国内旅行 東海編

2022年3月18日 (金)

三保の松原・羽衣の松 70年も昔パリで能を演じたフランス女性がいた!

01. 2013年に 富士山と共に世界遺産に 

登録された 静岡市にある 「三保の松原」 

 

江戸時代から有名なこの風景を 私は一度見て

おきたいと お伊勢参りのあと立ち寄った。 

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02. まず鎮守の杜である 「御穂神社」 に

お参りして、 神社と羽衣の松を結ぶ 「神の道」 

を500mほど歩くと 松林に着いた。

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03. 樹齢2~300年の老松の並木の下

木道を歩くのは 最高に気分が良い。

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04. ビジターセンター付近から 松林に入ると

根っ子かと思うような 暴れ松もいた 、、

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05. 松林の向こうに 砂浜と太平洋が

透けて見える。 現在3万本余の松が生えて

 

いるが、 伐採 海岸浸食や 松枯れなどで 

その数は 昔より大幅に減ったと言う。

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06. 天女が羽衣をかけたとされる 「羽衣の松」

現在のものは 三代目だ。

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07. 初代は1707年の宝永大噴火の際

海に沈み、 樹齢650年の二代目クロマツは 

2013年に 立ち枯れのため伐採され、

この様な姿で保存されている。

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08. 幹曲がりの木は 子供が登ったり

アベックが座ったりするので 保護のため

柵を付けると言う。 


作業員がピンクや黄色の印しを付けていた。

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09. 御穂神社の離宮 「羽車神社」

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10. 「 羽衣の碑 (エレーヌの碑)」


この碑は 何のことやら意味が分からず

当日はスルーしてしまったが

後日調べてみてビックリ!

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       ( Helene Giuglaris 1916~1951 )

 

 

 

 

11.20世紀パリに 日本の能に生涯を捧げた

仏人女性 エレーヌ・ジュグラリス がいた。


彼女は能に深く興味を抱き、 羽衣伝説の

ストーリー 衣装 舞台などを独自で研究し、

東洋美術で有名なパリ・ギメ美術館で能を上演。

 

彼女は来日して 三保の松原を訪れる事を熱望

していたが 白血病で35歳で他界してしまう。

 


エレーヌの遺志に沿い 死の翌年1952年に

夫のマルセルが 彼女の遺髪と能衣装を携え来日、

それらを収めたのがこのエレーヌの碑だった!

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12. ところで エレーヌと この6歳年下の夫

マルセルの能楽研究は ギメー美術館の日本文化の

専門家・ルノンドーに負うところが大きかった。 


また能上演に当たって 歴代駐日フランス大使

6人の支援もあったようだ。

 

 


52日間の船旅で マルセルは妻の遺髪を携え

日本にやって来たが、 その後ジャーナリスト

 

となった彼は 2010年の死まで 

日本・アジアとの交流の懸け橋となり、 

日仏両国から勲章をもらっている。

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13. 因みに 2008年に専門家により

”エレーヌ” という新品種の薔薇が作られている。 

 


ところで フランス語ではエレーヌのことを

La Ballerina バレリーナと表現し、


羽衣は La celeste robe de plumes

つまり 羽製の天使の服 と表現される。


まずは バレエ・白鳥の湖しか頭に浮かばない。

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フランス語では表現しきれないような、

 

日本人にも難解な、 お能の世界を

理解し愛した フランス人がいたとは、、、

 

 


三保の松原を無邪気に訪れた私には

思いがけない ご褒美情報となったのでした!

