イタリア ヴェネト州 ヴェニス・ヴェローナなど

2017年4月 7日 (金)

ヴェニス 「囚人が別れを告げたため息橋」「屋上テラス・アルターナ」

         
ヴェニス共和国の最も華やかなりし時代の栄光を伝える建物は

「 ドゥカーレ宮殿 Palazzo Ducale 12C末築 16Cまで改築が続く 」 だ。



贅を尽くした 総督の間や数々の行政機関の部屋が居並んでいる。






01.   ヴェニスの太陽が余りにまばゆいので 宮殿に入っても辺りは薄暗闇。

しかし やがて目が慣れると アッと驚く豪華な装飾が見えてくる。


特に 無柱空間 「 大議会の間 Sala del Maggior Consiglio 」 は必見だ。

総督の座の上にある ティントレットの油絵 「 天国 Paradiso 22X7m 」 は

世界一の大きさと言われている。



宮殿内は写真はNGなので、 

公式写真でも借りない限り この凄さはお伝えし切れない!

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02.       部屋の外の回廊に出れば 自由に写真を撮ることが出来る。

彫像の馬たちは 何百年 ヴェニスの栄枯盛衰を見て来たのだろう ・・

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03.        「 中庭 Il Cortile 」 も凄い。  時計のファサードなど 

数々の芸術的な彫刻・装飾を見ることが出来る。


マルスとネプチューンの巨像が控える 「 巨人の階段 Scala dei Giganti 」 は

新しく就任する総督の即位式が行われた場として有名だ。

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04.     さて  ドゥカーレ宮殿の南側 サン・マルコ湾沿いのプロムナードも

( 情緒ある小運河の風景とは対照的に )  ヴェニスの大らかな舞台装置だ。

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05.     ここからも ゴンドラが出ている。  向かいは サン・ジョルジュ島。

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06.      ドゥカーレ宮殿の東側で 人々が写真を撮っている。   

カメラの先は 、、、

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07.  修復中のカバー付きだが、 これが 「 ため息橋 Ponte dei Sospiri 16C 」。   


ドゥカーレ宮殿と 当時の牢獄館 ( Prigioni ) を結ぶ橋で、 

囚人が投獄される前 橋の窓から 最後にヴェネツィアの景色を見て

ため息をついたことから、   イギリスの詩人バイロンが 物語詩の中で

’ Bridge of Sighs ’ と呼んだのが その名称が有名になったきっかけだ。



イタリア語では ’ Il Cielo dei Sospiri ため息の空 ’ と言う名が付いている。


こちらの方が 囚人が窓格子越しに見た光景を適切に表していると言えそうだ。

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日が沈む頃 恋人たちが この橋の下をゴンドラに乗ってくぐると

幸せになるという言い伝えがあるが、


囚人が涙した橋の下、 果たして本当に幸せが来るのでしょうか~  
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08.      サン・マルコ広場の回廊縁に腰かける人々 、、 ラフなスタイルだ。

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09.        回廊に並ぶブティックには 結構な高級品が並んでいる。


” ラフな心構えで ” ふらりとやって来る観光客には とても手が出ない。

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10.       ヴェネチアンガラスは 13C末以来ヴェニスで栄えて来た産業だ。

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11.      ところで 美しい水辺の風景から 目を建物の屋根に転じてみると

何やら 物干し台のようなものが見える。  物干しと言ったら味気ない 、、



これは 余分な土地を持たないヴェネチアンにとって 貴重な憩いの場、

” Venetian Altana  屋上テラス ” 。

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12.      水の都ヴェニスを360度見渡すことが出来る素敵な特等席だ。

最近は このアルターナを売りとするホテルや民宿が 予約サイトで大人気 !


ヴェニスに泊まる予定の方は ブッキングサイトで研究してみてはいかがでしょうか。

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13.       ヴェニスも昔と比べたら 本当に観光客が桁違いに増えた。


押し寄せる観光客が汚染そのものだ、なんて言う人もいるらしいが

それは 日本での 世界遺産に指定された観光地の嘆きと似ているかも知れない。



繁栄と迷惑は紙一重で 痛しかゆしというところだろう ・・・

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鈴なりのお客が乗ったゴンドラは ちょっと ’ 難民船 ’ を思い起こしてしまうが

観光こそ平和の象徴だから、 



ヴェニスよ 海に沈むことなく、  このまま観光客の賑わいを 懐深く受け入れて、


永久の繁栄を続けておくれ ・・・      な~んてね  









★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

2017年3月31日 (金)

