イタリア ヴェネト州 ヴェニス・ヴェローナなど

2017年5月12日 (金)

ヴェローナ 「ブラボーな!エルベ広場」「イレーネ、君を愛してる !」

 

ヴェローナの中心地は 賑やかな 「 エルベ広場 Piazza delle Erbe 」 だ。


もともと 古代ローマ時代の公共広場を起源として発展した広場なので、

今日でも この地下3~4mあたりに その遺跡が眠っていると言う。







01.      広場の噴水に立つ  「 マドンナ・ヴェローナ像 Madonna Verona 」


頭と腕は後代に付けたされたものだが、 300年頃 他の場所から運ばれて来た 

古代ローマ時代のこのマドンナ像、  美しいヴェローナを擬人化した姿だ。



手にした巻物には " ヴェローナは 正義の伝道者であり 称賛されるのを好む街

questa città è portatrice di giustizia e amante della lode "  と書かれている。      

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                    (  左手は 「 ガルデッロ塔 Torre del Gardello 1370年 」  )






02.      「 カーサ・マッザンティ Case Mazzanti 16世紀 」 

歴史物語のフレスコ画が描かれた商人の館、   古びた様子が魅力的だ。   



豪商たちは  富の象徴として 競って館にフレスコ画を描かせたというが、 

日照りや風雨に晒されつつ 今日まで良く維持保存されて来たと思う。   



私自身はこの壁画が一番のお気入り、 声には出さねど ブラボーの連発だった!

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03.      広場には 「 トリブーナ Tribuna ’演壇’ 13C 」 もある。    


行政官が 政令や裁判の判決を読み上げた場所だが、 同時に 

罪人を鎖につないで 晒し者にした場でもあった。

鎖の付いた首輪が垂れ下がっている。 今は観光用のオーナメントだろう。



しかし トリブーナ脇にある噴水では  恐らく、  野菜から罪人の血まで 

当時から 様々なものが 洗われて来たに違いない ・・

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04.          「 マッフェイ宮殿 Palazzo Maffei 17C 」


ヴェローナの貴族マッフェィ家の宮殿。  古代ローマ時代の神殿跡に

建てられたため、  その流れか  屋上にローマ神話の石像が建っている。


左から    ヘラクレス、ジュピター、ヴェヌス ( 彼女だけが女神 )、

メルクリウス、アポロン、ミネルウァ。




なお 手前の円柱上にいるのが 「 サンマルコの有翼の獅子 」

かつて この地が ヴェネツィアの支配下にあったしるしだ。

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05.     エルベ広場では 色々な土産物と 野菜など生鮮品が売られていた。   



’エルベ erbe’ はイタリア語で 草・薬草・野菜を意味する erba の複数形だ。

もともと この広場は野菜の朝市から始まったのだろう。

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06.          売り絵を描いているのだろうか 、、

額縁に入れると 相当大きくなるし 値も張るだろう。

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07.          どの画家も素敵な絵を描いてます~

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08.       市庁舎脇の 「 ランベルティの塔 」 からエルベ広場を見下ろす。

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09.     さて 旧市街、 イタリアらしく大理石の敷石がピカピカ光っている。


清掃車がゴミを吸い取る。      犬も気持ちよくて動きたくない?!

兵隊さん 角付き帽がお洒落です ・・

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10.       他の多くの古都と同じく ヴェローナも川沿いに発達した。

アディージェ川 Adige とヴェローナ市街、 煌びやかで美しい !

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11.     アディージェ川を挟んで 向かい側にも アウグストゥス時代の遺跡がある。


小高い丘の上には 「 サン ・ ピエトロ城 Castel San Pietro 」 があり 、

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  (  日本では雑に扱われがちの夾竹桃、 儚げなピンクの花びらが美しかった。  )







12.    丘の麓には 古代の 「 ローマ劇場 Teatro romane 」 がある。


これも 修復され 未だに現役として使われている。

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13.         「 ピエトラ橋 Ponte di Pietra 」 

長さ120m、 古代ローマ時代の木橋を起源とする 石造アーチ型の橋だ。



アディージェ川の流れの深さ ・ 速さに応じて  アーチの大きさが異なっている。

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さて、 ピエトラ橋そばの岸壁に 何やら 落書きがあった。

” イレーネ、 君を愛しているよ !  君と僕は空の上3メートルに ・・ ”




意味不明な愛の言葉ではあるけれど そして罰金ものの落書きではあるけれど

その労力と熱意は認めましょう・・・   ^J^





この落書きの結末が 今 どうなっているかわからない  、、


” 川の流れは絶えずして、 しかも元の水にあらず ”




アディージェ川の早瀬のごとく 人生の変化は目まぐるしい。


彼とイレーネの愛は 結実しただろうか・・・    


それとも 水泡に帰しただろうか ・・・
 









・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2017年5月 5日 (金)

イタリア・ヴェローナ 「 ジュリエットからの手紙 」

   
ヴェローナと言えば    シェクスピアの 

「 ヴェローナの紳士 」 や 「 ロメオとジュリエット 」 で有名だ。

しかし実際は、

 シェクスピアは一度もイタリアには来てないらしい。



それらの戯曲には 前の時代に書かれたネタ本があったし、

華やかなヴェローナの隆盛や  ドラマチックな名家の抗争の話は 

優に 彼の耳にも届いていたに違いない。






01.    「 サン・フェルモ・マッジョーレ教会 Chiesa di San Fermo Maggiore 12C 」

フレスコ画や浮彫板、木組みの天井など 内部で見るべきものが多いが、


特に目を引いたのが教会の外部、  

Aventino Fracastoroという人物の石棺が こんな高い所に祀られている !