 

 

 


*   *   *   *   *

 

2022年3月11日 (金)

豊川稲荷 千体のきつね塚 びっくり!高校生の一団が祈る風景

01. 「豊川稲荷」 は 愛知県豊川市にある

曹洞宗のお寺。  仏教寺院ではあるが

守り神がきつねというお稲荷さんで、

 


’霊狐塚 れいこづか’ には1000体以上 

の狐の石像が安置されている。

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02.豊川稲荷は 写真の赤い提灯に記されて

いるように、 荼枳尼天(だきにてん) を

鎮守としている。

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03.荼枳尼天は 稲束を担ぎ宝珠を持って 

白狐の背に乗り 岩の上を飛ぶ仏教の女神だが


その天女が乗るきつねの方が 

分かりやすい お寺のシンボルとなっている。

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04. お寺とお稲荷さんは 別物なのではと

私は思っていたが、 神仏分離令に基づいて

厳しく神仏を分離した 明治の一時期を除いて、


日本人は古来より ゆるやかに 上手に

神仏を混在させ 信仰してきたのだなあと

改めて 感じさせられた。

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05. 境内には 本殿のほか 各所に

鎮守堂 鐘楼堂 宝雲殿 万燈堂 三重塔等が

 

配され、 幾筋の小路に 紅白の千本のぼりが

居並び、 別世界に入り込んだ気分となる。

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06. さて 本殿の階段を上がり お祈りを

していると、 何やら 静かなるざわめきを

感じて 振り向いた。

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07. 高校生の一団がお祈りを捧げる、

想像を遥かに超えた 不思議な光景だった!

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08. 豊川稲荷で信者が 7回唱える真言は

” おんしらばった にりうんそわか ” だが、

 

こちらの生徒さん達が唱えるのは 全文暗記する

よう 学校で指導される ”寒巌禅師発願文・

かんがんぜんじほつがんもん” かも知れない。

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09. 彼らは豊川高校の生徒さん。


もともと曹洞宗寺院・豊川稲荷を母体とした 

僧侶の教育機関として創立された学校で、


現在も仏教精神に基づく教育が行われており

学生専用の座禅堂もあると言う。

 

お祈りのあと 彼らは並んで堂内に入った。

週一の仏教授業の一環だろう。

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10. さて境内には 何やら柱が建っていた。

丁度翌日から 秋季大祭・別名ちょうちん祭り

が開かれるところだ。

 


大屋根を設置して 直径5m高さ10mの

大提灯を2基 吊るすのだ。 吊り方は

毎年のことで 人力による合理的な組み立て

手順が決まっているらしい。

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11. 準備の様子はホームページから。

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12. 帰り道 今度はデジカメを持った

小学生の一団に遭遇した。  境内には

’ 映えスポット ’ が溢れてる。

 

お稲荷さんは こうして着々と 若人や

子供たちの心の故郷となっていく ・・

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13. お祭りは 残念ながら一日違いで

見られなかったので、

 

せめてもと 名物の稲荷寿司を買って帰った。

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*   *   *   *   *

 

 



2022年2月18日 (金)

伊勢湾フェリーと伊良湖岬 海と陸地 ホテルからの絶景 

01. ミキモト真珠島の近く 鳥羽港から

伊勢湾フェリーが出ている。  伊良湖崎へ

向かう ’知多丸’ に 車ごと乗り入れた。

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02. 車から出て 広い客室に上がると 

お客はまばらだった。  鳥羽湾のホテルや

観光施設をかすめ 船は伊勢湾へと乗り出す。

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03. 航路は 伊勢湾の入口の一番狭い所を

進む 20km余 55分の旅だ。


答志島 菅島 神島伝いに進み、 間もなく

伊良湖崎港・いらござきこう に到着した。

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04. 接岸すると 客室から足早に車に戻った。


陸上競技のスタートのように 車内で待つ

この瞬間が とても楽しくてワクワクする !

 

 

伊良湖岬は 三河湾と遠州灘の間に伸びる

渥美半島の突端に位置するが、 目指す 

ホテルは またその突端に建っていた。

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05. 三方を海に面して 海抜百メートルの

高台に鎮座する 「伊良湖ヴューホテル」、


予約しておいた 特別室の大きな窓の下に 

約1km砂浜が続く 「恋路が浜」 が見えた。

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06. あまりお天気が良くなかったが、

それが幸いして! 劇的な光と雲の天体ショー

が広がり、 しばらく それを窓から楽んだ。

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07. 天然のスポットライトに浮ぶのが

三島由紀夫の小説・潮騒で有名な 「神島」。

 

伊勢湾の入口で 激しい自然現象にまともに

晒される 周囲400mほどの小島だが、 

観光と漁業を営む住民が325人程住んでいる。

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08. ホテルの屋上から 遠州灘と伊勢湾

三河湾 渥美半島などの絶景が一望できる。

 

放送局のライブカメラや自治体の防災カメラ

も設置されており、 東海地方のニュース・

天気予報が この屋上からの映像を元に

放映される。 特に台風が来たら大活躍だとか!

