カンボジア アンコール遺跡群の旅

2017年10月 6日 (金)

「セントラルマーケット」 アールデコの屋根の下渦巻く熱気と混沌

 

「 セントラル・マーケット 」 は プノンペン市を南北に貫くメインストリート、


モニポン通りの中心にあり、  まさに街のランドマーク的存在だ。







01.     マーケットに向かう途中、 通りで目にした ’ 青空床屋さん ’ 

カフェのテーブル席が通りを占拠するのと同じ ?!  大らかさ ・・ 

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02.      プノンペン市民にとって無くてはならない 「 セントラル・マーケット 」 


中央ドームから4本のアームを伸ばした独特の形は 

フランス人建築家によってデザインされ 1937年に完成した。

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03.      アジアの古い街には ちょっと違和感のある雰囲気の建物だが、 


それは 1925年のパリ万博に端を発したアール ・ デコと呼ばれる

直線的な装飾性
を持つ建物が

一世を風靡した流れを このマーケットも汲んでいるからだ。


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04.      4本の十字回廊のあいだに  さらに屋根やテントが掛けられ

巨大なマーケットを形作っている。   ありとあらゆる品物が扱われ

発展する街の熱気とエネルギーが溢れている。

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05.      サトウキビを絞る人、  かぶの皮を剥く人、 


魚介類 そして もちろん昆虫の佃煮を売る人も。

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06.        かと思えば、  こんな美しいドレスも売っていた !

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07.     側の薄暗い部屋に  ひたすらミシンに向かう人たちがいた。

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08.      まばゆい宝石の輝き !  真贋含め 玉石混交とは思うが


女心がくすぐられる ・・

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09.      4方に伸びる回廊の形が同じなので、  マーケットの

どこを歩いているか 分からなくなること請け合いだ。 


時計・宝飾品などがある中央ドームを目印とすれば良いかも知れない !

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10.      旅行カバン ベルト シャツ ズボン、、  紳士専門店のようだ。

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11.     靴の山 !   ごちゃ混ぜだが よく見ると子供靴は下の方に。


何がどこにあるか 店主の頭には全てインプットされているに違いない。

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12.      ところで 街の南 パサック川沿いに 2014年にオープンした

イオンモールがある。   ショッピングやレストランはもちろん、 シネコン、

ヘアーサロン、ジムやスケートリンク、趣味のスクールなどからなる4階建てだ。



当然ながら 日本のイオンと基本的に同じ建物構造で 広々としている。

日本で イオンの大店舗に行くと 実は私は ワクワクしてしまうのだが、



セントラル・マーケットのような 雑然・混沌とした売り場に慣れた地元の人たちに

整然とコーディネートされた イオン店舗はどう映るのだろうか 。。

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13.      結論から言うと これがグローバリゼーションなのだろう。


外から入って来る新しいものに胸躍らせ それを受け入れる潮流と

自らのアイデンティティの根深さ 重要性に 逆に気付かされる潮流とが


時代という大海原で渦巻き、

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こんな可愛い子供服を着る子供たちの将来は 


内戦を経てきた混沌の時代とは 自ずから違うものになるだろう。





因みに、  プノンペンイオンは 
若者であふれている。


まず 大人気なのがエスカレーターだ。

他ではなかなか体験出来ないらしい。



それに 冷房が利いている売り場空間は極楽だし

スケートリンクに至っては まさに熱帯地方の異空間と言えるだろう。






プノンペンの未来は 明るいに違いない !










☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*
   

2017年9月29日 (金)

プノンペン 「ぴかぴかの王宮」「ポル・ポトによる拷問と処刑の場」

 
  長い内戦の年月を経て 今や250万人が住むカンボジア国王の首都 ・


プノンペンには 若い活気とエネルギーが満ちている。






01.     「 王宮 」 は公園のような広大な敷地を有しており、

なかでも ひと際目を引くのが 「 即位殿 」。 


現在のシハモニ国王の即位式も ここで行われた。

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02.     一部 現に王族が住んでいたり 執務を行う建物もあるが、 他に 

パゴダや鐘楼、図書館や宴会ホール 宝庫や博物館など 多種多様の

美しい建物が点在している。

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03.      ところで クメール王朝は 前期・後期と
栄枯盛衰が

あったものの、 国の西方 アンコールワット遺跡群が点在する地域で  

7~800年近く続いてきた。  


それが 現在の首都・プノンペンに遷都されたのが1870年。  さらに

フランス人建築家によって今のスタイルに再建されたのが1919年だ。


従って

世界の他の王城と比べたら この王宮は 新品同様と言えそうだ。
  
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   (  美しい南国の花を咲かせている沙羅の樹の下 釈迦像 )







