ローマ 永遠の都

2015年10月30日 (金)

「立派だったバチカン市国」「想像が駆け巡った聖職者達の帰宅風景!」

バチカン市国は よく知られている通り 国土面積が0.44k㎡の世界最小の独立国で、

ローマ教皇庁が 国家運営の主軸をなしている。 



そして バチカンは ’ その昔繁栄したキリスト教の国 ’ ではなく、 

今まさに権力の頂点にあり 繁栄の只中にある国だけあって 見る物どれもが凄かった !





 

01.     「 サン・ピエトロ広場 Piazza San Pietro 」 は 合計284本の列柱からなる

円弧形の二つの腕に囲まれている。 その真ん中に 1世紀にエジプトから運ばれたオベリスクが立っている。


この広場には 30万人もの信者が収容出来るという。

01







02.         「 サン・ピエトロ大聖堂 Basilica di San Pietro 」  


この大聖堂はもともと 紀元64年頃 ネロ帝によって逆さ十字に架けられ命を落としたピエトロ(聖ペテロ)

の遺体を埋葬すべく、 コンスタンティヌス帝が ここ殉教の地に聖堂を建てさせたのが始まりだ。

そして  ピエトロ広場も大聖堂も 今日の形になったのは17世紀半ば。



ベルニーニ作の ねじれが加えられた4本の柱で支える 「 ブロンズの天蓋 」29m、

この真下に 「 聖ペテロの墓 Tomba di S.Pietro 」 があり、 最も神聖な場所とされている。

02







03.     聖堂内は とにかく豪華にして威風堂々、 あらゆる設え・装飾類は芸術性が高いと同時に、

信者を地にひれ伏させる威厳と 魂を天に昇華させる清らかな神聖さを併せ持つ 独特な異空間でした。



カトリック世界の総本山だけあって、 そんじょそこらの大聖堂とは比べ物にならないほど 

お金が掛っているなあ、 手間が掛っているなあと 率直にそう思いました ・・

03

            (  ミケランジェロの 「ピエタ」、  地下にあるペテロの墓  )







04.    大聖堂の隣には フレスコ画が描かれた 「 ラファエロの間 Stanze di Raffaello 」 がある。



4室からなっており、   その第1室が 「 コンスタンティヌスの間 」

ラファエロの死後 弟子たちによって描かれた 「十字架の出現 」(左)と 「ミルヴィオ橋の戦い 」(右)

04







05.      第3室が 「 署名の間 」  ラファエロが最初に手掛けた部屋。



「 アテネの学堂 Scuola di Atene  1509年 」 では ソクラテス、プラトン、ヘラクレイトスなど

古代の哲学者や人文学者など 名だたる有名人が一堂に会している。 流石に、 有名なこの絵は一番人気でした!

05







06.    アテネの学堂の興奮が冷めやらぬ間に 私は 「 システィーナ礼拝堂 Cappella Sistina 」 に入った。

実は この写真の下方では 足の踏み場も無いほど 人が押し合っている。 



シャッターを1~2回切った時、 あなた知らないの No Photo よ! と 誰かに英語でたしなめられた。

後でわかったことだが、 聖職者達がこもり 次の法王を選ぶ ” コンクラーベ ” が行われるのがこの部屋だ。

審判を下す神の姿を背に執り行われるこの行事、  確かに 美術館ではなく 現実的に神聖な部屋でした !




何はともあれ、 ミケランジェロの「 最後の審判 」と 数々の天井画の前に 私は口を開けて立ってはいたが

本当は  有名過ぎて その前に立っているという現実感が乏しかった ・・

06







07.     さて、 話は唐突に 日本の徳島県にある 「 大塚美術館 」に 変わります。


ここでは 世界の名画がそのままタイルで再現されている。 曖昧な ’模写’ではなく、写真を元にしているので

寸分違わぬ絵画が再現され かなりクオリティーが高い。  



ここでなら 誰に咎められることなく 天井画の微細な写真を撮ることができるし、 ゆっくり勉強も出来る。  

とにかく 一か所で 世界中の芸術作品に会える お勧めの美術館です !

07







08.      舞台は再びバチカンへ。    システィーナ礼拝堂を出ると 回廊も華やかでした。

「 地図のギャラリー 」「 タペストリーのギャラリー 」などが 120mにわたって続いていた。

08







09.     「 バチカン美術館 Musei Vaticani 」 には 絵画も豊富に収蔵されているが 

特に彫刻作品やエジプト美術に特化した 「 ピオ・クレメンティーノ美術館 Museo Pio Clementino 」 が秀逸だ。



八角形の中庭のコーナーに 風雨に半分触れる形で 「 ラオコーン 」や「 ヴェルヴェデーレのアポロ 」

などが 惜しげもなく立っていた。

09







10.      「 バチカン美術館 」 の入口は バチカンとイタリアを隔てる堅固な城壁部にある。

10

                           (    上は 美術館内部の 螺旋階段   )






11.     今回私は サン・ピエトロ大聖堂を見学しているうちに 夕方6時の閉館時間を迎えてしまい

正面ではなく 裏口から出ることになった。         すると、  

観光客が普段見かけることのない  
聖職者たちの帰宅の場面に出くわした。 




ミケランジェロがデザインしたと言うコスチュームを着た
スイス人の傭兵がガードする傍らで  

彼らが立ち話をしている!   何となく人間的だ !