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09. 好天でも風が強く 私の髪は激しく

乱れたが、 台風の時の暴風雨が どれ程

狂暴なのか 想像もつかない・・

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          ( 屋上から 半島の東側を望む )

 

 

 

 


10. 伊勢湾を航行するタンカーやタグボート、

さらに 「神島」 のカルスト地形崖も見えた。


三角形に突き立つ神島は このカルスト地形

の他、 八代神社 神島灯台 監的哨 

神島漁港などの観光スポットがあるが、

 

何といっても 三島小説の恩恵が大きそうだ。 
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11. 屋上からは 綺麗に整地された農地も

見えた。 そもそも ここ渥美半島には 大きな

川が無く、 古来より 水資源に恵まれない 

干ばつの被害が深刻な地域だった。

 

雨ごいをしたり 井戸や水道を設置したり

あらゆる試行錯誤が長く続いたが、 近年になって

からの 決定打が 「豊川用水」 だった。

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12. 「豊川用水農業水利事業」 が始まったのが

昭和24年、  宇連ダムや豊川用水を造り

100km先の最終調整池 画面奥の 「初立池」

まで やっと水が届いたのが 昭和43年。

 

 

それ以来 見事な温室栽培農業が花開き、

なす きゅうり いちご メロン ぶどう

花き類など 相当な生産高をあげている。

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13. さて、伊良湖ヴューホテルは さすが

立地が素晴らしく お勧めの宿だ。 

 


食事も美味しかった。  が、 豪華メニュー

をさて置いて 私が 何度もお代わり

に走ったのが 絶品 ” あおさラーメン ”。

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そう言えば 伊勢志摩の特産は

真珠とアオサのりだった。

 

 

真珠は買えなかったが アオサのりはお腹に

いっぱい貯めて 帰りました~~

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

 

 

2022年2月11日 (金)

志摩 ミキモト真珠島 海女の実演 真珠の一粒でも買いたかった!

01. 参宮線鳥羽駅や鳥羽水族館の近く、 

伊勢湾に浮かぶ小島 「ミキモト真珠島」 

に これから 連絡橋を渡って入る。

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02. 1893年(明治26) 御木本幸吉が

世界で初めて真珠の養殖に成功したのがこの島だ。

 

真珠博物館 御木本幸吉記念館 などがあり

’真珠と真珠王’ の全てを知ることが出来る。

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03. 入場すると いきなり 海女の実演が

始まると言うアナウンス。 見逃すまいと

急いで海辺の特設スタンドに走った。

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04. 昔は海女が海底に潜りアコヤ貝を採取し

核入れした貝を再び海底へ戻し、赤潮や台風時

には 貝をいち早く安全な場所に移すなど、

 

海女は真珠養殖には欠かせない存在だった。

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05. 昔ながらの白い磯着の海女たち 

好天とは言え 11月の海風に吹かれ、 

見てる側の方が ブルっと震えた!

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06. 実演が終わり、 ふと見やると

立派な御木本幸吉の像が 建っていた。

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07. ミュージアムの方には 親しみやすく

且つ 信念の人といった幸吉の姿があった・・

 

鳥羽のうどん屋の長男として誕生した幸吉は

さまざまな商売を経験するなかで、もともと

志摩の名産だった真珠の魅力に着目、

試行錯誤・艱難辛苦の末 真珠養殖に成功した。

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08. 館内では 真珠の養殖に関する全てが

実物やパネル写真で紹介されていた。

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09. ところで幸吉が立派なのは 真珠養殖

に成功したばかりでなく 続いて 真珠産業を

開花・育成したことだった。

 

