つの竜頭の彫刻が威嚇するように見下ろしている。

ヴァイキングが乗ったロングシップ船首にもこんな竜頭彫刻が付いていた。



竜と言えば日本の寺の天井や障壁画によく登場するが

強さ恐ろしさを表現するのに 同じ竜が活躍するところが面白い。

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08.     「 ウルネス スターヴ・チャーチ 1130年 」


ルストラフィヨルドを望む 高さ120メートルの崖の上にあるこの教会は

ユネスコの世界遺産に登録されている。

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09.      ルート上でも 相当古そうな木造教会はあったが 

今回は立ち寄ることは出来なかった。    チャンスがあれば

次回は  スターヴ・チャーチ巡り専門の旅をしたいものだ ・・・!

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10.       「 オイエ スターヴ・チャーチ 1125年 」


オイエ渓谷を背に 三角屋根を3つ重ねた独特のムードを醸し出す

この教会は   スターヴ・チャーチとしては 最小の部類に入る。 

かつて 別な場所で洪水に流され ここに移築・再建されたという。

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11.      「 ガルモ スターヴ・チャーチ 12C 」

大きな聖堂や教会とは 趣きを異にする  愛らしい雪景色だ!

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12.       「 ロム スターヴ・チャーチ 12C 」


木造建築の強さ・脆弱さは 日本人がよく知るところだが、 ここに登場した

スターヴ・チャーチで  長い歴史を経て 増築 破壊 再建 移築など

を免れたものは一つもない。



その中でも ロム教会の屋根のドラゴンヘッド装飾は 珍しくも

中世のものが そのまま維持されているそうだ。  

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13.       「 ヘッダール スターヴ・チャーチ 13C 」


ノールウェー最大級のスターヴ・チャーチで、 一見 如何にも樽の板を

そのまま使ったような造りになっている。


しかし 実際は樽職人ではなく  そもそもスターヴ・チャーチは

ヴァイキングの船職人たちの造船技術が 活かされた建物だった。



つまり こう言えると思う。     "  スターヴ・チャーチは 

ノールウェーの森と ヴァイキングが生んだ宝もの ”   だと。

13_4

 

 

ヨーロッパの幾つかの教会で 外側は石造りでも 内部・特に天井に

船造りの知恵が活かされたものがある。  船底をそのままひっくり返して

教会の天井に応用してしまうなんてことがよくある。




燃えてしまった パリのノートルダム寺院の天井と塔にも 

どの範囲まで 木が使われていたのか 気になるところだ ・・

 




さて最後に  以上の美しく魅力的なスターヴ・チャーチの写真を

掲載させていただいた 私のノールウェー土産のカレンダーに 感謝します !

( 01. 04. 05. 07. 08. 10. 11. 12. 13. ) 


Thank you so much 、 Pictura Normann Production  ! 

 

 


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