04.      しかも ロン・ノルや ポル・ポトの時代には プノンペンは

大混乱を来していた訳で、   王宮が王宮らしい安定感と華やかさに

彩られ始めたのは ようやく 1991年のパリ協定の締結以降となる。     


 観光も含め、プノンペンの繁栄はやっと始まったばかりなのだ。

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05.     特に 3年8か月のポル・ポト統治時代には、 都市の無人化 

人々の農村への強制移住政策が取られたため  街は空洞と化し、

市民生活は崩壊した。



写真は 「 シルバーパゴダ 」    実際に王室の仏教行事が行われる

宮殿で、  内部の写真は撮ることが出来なかったが、


宝石がちりばめられた金銀の仏像が1650点、  床には20cm平方の

銀タイル 5329枚が敷き詰められていた。

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06.     さて 華やかさから一転、 ここは 「 トゥール・スレン博物館 」

ポル・ポト時代に吹き荒れた粛清の嵐の舞台だ。  



ありとあらゆる人々が 何の根拠もなく反革命分子として捕まり 

ここで激しい拷問を受け 結局は 空しく処刑された建物だ。

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07.      ここは もと高校の校舎で 一部 その黒板が残っていた。

当時の 拷問の様子 犠牲者たち 積み重なる骸骨等の写真も展示されていた。



特に 印象的なのが 子供看守の写真だ。

ポル・ポトは 階級・格差が存在しない ’ 原始共産主義 ’ を信奉したため

格差を生み出す 学問 技術 芸術 思想などを悪と定義、


まだ その ’悪’ に染まっていない 13歳以下の子供たちを 

兵士や強制収容所の看守などの役目に就かせた。


医療も 子供医者が従事したと言うから 本当に異常なことだ。

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08.      ポル・ポトは国内から知識人層を根絶することを目指し、


” 医者・教師・技術者・学生だった者は名乗り出てほしい。 国の再興には

君たちの力が必要だ ” と 呼びかけ、 それに気概を持って応じた全員を

まんまと処刑してしまったのだ。

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  ( 人々が処刑されたり、 逆さに吊るされ 水瓶で拷問を受けた木枠 )







09.       さて 場面は変わり お昼ご飯へ。     ランチは 

外国人観光客を念頭に置いた ?  ビュッフェスタイルだ。

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10.       観光立国としての発展を軌道に乗せるべく、  


働き手は ’ 清潔と勤勉 ’ に勤しんでいるようにも見えた ・・・

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11.      最後は 「 国立博物館 」、   赤いクメール様式の外観が目を引く。

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12.      カンボジア全土から出土した彫像や青銅器など 

考古学的に貴重な クメール芸術の粋が収められている。


「 ガルーダ像 」 や 「 8本腕のヴィシュヌ神 」 などが有名だが

全体的にプリミティヴな大らかさが魅力だ。

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13.     緑に覆われた気持ちの良い中庭に 「 ライ王 」 像が鎮座。


ホッとする空間だ。

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ところで   ポル・ポトの時代には

字が読める、本を持っている、絵が描ける、眼鏡をかけている、腕時計をしてる、

それだけで 殺される理由になったのだが

ポル・ポトが 仏像や芸術品を破壊しなかったのは幸いだった。




トゥール・スレン博物館だけで2万人が殺されたというが、  彼の時代が 

もしもっと長く続いたなら ポル・ポトは 人間の次に芸術品を壊しただろうか ・・












゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
 

2017年9月22日 (金)

カンボジア : 昆虫、さなぎ、蜘蛛の佃煮・素揚げ食べてみませんか



アンコールワット遺跡群の見物を終え、 首都プノンペンに戻る途中


「 コンポントム 」 という町の市場に立ち寄った。






01.     すると、 山盛りの 蜂の子みたいな幼虫が売られていた。


湯飲み一杯分づつ掬うのだろう。

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02.     市場では 果物や野菜 乾物など普通の品物の他

昆虫の素揚げや佃煮を売っていて、  怖いもの見たさの観光客に

ちょっとした人気となっている。

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03.       得体の知れない生き物の調理品がズラリと並んでいる。

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04.       イナゴ ?   唐辛子が混ざっている。

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05.        カエルかな ・・

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06.        コオロギ ・・  

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07.     店番の女性たち   髪が黒くて アジアンの親しさを感じる。


日除け帽を被っているが、  11月のこととて さすが長袖だ。

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08.      すずめよりちょっと大きい小型の鳥。    


日本では 野鳥保護の観点から
禁止されている

 ’ かすみ網 ’ のようなもので捕獲するのだろうが、


いずれにせよ 売るほどの量をどうやって確保するのか気になるところだ。

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09.      ガイドブックによると、      カンボジアには 