ヴェニス 「ゴンドラは左右非対称」 「ゴンドリエーレには試験がある」 


  ヴェニスと言えば  ’ ゴンドラ Gondola ’  、、


今回は  カナレットとゴンドラのお話  、、







01.      危ういバランスで 宙に浮かぶような三日月型のゴンドラ、


弓なりに湾曲させ 水との接触面を最小にとどめているため、

一つのオールだけでも かなりの推進力を得られるのだそうだ。

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02.     カナレット (小運河) に ゴンドラの列が続く 、、


ゴンドラは左右非対称に出来ており、  左側に乗るゴンドリエーレ (船頭) と

バランスが取れるように 左舷の方が右舷より25cm程度長い。

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 (  左側のゴンドラの 左舷が長いのがわかりますか ~  )






03.   ゴンドラは法律で黒と定められていた時代があり 今でもほとんどが黒塗りだ。


定員は6名。  個性的な設えのペアシートと 他に4脚の椅子があって

バランスを取るため 体重によって座る位置を指示されることもある。



綺麗なお姉さんたちも楽しそうだ ・・

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04.      船体の左側に ゴンドリエーレの漕ぎ位置 ・ 赤いラバーシートがある。 


船頭さん、 建物の壁を蹴って 進行方向を整えま~す 




ゴンドリエーレの制服は ボーダー柄のシャツと リボンを後ろに垂らした麦わら帽、

黒いズボンに黒い靴と決まってはいるが 適度なバリエーションはあるようだ。

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05.     ゴンドラは 長さ11.5m 幅1.4mと かなりスリムだ。

海底に竿さして進むのでなく オールで水を掻くのだから 相当な力が要る。


腰や肩を痛めて 体がボロボロだ、と嘆く人が多いと言う。

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06.     ゴンドラ自体は 白タクのように 船頭自身の持ち物で、

製造・維持・修理にも相当なお金がかかる。


ゴンドリエーレは 昔は相伝の家業だったが、  後継者問題もあり

10年前に実技や理論を教える船頭学校が出来て 一般にも門戸が開かれた。

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07.       400もの橋が架かるカナレット、  橋ごとの風景がある。

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08.      バリアフリーとは正反対の街歩き、 

100m進むにも ベビーカーを何度も持ち上げて 幾つかの橋を越えて行く。


それでも 何にも代え難い情緒がある街角だ ・・

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09.      学校が出来たとは言え ゴンドリエーレの道は険しい。


何はともあれ 強靭な体力あってこその仕事だし、 

観光客相手の商売だから 3か国語以上の語学も必要だ。 


それに ヴェニスの歴史や文化にも精通してないといけない。

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10.      しかし、 それらの条件を満たし 試験に受かれば  今は

外国人でも女性でも ゴンドリエーレになれると言う。    



しかしながら いろいろなものが ロボット化しようとする現代で 

体力を消耗して 人力で個別に人を運ぶなんて、 

誇りと喜びがないと続かない なんともアナログな商売ではありませんか !

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11.        東京ディズニーランドのゴンドラでは 

マイクで お客たちの座を 面白おかしく盛り上げたりするけれど、 


こちらは お客の ” 恋路 ” を邪魔するような 無粋なことはしない。    



言い換えれば ’ 別料金 ’。   サンタルチアなど歌って欲しかったら

もしかして チップが必要かも! (ゴンドラの料金は40分で80ユーロくらい。)

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12.       因みに 現在2人いるゴンドリエーラ (女性船頭) のうちの

一人はドイツ人だそうだ。     


私は以前 日本のある地方の宿で 若いドイツ人女性と食後 合流して

お酒を飲む機会があった。   彼女は ルフトハンザのパイロットだった。  


ルフトハンザの女性パイロットの比率は 僅か3~4%だそうだ。



彼女は 日本の浴衣を着たら ごく普通の若いお嬢さんに見えたが、 

世界中を飛び回るので 結婚は頭にないと プロフェッショナルな言葉だった。



ゴンドラとルフトハンザ 操縦するものは違えど さすが機械好きドイツ人だ !

