スペイン マドリッド・セゴビア・アビラ・サラマンカ

2018年12月 7日 (金)

白雪姫のモデル「アルカサル城」 は 素晴らしき八方美人!

 

  01.    ディズニーアニメ 「 白雪姫 (1937年) 」 のお城のモデル


となったとされるのが 三角形の岩山に作られた城塞都市・セゴヴィアの

西の端にある 「 アルカサル城 Alcazar de Segovia 13C ~ 」 だ。

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02.     イスラム文化のなごりの装飾が施された家や アーチを

くぐって ベラルテ通りを進むと 大きな城が現れる。

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03.     〔東面〕  ズグラッフィートという 壁面の漆喰の層が乾く前に

掻き落して模様を描く技法 で装飾された 「 フアン2世の塔 」 は

敵軍の見張り台でも、 王や客人を華やかに迎える栄光の塔でもあったが


今はまるで 華やかなディズニーランドのシンボルゲートのようにも見える。

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04.     [南面]    崖の上に高くそびえる城は 丁度 

舳先の尖った 堂々たる一艘の軍艦のようだ。

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05.      [西面]   こちら側が 「白雪姫」 のイメージに最も近い。


ディズニーのアニメ作家が  この城をそっくり模倣したと言うより

100m近い断崖から屹立する勇姿 ・ 丸い尖塔が優雅に天に伸びる姿から

インスピレーションを得て 城の原案を練り上げて行ったのではないだろうか・・



いずれにせよ ウオルト・ディズニーが初めて作品を書いた1930年代、 

世界が狭くなった今日と違い、 セゴヴィア自体が まるでアニメの世界

御伽の国のような存在だったと思う!

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06.      城内は 古代ローマ時代の基礎構造を基に イスラム様式と

キリスト教様式を融合させたムハデル建築様式による装飾が施され、

歴代の王たちの歴史を物語る数々の豪華絢爛たる部屋が並んでいた。

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07.      城の外側には深い堀が掘られ、 千年のあいだ一度も陥落

したことがないという 見るからに難攻不落の城の証しが見て取れる。 


一方 スレート葺きのロマンチックな円錐形の屋根は優雅に天に伸び、 

美しさと強靭さ 両方を兼ね備えたアルカサル城の魅力が伝わって来る。

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08.     さて、今度は 城側から四方の景色を眺めてみたい。


〔東方面〕   金色に輝く大聖堂の貴婦人と呼ばれるセゴヴィア大聖堂、


その手前に街を囲む城壁、 

彼方にセゴビア水道橋の水源であるグアダラマ山脈が見える。

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09.     〔南方面〕      崖下に新市街と荒野が広がる。 


早朝には気球が上がり、 夕刻には鳥の大群がねぐらに帰って行く。  

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           ( たまたま城と同じ方向を向いていたホテルの窓辺から )







10.      〔西方面〕    04.の真逆となるが、 

まるで 軍艦の舳先が荒野を目指す、の呈だ!



因みに この城がセゴヴィア水道橋の終着地点となっている。 

荒野の真っただ中にあった王城と城下町の人々の生活にとって どれほど

水が貴重なものであったか 想像に難くない。

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11.     〔北方面〕   荒野にロマネスク礼拝堂、 丘の上に小さな町

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12.     「 ラベラクルス礼拝堂 Capilla de la Vera Cruz 」


13世紀にテンプル騎士団によって作られた 多角形の礼拝堂。  

荒野にポツンと置かれた姿は 如何にも寂し気ではあるが ・・

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13.      礼拝堂からは このようにアルカサル城の [北面] を

仰ぎ見ることが出来る。  それぞれ直接的な関係はなかったようだが


長い歴史を共に経て来た間柄、 今日仲良く世界遺産に登録されている。

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ヨーロッパに 山城は数々あれど、 これだけ四方からの眺めが利き

しかもどの角度からも変化のある美しい姿が拝めるものは 滅多にない。



さらに お城からの眺めも最高というおまけつきだ。

四方美人、いえ 八方美人とはこのことだろう !!




ディズニーばかりでなく、 様々なクリエーターの作品作りに


これからも アルカサル城は密かに寄与していくだろう ・・・









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2018年11月30日 (金)

「仔豚の丸焼き・コチニーリョ」 母乳を飲んで2週間で料理となる!