ある種の昆虫を食べる文化があり、 ’ 昆虫捕獲シート ’ で捕まえるらしい。



田んぼや水辺 草原などに 白いビニールシートを張り 夜、蛍光灯を当てる。

寄って来てぶつかった虫たち、  コオロギ タガメ ゲンゴロウなどは 

下の水溜りに落ち、 御用となる。

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10.       各農家は 通常の農作業と並行して 6~8月には

昆虫獲りに一家総出で力を入れる。    昆虫売買はいい商売になり   

昆虫泥棒も出没するので 一晩中見張りを立て警戒を怠らない。 



日本の サクランボ農家のような苦労があるのです ・・・

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            ( 地中に住む大きなジグモ  素揚げにして食べる  )







11.    本当は 市場の食堂でタランチュラみたいな物を食べればよかったが


観光客は 実際は他所で こんな文化的な昼食をいただきました ~

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12.      ハトくらいの中型鳥。  鳥なら なんとか味の想像がつくが

昆虫の場合は どれも苦みがあり、  ビールのつまみに合うという。



日本でも イナゴの佃煮は今でも食べる地方がある。    しかし、

カンボジアの場合   どれだけ農薬に規制があるかわからないので


虫の佃煮など食べる時は 量に注意しないといけないだろう。

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13.        市場の片隅にお宮があった。 


昆虫供養とは関係無しでしょうが ・・

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百人乗っても大丈夫 !?   



労働者を山盛り乗せたトラックと共に  プノンペンに向かった ・・








゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
   

2017年9月15日 (金)

 「ベン・メリア」 密林に眠る崩壊寺院 ロケ地になった程ドラマチック!


カンボジア アンコール・ワットの約50km東に、 崩壊したまま放置され 


森の中に眠る巨大寺院 「 ベン ・ メリア 」 がある。






01.    この寺院遺跡は アンコールワット建造前の 11~12世紀頃に

造られたとされる。         ガジュマルの一種 スポアンが絡みつく様は

異様ではあるが  逆に 惚れ惚れするほど芸術的だ !

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02.       ベンメリア正門付近 見事に石積みが崩壊している。

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03.       周囲の塀も崩れ去り 来る人を拒むかのようだ。


事実 ベン・メリアは 19Cにフランス人探検家に発見されたものの、 その後

内戦を経て、 地雷などを撤去し、 観光バスのアプローチ用に道路を整備し

一般に公開したのが やっと2001年のこと。

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04.      当初中を歩くのは 一種の冒険のように難しいことだったらしいが、 


2004年に フランス映画 ” 二人の兄弟  Deux freres ”  のロケ地となり

撮影用に木道が組まれ、 それがそのまま 観光用に残されたということだ。

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     (  僧侶も 自撮り棒を持ってます ~ )






05.      題名は不明だが ベン・メリアでは 中国映画も撮られている。



日本の さほど有名でない街でも 人気映画やドラマのロケ地になると

大勢の中国人がやって来るが、  ここでも 中国人が非常に多かった。 



他のアンコール遺跡群と比べ  日本人と中国人の数が傑出し、 

一種異様なバランスだった。

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06.     日本人には ジブリ映画の 「 天空の城ラピュタ 」 のモデルだった、

ということで有名らしいが、 映画の制作年代とベン・メリアの観光地化の年代に

かなりずれがあり、 根拠のない話らしい。



ところで 英語による観光ガイドキャッチコピーは、  これも 成程と思わせる  

” かのインディ ジョーンズの世界 ! ” だ。



イメージ流用であれ何であれ、  例えうたい文句に釣られたとしても 

心配無用、  深い感動が待っている名跡であることに違いない ・・・

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07.       廃墟の中、 細々とレリーフが生き残っている。



神々と阿修羅の綱引き、乳海撹拌の様子 ( 写真上 )

ラーマーヤナの一節 身の潔白を証明するため火に飛び込むシータ姫 ( 写真下左 )

入口近くの破風にある インドラ神 ( 写真下右 )

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08.      ベン・メリアは もし完全に修復されれば アンコールワットを凌ぐ

規模の寺院になると言われている。       しかし アンコールワットは



一大観光地だが、  こちらの方は 地雷の撤去が完全に済んだ訳ではない。 

どくろマークの看板も立ち、  勝手に  藪などを歩き回るのは大変危険だ。

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09.       ところで、  僅かながらフランス人も来ていた。 



フランス人は 例え映画が大ヒットしても  そのロケ地を崇めたり 

興味津々で そこにどっと押し寄せたりすることは まずない。

イライラするほど!??  冷静だ。      



フランス映画自体のこと、 木道を敷いたのがフランス人だと、 

仏人観光客が  知ってか知らずか 、、、

このドラマチックな奇観に惹かれやって来ただけか 、、  不明だけれど。

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10.         この指 生きている !! 