11







12.     「 ローマ教皇庁 Curia Romana 」と「 バチカン市国 Citta del Vaticano 」 は


意味合いが少し違うが 表裏一体ではある。  バチカン市国は国である以上 行政や財政 法務や教育・厚生

外交や広報など どの国にもある組織がある一方  ローマ教皇庁としては キリスト教の教義や

聖職者の人事を扱う特殊な部門も持つことになるだろう。



結局 枢機卿や司教・司祭などは聖職者であると同時に 国のお役人・国家公務員と呼べるかも知れない。

立ち話する ’ お役人たちの ’ 帯や帽子の色が微妙に違う。  


そして 彼らは これからどこに帰って行くのだろう ・・

12







13.     気になったので調べてみたら 彼らは確かにバチカンの城壁内に住んでいるらしい。 


バチカンの人口は800人余。 市民の殆どがカトリックの修道者で、 教皇庁で働く3000人にものぼる

修道者以外の一般職員は だいたい市国外(すなわちイタリア)に居住し、そこから通勤しているそうだ。





⦅  南米出身の現在のローマ法王フランシスコは 大聖堂を出る時、待ち受けていたリムジンを素通りし、

ほかの枢機卿たちを送迎するバスに乗り込んだ。 また、教皇はバチカン宮殿内の歴代の教皇が使用してきた

豪華な公邸ではなく 寝室が2室しかないバチカンの宿泊施設 カサ・サンタマルタを選んだ ⦆  という

産経ニュースのコラムも目にした。

13

 

 

立派な法衣を着た聖職者たちの 帰宅時間に遭遇したばかりに 

いろんな想像や興味が頭の中を駆け巡った。   





あの豪壮なサン・ピエトロ大聖堂や 有名なミケランジェロやラファエロの芸術に触れたと言うのに

最も印象的だったのが ” 坊さんたちの赤い帯と丸い帽子ーカロッタだった ” とは 

我ながら面白いことでした!!






法王が信者に説教する サン・ピエトロ大聖堂のバルコニーを 振り返りつつ

イタリアとの国境を越え 帰路に着きました ・・・ 





★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

2015年10月23日 (金)

ローマ「コロッセオ」 人間の知恵と叡智と 残酷と欲望と!

ローマと言えば やはり 「 コロッセオ Colosseo 」 への観光は欠かせません。



ヨーロッパの各地には 完全に近い形で残っていて 今でも闘牛やコンサートなどが出来る円形闘技場がある中で、 

向こう側が透けて見える 遺跡という不完全な姿で存在するコロッセオは  

スパッと斜めに切り取られた外壁のラインのお蔭で、 完全なものよりずっと魅力的な姿を見せている。







01.     まず目に入るのが このアングル。  ’ 切り口部分の ’ テラスに人が鈴なりです。


紀元80年に落成したコロッセオは、 縦188m 横156mの楕円形で 高さは48m、 

約5万人を収容した円形闘技場でした。 

壁面に開けられた無数の穴は 建設や補修時に木材で足場を組む時に利用したもの。 

01







02.     これが カレンダーやスクリーンセーバーで よく目にする典型的な姿です ! 

02







03.    闘技場の手前にある 「 コンスタンチヌスの凱旋門 Arco di Trionfo di Constantino 」315年

こちらもかなり古くて、 壁面を彩るレリーフが豪華で魅力的だ。 



観光地での セグウェイツアーは 今や殆ど常識となりつつある !

03







04.      広場はイタリアの子供たち、 世界中からの観光客でごった返していた。

04







05.     コロッセオの内部に入ると 様々なアーチが組み合わされている構造体が目の前に !

 