 
セゴヴィア名物料理 仔豚の丸焼き 「 コチニーリョ Cochinillo Asado 」

を食べようと,  その専門レストラン ホセ・マリア Jose Maria にやって来た。







01.      店のショウウインドウに 仔豚が飾られている。

生れて2~3週間の乳呑み子だ。  眉間の赤いマークは電気ショックの跡


瞬殺は仔豚のためでもあるが、 

暴れることで 肉が固くなるのを防ぐためでもある。

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02.      メダルを首にかけたホセ・マリア氏、 2002年には専用の

仔豚牧場を作り 安定的に高品質の仔豚ちゃんを生産している。


因みに 1930年代にコチニ―リョを創案したのが ローマの水道橋そばの

レストラン・Candido。  コチニ―リョ・レストランの印しを 初めて

地図 Map上に登場させたのは Candidoだが、  後発組とは言え 


Google Map上にアイコンを登場させたのが Jose Maria と言われている。

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03.     仔豚は3~4kgまでの大きさで、 生後 母親の母乳しか

飲んでない時期のもの。  結局牧場では  出産から母乳まで 

むしろ母豚の成育環境に 大きな注意が払われていると言えそうだ。

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04.     さて7時半頃のレストランは閑散としている。 通常ディナーは

9時頃から始まるからだ。    私達は無理を承知でお願い入室、 

前菜などからゆっくりと 時間を稼ぎながら過ごした。




ある旅行サイトで、  セゴヴィアのレストランで 7時に入店を断られ

7時半に出直したが メニューは持って来ず サービスも悪く放っておかれた、 

との日本語クレームが載っていた。      



一方あるアメリカ人ルポライターは 郷に入っては郷に従え、 どんなに

飢え死にしそうなくらいお腹が空いても starve to die !  9時まで待とう!

それまでは どうせメニューもサービスも貧弱に決まっているから ・・

と書いていた。

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05.       仔豚の丸焼きがやって来た。

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06.      先ずは背骨から 手足へ、  10秒以内に手際よく

サックサックとお皿で切り分けるのがプロの業。  ナイフより皿の方が 


真上から力が入り 軽快でダイナミックな作業が出来るし、

お客にとっても 特別なアトラクション感が得られる ・・

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07.      皮がパリパリ 肉は柔らかく美味しかった。  しかし、

物珍しさを凌駕するほどの美味しさか、というと まあそれほどでもない。



因みに 切り分けたあと お皿を床に放ってガッチャーンと割る儀式、

いつでも どこでもやる訳ではない。    あれ、相当破片が飛び散る !



破片の掃除がしやすい部屋、 大人数や団体が相手の時、 しかも

どこの国とは言わないが、 カメラを構えたり キャーキャー大騒ぎで

喜びそうな観光客が来た時、 接客のプロは適格に判断するに違いない。

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(      尻尾もチョロッと 巻いてます )







08.       この日は仔豚の6分割のうち 2ピース分18ユーロ、

前菜やスープ ハモンイベリコ ワイン デザート等々 60ユーロほど。

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09.      いつの間にか お客が満杯になっていた。 


料理やワインのメニューを読み込む姿は 受験生のように真剣だ。 

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10.     満腹を抱えつつ帰路に就く。 ここはイタリアンレストラン。  

あとでネットで調べたら スゴい酷評が載っていた。  



真偽のほどは別として、 旅行の場合は一発勝負だから なるべく

美味しいレストランに当たりたいものデス ・・・

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11.        仔豚を食したあと、、、    牛革、、、 靴屋のショウウインドウ

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12.        翌朝 セゴヴィアの街角で、  
 

世界ネコ歩きじゃあないけれど 

なんだか ネコがいるとそれなりの雰囲気が出るものです。

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13.       次回は 石畳の古い街並みを歩いて 

街の西端、  アルカサル城を訪ねます。

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生れて2週間  ママのおっぱいだけ飲んで 人間の料理になる子豚ちゃん ・・




人間はいろいろな命の恩恵で生きていけるのですね ・・









★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2018年11月23日 (金)