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11.       ベン・メリアを出て プノンペン方面に向かう道すがら

50kmほどの間に 10余りの古橋が残っている。


特に 「 スピアン・コンポンクディ橋 」 は規模が大きく 

建築文化遺産として価値が高い。



古橋の上は 歩行者 自転車 オートバイのみが通り、 他の大型車両には

う回路を設け、  古橋を保護する政策がとられている。



ナーガ (蛇神) の欄干といい 舗装のない土煙りといい 風情がある。

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12.          さて 古橋付近   田舎の風景。  


あばら骨の見えるスリムな牛たちと  藁と  お父ちゃん 、、、

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13.        馬力百倍 たくましいお母ちゃんライダーと  子供たち 、、

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たまたまの出会いで 全部がこうではないけれど




’ 鄙びた昔ながら ’ と  ’ 新しい文明の利器 ’ が入り混じり、  


内戦で消耗しきった男たちと  耐えつつ逞しさを身に着けた女たちが行き交い、





名も無い庶民の まぶしい光景でした。







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2017年9月 8日 (金)

「アンコールワット」 天に近づくため65度の急勾配をよじ登ります


アンコール遺跡群の中でも 最大の規模と建築様式美を誇る

「 アンコールワット 」 は ヒンズー教の宇宙観を地上に再現したもので、


年間300万人も訪れる観光客を魅了している。






01.   世界の中心にあり、神々が住むとする須弥山 (しゅみせん) を

象る中央祠堂へは  急な階段をよじ登ることになり、


尊きものに近づく畏敬の念を 否応なく感じさせられる。

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02.    写真の通り、 アンコールワットそのものは 無限の大洋を意味する

広大な環濠 (1.5kmx1.3km) に囲まれた 小さな四角に過ぎない。  



濠手前の正門からの西参道は 長い道のりとなる。

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03.    中央祠堂は  長方形の回廊に 三重に囲まれている。



写真は一番外側の第一回廊で、 須弥山を囲むヒマラヤ連峰を意味している。

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04.     第一回廊の内側にある 「 十字回廊 」     
当時は


四角い4つの回廊に 王国の農業を支える貴重な水が蓄えられており、

高貴な人の沐浴場でもあったと言う。

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05.     第二回廊から 第三回廊を見上げる。  このような階段が


四方に計12面あり、  昔はどこからでも上がれたが、 転落事故も多く

現在は 一か所に限定されている。

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                       ( 上部 中央が 中央祠堂の尖塔 )






06.      65度の急勾配の石段の上に 別途設えられた踏板と手すりが 


押し寄せる観光客の安全を担っている。

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07.       第三回廊の内側と外側。

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08.      眼下の第二回廊のテラスが 意外と広いこと、 また

第一回廊の伽藍と合わせ 相当立派な建築物だったことがわかる。



シェムリアップの密林も 遥かに続いている。

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09.      さて アンコールワットの最大の魅力は 回廊のレリーフ群だ。

インドの古代抒事詩が壮大な絵巻物となって 東面、北面 西面など 

各回廊の四辺の壁を彩っている。  


乳海撹拌 (下右) や  マハーバーラタ (下左) などはほんの一部だ。



しかし 実際はぐるぐる巡っているうちに 自分がどこにいるのか

分からなくなってしまう。    
強く興味を抱く人は

 前もって物語や絵柄をよく予習しておくのがいいかも知れない。

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10.     一方 セクシーでたおやかなデバタ―像には 女性美が溢れており、

ダイレクトにその魅力が伝わって来る。   顔 冠 首飾り 手の位置など

同じもは一つもない。       それぞれどこか違っている。



黒光りしている部分は 金箔の下地に塗られた漆層が残ったものとされる。

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11.        さて、西日に向かって 西参道から退出する。  


シンハ像のお尻が可愛い ・・

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12.      参道の両側にある聖池に アンコールワットが写り込み

有名な ’ 逆さアンコールワット ’ が出現する。  


場所により 尖塔の数が 3基から5基へ変化する。

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13.         環濠沿いの静かな夕げ 、、、 



門外に出ると 日常と観光客の匂いが入り混じっていた。

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王と神が一体化するため造られた 聖なる場・アンコールワット、

三重の回廊を一段登るごとに 天に近づいてゆくとされた。



西洋の教会も 神を目指して天へ天へその塔を伸ばしていった。




高さでは及ばずながら 壮大な宇宙観は アンコールワット遺跡群の方が

より肉厚に表現されているかも知れない。



それは 自然や動物 そして人間や農業、 プリミティヴなものを


そのまま取り入れた土着の強みのせいかも知れない。








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2017年9月 1日 (金)

「タ・プローム」 ガジュマルに絞め殺されんとする寺院遺跡


アンコール・ワットの北東数キロにある仏教寺院遺跡 「 タ・プローム 」


崩れようとする遺跡と 絡み付き浸食する巨木との闘いが圧巻!