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13.      今日も 何百年前と同じく ゴンドラはカナレットを進んで行く。



ヴェニスの運河には 観光客や街の人が落とした落し物が 

ごまんと落ちているらしい。


指輪だって 時計だって お金だって 旅行カバンだって 

お皿だって 机だって   なんだって落ちている。



結構な深さだし 潮流もあるし、  それらは決して再び戻らない。

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私も 人生の苦労やしがらみを 運河に全部捨てて来ました !?  








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2017年3月24日 (金)

ヴェニス 「大運河風景」 「リアルト橋は意外と幅広です!」

ヴェニスには117の島々があり、150の運河が巡り 400の橋が架かっている。   



今回は メインストリートに当たる  「 大運河 Canal Grande 」 の風景を

水上バス Vaporettoの窓から眺めた後 有名なリアルト橋を歩いてみました~







01.      逆光の中に浮かぶゴンドラのシルエット、、   18世紀の

イタリアの画家 カナレットの絵に出てきそうなカナル・グランデの風景だ。

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02.      運河の左岸と右岸 両側に美しい歴史的建築物が次々と現れる。


「 カ・ドーロ 黄金の館 Ca d'Oro 1440年 」  ヴェニスで一番優雅な館で

かつては 金色に塗られていたので こう呼ばれている。

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03.      「 パラッツォ・カヴァッリ・フランケッティ Palazzo Cavalli Franchetti 」上

「 トルコ人の館 Fontego dei Turchi 」 下左  など


多くに ' Palazzo 宮殿 '  という名前が付く 貴族の館、商館を兼ねた邸宅、

博物館 、そして教会など  15C~18Cの豪華な建物が目を楽しませる。

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04.        民家と思われる建物の窓辺も美しい。

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05.        ゴンドラや 水上タクシー用の桟橋。

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06.       ゴンドラが こぞって 大運河から 小運河に入って行く ・・

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07.    「 ヴォガルンガ ・ レース ( 長いlunga 漕ぐことvogata  )」 の練習 ?

手漕ぎの舟でヴェネツィアのラグーナ(潟) を 

およそ30kmも走るというからハードです。 (左下)


” Banzai バンザイ ” と言う名のボートがありました ~  (右下)

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08.    さて これが ヴェニスで一番有名な橋 「 リアルト橋 Ponte di Rialto 」

このあたりは 昔も今も商業・経済の中心地で 多くの人々が行き来する。


昔は木製だったが、 パレード見物人の重みで崩壊したり 火災で燃え落ちたりしたため

石橋に作り変えられたと言う (1591年)。



因みに 真ん中の横断幕は Ca'Pesaro館で開かれる モダンアートの

展覧会のお知らせ。

キャッチコピーは   ” 汝、今 転向するなかれ! ”   

モダンアートだけあってなんだか意味深です。

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09.    橋の上から南側を見る (写真上)。   水上バス  運搬船 

乗り合いタクシー 私有ボート そしてゴンドラなど これぞ水の都の大通り。



北側 (写真下)、 丁度 カナル・グランデのカーブ地点にあたり 

こちらも 独特な雰囲気を醸し出している。

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10.        リアルト橋では 自ずと 最高の笑顔に !

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11.      橋の上にはアーケードがあり 多くの商店が並んでいる。


この店には ブラーノ島特産のレース製品が売られていた。  

因みに ヴェネチアン ・ ガラス製品は ムラーノ島特産 ・・

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12.       早朝、 観光客の喧騒が始まる前 このあたりに 

野菜など いろいろな食材が 荷揚げされる。 


畑のない海の街のホテルやレストランにとって

島の外からやって来る新鮮な農産物は頼みの綱だ。

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13.      リアルト橋は 長さ48m、幅22m、水面からの高さ7.5mの太鼓橋だが

上に登ってみると 意外と幅広だ。  


橋を挟んで東西に延びる一本の通りが 一つの繁華街となっている。

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次回は  こちらも絵になる風景、 小運河を回ります。  









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2017年3月17日 (金)

ヴェニス 「 サン・マルコ広場 」「 鐘楼から絶景パノラマを 」

 
’ 海と結婚した都市 ’ と言われる 「 ヴェニス Venezia 」 は 

やっぱり 海の掌にポカリと浮いておりました。



そんな海の都に辿り着くには ちょっとした手間が必要でした ・・






01.     本土から 鉄道と並行して走る4kmの海沿いの道路を進んで行けば 

そのまま ヴェニス本島に突っ込んで行けそうだが       しかし、


直前で 人々は観光バスから降り、車は有料駐車場に置いて行かねばならない。

( 因みにガレージ Garage SanMarco は 日本からインターネットで確保 )




観光客は ゴロゴロと荷物を引いて バスの発着所に向かう。

バスと言っても ’ 水上バス Vaporetto ’ だ!