「セゴビア」 ローマの水道橋・仔豚の丸焼き料理屋に入店

 

  独特の魅力的な景観に恵まれた 「 セゴビア Segovia 」 は


               マドリッドの北西87km、 日帰り旅行で マドリッドから足を伸ばしても


                  絶対損のない 価値ある世界遺産登録の古都だ。







01.     「 ローマの水道橋 Acueducto Romano 」


1世紀 トラヤヌス帝の時代に フエンフリーア山脈から水を引くために

造られたもの。     20世紀まで実際に使用されていた。

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02.     まるで 旧市街の城門のようにそびえる巨大な水道橋は

長さ813m 一番高いところで29mある。

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03.     地元民・セゴビア―ニ、 花を持ってどこに行くのでしょう。


水道橋は2000年もの間、 激動の歴史図と人々の何気ない日常生活

両方を見下ろして来たと言えそうだ。

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04.     水道橋の足元の広場には  レストランや土産物屋が並び

観光客がいつも大勢詰めかけている。

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  (左上は セゴビア名物・仔豚丸焼き料理専門のレストランCandido )







05.   セゴビアの歴史地区は 標高1000mの三角形の岩山にある。


東側に前出のローマの水道橋、  真ん中に大聖堂、  西側に 

’ ディズニーアニメ・白雪姫 ’ のモデルとなったアルカサル城がある。

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    ( 写真は アルカサルから 大聖堂方面を写したもの )







06.      「 セゴビア大聖堂 Catedral 16C 」


安定感のある堂々たる形状と色合い、 金色のスカートの裾を広げた

優雅な貴婦人の佇まいから ’ 大聖堂の貴婦人 ’ と呼ばれる。

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07.      「 サン・マルティン教会 Iglesia de San Martin 12C 」


教会の傍には 階段でつながった二つの小さな広場、 いくつかの貴族の館

があり、 セゴビアの中世時代を彷彿とさせる素敵な界隈だ。

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08.     サン・マルティン教会の歩廊ポーチの  レース模様と

動物が彫刻された柱頭もいい。      教会の向かい側のホテルに

泊まったこともあり、 忘れ難いスポットとして私の脳裏に刻まれている。

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09.      さて 10月末夜7時頃  灯りの付いた水道橋界隈を

散歩しながら  レストランに向かった。

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10.    大聖堂近くのレストラン 「 ホセ・マリア Jose Maria 」 。


水道橋そばの レストラン・カンディードは立地が良すぎるため !? 

怒涛のように 日夜観光客が押し寄せるが、 

ホセ・マリアは 地元民にも愛されている老舗 ら・し・い 。 

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11.     セゴビア名物と言えば 仔豚の丸焼き料理 ・ コチニージョだ。


” 可哀想 ! ” はさて置き  やはり食べておかねばならない。

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12.     ドアを開けると バーカウンター前はラッシュアワー並の混雑!

そもそも スペインのディナーは9時過ぎから。  7~9時はバータイム。



ナイフ・フォークがセットされたテーブルは正式な食事となり チャージが

付くし、  ビールやワインやつまみは 一杯毎各自で決済するので

自ずと立ち飲み ・ フリーウオーク となる訳だ。

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13.     何はともあれ みんな楽しそうだし 仕事を終えてホッとしている。


皆さんのただ中を ” オラー ” と ニッコリ挨拶しながら 

奥のレストランホールへ向かった。

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  メインの仔豚丸焼き料理が出てきたのが 夜9時半、



せっかちの日本人だけれど、 飲み物や前菜などをのんびり突っつきながら 


何とかメインまで 時間を持ち応えた夜でした ・・                  





つづく








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2018年11月16日 (金)

「死者の谷・ロスカイドス」 たまにはスペインの影を踏んでみて!