01.      中央祠堂の回廊を押し潰そうとする巨木

熱帯植物 ・ ガジュマルの一種 ズボアン、 


右手は 人を呑み込んだ大蛇のようにも見える。

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02.      横から見ると より複雑に絡んでいる。


タ・プロームは 1186年に仏教寺院として建立されたが

後にヒンドゥー寺院に改修され 以後ヒンドゥー色が濃くなった。

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03.     1000mX600m 四方の 広い敷地を持つこの寺に

かつては数千人もの僧侶や踊り子、 諸般の行事や衣食住を支える人々等

1万人以上が暮らしていたとされる。


踊り子は 数々のレリーフにも登場するが、 祈りや儀式に際し

神聖な踊りを奉げるのに 欠くことの出来ない存在だったと思われる。

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  (  木々の浸食を免れた部分、 崩壊し放置された部分、 )






04.     中央祠堂の一部は 巨木に覆い尽くされ 息も絶え絶え?!

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05.    中央祠堂は美しい女神 ・ デバダーのレリーフに囲まれている。


百年、いや数十年後に 彼女らの姿は残るだろうか ・・

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06.    こちらは ズボアンの根の上に さらに別の植物の根が

からみ   まるで毛細血管のよう !

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07.      モダン・アート顔負けの 芸術的な出来栄え !? 

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08.     たくましい巨人の肩と二の腕 ? ( 東塔門そば )


” 彼 ” は可愛らしい女の子が居並ぶレリーフを守っている 、、

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09.    こちらも彼の腕 ?  それとも足で踏ん張っている ?

寺院の石の庇と建物そのものが潰されるのも 時間の問題だろう。


数年前までは この鉄棒の支えはなかったようだから

熱帯の樹木は 恐ろしいほどの速さと力で 襲いかかって来てるのだ。

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10.   さてこの写真、  樹根の束の間から そっと微笑みかける 

一人のデバダーが写っている。  ( 下の方 だいたい真ん中 )

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11.     呑み込まれんとする時の祈り 、、  悟り 、、、

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12.     回廊を鷲づかみにする 怪鳥の足 ( 左 )。   



別名 ’ 絞め殺しの木 ’ と言われるガジュマル。

地面に向かって伸びた気根は やがて幹とも根とも区別がつかなくなり、

コンクリートや石をも突き破ってしまう。



気根が伸びる方向通りに 石の割れ目が走っている ( 右 )。

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13.     ”  タ・プロームの修復を担当しているインド政府が 

修復計画を発表したものの、 熱帯の巨大な樹木が  今や

遺跡を破壊しているのか、それとも遺跡を支えているのかわからない

という議論が沸き起こっている  ”


と、情報筋が伝えている。

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確かに ここまで来たら 実際手の施しようがないかも知れない。


これほどまでの異形は もはやアートであり 人知を超えた

’ 面白がりの 邪気の業 ’ ではないだろうか。




多分 石積みはもっと破壊され 石片が地に積もり 、、

その傍ら 大きくなり過ぎたガジュマルが やがて自滅し 、、、


つづきを 次世代のどなたか 見て来ていただきたい。








★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★ 

2017年8月25日 (金)

「アンコール・トム」 大らかでハンサム・観世音菩薩の四面塔


栄華を極めた クメール王朝最後の都市跡 「 アンコール ・ トム 」

アンコールは ’ 町 ’ を、 トムは ’ 大きい ’ を意味する。


その名の通り 大きく豪華、 そしてとにかく個性的な都城だ。







01.   アンコールトム入口 「 南大門 」 に向かって左手には

ナーガ (蛇神) を引く神々の列が続く。 (54体)



アンコールトムは 一辺3kmの正方形の環濠と城壁に囲まれており

この道は その濠をまたいで 中央仏教寺院まで通じている。

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02.   道の右手には ナーガを引く阿修羅の列が並ぶ。(54体)



神々と阿修羅は、  仏教世界の中心にそびえる山 ・ メール山に準えた 

バイヨン寺院に 蛇を巻きつけ、  互いに引き合い、

大海に見立てた環濠 (海乳) を撹拌し、 そこから良き収穫物を得ん

とする説話  ’ 乳海撹拌 ’ を  表現しているとか ・・



屈強そうな石像が ズラリと並ぶのに ちゃんと話の筋立てが

あるのに驚いた。 

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03.     これが そのメール山 ( 須弥山 しゅみせん ) の具現化、