普通の市内バスと同じく いくつかの停泊所を回り やっとサン・マルコ着。

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02.   ヴェニスに着いたら まずは 「 サン・マルコ広場 Piazza San Marco 」 に。


広場に面した 「 サン・マルコ大聖堂 Basilica 1073年 」 


ビザンチン ロマネスク ゴシック ルネッサンス 様々な様式が混ざり合う建物、 

白い大理石と金地のモザイク装飾が華やかなファサード、 

ヴェネツィア帝国の桁外れな栄華のよすがが伝わってくる。

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03.         サン・マルコ広場と言えば  ハト  !?

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04.       長方形の広場を囲むのは 新・旧行政官官邸の回廊だ。


その一階部分には 有名なカフェや高級ブティックが軒を連ねており

観光客ばかりでなく 地元の人たちにとっても 

恰好の寄合いスポットとなっている。

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05.      広場は 色々な国からやって来る観光客でいつも賑わっていて

時間帯によっては サン・マルコ大聖堂に入るにも 長蛇の列が出来る。


特に真夏は 素肌が出過ぎないようチェックが入ることもある。



「 鐘楼 Campanile 写真左下 」 の頂上から見るヴェニスのパノラマは絶景だ。

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06.        土産物屋も含めて 広場ごと これがイタリアの輝き !!

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07.      広場には カフェのテーブルが並び 演奏ブースもあった。



ところで ’ ヴェニスの高潮 Acqua alta ’ は有名で、 広場がひたひたと

海水で覆われるニュースは よく見聞きする。            


この異常潮位現象は 秋から春にかけて起こることが多く、 

幸いこの日は7月で 全くの異常なし、、  ちょっぴり見てみたい気もするが 、、、  

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                         ( 右下 高潮の写真は Walks of Italy から )






08.      この回廊にも海水はやって来る。  店主たちも慣れたもので

ブティックの高級品の並べ方にも工夫があるのではないだろうか。



” 沈みゆくヴェニス ”、    この状況を収拾するため 

現代の英知を結集して 様々な措置が取られていると言うが、 

ピサの斜塔の傾きを止めるよりは ずっと難しいに違いない。

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09.      大運河に面している 「 ピアツェッタ Piazzetta 小広場 」 

サン・マルコ広場の南側にある 美しく晴れやかな広場だ。



聖マルコを表す獅子と 聖テオドーロの像をいただく2本の花崗岩の円柱は

コンスタンティノープルから持って来られたものだ。



これらの2本の柱の間には 昔 絞首刑の執行台が置かれていたので、

ヴェネツィア人は 不吉がり 決してこの間を通らないとか・・

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10.      さて、 高さ99mの鐘楼にエレベーターで上がりました。


サン・マルコ広場や ヴェニス全体のパノラマは 

間違いなく世界一美しいと言えそうだ。


この鐘楼は 1902年に突然崩れ落ち  その後 石を積み上げて

再建されたものだと言う。  ( エレベーター付きで助かりました ! )

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11.      見下ろすと サン・マルコ広場が長方形だと言うことがよく分かる。 



次に、   大運河を挟んで 手前にピアツェッタ小広場、 向こう側に

「 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島 San Giorgio Maggiore 」 が見える。



マッジョーレ島に建つ 「 サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会 790年 」 と 

「 ベネディクト派の修道院 982年 」 は   

本島側の広場から 最も美しく見えるよう設計されたのだとか 、、



09.の写真を見ると 教会がまるで陸続きにあるよう 配置されている !

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12.      眼下の 「 サン・マルコ大聖堂 」 には、 828年にエジプトの

アレクサンドリアから運ばれて来た 聖マルコの遺体が収められているはずだ。


聖人の遺体やその一部を手に入れて 教会の礎とし 

信仰の拠り所とする話は よくあることだが、   


本当にこの美しく青い海の向こうから遺体が運ばれて来たとすれば

まるで 神話の世界だ、、 

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13.     カットケーキのような 三角の建物は 「 海の税関 Dogana di Mar 」

その右が 「 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会 S.Maria della Salute 」



サン・マルコ湾と大運河の交わるこのあたり、 重要な見張りポイントだっただろう。

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ところで ヴェニスの島々には 北イタリアのアルプス方面から運ばれた

無数の木材が 杭として打ちこまれている。


だから もし大男が 島全体をムンズと持ち上げて ひっくり返したら

海上に広大な ’ 林 ’ が出現する と言われる。





そんな楽しい想像を巡らせながら 


ヴェニスの絶景パノラマを楽しみました ~  







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2017年3月10日 (金)

パドヴァ街歩き : 何ともお洒落なイタリアン・キス !