彼が興した真珠産業は 国内やがて海外にも

真珠を日本の宝飾として認知させ、 例えば


真珠島を訪れる 世界中の王侯貴族 政治家 

学者 聖職者 芸術家 スターたちが 

こぞって 日本の真珠に跪まずいたのだ。

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10. 私が一番感心したのは この三角形。

核入れされたアコヤ貝のうち50%は死滅。


不良品が22%、 真珠となるのが28%、

価値ある花珠と呼ばれるのはその5%のみ。

 

この三角形は 人生の様々な場面に当て

嵌まる気がして、 わが身につまされた。

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11. 展示された真珠の宝飾作品の数々

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12. 一辺600mの四角いミキモト真珠島、

橋が架けられたのは1970年(昭和45)。

 

古き佳き昭和の風景だ。 博物館や記念館等

立派な施設は 昭和から平成にかけ整備され、


観光・産業・教育を三位一体とした観光施設

ミキモト真珠島が 完成した。

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13. 実は 私は

”真珠の一粒でも 買いたいものだ! ”

という下心があって ここにやって来た。

 

ところが 写真の通り 立派な建物  

高級そうなショッピングプラザ、

 

リング ネックレス アクセサリー

お高くて とても手が届かない。

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私の下心、 空想は 見事に砕かれた。

 

 


でもそれが当たり前、

ネットショッピングとは訳が違うのです!

 

 

 


*   *   *   *   *

 

 

 

 

2022年2月 4日 (金)

志摩 英虞湾の絶景とクルーズ サミットで有名な賢島と真珠養殖場

01. 三重県志摩町 リアス式海岸として

名高い 風光明媚な 「英虞湾 あごわん」、


「横山展望台」 から望む。

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02. 何層かになっている 展望台の

何処から見ても 湾内に浮かぶ60余の

島々の風景は 聞きしに勝る絶景だった!

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03. 湾内には 青海苔(アオサ)や

真珠の養殖棚が浮かび、 美しい風景の中に

人々の日々の営みが見え 一層魅力的だった。

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04. スペイン帆船型遊覧船 「エスペランサ号」

で 賢島に沿って湾内をクルーズ。 穏やかな

内海のせいか デッキでも余り寒くはない。

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05. 今 こうして真珠養殖が盛んだが、

この海では 奈良時代から 阿古屋貝で育つ

天然の真珠が採れていたそうだ。

 

横浜で外国商人が扱う ケシ粒ほどの

伊勢志摩産真珠が 驚くほどの高値で

売買されていたと言う。

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06. その様子を目の当たりにし 

刺激を受けた御木本幸吉が 百数十年前

から 真珠の養殖に心血を注いだのが 

この 「ミキモト真珠養殖場」。


丘に建つ民家が 彼の住まいだ。

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07. さて、英虞湾に浮かぶ 「賢島」 は 

何といっても 2016年5月開催の

「伊勢志摩サミット」 で有名になった。

 

赤矢印 サミット会議場となった志摩観光ホテル

緑矢印 日本の事務方の基地となった 

     パークホテルみち潮

 

手前の 「大月真珠」 は 御木本幸吉の技術を

さらに発展させた 大月菊雄の養殖場。 

今日でも 真珠輸出額業界一位の企業だ。

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08. クルーズでは 途中 「出口真珠」 に

接岸し、 養殖の技術を見学し 買い物する、

 

のがコースとなっている。 しかし10分間

しかなく あわただしいことこの上なかった!