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02.     「 シニョーリ広場 Piazza dei Signori 」


美しく端麗で気品のあるこの広場、   政争で故郷フィレンツェから追放され、

スカーラ家の庇護の下 ヴェローナで活躍した詩人ダンテの像を


ダンテやスカラ家などの行政長官が住んでいた政庁舎 (13C)や

市庁舎 (12C)、 裁判所、 れんが造りのランベルティの塔

ルネッサンス期のヴェネツィアの建物 ロッジャ・デル・コンシ―リオなどがとり囲む。

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03.      広場の奥から 「 スカーラ家の廟 Arche Scaligero 」 が見えた。

スカーラ家は 13~14Cに ヴェローナを支配した一族だ。

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04.     行って見ると 残念ながら修復中で全容は見られなかったが 

スカーラ家の黄金時代を彷彿とさせる 華麗な墓廟とわかった。


隣のサンタ・マリア・アンティーカ教会のファサードの2階部分にも

カングランデ1世の石棺があった。  高みに棺を設置するとは面白い思想だ。

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          (  写真上は 本来のスカーラ家廟、  オフィシャルサイトから  )






05.     さて 悲劇 「 ロメオとジュリエット 」 は、 スカーラ家隆盛の時代、

教皇派に属するモンテッキ家と 皇帝派に組するカプレーティ家という

敵対する名家のプリンスとプリンセスの悲恋を描いたものだ。



似たような実話はあったらしいが、 ジュリエット本人は架空の人物だ。

それでも  ’ ジュリエットの家 ’ に 行ってみない訳にはいかない。

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06.       しかし ロープが張られて近づけない。 映画の撮影中だった。



貼り紙にはこう書いてあった。  ” 仮題 ジュリエットへの手紙 という映画を

目下撮影中です。  もし 皆様の姿が偶然写真やフィルムに写り込んで、

何らかのメディアで世界中に流れることがあったとしても 

権利は全て当方にあります。    お嫌でしたら このエリアに入るなかれ!



 ” ジュリエットの家を見られず 観光客の皆さま申し訳ありません ”

の一言がないぞ~!

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07.      エキストラの女の子たちが 窓から顔を出していた。

後日 私は当該の映画を見て どんな場面を撮っていたのか知ることになるが

彼女達は 観光客役で出演していたと思う。



ところで このジュリエットの家に詰めかける 多くの観光客が 

ジュリエット宛の手紙をしたため バルコニー下の壁や通路に 

それを貼り付ける習慣があるらしいが、

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08.    それらの手紙は ’ ジュリエットの秘書 ’ なる女性たちが回収し、 

世界中の人々の悩みに答えたり 励ましの返事を書いていると言う。



昔 NHKで そうした番組が放送されていた。   各国語に対応する

スタッフがいて 日本語に対応する人もいたことに驚いた記憶がある。

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     規制が少し緩み、 ジュリエットの家 Casa di Giulietta の前に近づけた。 






09.      通路の先に  ロ~ミオ!と叫ぶ 例のバルコニーが見えた ! 


これさえ見て置けば不幸中の幸いと言うものだ !   実はこのバルコニー 

物語に即して 後付けしたものだと言うが  それでも見ておきたい ・・



Tシャツ・道具を身に着けたスタッフとは違い サラサラ髪の主演女優の姿も見えた。

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10.       下は映画の場面。        
観光客が

 その右胸を触ると幸せになるという ジュリエット像の前で記念撮影。  

ジュリエットへの手紙を書いて壁に貼る。



そして ’ ジュリエットの秘書 ’ が手紙を回収して 事務所へ運ぶ ・・ 

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11.      映画では ルポルタージュ記者の主人公 ・ ソフィーが 

仕事柄 手紙の行方に興味をそそられて 事務所まで付いて行ってしまう。


そして結局 手紙の返事を書くジュリエットの秘書という役割まで担うことになる。



つづきの話をかいつまんで言えば、 

恋人に会いに行くべきか躊躇してると 相談して来た50年前の古びた手紙を 

たまたま見つけ出したソフィーが  ” 真実の愛は過去も現在も真実だから 

今からでも会いに行きましょう ” と、 その差出人に 返事を書く。  



すると  70歳近い老婦人が ロンドンからヴェローナにやって来る。

そして 老婦人とその孫息子、 そしてソフィー 

三人で 婦人の昔の恋人 ・ ロレンツォを探す旅に出る。

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           (  ヴェローナ  街角風景  )






12.     彼らはあちこちで 何十人もの 同姓同名のロレンツォを探すが

最後に シエナにやって来る。   そして シエナ郊外の とあるワイナリーの

経営者が 本物のロレンツォだと判明する。 


その後 50年ぶりの恋が実り、 結婚まで至るというハッピーエンドだ。




おまけに 孫息子とソフィーが恋に落ちて、 ワイナリーのバルコニーで

ロメオとジュリエット張りに 愛を語るというおまけつきだ !