アンコールトムの中心にある 「 バイヨン
寺院 12C末 」 だ。 


神々が ここに降臨し、 ここに住まわれるという。

空高く林立する仏塔は いかにも霊峰の如し ・・

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04.       バイヨンは 丸い中央祠堂を 

四角い第一回廊、第二回廊が取り囲んでいる。   周囲には


聖池と呼ばれる池や 崩れたままの石の積み重なり などがある。

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05.      柱列をくぐって進むテラスも、 光が差し込まない

地下空間もあり、  伽藍内部の構造はかなり複雑で迷路のようだ。

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06.   回廊の各所には 様々な物語を表すレリーフが彫られている。

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07.  アンコールトムのハイライトは 「 観世音菩薩の四面塔 」 だ!  


四面に菩薩の顔が彫られた塔が テラスに49、 塔門が5 ある。

合計216面の色々な表情の顔が居並ぶ様は 壮観で、

南国的な大らかさがあふれている。

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08.    これが 最も有名な観世音菩薩。 なんともハンサムな!

と言いたいところだが、 菩薩はその成り立ち、呼称、役割などにより

男性的であったり 女性的であったりする。



日本画でも 美しい衣をまとった 慈愛に満ちた母のような菩薩に

ちょろっとヒゲがあるのを見つけ ハッとすることがある。



歴史と地域による差異 、、 その系譜は複雑だが 

バイヨンの菩薩は  男性そのものだろう。

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09.    というのも、 堂内の各所に彫られた 微笑みの女神 

「 デバダー 」 の この上なく女性的で美しい曲線美と比べたら


ここの観世音菩薩群は まさに男性以外の何物でもない。

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10.    「 パプーオン 11C 」 3層からなるピラミッド型寺院。

かつては50mあって バイヨン寺院より高かったといわれる。 


2mの円柱が3列になって支える 「 空中参道 」 は

地上と天界をつなぐ虹の架け橋とされる。

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11.    「 ピミアナカス 11C 」     9つの頭を持つナーガが

女身となって棲み  クメールの王は毎夜ナーガと交わらねばならず、

一度でも怠れば 王は早死し 王国には災難が降りかかるという伝説の場。



左は らい病に冒されたライ王の像。   病魔に冒され 王の肉体が

崩れる一方で 壮大なアンコールトムと観世音菩薩が完成していく様を 

三島由紀夫が戯曲に著しているそうだ。

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12.     「 象のテラス 」 蓮の花を鼻で摘む象の列柱


造形的にも奇抜で魅力的だ !   人々に敬愛される象の像は 

城内のあちこちで 多用されている。

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( 左側  ライオンとガルーダが一体化した聖獣ガジャシンハ )






13.    「 勝利の門 」  かつて 戦いに勝利した兵士たちが

ここを通って凱旋した。   この門にも観世音菩薩の四面塔があり、 

象の像もしっかり両側に控えている。

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アンコール ・ トムを見物し、 この門から退場したあと

次の訪問先 タ ・ プローム へ向かった。




同じ仏教といっても 日本の 侘び寂びの世界と異なり

直截的でダイナミック、 


南国のエネルギーをまともに浴びた  一日となりました。  







゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

2017年8月18日 (金)

「アンコールワットの日の出」「シェムリアップ」「高床式住居」



sun


01.    早朝、夥しい人々が集まり 同じ方向にカメラを向けている。


視線の先は !?

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02.    ここは アンコールワットの敷地内 西参道聖池前、 

伽藍の向こうに 朝日が昇ろうとしていた !



アンコールワット伽藍の ちょうど真裏から太陽が出れば言うことないが、


富士山の頂上に日が沈む ’ダイヤモンド富士 ’ も 年に2回しか

チャンスがない訳だから、  海外旅行でのこと 贅沢は言えない 。。。 

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03.     少し東へ進むと 蓮池に ’逆さ伽藍 ’ が写った。

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04.     広い敷地全体に 朝から何百人もの人が集まった。


当然のように 観光客目当ての出店がズラリと並ぶ。

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05.    殆どの観光客は 実は 「 シェムリアップ Siemreap 」

という 遺跡群巡り拠点の街から 早起きしてやって来たのだ。  

 

約3000円の ’ 日の出を見るオプショナルツアー代金 ’ を払って

来ているグループもある。

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                              (  賑やかなシェムリアップ )






06.   シェムリアップには 数々のホテルやレストラン、マーケットが あり

 シアヌークのロイヤル ・ レジデンツもある大きな街だ。


しかし メインストリートをはずれると 街はいたって庶民的。  

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07.       日用品が並ぶ店先の道路には舗装がない。

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08.   大通りの建物の看板、  ’ ウエルカム to パリ・ゲストハウス ’

’ サムスン・国の誇りをあなたの手に Galaxyスマホ ’

’ セレナ・レザー25%オフ ’      などなど 見て興味深い !