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09. それでも 養殖の工程を 目で

確かめられ、 とても興味深かかった。

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10. 貼ってあったポスターも役立った。

60余の島々のうち 人が住んでいるのが

賢島 間崎島 横山島 の3島で、

 

中でも 「賢島」は 橋も鉄道もあり、

志摩観光の重要な拠点だということが

ポスターでよく分かる。


中央が サミットのあった志摩観光ホテル

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11. 余談だが クルーズ船の操舵室、


コンピューター制御なのだろうか、

一見オフィスのデスクのようだ。

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12. 英虞湾の夕焼けも名物の一つ。


私達のエスペランサ号も 

夕日に真っ赤に染まりつつ着岸した。

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13. 私のホテルは サミットで 日本の

事務方の基地となった パークホテルみち潮。


目の前に湾が開け 心行くまで落日と日の出

を楽しんだ。

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今思えば サミットに来た世界の首脳たち、

何とも懐かしい面々だ! 安倍さんは元より

オバマ メルケル キャメロン トルドー、

時代は何と速く過ぎ去るのだろう。

 

 


せっかくなので 彼らが滞在した

志摩観光ホテルに 泊まりたかったが、

宿代・レストランが めっぽう高かった上

 

島の高台にあって 目の前が海、という訳

ではなかったので   まあ、

こちらの選択も悪くなかったでしょう・・

 

 

 

*   *   *   *   *

2022年1月28日 (金)

伊勢神宮 おかげ横丁・大人気 おかげ犬・主人に代わり伊勢詣!

01. ここは伊勢神宮門前 「おかげ横丁」


1993年に お伊勢さんのお陰で繁盛する、

という感謝を込めて整備された門前町だ。

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02. かつてお伊勢詣は 人生の一大目標、

真剣な巡礼の旅だったが 同時に いわゆる

団体旅行の楽しみや 日頃の憂さを晴らす

遊興の旅でもあった。

 


従って伊勢は 全国からの ’講の連中’ 

が泊まる旅籠や茶屋 宴会場を備えた

料亭旅館、 その他諸々の店々が集積する 

日本一の観光地だった。

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03. 現代の私達には 参拝の真剣味

は 少々薄いかも知れないが、 

こと横丁巡りとなると かなり熱が入る。

 

おかげ横丁 各観光スポットには

マスコットのネコが待っていた。 

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04. こんなネコもいた。

果報は寝て待て、ってこと?

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05. 牛鍋屋には「牛」、 岩戸屋には

福来る、の願いを込めた 「お多福」 がいた。

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06. さて、 通りで 一番人気の店が 「赤福」

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07. 押し寄せるお客をさばくのに 

店が決めた売り方のルールがあった。


土産用の箱買いの列と その場で食べる

ばら売りの列とは 別系統で、 

知らないばかりに この小さな2個を手に

入れるのに 右往左往してしまった !

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08. 地元テレビ局の食レポ。 お兄さん

元気な声で 少々大げさな反応をしていたが、 

街頭ロケって きっとそういうものでしょう。

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09.  定番 「伊勢うどん」

私のは 醤油たれとカレーの合わせ技 !

 

うどんに限らず 関東と関西の中間域にある

東海地方の文化は 本当に興味深かった。

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10. さて 江戸時代の 伊勢神宮参詣は

「おかげ参り」 と呼ばれ、人々はお金を貯めて

旅に出たものだった。


しかし、経済 健康 家族の事情などで

断念せざるを得ない人もいた訳で、

なんと 代わりに ’犬’ が 

参詣の旅に出ることがあったのだ。

 

彼らは 「おかげ犬」 と呼ばれた !

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11. 犬は野良犬でなく 主人の代参だと

わかるように 伊勢参りの書付やお金を添えた

しめ縄を首に巻いていた。

 

そして不思議なことに、誰も犬のお金を盗む者

はなく、 むしろ代わる代わる エサや寝床

時には 付け足しのお金まで与え、 

連れづれ 伊勢神宮まで導いたと言う。

 


本当の話かどうかわからないが、 おかげ犬は

歌川広重の作品にも登場するし、 

江戸人の豊かな人情からして 何頭かは 

本当に実在したのではないだろうか・・

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12. さて最後に  伊勢地方には 

正月だけでなく 一年中飾るという 

’伊勢のしめ縄’ がある。

 

材料が稲藁 馬酔木 柊 ゆずり葉 橙 

あけびなど自然物で作られ 素朴な雰囲気だ。


そのしめ縄を 私はとても気に入った。

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13. まず 笑う門 「笑門」 という

明るい響きが とっても良い。

 