2000年以上壊れずにそこにあり続けた秘密は、  その建築様式と 数千年の耐用年数があると

言われる ’ ローマンコンクリート ’ にあるそうですが、

確かに これなら地震にも強そうだと 納得したものでした ~ 

05







06.     この闘技場では 5万人もの人々の眼前で 動物対動物 人間対人間 動物対人間の闘い 

キリスト教徒の公開処刑 模擬海戦などが  娯楽の一環として繰り広げられ、

何千何万もの動物と人間の命が失われて来たと言う。 

06







07.     座席は前列が元老院階級 中段が騎士階級 上段が裕福な市民階級 最上階が一般庶民と

女性用で、 アーチ屋根が架かっている席もあるが 他の席には 日除け用の布を張る設備もあったと言う。 



人々は朝からまる一日 飲み食いと共に残酷を楽しんだので 水やトイレ等それなりの設備が整っていたことだろう。

07







08.     動物や剣闘士を乗せ 人力でせり上がるエレベーターや 闘いの後水を浴びる噴水

人々に飲み物・食べ物を提供するシステム 等々、 その為に発達した技術も多々あったに違いない。

08







09.      こうして見ると グラウンドの下は 結構複雑な構造になっている。 

闘いを待つ動物の檻や人間の牢屋もあったらしい。     ところで ここはもともと 



あのネロ帝の黄金宮殿の庭園にあった人工池の跡地を利用して建設された闘技場だった。 

この地下部分はすでに掘り下げられていた訳で、 ここに水を張ることも出来たかも知れない。 

09







10.     コロッセオの内外には こうした石柱遺跡がゴロゴロしていた。 欧州の円形闘技場は

後年、だいたいは 貧民の巣窟になったり 牢屋になったり 石材が盗まれて他で転用されたりしたものだ。



コロッセオの建材も 中世期には他の建築物にどんどん流用され、 つまり一種の採石場の様だったと言う。

大理石の一部はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂にも使用されたそうだから、

それはもう ’ 泥棒 ’ ではなく  ’ 有効利用 ’ と言うべきなのだろう。

10







11.      コロッセオを訪れた現代の女性たち、 着ているものが古代ローマの人々とよく似ている。



中身も いくら文明が発達しようが 2000年ぐらいでは 人間の本質は大きく変わらないかも知れない。

知恵と叡智と 残酷と欲望と コロッセオはまさに人間の本質を具現化したような建物だった !

11







12.     コロッセオの向かいにある建物、 檻の向こうでは猛獣が飼われていたと言う。   



そして このローマの古道、 こんな敷石では 本当に通行しづらかったことだろう。  でも

頑丈だからこそ  2000年ぐらいではびくともしないのですね ・・

12







13.     さて日も落ちました。 観光バスを乗リ継いで アパルトメントに帰ることにしました ~


バスの背後にあるのは 今見て来たコロッセオ、かと思いきや こちらは 「 マルケルス劇場 Teatro di Marcello 」  

シーザーが建設を始めた円形闘技場で 紀元前11年頃完成、  コロッセオより古いとは驚きだ。



この帰り道だけでも バスの上から たくさんの遺跡が見えた。  

” ローマでは 犬も歩けば遺跡に当たる ”  と言えそう ・・・

13





それにつけても あなたは 猛獣に喰われる自分を想像しますか ~



それとも 猛獣に襲われる人を見ながら酒を飲む自分を思い浮かべますか ~







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2015年10月16日 (金)

ローマ「ナヴォーナ広場」のアパルトメントを数日借りてみました~

ローマでは ある程度腰を据えて観光したいものと、 ナヴォーナ広場近くにアパルトメントを借りた。



最近ホテルの予約サイトでは 特に欧州人の間で アパルトメントが人気で 

場所がいいと ホテルより先に予約が埋まってしまう。  広さと自由度が人気の理由だと思う。





01.    「 ナヴォーナ広場 Piazza Navona 」 はローマで 最も美しい広場と言われている。 

紀元1世紀に作られた競技場が原型となっている 275mx106mの 南北に長い楕円形の広場だ。



広場には有名な3つの噴水が配置されていて、 観光客ばかりでなく 地元っ子たちの憩いの場ともなっている。

01







02.      「 四大河の噴水 Fontana dei Fiumi 」 はベルニーニの代表作で、 四方に ナイル ガンジス 

ドナウ ラプラタ川を象徴する像が配置されており どれも面白い事物の組み合わせとなっている。  



特に下の写真、 ラプラタ川の像が腕をかざして 右手の教会が倒れてくるのを防いでいるという話は有名だ。

実際は噴水の方が先に出来ていたのだが、 噴水彫刻家のベルニーニと教会の建築家ポッロミーニが 

激しいライバル関係にあったため 人々が面白可笑しくはやしたのかも知れない。

02







03.         広場では美人さんが 似顔絵を描いてもらってます ~ 

03







04.      あちこちの国で大流行の ’ 空中浮遊芸 ’ 、 やっぱりローマでもお目にかかりました。


因みに 広場の真ん中 あの黒い袋の中で 彼はモゾモゾと準備してましたよ ~ !

04







05.     広場の南側には  「 ムーア人の噴水 Fontana del Moro 」 、   北側には 

「 ネプチューンの噴水 Fontana del Nettuno 」 がある。  それぞれ歴史的な戦や神話を題材に

人物や動物がイキイキと表現されている。   三つの噴水とも まわりを何周しても見飽きない ・・ 

05







06.       ところで 私が5日間ほど滞在したアパルトメントは    広場中央の 

「四大河の噴水」の 手をかざしているラプラタ川の像の真裏に位置していた。



部屋が直接広場に面している訳ではないが、 部屋続きにテラスがあり、そこから見晴らし台に登ると

ナヴォーナ広場が眼下に、 またローマ市内が四方に見渡せた。




部屋代は 一泊177ユーロ (約25000円)と 素泊まりにしては高いかも知れないが 

家族でドッとやってくる人や 自由に行動したい人には すごく便利に違いない。

06







07.     到着日時や鍵の引き渡しなどについて それまでマルコなる男性とやり取りしていたが、

実際行ってみると 30歳くらいの女性が現れ ワインボトルを一本プレゼントだと手渡してくれた。 


調味料 果物などは用意してあるという触れ込みだったが、 固まった砂糖とティーバッグが少々あるだけだった。 




支払は現金にしてくれと言うことで、 銀行まで下ろしに行き 5日分前払いする羽目となった。 

カード払いの足跡を残したくないのだろう。


鍵 エアコンやテレビ wifi 風呂 台所などの説明を受け、 少々交渉事をして彼女とはあっさりサヨナラした。

彼ら 結構いい商売だ !   