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09.    ところで シェムリアップから各地の有名な遺跡群へは

10km前後、  観光バスか こんなトゥクトゥクで出かけることになる。



このトゥクトゥクはきちんと整備されているようだ。  彼の商売道具は 

彼の宝ものであり 同時に彼の部屋なのかも知れない。



今度トゥクトゥクに乗ることがあったら 天井を見てみよう。

こんなハンモックが こっそり仕掛けられていないかな、 と。

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10.   さて、カンボジアの地方では こんな高床式住居が目に付いた。


ずっと住め、と言われたら無理そうだが、 

風景としては 何とも懐かしくのどかだ。  危うい木橋を渡ってみたい。

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11.   この地域では ロリュオス川、シェムリアップ川からの

洪水もありうるし 雨季のスコールでも簡単に家が水没しそうだ 、、  



高床式なら風通しもいいだろうし 疫病の蔓延も防げそうだ 、、

階下で 牛などの動物を飼ったり 道具類もしまえるだろう 、、  



カンボジアでは 理にかなった住まい方と言えそうだ。 

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12.    最後に ここは 「 バンテアイ・スレイ遺跡 」



カンボジアの宗教は 内戦時 受難の時を経て来たが

現在は 国民の9割が ” 上座部仏教 ” に帰依しているという。


橙色の僧衣を纏った 僧侶にあちこちで出会った。

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13.     カンボジアでは  成年男子による一時出家は

最高の功徳とされ、  特に 可愛らしい少年僧が 家族を代表して

修行に出る話は テレビのドキュメントで何度か目にしたことがある。

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      ( 左側 東洋のモナリザと言われるデバター像 )




一枚の布を法衣として身にまとう手順は 複雑極まりない。

そういうことも含め、 彼らは一から全てを修行しているのだろう。



彼らのような存在が 当たり前のものとしてあるカンボジアに

社会の進歩度合とは関係なく   敬意を抱いてしまう。  







:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+
   

2017年8月11日 (金)

「ロリュオス遺跡群」 必見!アンコールワットの原形



カンボジアのアンコール遺跡群から15km程離れたところに

アンコール王朝より 300年以上も前に栄えた

「 ロリュオス遺跡群 」 がある。


遺跡群のうち 今回は 代表的な3つの遺跡を訪ねた。






01.      その1つめ、  「 ロレイ遺跡 」  893年建立 


かつては巨大貯水池の中央の小島に建っていた寺だが、

今はすっかり水が干上がり 煉瓦造りの遺跡も今にも崩れそうだ。


修復保護の足場が組まれていた。

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02.    4基の塔の祠堂が交差する中心に 「 リンガ 」 が立っている。

リンガから 砂岩製の樋伝いに聖水を四方に流す儀式が行われたという。



八ヶ岳山麓の武田信玄の分水嶺と意味は異なるが 

クメールの農業を支える 王都の優れた治水技術をアピールすべく 

そのまま宗教儀式に採り入れたのかも知れない。

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03.      くびれた胴と丸い胸を持つ ほほえみの女神デバター、

反対側には 半ズボン姿の逞しい金剛力士像もあった。 


漆喰が剥がれた煉瓦部分と比べて 像の白い漆喰の保存状態が良い。

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04.      「 アンコール ・ レガシー ・ アカデミィ 」

世界的な援助の団体によって運営されている小学校


ロレイ村では 内戦後も貧しい暮らしが続き、

人々の就業率は低く 文盲率は高い。


子供たちはといえば 両親のどちらかがいない子、

特に軍に召集された父親を失った子が多いという。



こうして 学校で学ぶ機会が得られた子供たちの背中を

傍目から見るだけで 幸せが感じられる ・・

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05.    ロレイでは 一部の人は 建設土木か観光の仕事に

就いてはいるが 多くは 零細農業に細々と携わるだけだという。


彼の才能が 
アーティストの職業として成り立てばいいと思うが ・・

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( 牛の皮に 影絵芝居(スバエク) の 人型を彫っている )








06.     その2つめ、  「 プリヤ ・ コー遺跡 」  879年 

レンガ造りの6基の祠堂の色と装飾が見事、 ロリュオス遺跡で最古の寺院。


プリヤ ・ コーとは ’ 聖なる牛 ’ という意味だ。

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07.    名の通り 祠堂に向かって3体のナンディ (聖牛) が並んでいた。