スペインと言えば 燦々と光り輝く陽光、 フラメンコと闘牛など

明るい観光立国をイメージする。         しかし、

その光が強ければ強いほど その影は深く暗いもの。   



今回訪れたのは 死者の谷と呼ばれる内戦のメモリアル大聖堂。






01.    マドリッドの北西およそ50km、 グアダラーマ山系の只中

’ 死者の谷 ロスカイドス Valle de los Caidos ’ に 

スペイン内戦の死者の鎮魂のため建設された巨大バシリカがある。

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                              ( 絵葉書から )






02.     「スペイン内戦」 は1936年に勃発。


左の人民戦線共和派には マドリード カタルーニャ バレンシアなどの

工業地帯の市民 知識人 労働者 共産主義者 アナーキストが含まれ、


右のナショナリスタ派には アンダルシア カスティーリャ ガリシアなどの

保守的地盤を代表する大地主 カトリック組織 そして 軍部が含まれた。

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               (  雪山が連なる高原地帯を走ってバシリカに向かう。 )







03.      2年8ヶ月にわたった悲惨極まりない内戦は  

ファシスト軍が主力だったフランコ将軍が率いる右派が 素人の即席部隊・

人民戦線を形成した左派を圧倒し、 1939年 勝利のうちに終結した。

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              ( やがて 巨大なバシリカが 遥か彼方に姿を現した。 )







04.      バシリカに到着したが、 馬鹿デカくて 1枚の写真には

とても収まらない!   1940年~1958年に 岩山をくりぬいて

建造されたこの岩窟聖堂の奥行きは262mもある。
 

因みに 世界最大級のバチカンのサンピエトロ寺院が 211m。 
 

山上に建つ十字架も高さ150mという とてつもない大きさだ !

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05.      さて ここからは 不本意ながら ウイキペディアや他の

現地サイトからお借りした写真です。     
 

長らく種々の激しいテロが続いたスペインであるし、 左派・右派の怨念が

未だ漂うこのバシリカ、   入り口では 飛行機搭乗と同じく X線による

ものものしく厳しい身体検査が行われ 写真などもっての外だった。 



私も普段の聖堂巡りとは一味違う緊張感に襲われたものでした。

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06.    この内戦では およそ60万前後の死者が出たと推定されている。 


このうち 戦闘による死者が 10万から15万、  それに対して

テロや処刑による死者が 30万から40万人にのぼるという異常さ。


フランコ側・右派によって牢獄や強制収用所に入れられた者の数も

200万人以上といわれている。

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07.     同じ国の同胞が殺しあった 悲惨且つ壮絶な記憶は

今日のスペイン人の心に どれほど深い傷跡を残していることだろうか。

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                                               (  右下は フランコ将軍の墓 )







08.     ところで 当初他国は内政不干渉を標榜していたが、
 

ヒットラーとムッソリーニが やがて公然と武力干渉、  内戦の最中

1937年4月26日、 スペインバスク地方の小都市 「 ゲルニカ 」 を 

ナチスドイツが 前触れもなく無差別に空爆してしまう。



パリでこの報を聞いたピカソが、  かねて人民戦線政府より依頼

されていた パリ万国博覧会スペイン館の壁画として

急遽 その爆撃を主題に描き上げたのが この有名な 「 ゲルニカ 」 だ。

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                                        ( フランコ将軍の葬式 )







09.      さて、 ここには 戦闘による兵士と市民の4万余の遺骨が

敵味方を問わず収められているのだが、 なんとフランコ将軍自身の遺体も

1975年 堂内に収められた。 



内戦終了後 権力を手にした独裁者フランコが、 傷ついた国民を癒し 

敵味方に分かれた国民の精神的融和を図るという 政治的意図での

’ 合祀 ’ だが 


これほどまで巨大なバシリカだ。  フランコ自身の権威と業績を

後世にも伝えたいという 個人的な思惑もあったに違いない。

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10.       聖堂の外に出て やっと一枚写真が撮れた。

ここに祀られているのは 右派だろうか、 左派だろうか、、

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11.      フランコは実権を握って以降 ” 歴史上誰よりも多くの、

社会のありとあらゆる分野に 権力を介入させた独裁者 ” となった。
 

彼を称賛する人もいただろうし、 彼を憎み嫌う人たちもいただろう。


取りあえず 加害者たる独裁者と同じ聖堂に祀られたくないと感じる人々も

多かったに違いない。 

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2018年 戦争犠牲者からフランコを切り離すため

フランコの遺骨を掘り出す法案が可決されたと言う。




本当にそれが実行されるのかどうか 気にかかるところだ 、、、






眩く明るいスペイン観光ばかりでなく、  たまには こんなふうに


スペインの影を踏んでみることも 必要かも知れない。








゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

2018年11月 9日 (金)