07







08.       あとは アパルトメントで どう暮らそうがこっちの自由だ。    しかしながら 

ブラインドが壊れたって 観光バスの停留所の位置を知りたくたって ちょっと病気になったって 誰にも頼れない。



だいたい チェックアウト後に荷物をどこに預かってもらえばいいのだろう ・・・ 

ホテルなら フロントで大抵の話は済むことだ。    欧州生活に慣れた身にも ある種の心配があった。 

08

      (  自撮り棒は イタリアでも大流行でした !   )





09.     それでも どこで暮らしても基本は同じだ。 朝食は沸かしたコーヒーとパン屋のサンドイッチ

そして 八百屋のフルーツ。    夜は五感を働かせて 美味しそうなレストランを見定める。

忙しく観光してるうちに なんとかなって行った ・・

09







10.       上の09.で似顔絵を描いてもらっているカップルです ~  


画家が 東洋人をどんな風に表現するのか 私も一度は描いてもらいたいとは思っているが、  

何しろこのギャラリー  ・・・  sweat01

10







11.        レストランが居並ぶ小路に 占い師がテーブルを出していた。  


手相 タロット 星座などで占い、   イタリア語 英語 スペイン語で解説してくれるらしい。  

手相はなんてったって東洋発祥ですよね ~     一生懸命勉強したのかナア ・・

11







12.      こちらの美女、噴水の流れを受け止めて ~    いえいえ 自撮り中でした ! 



ところで 悪名高いローマの治安ですが、     イタリアも少しは気にしているのか 

主な観光スポットに 昼夜警察車両が貼り付き、 以前よりはずっと平和で 安心な夜歩きが出来ました。 

お巡りさんにいろいろ教えてももらいました ~

12

 





13.      さて、 問題のアパルトメントのチェックアウト、  朝10時に追い出されたあと、 

夜の帰国の飛行機まで相当時間があるので スーツケースはテラスに置いておいていいかと 交渉した。



やって来た女性が 何やら親し気にマルコと電話相談。   たまたま我々の後に予約が入っておらず

荷物をきれいに整理しておいてくれれば 夕方の出発まで部屋を使ってよい ことになり

部屋の鍵はテーブルの上に、通用門の鍵はツボの中に入れて 出て行くことになった。




ホテルでは絶対有り得ないことだ。 最後までトイレを使えたし、 手ぶらで観光できたし 本当に助かった。    

大らかな ( いい加減とは言いません! ) イタリア人万歳 !! 

13



夜の食事は はずれを引かないかと レストラン選びには 結構勇気が要りましたが !?



結局は ピザ スパゲッティ リゾットなど まあこんな具合の毎日でした ・・・  

でも 美味しかったです ~







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2015年10月 2日 (金)

ローマの2500歳「ヴィーナスの誕生」・1900歳「パンテオン」

    ring                                                          ring





01.           ローマの街角で出会う貴重な古代の遺跡は カッコよくて

まるで 現代生活のお洒落なアンティークアクセサリーのようにも見えてくる。

01







02.     さて 誰もが教科書などで 一度は見たであろう 「 ルドヴィシの玉座 Trono Ludovisi 」。


それを目当てに アルテンプス宮に出かけました。 アフロディテが 二人の乙女に海から引き上げられる場面、

紀元前460年のギリシア彫刻は 2500年弱の時を経て 素朴な佇まいで待っていました。



枢機卿ルドヴィシが 16世紀に収集したことからその名が付いたが、 別名 「 ヴィーナスの誕生 」

とも呼ばれている。   本来、愛と美と性を司るアフロディテは どこか艶めかしいものだが

この女神は繊細でナイーヴ,   ’ 生まれたばかり ’ という設定だから 当然のことかも ・・・

02







03.       実は この彫刻の左右の側面に 別な像があることを知って、 大変驚いた !


左側の裸の巫女は 高音低音2本に分かれたフルートを吹いている。 右側の乙女は服を着て香をたいている。

因みに 裸の方がより神に近い神聖な存在で 服を着てる方が俗世的な存在ということだろう。



ここ 「 アルテンプス宮 Palazzo Altemps 」 は 以前の 「 ローマ国立博物館 」 が老朽化したため 

その半分を引き受けた博物館で、 その作品群の質は高く 貴重な古代彫刻ばかりが並んでいる。



日差しが美しい この宮殿の2階のバルコニーを 貴族たちが行き来した場面が想像される。 

地下では 発掘された古代の土台部分を覗けるようになっている。

03







04.     「 自害するガリア人 Galata Suicida 前1世紀 」。  


現在のトルコの一部 ペルガモン国との戦いに敗れたガリアの武将が 捕虜となることを恐れ、 

妻を殺したあと 今まさに喉を突いて自害しようとしている。   

カピトリーニ美術館の 「 瀕死のガリア人 」 と同じく、敗者の像は奥深い趣きを持っている ・・・



ところで この像の背後には 多分後代のものだろうが、つっかえ棒が掛けられている。 

時代こそ全然違うが、 360度どこから見ても完璧に均整の取れたベルニーニの彫刻作品と比べて 

こちらの方には 人間的な親しみを覚えるのは面白いことだ。

04

( レリーフは ローマ人と蛮族ガリアとの戦いを描いた 「 ルドヴィシの石棺 Grande Ludovisi 」 )







05.      さて次は 「 パンテオン Pantheon 」。  1900年も前に建てられたこの建物、

その古さ 美しさ 大きさ 建築技術の高さ、 どれを取ってもローマで一番と言われている。



パンテオンとは ’ 全ての神々の ’ という意味だが、  正面ファサードには  神々をさて置いて!?