ところで 私にとっても 大きな大きなおまけが付いていた。    

シエナの 「 バティステロ聖堂 Il Battistero 」 前広場のカフェで

ソフィー達が語らうシーンがあったが、


なんとそこは 以前 私が泊まったシエナの宿の窓の下 、、、

見覚えある風景に 目が釘付けになってしまった !

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 (  ホテルの窓からバティステロ聖堂広場を望む。 左下 映画のシーン )







13.        映画だからの あり得ないような筋の展開だが、 

ジュリエット宛に 相談や告白の手紙を書く人が沢山いて、  
しかも 

  それに返事を書く人がいる、 と言うところまでは 紛れもなく現実の世界だ。



現実と非現実をつなぐ  ’ 現代のジュリエットたち ’ 

ヴェローナには そんな女性たちがおりました ・・・

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さて 場所は変わって 「 サン・タナスタシア教会 」。


そこの せむし男が言っている。

” 恐れるなかれ、 ただ信仰を持ち続けるのみ ! ”





思い通りにならないことが多い人生   、現実の向こうに 

何か良い 非現実的なことが起きるかも知れない。


信仰心とは違うかも知れないが 

希望は持ち続けたいと思う ・・・









★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★ 

2017年4月28日 (金)

イタリア・ヴェローナ 「古色蒼然スカーラ橋」「アレーナコンサートに俄雨」


  イタリア・ヴェニスの西方100km余にある古都 「 ヴェローナ Verona 」、

有史前からの歴史を持つ 世界遺産登録の美しい街だ。





01.      アーディジェ川に架かる 「 スカーラ橋 Ponte Scaligero 13C 」


領主スカーラ家の名を留めるこの橋は

「 カステルヴェッキオ城 Castelvecchio 1354年 (現在は美術館) 」 と

一体となって 古色蒼然たる風格だ !

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02.     ローマ帝国時代 植民地だったこの地は、 スカーラ家 Scaligeri の

支配時期 1260年から1387年にかけてが最盛期だった。



現代の人々が行き交う橋の下、 

歴史が刻んだ無数の窪みに 鳩たちが巣食っている。  

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03.         夏の夕暮れ時 7時前 仕事帰りの女性たちが橋を渡る。

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04.      スカーラ橋の近くに  「 ガーヴィ門 Arco d Gavi 1C 」 がある。  


古代ローマ時代の遺構で、 その足元の敷石は 擦り減って摩耗し 

ツルツルに光っていた。


ローマを目指した いにしえのアッピア街道と同じく 歴史の生き証人だ。

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05.      さて 「 アレーナ Arena 1C末 」 も古代ローマ時代の遺跡だが


バラ色と白の大理石、煉瓦ブロックから成る このローマ円形劇場は

未だに現役で  ヴェローナ市民のシンボル的存在となっている。

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06.     アレーナでは 円形の44段の階段席に 約2万5000人を収容できる。 

真ん中の赤い客席は 現代社会が必要とした設えだと思う。    



ランチは  「 ブラ広場 Piazza Bra 」 に面したレストランで 

スパゲッティボンゴレを食べた。

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07.     アレーナでは 毎夏6月中旬から8月末にかけて 

オペラフェスティヴァルが 開かれる。  


この年は プラシナ・ドミンゴなどを迎えて  アイーダ、 トゥーランドット、

セビリアの理髪師、 カルメン、 トスカ などの演目がかかっていた。

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08.       時代物に扮装したスタッフが 観光客の相手をするのは

江戸村や忍者屋敷と似ている    ^&^

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09.     さて この日は オペラでなく、人気バンドのコンサートが予定されていた。


日本で、 ビーズとかミスチルなどが 5大ドームツアーなどをやるのと同じだが

現代人が 2千年前の人々と同じ場に立つなんて 日本では考えられないことだ。



楽しみにしていた地元の人たちが大勢集まり、 

アレーナの周辺に 活気が満ち始めた。

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10.       切符を買わなくても 青天井から音がバッチリ響くので 

アレーナの外の ’ 敷石特等席 ’ も すっかり観客で埋まった。


私達の夕食、 またまたスパゲッティだ。 フルーツパフェはやけに豪華だけど!



そして 夜8時半、   大音響でバンドコンサートの幕が切って落とされた。

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11.     やがて、、、 10時前    突然 土砂降りの雨が襲いかかった。


逃げ惑う人々 、、、     変わり易い天気に慣れっこのヨーロッパ人は

普通 にわか雨にも殆ど動じない。   こんな光景に出会うのは久し振りだった。

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12.      私を含め、 初めから屋根付きレストラン席にいた人々は幸運だ。


そうでない人たちは 雨風を凌ぐ せめてもの避難地帯にひしめいた ・・

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13.      お馬さんはずぶ濡れだが 観光馬車の客席にはシートが掛けられた。


こうなったら もうコンサートはお仕舞だ!   アレーナからサッと群衆が引いた。



しかし、2時間弱の演奏があったから   ” 試合は成立した ” に違いない。  

切符の払い戻しは恐らく無いだろう ・・  

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大荒れで終了したヴェローナ初日でしたが、 



次の日は 再び輝かしいイタリアの日差しが迎えてくれたのでした ~
 








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2017年4月 7日 (金)

