三保の松原・羽衣の松 70年も昔パリで能を演じたフランス女性がいた!
01. 2013年に 富士山と共に世界遺産に
登録された 静岡市にある 「三保の松原」
江戸時代から有名なこの風景を 私は一度見て
おきたいと お伊勢参りのあと立ち寄った。
02. まず鎮守の杜である 「御穂神社」 に
お参りして、 神社と羽衣の松を結ぶ 「神の道」
を500mほど歩くと 松林に着いた。
03. 樹齢2~300年の老松の並木の下
木道を歩くのは 最高に気分が良い。
04. ビジターセンター付近から 松林に入ると
根っ子かと思うような 暴れ松もいた 、、
05. 松林の向こうに 砂浜と太平洋が
透けて見える。 現在3万本余の松が生えて
いるが、 伐採 海岸浸食や 松枯れなどで
その数は 昔より大幅に減ったと言う。
06. 天女が羽衣をかけたとされる 「羽衣の松」
現在のものは 三代目だ。
07. 初代は1707年の宝永大噴火の際
海に沈み、 樹齢650年の二代目クロマツは
2013年に 立ち枯れのため伐採され、
この様な姿で保存されている。
08. 幹曲がりの木は 子供が登ったり
アベックが座ったりするので 保護のため
柵を付けると言う。
作業員がピンクや黄色の印しを付けていた。
09. 御穂神社の離宮 「羽車神社」
10. 「 羽衣の碑 (エレーヌの碑)」
この碑は 何のことやら意味が分からず
当日はスルーしてしまったが
後日調べてみてビックリ!
( Helene Giuglaris 1916~1951 )
11.20世紀パリに 日本の能に生涯を捧げた
仏人女性 エレーヌ・ジュグラリス がいた。
彼女は能に深く興味を抱き、 羽衣伝説の
ストーリー 衣装 舞台などを独自で研究し、
東洋美術で有名なパリ・ギメ美術館で能を上演。
彼女は来日して 三保の松原を訪れる事を熱望
していたが 白血病で35歳で他界してしまう。
エレーヌの遺志に沿い 死の翌年1952年に
夫のマルセルが 彼女の遺髪と能衣装を携え来日、
それらを収めたのがこのエレーヌの碑だった!
12. ところで エレーヌと この6歳年下の夫
マルセルの能楽研究は ギメー美術館の日本文化の
専門家・ルノンドーに負うところが大きかった。
また能上演に当たって 歴代駐日フランス大使
6人の支援もあったようだ。
52日間の船旅で マルセルは妻の遺髪を携え
日本にやって来たが、 その後ジャーナリスト
となった彼は 2010年の死まで
日本・アジアとの交流の懸け橋となり、
日仏両国から勲章をもらっている。
13. 因みに 2008年に専門家により
”エレーヌ” という新品種の薔薇が作られている。
ところで フランス語ではエレーヌのことを
La Ballerina バレリーナと表現し、
羽衣は La celeste robe de plumes
つまり 羽製の天使の服 と表現される。
まずは バレエ・白鳥の湖しか頭に浮かばない。
フランス語では表現しきれないような、
日本人にも難解な、 お能の世界を
理解し愛した フランス人がいたとは、、、
三保の松原を無邪気に訪れた私には
思いがけない ご褒美情報となったのでした!
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