’ ルキウスの息子 マルクス・アグリッパが 三度目のコンスルのとき建造した ’

 とデカデカと 記されている。 

05







06.       中の丸い本殿部は 直径・高さ共に43.3mという巨大なクーポラで覆われている。

基礎部の壁の厚みは6.2mもあるが、 賢いことに、 上に行くにつれて 壁は薄くなり 

使う石も徐々に軽いものが用いられているそうだ。 



直径が9mの天井の穴は 「 目 Occhio・オッキォ 」 と呼ばれる。   そこから差し込む日の光は

刻々角度を変え  確かに天上の神々の視線であるかのように美しかった ・・




因みに 国王や聖職者に並んで 37歳で亡くなったあのラファエロの墓 Tomba di Raffaello もここにある。

同じく35歳で早世したモーツアルトの遺体が リヤカーで運ばれ 共同墓地の大穴に投げ込まれたのとは

大違いだなあ、と ふと思ったりしました ・・

06

     (   左上のラファエロの墓は  向かって一番左側の祭壇にある   )








07.        このコリントス様式の柱は太さ4.5m、 計16本が並んでいる。

07







08.     パンテオン前の 「 ロトンダ広場 Piazza Rotonda 」 は 大勢の観光客でごった返している。



ローマにまつわる諺に ” ローマを旅し、 パンテオンを訪れぬ者は  ロバのような愚者で現れ 

ロバのような愚者として去る。 Chi va a Roma e nun vede la, Ritonna asino va e asino ritorna. ” というのがある。



幸いなことに 私はパンテオンを訪れたけれど、  少しも賢くならなかった気がする ・・  

でも クーポラの天井の目玉から降り注ぐ光を浴びた分だけ ご利益があったかも知れない ! 
08

 





09.     市内のあちこちで出会う寺院や彫刻、 芸術活動、 どれもこれも魅力的でした ~

09







10.     「 サンタンジェロ城 Castel Sant' Angelo 」 と 「 サンタンジェロ橋 Ponte Sant' Angelo 」


城は2世紀にハドリアヌス帝が 霊廟として造らせたものだったが、 徐々に要塞として使われるようになり 

その後牢獄になったり 法王の豪華な邸宅になったり 思う存分歴史の荒波を越えてきた建物だ。



テヴェレ川に架かるサンタンジェロ橋の両側は 何体かの天使像に飾られて 本当に豪華、

文字通り サント・アンジェロ,  聖・天使橋だ !

10







11.        パリにはセーヌ、 ロンドンにはテムズ、 ローマにはテヴェレ川 Tevere がある。

やっぱり大都市には川岸の風景が欠かせない。



ところで サンタンジェロ城と 城の左手にあるヴァチカンは 城壁でつながっていて 

その一番高い所にある通路を使い 法王はいつでも城内に避難できる体制だった。  物語満載の風景です。

11







12.        ローマ見物は 見どころも多いし、 坂道も多い。  本当に疲れます。


写真の彼らは純粋な観光客ではないようだが、 木陰とベンチがあったら 私もきっとウトウトしてしまうかも!

12







13.        ” ローマは一日にして成らず ” と言うけれど まことにその通り。


そして 大抵の名所旧跡は観光客でごった返しているが 

歴史を物語るこんな静かな小路も無いこともない。

13



” 郷に入っては郷に従え ”  

たまには ローマ人がやるようにのんびりやってみるのもいいかも知れません。







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2015年9月25日 (金)

ローマの休日は「トレヴィの泉」と「スペイン広場」から

ローマに来たなら 是非行っておきたい場所は トレヴィの泉とスペイン広場でしょうか。







01.       「 トレヴィの泉 Fontana di Trevi 」 にやって来ると 何やら様子がおかしい!

2013年から 修復工事が始まっていたことは 全く知りませんでした ~

01







02.     泉に水は全くなく、観光客へせめてもの慰めか!? 泉の上を歩く橋が出来ていた。 



古代ローマの時代から 20kmも先から水道を引いて作られた人工の泉が始まりと言うが 

やっぱり 水のない泉はあじけない ・・・

02







03.      1762年に完成した 海神ネプチューンと海馬、豊穣の女神・健康の女神などの像は 

間直に見ると やはり迫力はあった。      2015年10月に修復が終了するらしい。  



” Skyline ” というサイトのライブカメラの映像では 足場はほぼ外され渡り廊下はなくなっている。 

03







04.       ところで 誰もが知っている ’ コインを後ろ向きで投げる ’ という試み、

一個めは再びローマに戻れるよう、 二個目は愛する人とずっといられるよう、 そして三個目は

離婚ができますように という願掛けだ。  三個目は離婚が許されてないカトリックに特有のもの。




工事中の今回は 応急的に2メートル四方くらいのコイン投げ場が設えてありました。  

もう笑うしかありません。            こんな所に投げ入れるはずもなく、 

残念ながら 私は 再びローマに来られるチャンスを逸したかも知れません。 

04







05.          さて 次は歩いて行ける距離にある スペイン広場に移動しました ~ 

05

 