ヴェニス 「囚人が別れを告げたため息橋」「屋上テラス・アルターナ」

         
ヴェニス共和国の最も華やかなりし時代の栄光を伝える建物は

「 ドゥカーレ宮殿 Palazzo Ducale 12C末築 16Cまで改築が続く 」 だ。



贅を尽くした 総督の間や数々の行政機関の部屋が居並んでいる。






01.   ヴェニスの太陽が余りにまばゆいので 宮殿に入っても辺りは薄暗闇。

しかし やがて目が慣れると アッと驚く豪華な装飾が見えてくる。


特に 無柱空間 「 大議会の間 Sala del Maggior Consiglio 」 は必見だ。

総督の座の上にある ティントレットの油絵 「 天国 Paradiso 22X7m 」 は

世界一の大きさと言われている。



宮殿内は写真はNGなので、 

公式写真でも借りない限り この凄さはお伝えし切れない!

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02.       部屋の外の回廊に出れば 自由に写真を撮ることが出来る。

彫像の馬たちは 何百年 ヴェニスの栄枯盛衰を見て来たのだろう ・・

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03.        「 中庭 Il Cortile 」 も凄い。  時計のファサードなど 

数々の芸術的な彫刻・装飾を見ることが出来る。


マルスとネプチューンの巨像が控える 「 巨人の階段 Scala dei Giganti 」 は

新しく就任する総督の即位式が行われた場として有名だ。

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04.     さて  ドゥカーレ宮殿の南側 サン・マルコ湾沿いのプロムナードも

( 情緒ある小運河の風景とは対照的に )  ヴェニスの大らかな舞台装置だ。

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05.     ここからも ゴンドラが出ている。  向かいは サン・ジョルジュ島。

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06.      ドゥカーレ宮殿の東側で 人々が写真を撮っている。   

カメラの先は 、、、

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07.  修復中のカバー付きだが、 これが 「 ため息橋 Ponte dei Sospiri 16C 」。   


ドゥカーレ宮殿と 当時の牢獄館 ( Prigioni ) を結ぶ橋で、 

囚人が投獄される前 橋の窓から 最後にヴェネツィアの景色を見て

ため息をついたことから、   イギリスの詩人バイロンが 物語詩の中で

’ Bridge of Sighs ’ と呼んだのが その名称が有名になったきっかけだ。



イタリア語では ’ Il Cielo dei Sospiri ため息の空 ’ と言う名が付いている。


こちらの方が 囚人が窓格子越しに見た光景を適切に表していると言えそうだ。

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日が沈む頃 恋人たちが この橋の下をゴンドラに乗ってくぐると

幸せになるという言い伝えがあるが、


囚人が涙した橋の下、 果たして本当に幸せが来るのでしょうか~  
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08.      サン・マルコ広場の回廊縁に腰かける人々 、、 ラフなスタイルだ。

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09.        回廊に並ぶブティックには 結構な高級品が並んでいる。


” ラフな心構えで ” ふらりとやって来る観光客には とても手が出ない。

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10.       ヴェネチアンガラスは 13C末以来ヴェニスで栄えて来た産業だ。

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11.      ところで 美しい水辺の風景から 目を建物の屋根に転じてみると

何やら 物干し台のようなものが見える。  物干しと言ったら味気ない 、、



これは 余分な土地を持たないヴェネチアンにとって 貴重な憩いの場、

” Venetian Altana  屋上テラス ” 。

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12.      水の都ヴェニスを360度見渡すことが出来る素敵な特等席だ。

最近は このアルターナを売りとするホテルや民宿が 予約サイトで大人気 !


ヴェニスに泊まる予定の方は ブッキングサイトで研究してみてはいかがでしょうか。

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13.       ヴェニスも昔と比べたら 本当に観光客が桁違いに増えた。


押し寄せる観光客が汚染そのものだ、なんて言う人もいるらしいが

それは 日本での 世界遺産に指定された観光地の嘆きと似ているかも知れない。



繁栄と迷惑は紙一重で 痛しかゆしというところだろう ・・・

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鈴なりのお客が乗ったゴンドラは ちょっと ’ 難民船 ’ を思い起こしてしまうが

観光こそ平和の象徴だから、 



ヴェニスよ 海に沈むことなく、  このまま観光客の賑わいを 懐深く受け入れて、


永久の繁栄を続けておくれ ・・・      な~んてね  









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2017年3月31日 (金)

ヴェニス 「ゴンドラは左右非対称」 「ゴンドリエーレには試験がある」 


  ヴェニスと言えば  ’ ゴンドラ Gondola ’  、、


今回は  カナレットとゴンドラのお話  、、







01.      危ういバランスで 宙に浮かぶような三日月型のゴンドラ、


弓なりに湾曲させ 水との接触面を最小にとどめているため、

一つのオールだけでも かなりの推進力を得られるのだそうだ。

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02.     カナレット (小運河) に ゴンドラの列が続く 、、


ゴンドラは左右非対称に出来ており、  左側に乗るゴンドリエーレ (船頭) と

バランスが取れるように 左舷の方が右舷より25cm程度長い。

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 (  左側のゴンドラの 左舷が長いのがわかりますか ~  )