これは 貧しいながら スサノオノミコトに 

一夜の宿を提供した 「蘇民将来」 に 

スサノオノミコトが 感謝の印しとして書き

残した言葉に由来する。


子孫まで代々栄える 「蘇民将来子孫家門」→ 

将門 → 笑門 という流れだ。

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「おかげ犬」 のマスコット人形 と


「笑門」 の伊勢のしめ縄 が


現在でも 我が家の守り神となっている。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

 

2022年1月21日 (金)

伊勢神宮 全国10万神社の頂点 権威と質素な舎殿のギャップ

01. 朝6時半集合で 伊勢神宮内宮の

早朝ツアーに参加。 案内は神宮会館の支配人。

 

お正月でなくても 鳥居越しの日の出を

拝するのは気持ちがいいことだ。

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02. 朝食のあと10時頃 再度内宮を訪れた。


五十鈴川に架かる宇治橋 側に居並ぶ杭は 

大水の時 流木などを受け止め橋を守るもの。

 


宇治橋の北側二本目の擬宝珠(ぎぼし)の中には

1万度祈願した分のご利益があるお札萬度麻

(まんどぬさ)が収められている。

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03. 心身を清める手水舎、“お手水” 用の

柄杓はコロナ禍のもと 撤去されていた。

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04.  五十鈴川の御手洗場で 

手を清めることも古来からの習わしだ。

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05. 杉などのご神木が保護されているのは

お守りにと樹皮を剥がす人が いるからだとか。

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06. いよいよ正宮にお参りする。 鳥居の

向こう側は聖域。 木立に囲まれた本殿の屋根が 

別の方向から 漸くちらりと望まれるのみだ。

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07. 双子のようにそっくりな石段が

向こう側にもある。 2033年に行われる

20年ごとの 「神宮式年遷宮」 の舞台が

整っているのだ。

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08. 遷宮は内宮・外宮の正殿、14の別宮の

全舎殿を 定期的に造り替えて神座を遷すこと。

 

同時に 宝殿外幣殿 鳥居 御垣 宇治橋 等

計65棟の殿舎のほか、1576点の装束や太刀等

の神宝も造り替えられる。

 

自ずと 何百憶という費用がかかるが 

これが 1300年も続くしきたりなのだ。

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 ( 左側2033年用地  右側現在の舎殿 )

 

 

 

 

09. それだけの費用と手間がかかる割に

敷地内に配されたお宮の 素朴・質素な佇まい

には驚くばかり!

 


木造建築の宿命と言えばそれまでだが、

まるで 天皇の神聖かつ深遠な権威は 

立派な建築物によって表されるのでなく 

大自然にこだまする見えざるスピリットの中に

存在すると言わんばかりだ。

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10. 現在の令和天皇の即位時の 「大嘗宮」も 

式後 解体され焼却されたことが記憶に新しい。

 


あの時は せっかく建てた舎殿を壊すことに

納得がいかなかったが、 伊勢神宮の習わしを

知れば 何とか腑に落ちた次第だ。

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     ( 写真は 伊勢神宮遷宮の儀式 wikipedia )

 

 

 

 

11. ところで 権威を象徴する豪華絢爛

たる石の建築物に囲まれた西洋人は こういう

文化をどう感じ どう理解するのだろうか。

 

日本文化の神髄を様々な手段で 流布・宣伝

できる様になった今日、 案外 どはまりする

外人がいるかも知れないし  この素朴な

 

佇まいの意味をちゃんと理解できる日本人が

私を含めて ひょっとして少いかも知れない。

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12.  遠足の生徒さん達

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13. 因みに 早朝ツアーのガイド、

神宮会館の支配人によれば、 伊勢神宮は

全国10万余の数ある神社の頂点に君臨する、


有名な明治神宮や熱田神宮などと 比ぶるに

能わぬ別格なのだ、 従って 伊勢神宮は

 

固有名詞抜きで 単に ” 神宮 ” とだけ

呼ばれるべき存在なのだそうだ。

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確かに 

前回の遷宮費用 550億円を調達し切った

伊勢神宮の実力は 測り知れない凄さだ!