06.        近づくと 大勢の観光客と馬車の列、 一目でここだと分かりました。 



「 スペイン広場 Piazza di Spagna 」 と 「 スペイン階段 Scalinata di Trinita dei Monti 」 は

階段の右手に 昔 スペイン大使館があったことから そう呼ばれるようになったそうだ。

06

 





07.       広場の中央には 「 船の噴水 Fontana della Barcaccia 」 がある。 

テヴェレ川で ワインの運搬に使われた小船を象ったもので かの天才彫刻家ベルニーニの作だ。



トレヴィの泉が干上がっていて残念だったが ここでは舟べりから清らかな水が降り注ぎ ホッと一息。

07







08.      映画 「 ローマの休日 」 で オードリー・ヘップバーンが この泉で遊んだように

皆代わり合って 水を触ったり飲んだりしていた。



スペイン階段の上には、 「 トリニタ デイ モンティ教会 Trinita dei Monti 1502年~ 」 がある。  

修復中で 残念ながら垂れ幕で覆われていたが、 これは フランス王ルイ12世の命で 建設された教会で、 

教会前の広場は 「 フランス広場 」 と呼ばれている。 

08







09.          このスペイン階段も 「 ローマの休日 」 の一シーンで有名だ。  



このあたりには 噴水と階段があるだけだが、  やっぱり明るい雰囲気のロケーションが素晴らしい。 

とにかく皆やって来たということだけで満足する。 そして ステップに腰かけて穏やかなひと時を満喫する。 

09







10.      因みに 当時トリニタ教会は急峻な崖の上にあり 行き来は楽ではなかったらしい。 

建設された ” スペイン階段が スペイン広場とフランス広場を 繋いだ ” 形となった。



今日 世界中の人々が訪れるこの場所も  映画 「 ローマの休日 」 のヘップバーンが橋渡し役となり

何倍もの付加価値を得ることになったのではないでしょうか。

10







11.            御者さん、昨晩は飲み過ぎですか ・・・

11







12.        本物の教会の姿は隠れていましたが 「スペイン階段」 の丘は 結構高い !  


この辺りは 今では高級ブティックが集まるショッピングゾーンとなっている。 

こんな 大胆ファッションの女性も闊歩していて  余りのスタイルの良さに しばらく後を追いました !



写真の行列は 地域は異なりますが 「 真実の口 」 に 手を差し入れるための行列です。

やっぱり ヘップバーンの人気は 永遠のもののようですね !

12







13.           私も   疲れる美術館や教会巡りと違って、 

肩の凝らない ひと時の 「 ローマの休日 」 を  エンジョイすることが出来ました。 

13





しかし正直   遅ればせながら、   も一度  DVD「 ローマの休日 」 を

見直さなきゃアカンと 思ったものでした。 







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜





ローマ探訪 つづきます ・・・

2015年9月18日 (金)

「フォロ・ロマーノ」と「ボルゲーゼ美術館」彫刻こそ至高の芸術!?

ローマの観光は、 2000年以上の歴史の原点であり 古代ローマの政治・宗教・商業の中心地だった 


「 フォロ・ロマーノ Foro Romano 」から 始めることにいたしました。







01.    このフォロ・ロマーノは 戦勝将軍の凱旋行進が行われた聖なる道 「 ヴィア サクラ Via Sacra 」

を300mの縦軸として、横軸が100mの地域で、  建設は 紀元前6世紀からと言われます。



8本の円柱が並ぶのが 「 サトゥルヌス神殿 Tempio di Saturno 4C 」。 

01







02.      手前が 「 セッティミウス・セヴェリウス凱旋門 Arco Settimio Severo 」 203年


皇帝の戦勝を記念してに建てられたもので、 文字や浮き彫り装飾が豪華な雰囲気を醸し出している。 

02







03.        古代ローマの繁栄を想起させる これらのアッと驚くような光景は  

市庁舎脇の 「 カンビドーリオの丘のテラス 」 から 一望のもとに見渡される。

03







04.     テラスから 市庁舎の脇を通り 「 カンビドーリオ広場 Piazza del Campidoglio 」 へ。

広場の両サイドに 「 カピトリーニ美術館 Musei Capitolini 」、 正面に市庁舎が控えている。



カンビドーリオ広場のこの独特なデザインは ミケランジェロの原案・設計によるものだ。 狭いスペースを

大きく見せるために 市庁舎に向かって奥を広くする台形とし、楕円形の模様の縁は建物より低くなっている。

04







05.     この美術館は 法王がローマ市民に送ったブロンズ像を設置する目的で作られ、

市民に一般公開される美術館としては 世界初のものとなった。  しかも 石像の一つ(写真右上downwardright)には

” モノ言う像 ” として 法王庁に対する悪口や避難の言葉を書いた紙を自由に貼り付けさせたというから 

さすが 当時の ’ 先進国 ’ の流儀ではありませんか!