最古の大学都市「サラマンカ」、美しきマヨル広場・話題の宝庫

 
    スペイン北西部のサラマンカ Salamanca には ヨーロッパ最古の大学が

ある。  気品漂う由緒ある都市だが、  マドリッドから少々遠いこともあり

スペインらしい華やかなツアーのコースには含まれないことが多い。







01.     私も ポルトガルからの帰り道、 通りすがりの観光客だった。


夕食に立ち寄ったマヨル広場の レストラン・アサドール、  

壁一面を飾るアズレージョタイルの芸術的な絵柄に感心させられた。 

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02.    ほぼ地元の人たちばかり。  夜9時頃だが まだ立ち飲みタイム。

座ってちゃんと食べ始める気配がない。

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03.    美しい黄金色の石造りのファサードに囲まれたマヨル広場に

面したホテルにチェックイン。   世界一美しい広場の一つとされるが

生憎の雨だった。  しかし 濡れた敷石に反射する光がまばゆい ・・

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04.     翌朝のカフェテリアの風景、  そしてショウウインドウ、

文化的で知的な大学都市のムードが 人々からもはっきり伝わる。

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05.    「 旧カテドラル Catedral vieja (12C) 」    内部に 


13Cのフレスコ画 53面に区切られたレターブル宗教画 大司教の墓など

見るべきものが多々あった。

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06.      「 貝の家 Casa de las Conchas (15C) 」 

約400個のホタテ貝の装飾をまとっている。   ホタテ貝は聖ヤコブを


象徴しており、 当然ながら サンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼への

敬意をあらわした建物だ。   ( サンチャゴ=サント・ヤーゴ=聖ヤコブ )

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               ( 内部 : 透かし模様の入った欄干を持つ繊細なアーケード )







07.     「 新カテドラル Catedral Nueva (16~18C) 」

旧カテドラルの隣に増築された。 内部はスラリと天に伸びる列柱が見事。

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08.    さて、サラマンカの真髄は 「 サラマンカ大学 Universidad 」。

12~13Cの創設で 天文学・神学・哲学・法学研究のメッカだった。


今日でも 学生数約32,000の総合大学として 知の都の礎となっている。

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09.     講堂(上) には ブリュッセル製のタピストリー ゴヤによる

王の肖像画が飾られ、  礼拝堂(右下) には神学者・教授だった

ルイス・デ・レオン ( 08.の銅像 ) の遺灰が収められている。


音楽教授サリナス師の教えた講義室(左下) には荒削りのベンチが

並んでいる。 学生が直接床に座っていた当時にしては贅沢な設えだった。

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10.     「 マヨル広場 Plaza Mayor 」 の中心となる建物の

左翼部が今はホテルとなっている。  宿泊した部屋は3階だった。

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                        ( 右翼部に 後出のカフェ・ノヴェルティがある )







11.     宿泊日10月31日は たまたま ’ エル・マリケロ祭 ’ だった。


太鼓や笛を鳴らして人々が広場に集まる。  そして白馬にまたがった

’ エル・マリケロ El Mariquelo ’ が 私の部屋の下までやって来た。  


彼は07.の新カテドラルの塔のてっぺんまで 外壁梯子を登るんだとか ・・  

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  ( 写真左下は オフィシャルサイトから )







12.     1755年のリスボン大地震の惨憺たる有様が サラマンカまで

伝わると、 人々は恐れおののくと同時に サラマンカが無事であったことは

神のご加護と感謝、  エル・マリケロなる勇者が 塔をよじ登り、

太鼓をたたき人々を勇気づけたのだとか ・・



この朝は 雨どいから雨水がこぼれるほど 強い雨が降っていた。

神経質な日本人と違い、滅多に傘をささない彼らが 雨傘の花の下で

ダンスをして 笛太鼓をかき鳴らす。  テレビカメラマンも必死だ。

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13.    この後 この ’エル・マリケロ’ が 塔に登ったかどうかは

わからないが、 英雄が雨なんぞに負けるはずもないだろう  !