さすが 特別な牛だけあって 首輪というかネックレスがお洒落だ。


シンハ (獅子) も強そうな形相で 寺院を守っている。

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08.     その3つめ、  「 バコン遺跡 」 881年


ロリュオス遺跡群の中でも中心的な存在で、 最初のピラミッド型寺院

として知られている。   南国の花の向うで雄姿が待ち構えていた。

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09.     参道の両側の濠沿いに 奇妙な形の欄干があった。

巨大なナーガ (蛇神) のお出迎えだ。


7頭を持つこの蛇は もともとはコブラをイメージしており

強力な毒と共に 脱皮する不死・回生の象徴として崇拝されていた。

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10.     バコンは アンコールワットの原形として知られている。


境内は東西900m、南北700mと、初期クメール王朝の権力を物語る

大きさだ。 階段の両側では シンハ (獅子) が睨みを利かせている。

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11.      レンガ造りの8基の祠堂と共に 
寺院の四方には 飾りを付けた象が配されている。 


象は神聖な動物として扱われる一方、  神々や貴人の乗り物としても 

戦さの戦力としても 重要な存在だった。

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12.     5層の基壇からなるピラミッド型寺院の階段は少々きつい。

途中で 一休み ・・

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13.     様々な 勇猛で力強い動物たちの石像が寺院を守る様子を

見て回った直後に出会った

生身の牛たちは 意外なほど痩せていた ! 



村々では この種の牛が しっかり働いていたので

もともとスリムな体型の、この地方に独特な牛かもしれないが 、、、

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 アンコールワットと周辺の旅、  つづきます。  






゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

2017年8月 4日 (金)

「 カンボジア・プノンペン 」 オートバイ天国

 


2016年秋、 カンボジアの首都 「 プノンペン 」 へ 

成田から直行便が飛ぶようになった。


7時間弱のフライトで プノンペン国際空港に降り立った。






01.     11月の平均最高気温は30度くらいだが やはり湿気がある。


プノンペンでは メーター付きのタクシーは まだ特別な存在で  

ターミナルの送迎には トックトック (バイタクシー) が活躍していた。

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02.     市内の公共交通機関は まだ充分には整備されておらず 

バイクが人々の主な移動手段となっている。


道幅いっぱいに オートバイが走る姿は壮観だ !



オートバイに免許は要らないらしいが 確かに教習所のコースなんて

無意味というか、 実践力がモノを言いそうだ。

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03.        自家用車 バス オートバイ そしてトックトックが 入り乱れ、

道を譲り合うのか 奪い合うのかわからないが 何とか前に進んで行く。

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04.         小学校のお迎えもオートバイ。

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05.        ヤシの実屋さん

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06.       道に沿って露店が出ているが  完全に車道側を向いている。

オートバイから降りずに買い物が出来て とっても便利だ !

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07.        これは凄い !  電線の束 

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08.        電線とオートバイと出店 ・・        エネルギーが溢れている。  



手前の女性は妊婦さんではなかろうか ~

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09.        実は カンボジア内戦が終結したのが1991年、

以後 カンボジア経済は目覚ましい発展を遂げて来た。 



しかし、 銀行の近代的なビル前にも 電線の束。  

近代化には まだ時間がかかるかも知れない。

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10.        ズラリと並んだ観光人力車

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11.       人力車、 最前まで 車夫さん達の休憩所でした ~




街の食堂、 人々は店先にオートバイで乗り付けて そのままお食事。

常に駐車場のことを気にしている日本の生活と比べたら

本当に便利で 自由です !



あの頃は 自由に駐車できた 、、 オートバイ天国だったよ 、、   

なんて回想する日が  果たして 彼らにも来るでしょうか ~

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12.    カンボジアは1863年から 隣国のベトナム ラオスとともに 

1953年まで フランスの植民地支配を受けていた。



カンボジア国王一家が現に住んでいる王宮や 国立博物館などが集まる

フランス植民地時代からの美しい街並みは 

「 東洋のパリ 」 と謳われている。



が、 それとは対照的な  雑然としてるが しかし生き生きした

プノンペンの庶民の街を見るのも 楽しいことだ。

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とは言え、 長年の内戦で 多くの銃器が今なお氾濫しており

殺人などの凶悪犯罪も多発しているとか、、

特に 夜間など 外出には注意した方が良いと言われている。








13.      高所から見る市内は 新しいビルの建設が盛んで

日本からもどんどん企業が進出している。



他のアジアの首都のように  新市街と旧市街がそれぞれの

方向性で 整備されて行くのだろうが


いずれにせよ 東南アジアらしい 鷹揚で 明るい 混沌とした魅力を

持ち続けていて欲しい ・・・

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このあと アンコールワットなどの観光に出かけます。







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