03.   ゴンドラは法律で黒と定められていた時代があり 今でもほとんどが黒塗りだ。


定員は6名。  個性的な設えのペアシートと 他に4脚の椅子があって

バランスを取るため 体重によって座る位置を指示されることもある。



綺麗なお姉さんたちも楽しそうだ ・・

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04.      船体の左側に ゴンドリエーレの漕ぎ位置 ・ 赤いラバーシートがある。 


船頭さん、 建物の壁を蹴って 進行方向を整えま~す 




ゴンドリエーレの制服は ボーダー柄のシャツと リボンを後ろに垂らした麦わら帽、

黒いズボンに黒い靴と決まってはいるが 適度なバリエーションはあるようだ。

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05.     ゴンドラは 長さ11.5m 幅1.4mと かなりスリムだ。

海底に竿さして進むのでなく オールで水を掻くのだから 相当な力が要る。


腰や肩を痛めて 体がボロボロだ、と嘆く人が多いと言う。

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06.     ゴンドラ自体は 白タクのように 船頭自身の持ち物で、

製造・維持・修理にも相当なお金がかかる。


ゴンドリエーレは 昔は相伝の家業だったが、  後継者問題もあり

10年前に実技や理論を教える船頭学校が出来て 一般にも門戸が開かれた。

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07.       400もの橋が架かるカナレット、  橋ごとの風景がある。

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08.      バリアフリーとは正反対の街歩き、 

100m進むにも ベビーカーを何度も持ち上げて 幾つかの橋を越えて行く。


それでも 何にも代え難い情緒がある街角だ ・・

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09.      学校が出来たとは言え ゴンドリエーレの道は険しい。


何はともあれ 強靭な体力あってこその仕事だし、 

観光客相手の商売だから 3か国語以上の語学も必要だ。 


それに ヴェニスの歴史や文化にも精通してないといけない。

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10.      しかし、 それらの条件を満たし 試験に受かれば  今は

外国人でも女性でも ゴンドリエーレになれると言う。    



しかしながら いろいろなものが ロボット化しようとする現代で 

体力を消耗して 人力で個別に人を運ぶなんて、 

誇りと喜びがないと続かない なんともアナログな商売ではありませんか !

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11.        東京ディズニーランドのゴンドラでは 

マイクで お客たちの座を 面白おかしく盛り上げたりするけれど、 


こちらは お客の ” 恋路 ” を邪魔するような 無粋なことはしない。    



言い換えれば ’ 別料金 ’。   サンタルチアなど歌って欲しかったら

もしかして チップが必要かも! (ゴンドラの料金は40分で80ユーロくらい。)

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12.       因みに 現在2人いるゴンドリエーラ (女性船頭) のうちの

一人はドイツ人だそうだ。     


私は以前 日本のある地方の宿で 若いドイツ人女性と食後 合流して

お酒を飲む機会があった。   彼女は ルフトハンザのパイロットだった。  


ルフトハンザの女性パイロットの比率は 僅か3~4%だそうだ。



彼女は 日本の浴衣を着たら ごく普通の若いお嬢さんに見えたが、 

世界中を飛び回るので 結婚は頭にないと プロフェッショナルな言葉だった。



ゴンドラとルフトハンザ 操縦するものは違えど さすが機械好きドイツ人だ !

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13.      今日も 何百年前と同じく ゴンドラはカナレットを進んで行く。



ヴェニスの運河には 観光客や街の人が落とした落し物が 

ごまんと落ちているらしい。


指輪だって 時計だって お金だって 旅行カバンだって 

お皿だって 机だって   なんだって落ちている。



結構な深さだし 潮流もあるし、  それらは決して再び戻らない。

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私も 人生の苦労やしがらみを 運河に全部捨てて来ました !?  








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2017年3月24日 (金)

ヴェニス 「大運河風景」 「リアルト橋は意外と幅広です!」

ヴェニスには117の島々があり、150の運河が巡り 400の橋が架かっている。   



今回は メインストリートに当たる  「 大運河 Canal Grande 」 の風景を

水上バス Vaporettoの窓から眺めた後 有名なリアルト橋を歩いてみました~







01.      逆光の中に浮かぶゴンドラのシルエット、、   18世紀の

イタリアの画家 カナレットの絵に出てきそうなカナル・グランデの風景だ。

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02.      運河の左岸と右岸 両側に美しい歴史的建築物が次々と現れる。


「 カ・ドーロ 黄金の館 Ca d'Oro 1440年 」  ヴェニスで一番優雅な館で

かつては 金色に塗られていたので こう呼ばれている。

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03.      「 パラッツォ・カヴァッリ・フランケッティ Palazzo Cavalli Franchetti 」上

「 トルコ人の館 Fontego dei Turchi 」 下左  など


多くに ' Palazzo 宮殿 '  という名前が付く 貴族の館、商館を兼ねた邸宅、

博物館 、そして教会など  15C~18Cの豪華な建物が目を楽しませる。

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04.        民家と思われる建物の窓辺も美しい。

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05.        ゴンドラや 水上タクシー用の桟橋。

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06.       ゴンドラが こぞって 大運河から 小運河に入って行く ・・

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07.    「 ヴォガルンガ ・ レース ( 長いlunga 漕ぐことvogata  )」 の練習 ?