さておまけだが、 スペイン北部の街では一緒に写真を撮れるような

こんな像にしばしば遭遇する。

左は小説家ゴンサロ・トレンテ・バリェステル、  右は姓名不詳、、 

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バリェステル像があるのは マヨル広場に面したカフェ・ノヴェルティ。


Cafe Novelty は 1905年の創業以来 街の名士 政治家 作家

芸術家 ジャーナリストなど 文化的インテリ達の寄合場だった。  しかし



スペイン内戦当時 フランコ側の軍事的重要拠点となったサラマンカ、

このカフェも Cafe National と呼ばれるなど 歴史の生き証人として

激動の時代の真っ只中にいた時もあった。       






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通りすがりの旅行者として 今回のブログ記事は きっとあっさり

仕上がるだろうと思ったのに  結構なボリュームになってしまった ・・



サラマンカ自体が 結局は見所の多い街だったのだ ・・





お付き合いいただいてありがとうございました。








・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2018年10月26日 (金)

「裸のマハ」に会いに来て!スペイン小料理タパスはハズレ無し!

   
マドリッドのプラド美術館の所蔵作品は2万数千点、 

38万点を所蔵するルーブル美術館とは 比べ物にならない。


それでも中身の濃さ 印象の強さは 尋常ではなかった。






01.    スペイン王室のコレクションを所蔵したプラド美術館らしく

王室お抱え画家ディエゴ・ベラスケスの像が 入館者をお出迎え。

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02.      数ある名画の中の秘宝  「裸のマハ」  「着衣のマハ」 

二人揃って 美術館地下階で待っていた。   制作依頼者 当時の首相

マヌエル・デ・ゴドイの邸宅から発見されたのが1808年。   その後


わいせつ論争・裁判等を経て 一般に公開されたのが1901年、

今日まで約210年 「裸のマハ」 は ず~っと門外不出だ。



着衣の方は2012年に東京に来ている。  服を着た方は 海外に

貸し出されることがある。  私の訪問時 二人が揃っていたことは 

またとない幸運だった。

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ゴドイは自宅の地下室で 普段は 「裸のマハ」 の前に 「着衣のマハ」 

を置いてカムフラージュ、     時に応じて 滑車で 

「 着衣のマハ 」 を吊り上げ下げし、 楽しんでいたと言う。



二つの絵は 顔 腕の位置 上体の角度など 微妙に違うが、

ベッドの緑色が実物はもっと濃く 白ピンクの肌との対比が美しかった。



とにかく 「裸」 に会うためには アナタはプラドに行かねばなりません!







03.       むせかえるような名画のオンパレード ・・


ベラスケスやゴヤなどが、 大作に登場した人物を

小型のキャンバスで 別途習作していたのが 興味深かった。

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04.  今回私はマドリッド観光の殆どを プラド美術館探訪に充てたが

館内はカメラ禁止で、結局マドリッドでの有用な写真はあまり撮れなかった。



しかし 私の食いしん坊ぶりが役立ち、  スペイン独特の食文化

「 スペイン小料理・タパス 」 の写真が結構手元に残った。

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05.     まず ハモン・イベリコ(黒豚) ハモン・セラーノ(白豚) は

何と言っても タパスの代表格だ。      皿をひっくり返しても 

イベリコハムのスライスだけは 多分落ちない。 粘りとつやが見事だ!

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06.        トルティージャ  スペイン版キッシュ

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07.    タラのブニュエロ (コロッケ) と ピミエントス炒め (しし唐)

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08.     一口にタパスと言っても 地方によって種類は様々だ。


どれもほぼハズレがなく 結構日本人の口に合うので   特に観光の

昼食の強い味方になる。  いざとなったら 写真を指差せばいい。

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09.     チョリソー ( 豚ひき肉にパプリカやニンニク、胡椒などの

香辛料を混ぜた辛いソーセージ )  プンティジタス (イカフライリング)

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10.     ガンバス・アル・アヒージョ ( ガーリックとオリーブオイル

で揚げ煮したエビ )    プルポ (たこ足ピリ辛アヒージョ)

黒いキノコだったか・・ 忘れてしまったが とにかく美味しかった・・!