写真の ” とげを抜く少年 ” は 紀元前1世紀というから驚きだ。  


たまたま 美術館脇で修復作業をしていた男性の姿と比べても、 

何千年ものあいだ ’ 人間は変わらず人間であり続けている ’ と思わされたものでした。 

05







06.     ” 瀕死のガリア人 Galata Morente ”  深手を負って力尽きる寸前のガリア兵士の姿。



この像は ローマが栄えるもっと前、 ヘレニズム世界の大王が 今のフランス・北イタリアあたりに住む

’ 蛮族・ガリア人 ’ に対する勝利を記念して作らせたものだ。



勝利の雄叫びの代わりに 敗戦側の人間的な悲哀・尊厳を表現するとは 何と哲学的で深い心情だろうか。

06







07.     カンビドーリオ広場では 今、市庁舎に結婚届を出したカップルが 記念撮影をしていた。



ローマには7つの丘があるというが、 この階段を見ても ローマの丘の起伏が想像される。

07







08.      さて次は 「 ボルゲーゼ美術館 Museo e Galleria Borghese 」。

このボルゲーゼ家歴代の美術館は 美しい庭園や カラヴァッジョやラファエロの絵で有名です。



しかし そういう作品群には 日本でもお目に掛れたが、 ボルゲーゼ美術館側が 貴重過ぎて 

門外に絶対出せない作品群がある。    それこそ ” 傑作揃いの彫刻群 ” なのです。

08







09.      「 プロセルピーナの略奪 Pluto e Proserpina 」 G.ベルニーニ 1622年

冥界の王プルートが 一目ぼれした女神プロセルピーナを略奪しようとしている場面。  



逃げようともがく女神、 逃がすまいとするプルートの指が プロセルピーナの太ももに食い込む。  

まるで大理石に命が宿ったかのように 迫力と躍動感がみなぎっている。

09







10.      この作品  ぐるりと全方位から見られるが どの角度から見ても完璧だ!  

コンピューターもない時代 どうして こんなパーフェクトな仕事が出来たのだろうか・・



二次元の平面で表現する絵画より  もしかして ’彫刻の方が偉い’  のではないか!? なんて感じたが、 

ローマに入らば ローマ人の眼で見よ っということだろうか。 彫刻こそ至高の芸術だ、とすっかり洗脳された形。

10







11.     「 アポロとダフネ Apollo e Dafne 」 G.ベルニーニ  1625年



こちらも 太陽神アポロが 恋する美しい娘ダフネを我が物にしようと ダフネに触れた瞬間、

ダフネの指からオリーブの枝葉が生え   足先からは根が生え 

彼女の体も脚から上へと樹皮に覆われて行く。    そんな緊迫感溢れる情景だ。 

11







12.     この彫刻も どこから見ても完璧だ!  女神はもとより、 追いかける側のアポロも 


お肌もつややかで 若々しい二人組だからだろうか、   オリーブの枝葉のロココ的な装飾と相まって 

ドラマチックな中にも  繊細でロマンチックな美しさが溢れている。 

12







13.         「 パオリーナ・ボルゲーゼの肖像 」  カノーヴァ  



周囲にオーラを放つ この座像は 古典的で端正だ。   モデルとなった女性が ボルゲーゼ家の嫡男

カミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼと結婚した あのナポレオン・ボナパルトの妹だと言うから驚きだ。

13




この作品の裏では  ボルゲーゼ家とナポレオン、そして作者のカノーヴァ、 三者の政治的・人間的関係が

複雑に絡みあっていたというが  その辺の事情はさて置き、




ヨーロッパ中に功罪の痕跡を残したナポレオンが  こうして 白い肌の永遠の美を得た妹の座像を

イタリアに置き土産したことは 大変面白いことでした。







今回のローマ見物は かくして 感動しつつ、疲れつつ、 順調に滑り出しました ~~




★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・★゜

2015年9月11日 (金)

「ピエンツァの古チーズ」・「ローマの松を背にアッピア街道からローマ入城!」

次はいよいよローマですが ローマに入るその前に、 


1996年に世界遺産となった小さな町ピエンツァを訪ねました。







01.           トスカーナの丘陵地帯にある古都 「 ピエンツァ Pienza 」 は

糸杉やオリーブが並ぶ 美しいオルチャ渓谷の只中にある。

01







02.     ピエンツァは、 当時かなりの知識人で 詩人・外交官だったエネア・シルヴィオと言う人物が 

1458年に教皇ピオ二世となったのを期に、   もとの小さく辺鄙な村を

世俗と宗教両方の権力が結びついた フィレンツェに似た理想都市に作りあげようとした場所でした。

02







03.     「 大聖堂 Cattedrale 1462年 」 「 パラッツオ ピッコローミニ宮殿 Palazzo Piccolomini 

と その前にある美しい装飾井戸 15C 」 などが見どころですが、  1461年のピオ二世の死により


その壮大な野望は頓挫し、 この町は 長い歴史の中に埋もれ とり残されて来たのです。

03







04.      しかし、町の南側の城壁テラスから望む トスカーナの晴れやかなパノラマは 値千金 !