手漕ぎの舟でヴェネツィアのラグーナ(潟) を 

およそ30kmも走るというからハードです。 (左下)


” Banzai バンザイ ” と言う名のボートがありました ~  (右下)

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08.    さて これが ヴェニスで一番有名な橋 「 リアルト橋 Ponte di Rialto 」

このあたりは 昔も今も商業・経済の中心地で 多くの人々が行き来する。


昔は木製だったが、 パレード見物人の重みで崩壊したり 火災で燃え落ちたりしたため

石橋に作り変えられたと言う (1591年)。



因みに 真ん中の横断幕は Ca'Pesaro館で開かれる モダンアートの

展覧会のお知らせ。

キャッチコピーは   ” 汝、今 転向するなかれ! ”   

モダンアートだけあってなんだか意味深です。

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09.    橋の上から南側を見る (写真上)。   水上バス  運搬船 

乗り合いタクシー 私有ボート そしてゴンドラなど これぞ水の都の大通り。



北側 (写真下)、 丁度 カナル・グランデのカーブ地点にあたり 

こちらも 独特な雰囲気を醸し出している。

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10.        リアルト橋では 自ずと 最高の笑顔に !

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11.      橋の上にはアーケードがあり 多くの商店が並んでいる。


この店には ブラーノ島特産のレース製品が売られていた。  

因みに ヴェネチアン ・ ガラス製品は ムラーノ島特産 ・・

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12.       早朝、 観光客の喧騒が始まる前 このあたりに 

野菜など いろいろな食材が 荷揚げされる。 


畑のない海の街のホテルやレストランにとって

島の外からやって来る新鮮な農産物は頼みの綱だ。

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13.      リアルト橋は 長さ48m、幅22m、水面からの高さ7.5mの太鼓橋だが

上に登ってみると 意外と幅広だ。  


橋を挟んで東西に延びる一本の通りが 一つの繁華街となっている。

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次回は  こちらも絵になる風景、 小運河を回ります。  









★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★   

2017年3月17日 (金)

ヴェニス 「 サン・マルコ広場 」「 鐘楼から絶景パノラマを 」

 
’ 海と結婚した都市 ’ と言われる 「 ヴェニス Venezia 」 は 

やっぱり 海の掌にポカリと浮いておりました。



そんな海の都に辿り着くには ちょっとした手間が必要でした ・・






01.     本土から 鉄道と並行して走る4kmの海沿いの道路を進んで行けば 

そのまま ヴェニス本島に突っ込んで行けそうだが       しかし、


直前で 人々は観光バスから降り、車は有料駐車場に置いて行かねばならない。

( 因みにガレージ Garage SanMarco は 日本からインターネットで確保 )




観光客は ゴロゴロと荷物を引いて バスの発着所に向かう。

バスと言っても ’ 水上バス Vaporetto ’ だ!

普通の市内バスと同じく いくつかの停泊所を回り やっとサン・マルコ着。

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02.   ヴェニスに着いたら まずは 「 サン・マルコ広場 Piazza San Marco 」 に。


広場に面した 「 サン・マルコ大聖堂 Basilica 1073年 」 


ビザンチン ロマネスク ゴシック ルネッサンス 様々な様式が混ざり合う建物、 

白い大理石と金地のモザイク装飾が華やかなファサード、 

ヴェネツィア帝国の桁外れな栄華のよすがが伝わってくる。

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03.         サン・マルコ広場と言えば  ハト  !?

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04.       長方形の広場を囲むのは 新・旧行政官官邸の回廊だ。


その一階部分には 有名なカフェや高級ブティックが軒を連ねており

観光客ばかりでなく 地元の人たちにとっても 

恰好の寄合いスポットとなっている。

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05.      広場は 色々な国からやって来る観光客でいつも賑わっていて

時間帯によっては サン・マルコ大聖堂に入るにも 長蛇の列が出来る。


特に真夏は 素肌が出過ぎないようチェックが入ることもある。



「 鐘楼 Campanile 写真左下 」 の頂上から見るヴェニスのパノラマは絶景だ。

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06.        土産物屋も含めて 広場ごと これがイタリアの輝き !!

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07.      広場には カフェのテーブルが並び 演奏ブースもあった。



ところで ’ ヴェニスの高潮 Acqua alta ’ は有名で、 広場がひたひたと

海水で覆われるニュースは よく見聞きする。            


この異常潮位現象は 秋から春にかけて起こることが多く、 

幸いこの日は7月で 全くの異常なし、、  ちょっぴり見てみたい気もするが 、、、  

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                         ( 右下 高潮の写真は Walks of Italy から )






08.      この回廊にも海水はやって来る。  店主たちも慣れたもので

ブティックの高級品の並べ方にも工夫があるのではないだろうか。



” 沈みゆくヴェニス ”、    この状況を収拾するため 

現代の英知を結集して 様々な措置が取られていると言うが、 

ピサの斜塔の傾きを止めるよりは ずっと難しいに違いない。

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09.      大運河に面している 「 ピアツェッタ Piazzetta 小広場 」 