 

 

 

舎殿の質素な佇まいと 巨大な権威のギャップ

が凄くて 驚きの訪問となりました ~~

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年1月14日 (金)

伊勢参り 「二見浦夫婦岩」にも似た夫婦愛 荷物一式置き忘れ!

01. ここは 三重県伊勢市伊勢湾に注ぐ

五十鈴川の河口にある 「二見浦」。

 


お伊勢参りの禊場として まずお参する所だ。

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02. 11月のこの日、寒風が吹きすさみ

岩壁に打ち付ける波に 攫われそうな気がした。

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03. 二見浦海岸には 「二見興玉神社」 が

鎮座しており、 ここから 人々が

有名な「夫婦岩」 を拝むのだ。

 

2020年、コロナが春先から蔓延し始めており

どの人もマスク姿であるのが印象的・・

 


思い返せば この旅は Go to~ の一環だった。

3年目に突入したコロナ禍、 感慨深い ・・
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04. 夫婦岩と共に いくつか蛙の像もある。


神の使いとされる二見蛙は、 無事かえる

貸したものがかえる 若がえるなど、

縁起のいい御守りとして親しまれている。

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05. こちらは 広重の 「二見の浦の図」


浮世絵は 写真の無い時代、山や岩を大きく

描き 構図も自在にドラマティックに演出し、

人々の想像力をかき立てたことが分かる。 

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06. しめ縄が張られた夫婦岩は 

この鳥居越しに 拝むのが正式とされる。


夫婦岩越しの サンライズやサンセットも

名物となっている。

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07. 「男岩」と「女岩」、 情報によると

1918年の台風で女岩が転倒し 修復した際、

岩の向きを変えて据え付けたため 岩の縞模様

の方向が それぞれ違うのだそうだ。

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08. 当日は レインボーブリッジ、 東名高速で

富士山 名港トリトン ナガシマスーパーランド

などを眺めつつ、 昼過ぎに二見浦に着き、 

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09. 午後3時頃に 伊勢神宮外宮参拝

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10. 伊勢神宮内宮は 翌朝

清らかな心地で 参拝する予定だった。

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11. ところが 宿泊先の「神宮会館」 に

着いた時 とんでもない事態が発覚した!


旅の荷物一式が入った私専用のボストンバッグを

自宅のリビングに 置いてきたのだ!

 


カメラ スマホ お金 サングラス

などの手回り品以外 な~~んにも無い。


頭は真っ白に、 顔面は蒼白になった!

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12. 女には それが無いと

生きてゆけないモノが沢山ある。 

ショックと疲労で 動かない足に鞭打って 

イオン伊勢店に向かった。

 


パジャマ 下着 Tシャツ 着替えの服

靴下 基礎化粧品一式 日焼け止め 口紅

ファンデーション その他もろもろ・・

 


疲れを癒すべく 風呂に入り一杯やろうと

した主人が 土気色の顔で買い物に付き合って

くれたのには 感謝しかなかった・・ 


夫婦岩のごとき夫婦愛!?

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結局 総額何万円もの買い物となり、

イオン伊勢店の ナントカ祭りの抽選券が

沢山手に入ったが、  イオン店を 

 

示唆してくれたホテルの支配人に

それらは差し上げた。


化粧品は 幸いオンラインで 

マイアカウントにポイントを貯められた。

 

 

 


荷物を家に置いてきた ショックと後悔と


買い物をして 僅かにホッとした その夜の

ご馳走は 甘くもしょっぱくもありました。

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

2017年10月27日 (金)

「飛騨高山」 三町小路で利き酒!飛騨牛は美味・でも高価!