  イタリア、 ヴェネチアの西34kmに 古都パドヴァ Padova がある。

この日は お天気も良く、 素敵な街のお散歩となりました ~






01.     「 サンタ・ジュスティーナ教会 15C Santa Giustina 」 を背に 

約9万km2の 「 プラート・デッラ・ヴァレ広場 Prato della Valle 17C 」 がある。



広場の中心には メンミーナ島という楕円形の庭園があり 運河で囲まれている。

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02.      運河に架かる橋のたもと、   早速 ’ イタリアン・キス ’ に遭遇。


この角度、 何とも言えず お洒落です !

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03.      運河沿いには プラタナスが植えられ 建設当時の著名な市民を

模した 78体の彫刻群が並んでいる。  聖人でないところが都市共和国らしい。



本当に美しく 品のある公園だ。

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04.      運河沿い、  見つめ合う二人、   二人だけの世界 ・・

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05.       公園緑地で  寝そべっての ’ イタリアン・キス ’


ありきたりの、  定形でない、、

映画監督に教えたいような?  お洒落なイタリアン・キス ・・ 

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                          (  下はスマホがお相手   )






06.      さて、若い人たちがこんな風にのびのび暮らす パドヴァは大学の街。


1222年創立の 「 パドヴァ大学 」 は ボローニャ大学に次いで 

イタリアで2番目に古い名門だ。       ここは 地理学部。  



 チラシが貼ってありました。  ” パドヴァ平野を流れる

ポー川とその周辺についての映画、 無料ですので見に来て下さい ”

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07.      パドヴァ大学は 見るからに古い大学だ。

古色蒼然とした 「 ボー宮殿 Palazzo Bo 」 自体が大学となっている。 


観光客でもここまでは 門をくぐり自由に入って来られる。   



地動説を唱えたコペルニクスも ここの学生だったとか 、、

因みに彼はボローニャ大学で法律を パドヴァ大学では医学を学んでいる。



また、 内部には ガリレオ・ガリレイ、ダンテなどが講義を行った教壇や

「 テアトロ・アナトミコ 」 と呼ばれる解剖学教室 1594年 もあるそうだ。 

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08.      建物の各所に 政治学部や 法学部・神学部 などの入口があった。


パドヴァ大学には 現在 学部と大学院合わせて 6万人ほど学生がいるので 

この歴史的校舎以外に 市内の各所に学部が分散しているのではないだろうか。 

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09.      さて これは 「 ラジオーネ宮殿 Palazzo della Ragione 13C 」

裁判所だった建物で 3階の屋根付きのバルコニーが珍しい。


現在は 1階アーケードの商店街や広場の朝市に いつも多くの人々がやって来る。



私は 宮殿北側の 「 エルベ広場 Piazza delle Erbe」 で一休み。 

夜7時半でも、 まだディナーの時間ではない。


軽いアルコール飲料 ’ フリッツ・アペロール ’ で つなぐ。

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10.          宮殿南側には 双子のようによく似た広場  

「 フルッタ広場 Piazza della frutta 」 がある。 



ワンちゃんは 噴水の水で 夕食までのつなぎとする   ^&^

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11.          イタリアン・ファミリー

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12.         広場の端っこ、、    立ち話するシニョール、、

オートバイと鳩の群れ、、    如何にもイタリアの日常の街角です ・・

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13.         はい、 こちらも イタリアン・キス 

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結局は  日常のご挨拶なんですね ~~


せっかくのご挨拶、 

 どうせなら パドヴァ風に お洒落にやるのは如何でしょうか、 、 


ナンチャッテ !    