サン・マルコ広場の南側にある 美しく晴れやかな広場だ。



聖マルコを表す獅子と 聖テオドーロの像をいただく2本の花崗岩の円柱は

コンスタンティノープルから持って来られたものだ。



これらの2本の柱の間には 昔 絞首刑の執行台が置かれていたので、

ヴェネツィア人は 不吉がり 決してこの間を通らないとか・・

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10.      さて、 高さ99mの鐘楼にエレベーターで上がりました。


サン・マルコ広場や ヴェニス全体のパノラマは 

間違いなく世界一美しいと言えそうだ。


この鐘楼は 1902年に突然崩れ落ち  その後 石を積み上げて

再建されたものだと言う。  ( エレベーター付きで助かりました ! )

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11.      見下ろすと サン・マルコ広場が長方形だと言うことがよく分かる。 



次に、   大運河を挟んで 手前にピアツェッタ小広場、 向こう側に

「 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島 San Giorgio Maggiore 」 が見える。



マッジョーレ島に建つ 「 サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会 790年 」 と 

「 ベネディクト派の修道院 982年 」 は   

本島側の広場から 最も美しく見えるよう設計されたのだとか 、、



09.の写真を見ると 教会がまるで陸続きにあるよう 配置されている !

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12.      眼下の 「 サン・マルコ大聖堂 」 には、 828年にエジプトの

アレクサンドリアから運ばれて来た 聖マルコの遺体が収められているはずだ。


聖人の遺体やその一部を手に入れて 教会の礎とし 

信仰の拠り所とする話は よくあることだが、   


本当にこの美しく青い海の向こうから遺体が運ばれて来たとすれば

まるで 神話の世界だ、、 

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13.     カットケーキのような 三角の建物は 「 海の税関 Dogana di Mar 」

その右が 「 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会 S.Maria della Salute 」



サン・マルコ湾と大運河の交わるこのあたり、 重要な見張りポイントだっただろう。

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ところで ヴェニスの島々には 北イタリアのアルプス方面から運ばれた

無数の木材が 杭として打ちこまれている。


だから もし大男が 島全体をムンズと持ち上げて ひっくり返したら

海上に広大な ’ 林 ’ が出現する と言われる。





そんな楽しい想像を巡らせながら 


ヴェニスの絶景パノラマを楽しみました ~  







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

 

2017年3月10日 (金)

パドヴァ街歩き : 何ともお洒落なイタリアン・キス !



  イタリア、 ヴェネチアの西34kmに 古都パドヴァ Padova がある。

この日は お天気も良く、 素敵な街のお散歩となりました ~






01.     「 サンタ・ジュスティーナ教会 15C Santa Giustina 」 を背に 

約9万km2の 「 プラート・デッラ・ヴァレ広場 Prato della Valle 17C 」 がある。



広場の中心には メンミーナ島という楕円形の庭園があり 運河で囲まれている。

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02.      運河に架かる橋のたもと、   早速 ’ イタリアン・キス ’ に遭遇。


この角度、 何とも言えず お洒落です !

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03.      運河沿いには プラタナスが植えられ 建設当時の著名な市民を

模した 78体の彫刻群が並んでいる。  聖人でないところが都市共和国らしい。



本当に美しく 品のある公園だ。

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04.      運河沿い、  見つめ合う二人、   二人だけの世界 ・・

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05.       公園緑地で  寝そべっての ’ イタリアン・キス ’


ありきたりの、  定形でない、、

映画監督に教えたいような?  お洒落なイタリアン・キス ・・ 

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                          (  下はスマホがお相手   )






06.      さて、若い人たちがこんな風にのびのび暮らす パドヴァは大学の街。


1222年創立の 「 パドヴァ大学 」 は ボローニャ大学に次いで 

イタリアで2番目に古い名門だ。       ここは 地理学部。  



 チラシが貼ってありました。  ” パドヴァ平野を流れる

ポー川とその周辺についての映画、 無料ですので見に来て下さい ”

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07.      パドヴァ大学は 見るからに古い大学だ。

古色蒼然とした 「 ボー宮殿 Palazzo Bo 」 自体が大学となっている。 


観光客でもここまでは 門をくぐり自由に入って来られる。   



地動説を唱えたコペルニクスも ここの学生だったとか 、、

因みに彼はボローニャ大学で法律を パドヴァ大学では医学を学んでいる。



また、 内部には ガリレオ・ガリレイ、ダンテなどが講義を行った教壇や

「 テアトロ・アナトミコ 」 と呼ばれる解剖学教室 1594年 もあるそうだ。 

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08.      建物の各所に 政治学部や 法学部・神学部 などの入口があった。


パドヴァ大学には 現在 学部と大学院合わせて 6万人ほど学生がいるので 

この歴史的校舎以外に 市内の各所に学部が分散しているのではないだろうか。 

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09.      さて これは 「 ラジオーネ宮殿 Palazzo della Ragione 13C 」

裁判所だった建物で 3階の屋根付きのバルコニーが珍しい。


現在は 1階アーケードの商店街や広場の朝市に いつも多くの人々がやって来る。



私は 宮殿北側の 「 エルベ広場 Piazza delle Erbe」 で一休み。 

夜7時半でも、 まだディナーの時間ではない。


軽いアルコール飲料 ’ フリッツ・アペロール ’ で つなぐ。

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10.          宮殿南側には 双子のようによく似た広場  

「 フルッタ広場 Piazza della frutta 」 がある。 



ワンちゃんは 噴水の水で 夕食までのつなぎとする   ^&^

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11.          イタリアン・ファミリー

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12.         広場の端っこ、、    立ち話するシニョール、、

オートバイと鳩の群れ、、    如何にもイタリアの日常の街角です ・・

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13.         はい、 こちらも イタリアン・キス 

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結局は  日常のご挨拶なんですね ~~


せっかくのご挨拶、 

 どうせなら パドヴァ風に お洒落にやるのは如何でしょうか、 、 


ナンチャッテ !    







♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

 

2017年3月 3日 (金)

パドヴァ 宗教と芸術の町: こんにちは!ジョットさんマンテーニャさん



 

01.        今や黄色に変色した 2000年付けの日経新聞に 

ジョットが描いた壁画の美術記事が出ていた。    


このパドヴァのスクロヴェー二礼拝堂を訪ねたのがやっと その十年後。

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02.   別棟の待合室でしばらく待った後、 行列を作って 順次礼拝堂に向かった。

作品保護のためだろう、  約20分で退室し 次のグループと交代した。



   礼拝堂はこじんまりとした蔵のように見えたが  中に入ると 

天井から壁一面 びっしりとジョットのフレスコ画で覆われ さながら別世界だった。

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                         (  待合室から中庭を見る )






03.      礼拝堂の大きさは 奥行20.5 幅8.5m 高さ18.5m 。 


ジョットが ヨアキムとアンナ( 聖母マリアの両親 )、  聖母とキリスト、 

彼らの生涯にまつわる 39の場面を描いたのは 1305年から1310年にかけてだ。

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                  (  入口上部は ’ 最後の審判 ’、 

徳島の大塚美術館で 礼拝堂内部の寸分たがわぬものが見られる  )








04.     内部は写真はNGだし 壁画を詳しく見る時間的余裕もなかったが、

80ページの 写真付き日本語版の冊子をそこで買い 後に勉強することが出来た。  



「 最後の晩餐 」 は ダヴィンチなどの後世のものより だいぶ素朴だが 

実際はこういう雰囲気に近かったのではないだろうか。 


代表作の 「 キリストの死への悲しみ (左)」 「 ユダの接吻 (右)」 など

美しく力強いジョットの壁画には 深い宗教性が満ちている。

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05.      「 神 (上)」 「 受胎告知 (左)」 「 出エジプト (右)」 


ところでジョットは アッシジで 「 小鳥に説教をする聖フランチェスコ 」 などの壁画で

成功を収めた後、 イタリア中から引く手あまたの花形画家となった。


フィレンツェやここパドヴァでは 単なる絵師ではなく 高利貸や金融業も営む

政治力と経済力を兼ね備えた 総合芸術プロデューサーとして活躍したそうだ。   


その上 並外れた体力にも恵まれていたらしい。



これだけの名声と名画を残したジョットさん、 イメージとは異なるが

基本 骨太であって当り前かもしれない。

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06.  さてこちらは 「 エレミターニ教会 Chiesa degli Eremitani のフレスコ画 」


イタリアルネッサンス期の代表的画家 アンドレア・マンテーニャの作品だ。


1944年の爆撃で被害を受けたのち 欠損部を残したままで 修復された。

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07.      ジョットより僅か100年ちょっと後だが だいぶ趣きが違う。


マンテーニャ (1431年~1506年) は 遠近法を駆使し 揺るぎない

画面を構成、   人物表現も写実的で 宗教画に見られる堅さがない。



前から凄い画家だと思っていたマンテーニャさん、 

思いがけない出会いでした ・・

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                       ( 写真上が エレミターニ教会 )






08.     宗教の町パドヴァには サンタントーニオ聖堂 (1300年建造) もある。  


聖アントニオの聖遺物を保管している大聖堂で、 

今日でも世界中から巡礼者がやって来る。

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09.       ヴェネチアのサン・マルコ教会に似た ビザンチン風の八つのクーポラが

空にひしめいて、 威光が天から降り注ぐようだ !

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10.        巡礼者やお参りに来る人々が 聖アントニオに捧げようと

白く美しいろうそくを買っていく。

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11.      パドヴァの聖アントニオは アッシジの聖フランチェスコの教えに共感し

フランシスコ会に入信、 そこで熱心に活動した人だ。    失せ物 結婚 縁結び 

不妊症などに心を砕き、  愛 老人 動物の聖人となった。



見るからに優しそうな雰囲気の 彼の肖像画は、 幼子キリストを抱き

本とユリの花とともに描かれるのが基本となっている。

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12.        町では ” 聖アントニオ饅頭 !? ” なども売っていた。



アントニオは説教の名人だった。  そのため  信仰を深めるための

メッセージ (記事) を掲載した ” Messaggero di S. Antonio ” なる 

機関誌が  年に11回 ここ百年以上発行され続けていると言う !



説教を生業とする聖人・神父なら だれでも話は上手だろうが 

とりわけ アントニオさんが群を抜いていたとすれば、  言葉の巧みさだけでなく 

人々の心に届く 不思議な魅力を彼が持ち合わせていたのかも知れない。

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13.     パドヴァは 大学の町としても有名だ。



次回は さらに街歩きをして  

素敵な場所、 こんな風にのんびりした人々、 も見つけてみたい ・・・  

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             ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

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