 
その名を聞いただけで何故か懐かしさを感じる 岐阜県 「 飛騨高山 」、 


高山市の一画 江戸末期から栄えた商人の町 ・ さんまちを訪ねた。







01.     三町伝統的建造物群保存地区の いかにも魅力的な古い町並み、 


ミッシュラン効果か、      狭い路地に 

外国人 ・ 日本人入り混じっての活気が満ちていた。

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02.     高山市の中心を流れる 「 宮川 」 に架かる 「 中橋 」


春と秋行われる高山祭では 豪華絢爛な12台の屋台が この橋を通る。   

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 ( 写真左 祭り風景はHPから )







03.      橋の近くには 江戸末期から明治期に建てられた屋敷などが

軒を連ね、 そのしっとりした景観から 「 飛騨の小京都 」 と呼ばれる。

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04.      三つの町を併せて 「 三町 ・ さんまち 」 と称されるこの小路、

電線をすべて軒下配線にするなど、徹底した景観保護が施されている。



通りには地酒や朴葉味噌 飛騨牛など、 飛騨高山ならではの名産品と

民芸品を扱う店がずらりと並んでいて、 観光客は別世界に誘われる ! 

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05.      人力車、 酒蔵の ’ 杉玉 ’、  この上なく日本的だ。


町の別な通りに 着物を着付け・貸し出しする店があり、 

着物美人も闊歩する。         素敵ですね !!

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06.       造り酒屋に入ってみた。 200円出すと 小さなおちょこがもらえ、

写真の棚に並ぶお酒全てを利き酒出来る。   お腹に食べ物が入っておらず

私は2種目の盃でギブアップしたが、   強い人ならお得かも !?




写真のイスラエル人の女性、 日本酒は 結構行けるとトライしていた。


因みに 彼女の父親はロシアから 母親はドイツからイスラエルに ’ 帰還 ’

祖母は ナチによる強制収容で亡くなったと言う。



イスラエルは 日本からは遠い国で、 国情はなかなか想像し難いものがある。

しかし ヨーロッパでは 結構イスラエル人のツアー旅行者も多い。 


政治情勢も今のところは安定し 経済的にも豊かだと言えそうだ。  

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07.      飛騨高山には 版画の題材に打ってつけの 魅力的な家並 

山並み 民芸品の数々 賑やかなお祭 などが揃っている。 


飾り窓の版画に惹かれて 店の中に入った。

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08.      店内には  快活な線と落ち着いた色合いで仕上がった版画皿、

美しい和紙の小物が所狭しと並んでいた。   そして 壁には 奈良・京都 

東北・北海道など ほかの地方に発送・販売された絵皿作品が飾られていた。 



最近は 全国各地の名物菓子が  無関係のとある県で一括生産されている

なんて話を聞くが、  このお店も 全国の和紙絵皿の元締めなのかも知れない。



とにかく軽くてがさばらないし お値段も手頃だ。

飛騨高山らしい図柄の和紙皿を4枚買いました ~ 

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09.       甘いものも いろいろあった。  


みたらし団子 たい焼き 五平餅 甘酒 ソフトクリーム 等々

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10.       こちらの酒屋で 奥の座敷を見ていたら ’ しょうゆソフト ’ の

貼り紙があった。   しょうゆは ほんのり隠し味程度だったが 美味しかった ~

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11.        昔ながらのよろず屋 兼 駄菓子屋さん

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12.       さて 高山ラーメンや 飛騨牛も忘れてはなりません。  

飛騨牛は コロッケや肉まんにも 小片が入っているが、 

やはり丸ごと食べてみたい。



一串800円、600円、400円 の三種があった。  

流石に800円は高い ! ラーメン一杯が食べられる。

肉が違うのか、量が違うのか確かめなかったが、 600円の串にした。




夢のように美味しかった !  一生忘れられないお味だった !

でもちょっと高かった ・・    あっと言う間に無くなった ・・  



でも 飛騨牛ハンバーガーセットが2300円だというから 

そういう価値のものなのカナ ・・

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13.      「 高山市政記念館 ( 旧高山町役場 ) 」


この中に入る時間はなかったが、      界隈を歩いて   

飛騨高山の歴史と文化の町並みの素晴らしさを 十分味わうことが出来た。

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次は やはり温泉宿に泊まって  飛騨牛をもっとゆっくり食したいものと



一層 憧れを強くした ・・








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