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2017年3月 3日 (金)

パドヴァ 宗教と芸術の町: こんにちは!ジョットさんマンテーニャさん



 

01.        今や黄色に変色した 2000年付けの日経新聞に 

ジョットが描いた壁画の美術記事が出ていた。    


このパドヴァのスクロヴェー二礼拝堂を訪ねたのがやっと その十年後。

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02.   別棟の待合室でしばらく待った後、 行列を作って 順次礼拝堂に向かった。

作品保護のためだろう、  約20分で退室し 次のグループと交代した。



   礼拝堂はこじんまりとした蔵のように見えたが  中に入ると 

天井から壁一面 びっしりとジョットのフレスコ画で覆われ さながら別世界だった。

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                         (  待合室から中庭を見る )






03.      礼拝堂の大きさは 奥行20.5 幅8.5m 高さ18.5m 。 


ジョットが ヨアキムとアンナ( 聖母マリアの両親 )、  聖母とキリスト、 

彼らの生涯にまつわる 39の場面を描いたのは 1305年から1310年にかけてだ。

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                  (  入口上部は ’ 最後の審判 ’、 

徳島の大塚美術館で 礼拝堂内部の寸分たがわぬものが見られる  )








04.     内部は写真はNGだし 壁画を詳しく見る時間的余裕もなかったが、

80ページの 写真付き日本語版の冊子をそこで買い 後に勉強することが出来た。  



「 最後の晩餐 」 は ダヴィンチなどの後世のものより だいぶ素朴だが 

実際はこういう雰囲気に近かったのではないだろうか。 


代表作の 「 キリストの死への悲しみ (左)」 「 ユダの接吻 (右)」 など

美しく力強いジョットの壁画には 深い宗教性が満ちている。

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05.      「 神 (上)」 「 受胎告知 (左)」 「 出エジプト (右)」 


ところでジョットは アッシジで 「 小鳥に説教をする聖フランチェスコ 」 などの壁画で

成功を収めた後、 イタリア中から引く手あまたの花形画家となった。


フィレンツェやここパドヴァでは 単なる絵師ではなく 高利貸や金融業も営む

政治力と経済力を兼ね備えた 総合芸術プロデューサーとして活躍したそうだ。   


その上 並外れた体力にも恵まれていたらしい。



これだけの名声と名画を残したジョットさん、 イメージとは異なるが

基本 骨太であって当り前かもしれない。

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06.  さてこちらは 「 エレミターニ教会 Chiesa degli Eremitani のフレスコ画 」


イタリアルネッサンス期の代表的画家 アンドレア・マンテーニャの作品だ。


1944年の爆撃で被害を受けたのち 欠損部を残したままで 修復された。

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07.      ジョットより僅か100年ちょっと後だが だいぶ趣きが違う。


マンテーニャ (1431年~1506年) は 遠近法を駆使し 揺るぎない

画面を構成、   人物表現も写実的で 宗教画に見られる堅さがない。



前から凄い画家だと思っていたマンテーニャさん、 

思いがけない出会いでした ・・

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                       ( 写真上が エレミターニ教会 )






08.     宗教の町パドヴァには サンタントーニオ聖堂 (1300年建造) もある。  


聖アントニオの聖遺物を保管している大聖堂で、 

今日でも世界中から巡礼者がやって来る。

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09.       ヴェネチアのサン・マルコ教会に似た ビザンチン風の八つのクーポラが

空にひしめいて、 威光が天から降り注ぐようだ !

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10.        巡礼者やお参りに来る人々が 聖アントニオに捧げようと

白く美しいろうそくを買っていく。

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11.      パドヴァの聖アントニオは アッシジの聖フランチェスコの教えに共感し

フランシスコ会に入信、 そこで熱心に活動した人だ。    失せ物 結婚 縁結び 

不妊症などに心を砕き、  愛 老人 動物の聖人となった。



見るからに優しそうな雰囲気の 彼の肖像画は、 幼子キリストを抱き

本とユリの花とともに描かれるのが基本となっている。

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12.        町では ” 聖アントニオ饅頭 !? ” なども売っていた。



アントニオは説教の名人だった。  そのため  信仰を深めるための

メッセージ (記事) を掲載した ” Messaggero di S. Antonio ” なる 

機関誌が  年に11回 ここ百年以上発行され続けていると言う !



説教を生業とする聖人・神父なら だれでも話は上手だろうが 

とりわけ アントニオさんが群を抜いていたとすれば、  言葉の巧みさだけでなく 

人々の心に届く 不思議な魅力を彼が持ち合わせていたのかも知れない。

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13.     パドヴァは 大学の町としても有名だ。



次回は さらに街歩きをして  

素敵な場所、 こんな風にのんびりした人々、 も見つけてみたい ・・・  

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