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11.    オリーブの実とチコリーの和え物    黒豆塩味煮豆

アルメハス (アサリのワインハーブ煮)  メイヨネス ( ムール貝の酒蒸し)

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12.     実は今回 スペイン王宮 Palacio も見学したが、 ここも

カメラ禁止だった。    歴史は古いが 現在の建物は18世紀半ばに

再建されたもので  実際は国王は別の場所に住んでいる。



しかし 内部の超豪華絢爛たる設えは   外交や諸行事で

スペインの威光を見せつけるに十分な 舞台装置と言えそうだ。

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13.        結局  恐そうな警備者の眼と,   カフェテリアの 

タパスと言えそうもない軽食の写真だけが手元に残った。

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  プラド美術館と王宮、豪華な貴族文化と タパスという庶民文化


マドリッドという大都会を 私なりに興味深く探索した旅となりました。









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2018年10月19日 (金)

マドリッドでマッシュルームを食べよう Meson del Champinon

 

大都会・マドリッドの宵、 夕食に色々な選択の幅がある中


当夜は スペイン小料理 ’ タパス ’ を試したいと、 

特に評判の マッシュルーム屋を目指して街に出た。






01.      スペイン感満載 !  迫力のショウウインドウ。


吊るされたハムの原木はもとより、   種々のサンドイッチ 

イベリコ豚ロースハム・チョリソー・チーズなどを挟んで売ってます。

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02.     マドリッド マヨル広場 Plaza Mayor 付近、 夜7時前 

もうお客は去った?    いえ スペインでは9時頃からが本番。

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03.    マヨル広場の南西の角から マッシュルーム屋さんに向かう。

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04.     様々な小料理屋・メソンが 建ち並ぶ地域だが、 目指す


マッシュルーム屋 「 メソン デル シャンピノン Meson del Champinon 」 は 

写真右下の小さな看板のお店。  日本語表記もありました ~ 

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05.       7時半 ようやく客が飲み始め、 

オルガニストもスタンバイして 音響調整を開始 ・・

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06.      Tapas タパス (スペイン小料理) は 本当に美味しい。


色々な種類があり ほぼハズレが無い。 とろりと仕上がったしし唐も絶品、

コロッケも香ばしい。  イカフライ、 それから当然イベリコハムもある。

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07.      これが 看板料理・マッシュルームの鉄板焼き。

チョリソーとニンニクの乗った大振りのマッシュルームを

ひまわりオイルで焼いたもの。 


ナイフとフォークでなく 楊枝でつまむところが タパスの真髄 ! ^&^

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08.     オルガニストは客のリクエストを募る。  こんな時どんな曲を


リクエストしたらいいのだろう ・・   上を向いて歩こうと 古いシャンソン、

知らないと2曲断られた。 ならばと 「コンドルは飛んで行く」 をリクエスト。

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09.      やがて スペイン三兄弟も入店。  レモネードを注文。


ここは 本格レストランに行く前のバールと同じ立ち位置だから 

夕食の前準備、 子供はビールの代わりにジュースで乾杯。

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10.      電子オルガンのメロディとワインに 気分が高揚 、、

やがて 知らない者同士も 振り返って話し出す。

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11.      Meson del Champinon は 創業1964年、 粒ぞろいの

マッシュルームが 確実に生産・入荷出来る体制が得らた後の

開店だったに違いない。 
  

英国の朝食に付きもののマッシュルームもこれほど大きくない。

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12.     隣の席 地元の二人連れ、 ビール一杯のため立ち寄った。

観光客ばかりでないところが いいじゃない ・・


ところで、 彼氏 エル・グレコの絵に出てくる人に似てない? って聞いたら

” ああ、そう言われますよ~ ” っと ニッコリ。

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13.      彼らが立ち去った後の テーブルとチョイ座りの椅子。

年季の入った色合いと風合い、、  手触りと庶民感 、、  


ここで 何千・何万のマッシュルームが食べられ、 乾杯が交わされ

人生模様が織り成されたことだろうか。

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9時半頃 私は店を出たが、  肉を喰らい酒を浴びるスペインの夜は


これからが盛況。     



マッシュルームごときで満腹となった我、日本人は


おとなしくホテルへの帰路に就き、  ベッドに倒れ込んだのでした ・・








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