04







05.      ところで この町の通りの名前が振るっている。 ’ 幸運通り Fortuna ’ ’ 愛の通り Amore ’

’ 接吻通り Bacio ’ ’ 暗闇通り Buia ’ 等々     どんな謂れがあるのだろうか ・・・

05







06.     ピエンツァでは 毎年夏の終わりに 「 チーズ転がし祭り Foera del Cacio 」 がある。

チーズを立てて転がして 紡錘形の的の一番近くに止めた人が勝ちというルールだ。  



チーズは普通フォルマッジョ Formaggio というが 、この町のチーズは カチョ Cacio と呼ぶそうだ。


年季の入った 癖のありそうな? 古チーズが売られていましたよ ~

06_2

                           (  祭りの様子はオフィシャルサイトから  )







07.      さて、夕暮れ時となりました。 一気にローマに入らず  郊外のモーテルに泊まることに ・・

独特な形の ’ ローマの松 ’ が 夕日を背にシルエットとなって浮かびます。 

07_2







08.      モーテルは幹線沿いで、 車はびゅんびゅん吹っ飛ばす。 そこで窓ガラスは二重になっている。

レセプションのお姉さんは イタリア語以外話せない。   こんな場末に泊まって大丈夫だろうか ~~



ところが レストランに降りて行くと 自由に取れる料理が真ん中にずらりと並び、   イベリコハムは

ちゃんとハンドカットしてくれるし、  ピザは生地伸ばしからピザ釜仕上げまでハンドメイドだ。

スパゲティの具も豪華だし  イタリアきのこ・ポルチーニも香しい。    当たりだった !

08_3







09.     翌朝、 いよいよ ” ローマ入城 ” だ。  朝日のローマの松も なかなかかっこいい。



音楽ファンなら誰でも知っている イタリアの作曲家レスピーギの交響詩 ローマ三部作 

「 ローマの噴水 ・ ローマの松 ・ ローマの祭り 」 に出てくる松だ。 

09b_2







10.     特に 「 ローマの松の第4部 アッピア街道の松 」では 朝霧のアッピア街道の静けさと 

ローマの軍隊が 勝利のファンファーレを響かせ 街道をばく進する様が勇壮に表現されている。 



今日のアッピア街道は  一部車が走る普通の道となり、一部はいにしえのまま保存されている。


どうしても アッピア街道方面からローマ入城してみたかった。  それが叶った瞬間でした ・・

10







11.      ローマ市に近づくと 古代ローマ・中世・近代 いろいろな形と厚みの城壁が 街を囲っている。


その一つをくぐり市内に入ると、  人と車の雑踏 街路樹の光と影 いろんなものが一度に襲ってきた。

11







12.      ハッと気づくと 車が赤信号で停車した瞬間 男が飛び出てきて 頼まれもしないのに

前の車のフロントガラスに洗剤をシュッとひと吹き、 ガラスを拭いてチップを要求していた。



あっ ここは大都会ローマだ!  ぼ~っとしてたら痛い目に遭う。  身が引き締まった瞬間でした。 

12







13.      ヨーロッパの諸都市が どんなに魅力的だと言っても、  どんなに古いと言っても、

ローマほど 多種多様な文化と様々な過去の証しが ぶ厚く混在している街はないのではないだろうか ・・



巨大な怪獣を相手にするようなものだが なんとか楽しめるといいな、と願いつつ 歩を進めました ~

13





★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

その他のカテゴリー

bellaのアトリエ | 「アメリカ国立公園」は雄大なり! | 「チロル地方」オーストリア | やっぱり凄い モンサンミッシェル | りんごの村 | アルザス・ロレーヌ | アールヌーボー発祥の地 | イギリス 植物王国 | イタリア ウンブリア地方 アッシジなど | イタリア エミリア.ロマーニャ地方 ボローニャなど | イタリア トスカーナ地方 | イールドフランス | オンフルールは画家の聖地 | カナダ メープル紅葉便り | カナダからの手紙 英国の香り | グラスゴーは意外とお洒落な街! | ゴッホ終焉の地 | ゴーギャンのブルターニュ | ゴージャス!「イタリア湖水地方」 | シスレー と ミレー | スコットランド 「古城街道」と「ウイスキー街道」 | スコットランド エジンバラ | スコットランド中東部 歴史ある古都巡り | スペイン サラゴサとタラゴナ | スペイン 地中海・ピカソの町とジブラルタル | スペインの「白い村」 | スペイン中西部、遥かな地平と丘陵と | セビリアとコルドバ アンダルシアの華 | ドイツ 「ロマンチック街道」 | ドイツ「 古城街道 」 | ドイツ南端 「アルペン街道」 | ネッシーとハイランド | ノルマンディ(フランス) | バカラ クリスタルの町 | パンプローナとその周辺 | ピレネー山脈・大自然とその文化 | ピレネー山麓・フランス側も面白い! | フランス・中世ロマネスクの旅 | ブルゴーニュ 美食の地 | ブルターニュ どの町も個性的! | ポルトガル鷹の巣城 | マカオ ”エキゾチックタウン” | ミュンヘン ” のん兵衛天国 ” | モネの色彩を育んだ町 | モントリオールとケベックシティ ”私は忘れない” | リヨン、フランス第2の都市 | ルノワールのセーヌ川 | ローマ 永遠の都 | 信州の風 | 光のスイスアルプス | 光のフランスアルプス | 北仏画家の町 | 南フランス コートダジュール | 南フランス プロヴァンス | 南仏画家の町 | 国内旅行 | 奇岩のイタリアアルプス | 活気のバルセロナ | 花の都フィレンツェ | 魅惑のパリ

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

カテゴリー

フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック