イタリア トスカーナ地方

2015年9月11日 (金)

「ピエンツァの古チーズ」・「ローマの松を背にアッピア街道からローマ入城!」

次はいよいよローマですが ローマに入るその前に、 


1996年に世界遺産となった小さな町ピエンツァを訪ねました。







01.           トスカーナの丘陵地帯にある古都 「 ピエンツァ Pienza 」 は

糸杉やオリーブが並ぶ 美しいオルチャ渓谷の只中にある。

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02.     ピエンツァは、 当時かなりの知識人で 詩人・外交官だったエネア・シルヴィオと言う人物が 

1458年に教皇ピオ二世となったのを期に、   もとの小さく辺鄙な村を

世俗と宗教両方の権力が結びついた フィレンツェに似た理想都市に作りあげようとした場所でした。

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03.     「 大聖堂 Cattedrale 1462年 」 「 パラッツオ ピッコローミニ宮殿 Palazzo Piccolomini 

と その前にある美しい装飾井戸 15C 」 などが見どころですが、  1461年のピオ二世の死により


その壮大な野望は頓挫し、 この町は 長い歴史の中に埋もれ とり残されて来たのです。

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04.      しかし、町の南側の城壁テラスから望む トスカーナの晴れやかなパノラマは 値千金 !

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05.      ところで この町の通りの名前が振るっている。 ’ 幸運通り Fortuna ’ ’ 愛の通り Amore ’

’ 接吻通り Bacio ’ ’ 暗闇通り Buia ’ 等々     どんな謂れがあるのだろうか ・・・

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06.     ピエンツァでは 毎年夏の終わりに 「 チーズ転がし祭り Foera del Cacio 」 がある。

チーズを立てて転がして 紡錘形の的の一番近くに止めた人が勝ちというルールだ。  



チーズは普通フォルマッジョ Formaggio というが 、この町のチーズは カチョ Cacio と呼ぶそうだ。


年季の入った 癖のありそうな? 古チーズが売られていましたよ ~

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                           (  祭りの様子はオフィシャルサイトから  )







07.      さて、夕暮れ時となりました。 一気にローマに入らず  郊外のモーテルに泊まることに ・・

独特な形の ’ ローマの松 ’ が 夕日を背にシルエットとなって浮かびます。 

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08.      モーテルは幹線沿いで、 車はびゅんびゅん吹っ飛ばす。 そこで窓ガラスは二重になっている。

レセプションのお姉さんは イタリア語以外話せない。   こんな場末に泊まって大丈夫だろうか ~~



ところが レストランに降りて行くと 自由に取れる料理が真ん中にずらりと並び、   イベリコハムは

ちゃんとハンドカットしてくれるし、  ピザは生地伸ばしからピザ釜仕上げまでハンドメイドだ。

スパゲティの具も豪華だし  イタリアきのこ・ポルチーニも香しい。    当たりだった !

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09.     翌朝、 いよいよ ” ローマ入城 ” だ。  朝日のローマの松も なかなかかっこいい。



音楽ファンなら誰でも知っている イタリアの作曲家レスピーギの交響詩 ローマ三部作 

「 ローマの噴水 ・ ローマの松 ・ ローマの祭り 」 に出てくる松だ。 

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10.     特に 「 ローマの松の第4部 アッピア街道の松 」では 朝霧のアッピア街道の静けさと 

ローマの軍隊が 勝利のファンファーレを響かせ 街道をばく進する様が勇壮に表現されている。 



今日のアッピア街道は  一部車が走る普通の道となり、一部はいにしえのまま保存されている。


どうしても アッピア街道方面からローマ入城してみたかった。  それが叶った瞬間でした ・・

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11.      ローマ市に近づくと 古代ローマ・中世・近代 いろいろな形と厚みの城壁が 街を囲っている。


その一つをくぐり市内に入ると、  人と車の雑踏 街路樹の光と影 いろんなものが一度に襲ってきた。

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12.      ハッと気づくと 車が赤信号で停車した瞬間 男が飛び出てきて 頼まれもしないのに

前の車のフロントガラスに洗剤をシュッとひと吹き、 ガラスを拭いてチップを要求していた。



あっ ここは大都会ローマだ!  ぼ~っとしてたら痛い目に遭う。  身が引き締まった瞬間でした。 

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13.      ヨーロッパの諸都市が どんなに魅力的だと言っても、  どんなに古いと言っても、

ローマほど 多種多様な文化と様々な過去の証しが ぶ厚く混在している街はないのではないだろうか ・・



巨大な怪獣を相手にするようなものだが なんとか楽しめるといいな、と願いつつ 歩を進めました ~

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2015年9月 4日 (金)

芸術の都 シエーナが生んだ色の名は ”バーントシエーナ”

イタリア・トスカーナ州、三つの丘の上に作られた 褐色の古都シエーナ 


そこでは 長い歴史の中から生れた質の高い芸術が 圧倒的な魅力を放っておりました !







01.          シエーナ大聖堂に付属する 「 ピッコローミニ図書館 Libreria Piccolomini 1502年~ 」

画家ピントゥリッキオが 教皇ピッコローミニの生涯のエピソードを描いたフレスコ画が 部屋一面を席巻している。



よく見るやわらかなフレスコ画と違い くっきりした緻密なデッサンと色彩の鮮やかさが際立っている。

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02.      壁から天井までびっしりと絵や模様が覆い尽し、一切 無地は存在しない。

彼らにとって ’ 無地 ’ を埋め尽くさない限り 仕事が終わったことにはならないのかも知れない。  



’ 余白 ’ を重んじる日本の芸術の対極にあると言えそうですが、 ここまで徹底すればそれも見事です。

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03.      さて、これが褐色の古都の風景。 この色が絵の具の名前の由来になっている。

つまり 「 シエーナ 茶色 」 または 「 バーントシエーナ 焦げ茶 」 などがその名です。

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04.      こちらは 市役所 「 パラッツオ・ピュッブリコ Palazzo Pubblico 13C ~ 」

白とシエナカラーがマッチした 「 マンジャの塔 Torre del Mangia 88m 」 は すらりと美しい。 



現在市役所は美術館や劇場になっているが  婚姻届けなどの窓口業務はやっているようだ。           

翌月出産というカップル、 男性のスカーフと胸ポケットのラヴェンダー 女性とのコーディネートは完璧です!



「 双子に乳を与える牝狼 」 のブロンズ像は、 ’ 訳あって森に捨てられた双子が 狼に育てられ

兄のロムルスがローマを作り 弟のレムスがシエーナを作った ’ という逸話が元になっている。

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05.          市役所内の 「 平和の間 Sale dela Pace 1335年 ~ 」 


よき政府と悪しき政府の効果というテーマが描かれているが、  ここでも ありとあらゆる空間が

絵と模様で埋め尽くされている。   色合いがシックだったこともあり 思わず感動してしまった !

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06.           「 礼拝堂 Cappella (上)」 

「 マッパモンド 世界地図の間 Sala del Mappamondo にある ’ 玉座の聖母 ’ (下) 」

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07.              さてここは 「 カンポ広場 Piazza del Campo 」  

上の市役所を中心地として 全体が ゆるやかなすり鉢状の 貝殻の形をした広場だ。 

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08.     ここでは 年に2回 「 パリオ デッレ コントラーデ Palio delle Contrade 」 という

裸馬レースが行われる。      出場チームは 各地区( コントラーデ ) の名誉をかけ 

聖母マリアの肖像が付いた旗( パリオ )と賞金を目指して闘うのです。   私もテレビ番組では見ていたが 



実際の広場は砂が敷かれてデコボコが少し均されるものの、  全力疾走の馬レース用にしては円周が小さく 

アップダウンもかなり激しい馬場になるなあ、 と 驚いたものでした ・・ 

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                        (  写真は インフォーメーションサイトから  )







09.       ちょうど 市役所前にあたる貝殻状の中心地から 白い線が8本 放射状に伸び、 広場を

九分割している。 これは シエーナの政府を組織した 小市民階級出身の9人のメンバーを象徴しているそうだ。



その中心には アッシジの聖フランチェスコの一番弟子 ” 聖ベルナルディーノ が 1427年ここで説教した ”

というプレートが埋められている。       アッシジでフランチェスコの足跡を辿ってみた後だけに 

ああ あの人の弟子か~ っと 知り合いでもないのに ちょっぴり感慨深かった ・・

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10.         もう一度 広場を囲む建物を見てみよう。  


成る程 焦げたシエーナ色、 バーントシエーナ ( Burnt Sienna英 Terra de Siena Tostada伊 )だ!

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11.      カンポ広場に降りるのも カンポ広場から登るのも、 結構きつい坂道となっている。 

シエーナという町を面白くしてるのは、 こんな変わった地形も 理由の一つかも知れない。

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          (  下左は フォンテ ガイヤ Fonte Gaia (歓びの泉)  )







12.       ところで今回は 大聖堂の丘の下にある 「 バティステロ聖堂 Il Battistero 」 の

真向いにある宿に泊まった。  部屋に案内され 窓を開けると美しい聖堂のファサードが目に飛び込んできた。




しかし 実際 オールドタウンの真っ只中に 車で入って来るのは至難の業だった。 

帰りは 幾つかの城門を抜け旧市街を出るまで 宿の主人が ’ 代行運転 ’ をしてくれた。

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13.       この宿は家族経営で 他にも長期滞在用のアパルトメントを持っている。 


世話好きなマダムは いろいろ説明したくて仕方ない。  私にのしかかる様に話しかけて来るので 

思わず一歩後ずさると その分一歩前に攻めてくる !    イタリア人らしいイタリア人だった。




ところで 昔この家には 向かいのバティステロ聖堂の司祭が住んでおり 地下道で行き来していたという。

その名残りの地下道は今や彼らの物だ。 そして来年 地下道をワインセラーに改修する予定だと言う。 



あなたのイタリア語と私の英語は どっこいどっこい(の下手くそ)ね ! と笑って 気に入ってくれたマダム

そのワインセラーのオープンパーティーに 絶対呼ぶから来年来てちょうだい、と誘われた。

    (    マダム、行けるものなら行きたいですよ、 毎年でも イタリアに !   )

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優しい、やさしい気質の一人息子は 翌日が弁護士試験の発表で もし合格したら 髭を剃る予定なんだとか・・

フェイスブックで髭のない写真が載っていたから きっと合格だったんですね。





ワインセラーオープンの話は伝わって来ないけれど、 シエーナは最高でした。 忘れませんよ、マダム !


そして 大好きな
バーントシエーナ、 これからもチューブをひねる度に思い出します シエーナを !







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2015年8月22日 (土)

「シエーナ大聖堂の 床象嵌装飾図」シエーナの意地と知性を感じました!

イタリア トスカーナ州にある古都 「 シエーナ Siena 」 は昔から 何かにつけ

州都フィレンツェと 覇権を争って来た。    今日 観光地としての魅力で言ったらどうでしょう。 



個人的には 私は あのフィレンツェ以上だと シエーナに軍配を上げたい !    

その魅力の四番バッターこそが シエナの大聖堂 「 ドゥオーモ Duomo 13C ~ 」 なのです。







01.       金彩をポイントとして 白く輝くその姿は 真新しいのでは、と思うほど煌びやかだ。

実は この大聖堂を 十字形の ’ 短軸 ’ とし、  直角に交わる ’ 長軸 ’ をさらに付け加え

フィレンツェの大聖堂に負けない馬鹿でかい聖堂を シエーナ人は造ろうとしていたのです。


しかし 14C ペストや飢餓に襲われ工事は頓挫、 側廊となるはずだった壁だけが残されている。

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02.      内部には グレーと黒の縞模様を基調とした 大理石の列柱が並び シックで超豪華 !

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03.       そして 特筆すべきは 世界でも類を見ない高度な技術によって作られた「 床装飾 」。 


写真のような作品が56枚、聖堂の床を埋め尽くしている。  それらには 巫女の寓意や 聖書・神話を

題材とした物語が描かれており、  紛れもない大傑作揃いでした ~

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                   (  出エジプト記 Mose sul Sinai を題材とした図柄  )







04.       これらには 大理石の 「 象嵌 」「 掻き絵 」「 きりばめ細工 」 と呼ばれる

技術が用いられ、  15C当初から200年かけて 40人の芸術家たちが作り上げたのだと言う。  



聖人の顔の上に デ~ンと別床が設えられたりして 時代の変遷も感じられる。

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05.           「  受胎告知の預言者 エリュトレイアの巫女 sibilla eritrea 」 

彼女は 百合と共に描かれることが多いが ここでは 葉だけが描かれている

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06.       聖堂内では次から次へと 登場人物が多く 面積が広い立派な絵が現れますが、 

ロープが張られているので、 カメラで意のままに全体像を捉えることが出来ない。


暗いものもありますが、 解かりやすい部分を切り取って並べてみました。

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  (    賢者の丘の寓意 allegoria del colle della sapienza 1504年   )





07.             「 無実の者の大虐殺  strage degli innocenti  」


預言者からキリストが誕生したことを告げられたヘロデ王が、 将来キリストによって王座を追われることを恐れ  

片っ端から生まれたばかりの赤ん坊を虐殺させたと言う マタイ福音書からのエピソード。


この時 マリアは キリストを抱いてエジプトへ渡り 難を逃れている。

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08.       左 「 キリストの降誕を予言した サモスの巫女 sibilla samia 」 お腹に天使が描かれている 

 右 「 キリストの復活を予言した フリュギアの巫女 sibilla frigia 」 いずれも衣服の描線が 柔らかく美しい

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09.        左 「 キリスト磔刑を予言した ヘレスポンティカの巫女 sibilla ellespontica 」  

右 「 キリスト降誕を予言した クメアの巫女 sibilla cumea 」    



足元で握手する狼とライオンは、 それぞれの動物が象徴する都市 「シエーナ」 と 「フィレンツェ」 が

握手して 和平を結んだとされる場面。       9都市のシンボル動物も描かれている。

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10.        イスラエルの王 ダビデの三男 「 アブサロムの死 storie di assalonne 」 

父ダビデに対して反乱を起こし 敗れた彼は  心臓に棒を打ちこまれ死んだ。

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11.        11.12.は 出エジプト記、モーゼ,  などが題材となっているが、  

日本画の線描にも似て 柔軟な線のデッサンが芸術的です ! 

それに やや摩耗した大理石の表面が かえって 不思議なムードを醸し出している。

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 (  ヘブライ人の約束の地への行進 marcia del popolo ebraico verso la terra promessa   )





12.      因みに この装飾床は 経年摩耗を出来る限り減らすため 普段は布が掛けられ

8月中旬から2か月間しか見ることが出来ない。  見られてラッキーだったとしか言いようがありません !

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13.       床に見とれて 呆然としていた時、 ふと見上げた円天井に 星が瞬いていた !

そして ぐるりと聖人が下界を見下ろしている。 




全くもって凄いものを シエーナ人は造ったものだ !
 

少し言い過ぎとは思うが、 金に飽かせて豪奢を貪った フィレンツェに対して、 

こちらシエーナは 中堅都市の意地みたいなものだろうか、 しっかりと自己を確立し

派手さよりは 芸術そのものに金を賭けたと言えそうな気がする 、、 

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芸術の分野で フィレンツェが チマブエ ジョット フィリッポ・リッピ ボッティチェリ

ダ・ヴィンチ ミケランジェロと 豊かなルネッサンス表現様式の王道を歩んだのに対し、  


シエーナの方は 理知的なギリシア風 または アラベスク模様のビザンチン風を礎に、 それに加えて 

シエーナ独特の 抒情的で柔軟性に富む洗練された芸術を生み出した  と言われている。





確かに シエーナ派などという名称も、芸術家たちの名前も 一般にはあまり知られてない。

シエーナが フィレンツェに負けない シエーナ独特の芸術を持っていたことを知っただけでも

今回 私は シエーナに来た甲斐があったというものでした !    








因みに 上の巫女たちは お印として それぞれ ゆりかご まぐさ桶 十字架 釘 貝殻 などを

絵に添えるのが 決まりではあるけれど、  シエーナの巫女さんたちは どの人も ” 本 ” を手にしている。

ただの巫女と言う以上に絵に説得力があるし シエーナの知性をも感じ取った次第でした ~ !








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2015年5月22日 (金)

「ルッカ」てっぺんにカシの木が茂る塔! 円形競技場跡の丸い町並!

  
イタリア トスカーナ州の北西部 肥沃な平野の真ん中に 「 ルッカ Lucca 」 という

ローマ時代からの 古い町がある。   




教会が多い町とは聞いてましたが、  意外と 他にも見どころ満載の面白い町でした。







01.     ルッカには 午後 雷鳴がとどろく中到着。  「 ルッカ大聖堂 11C 」 が

まるで 薄暗がりの中世を思わせるような 不思議な姿を見せていました。

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02.    ルッカは  周囲を4kmほどの城壁で囲まれている城塞都市。 城壁と言っても

ゆったりした幅の 木々に囲まれた美しい遊歩道になっていて 市民の憩いの場となっている。 



この日は 城門の屋根の下で 学生たちと 暫し雨宿り  ・・

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03.     さて翌日は天気も回復し、 シエナカラー(  赤茶の褐色  )の美しい家並を

遠くまで見渡すことが出来ました。

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04.       旧市街を散策すると あちこちでイタリアらしい教会に出会う。

上は 「 サン・フレディアーノ聖堂 12C 」 下右は 「 サンタ・マリア・フォリスポルタム教会 12C 」

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05.     特に 「 サン・ミケーレ・イン・フォロ教会 12C 」 は 横から見るとまるで衝立のような

ファサードが天を仰いでいる。 独特の形をした そのファサードは ’ ルッカ様式 ’ と言われ


アーチ型のギャラリー( 回廊 )に 華やかな象嵌や浮き彫りが施され リッチで美しかった。
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06.     大聖堂内の さらに鉄柵の中に安置された 「 木彫りのキリストの磔刑像 」 や 

石棺の上に配置された 「 イラリア・デル・カッレットの彫像 」など 美しい芸術品も見応えがありました。

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07.     さて、14世紀の最盛期には この町にも 100を超える塔が立ち並んでいたという。

今はたった2つの塔が残るばかりだ。    この 「 グイニージの塔 」 は 高さ41m、



てっぺんに樹木が茂っている !  人間の頭の髪みたいで なんか変わっている ・・

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08.     この塔からの眺望は価千金だ ( 写真03 )。  頂上に茂っていたのはカシの木だった。 



結構な太さで驚いた !    そもそもの始まりは こんな鳩君が 偶然フンで種を運んだのだろうか ・・ 

それとも グイニージ家が日除けのために 意識的に植えたのだろうか ・・08

 





09.       ルッカは オペラの ’ トスカ ’ や ’ 蝶々夫人 ’ でお馴染みの 

「 ジャコモ・プッチーニ 」 の生誕の地でもあります。



立派な銅像の斜め後ろが 生家で、  今は 「 プッチーニ博物館 」 となっている。

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10.     博物館は 入口の切符売場以外はカメラ禁止でした。    音楽家の博物館は 

そもそも 本来耳で聞くものを 目で見る物体 家具や文字・楽譜・写真に置き換えての展示となりますから 

だいたいどこに行っても 理屈っぽく つまらない? ことが多い。



ここでは トイレに寄ってホッとさせていただいたのが 私にはせめてもの収穫だったでしょうか ・・ 

銅像広場で見かけた女性の ダメージ加工スキニーの方が 余程印象的でした ~~

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11.     最後にやって来たのが 「 アンフィテアトロ広場 Piazza Anfiteatro 」

建物が サークル状に建てられ カフェやレストランのテーブルも それに沿って丸く置かれている。

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12.     ここは 紀元1世紀頃 ローマの植民地時代の 円形闘技場があったところだ。


歴史上の様々な理由で 闘技場の役目が終わると、 大抵は 闘技場の石は盗まれたり運ばれたりして

何か別な建物に転用される。     勿論 競技場がそのまま 牢屋になったり市場になったり

あるいは 人がそこに( 勝手に ) 住み始めたりすることもある。



19世紀までは この丸い広場の全面に 無秩序に家が建って、 アリーナの形状は跡形も無かったが

何度か整備を繰り返して、 やっとこのように 競技場の面影を示す ’ 円形広場 ’ に戻したということです。

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13.      努力の甲斐があって、観光地としての ’ 売り ’ が出来たというものですね。

扇型とか 半円形の街並みは たまにありますが、 こんな円形は そうは見つからないですし ・・13



空撮の絵葉書 いろいろ並んでいましたが、 私は お土産に こんな小さな壁掛けを買いました。  
  




イタリアは どの町も それぞれに個性的でとても楽しい !


次はどんな町が待っているでしょうか ・・・




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2015年5月15日 (金)

「塔の町 サン・ジミニャーノ」 石の塔は無骨だけどロマンチック!

イタリア、フィレンツェの南 50km余に    ” 美しき塔の町 ” として人気の観光地 

「 サン・ジミニャーノ San Gimignano 」 があります。





01.     緑豊かなトスカーナ平原の ほぼ中央にあるサン・ジミニャーノは 

ぶどうとオリーブが茂る 小高い丘の上にある。  



町中に入るもよし、 こうして遠景もよし、 人々を惹きつける理由がわかります。

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02.       サン・ジョヴァンニ城門から 丘の上の中心部まで 登り坂が続く。

通りの両側に 店が並んで賑やかだ。

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03.        家並から ニョキっと 「 サルヴィッチ塔 」 が突き出している !

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04.        町の中心地が 「 チステルナ広場 Piazza della Cisterna 」。 

12~13世紀の建物に囲まれたこの広場、 真ん中にある井戸 ’ チステルナ ’ が その名の由来だ。



町に入ってしまうと 近すぎて塔が見渡せないが、   この角度からは4本の塔が見える。
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05.       さて、私は このチステルナ広場に面したホテルを予約していたので、 

荷物を降ろすため 車を直接広場に乗り入れることが出来た。     



ホテルでは 物静かなマダムに2つの部屋を案内され、 どちらかを選ぶことになった。  

広場側の部屋で 楽しく人々の姿を眺めるか、、 谷側の部屋から トスカーナの美しい自然を眺めるか、、 

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06.       マダムを待たせて、、     これ程迷ったことは かつてなかった !



こちらを選んだ決め手は、   爽やかな緑は当然ながら、  

観光の側面ばかりでなく 住んでいる人々の日常生活が 垣間見られるかも知れないということと、

窓の真下のぶどう棚で たまたま 老夫婦が仲良く土を運んでいたからだった ・・・

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07.       「 ドゥオーモ広場 Piazza del  Duomo 」  13世紀に自治都市となって 

隆盛を極めたサン・ジミニャーノ、  最盛期には72もの塔が林立したが、 今残るのは13の塔。


この広場からは7~8本の塔が見え隠れする。 それぞれ 厄介者とか双子といったあだ名が付いている。




ところで これらの塔は 豪族たちが己の実力・権力を見せつけるために 競って造ったもので、

実益よりは 高さなどが重要、  内側は空洞というものが殆どだ。 

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08.      しかし 塔の下部はちゃんと利用したらしい。  地上階が仕事場、2階に寝室、 

火事になった場合も鑑みて 台所は3階に置いたそうだ。   また 内部の広さを確保するため  


木製の階段やバルコニーは 塔の外側に巡らせ、    時には同族同士が行き来できるよう 

塔の窓から窓へ 渡り廊下みたいなものを架けたこともあった。   何やらオモシロそ !

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 ( 夜の町は 観光客の姿も消え、 ライトアップの中に 中世の面影をずっしり感じることが出来る   )




09.      「 参事会教会 Duomo Collegiata 12C 」 ドゥオーモ広場に面したこの教会、

側廊を飾る 新約聖書の物語のフレスコ画が 美しく圧巻だ !

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10.      「 ポポロ宮 Palazzo del  Popolo 13C 」  今は市立美術館となっているが

14世紀の井戸がある この中庭は特に魅力的だ。

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11.      さて、 ポポロ宮の裏手の丘に登ると 林立する塔と 下町の家並、 美しいトスカーナの平原を

見渡すことが出来る。      遠くから サン・ジミニャーノの丘を見上げた時の感動も思い出した ・・

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12.        町に戻ると犬がいた。   おまけに ブタ君が丸焼きになっていた ・・・

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13.       14世紀半ば サン・ジミニャーノはフィレンツェの支配下に入り、自治権を失う。

飢餓やペストの追い打ちもあり、  町の勢いは衰退し 歴史の蚊帳の外に置き去りにされた。

 

しかし、 貧困のまま捨て置かれたことで 新たな建設もなく、 塔を修理・破壊する金すらなく、 

今日こうして 多くの塔が中世のまま残され、  結果 町に富をもたらす宝物となったのです。  13

 

つやつやの石畳、 無骨だけどロマンチックな石の塔、 慎ましやかな老婦人、




サン・ジミニャーノには 静かな未来が続くような気がする 。。。。。




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2015年5月 8日 (金)

イタリア「ピサの斜塔」 これ以上傾かないよう 皆必死です!

イタリア  トスカーナ地方にある 「 ピサ Pisa 」 は 海軍基地と海洋貿易の拠点として、  

12~13世紀に 繁栄を極めました。



現在 ピサ市に莫大な富をもたらしている 「 ピサの斜塔 Torre Pendente 」 は 

まさに 当時の共和国の強力な経済力が 生み出したものの一つでした。







01.      城壁の傍には 露店やレストランが軒を並べている。 斜塔はまだ見えない。 期待感がいや増す!



そして、 城門をくぐると 目の前に 真っ白い大理石の建物群が広がった !

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02.        人々が 初めに目にする光景は こんな感じ ・・

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03.       さらに近づくと、 なるほど 確かに塔は傾いておりました!   


1173年に着工 1350年に完成したロマネスク様式のこの塔は、  傾きの所為か

各階が螺旋状に巻いて上がるかのようにも見える。 

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04.      1178年には 既に年間1~2ミリづつの傾きが観測され始めたと言う事ですが、

足場が沖積層のため脆弱で、 塔が地面にめり込むように傾いているのが 写真からもわかります。 



歴代の建築家が ” この残念な傾き ” と 長く闘って来たそうですが、   結局は 

いよいよ 現代科学の力の出番となった訳でした。

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05.     1990年には 塔の2階部分にステンレススチールの2本のケーブルを巻き 反対側から引っ張り、

1993年には 台座を鉄筋コンクリートで補強し、そこに 傾きに釣り合う670トンの鉛を埋め込んだそうだ。



結果 今日 なんとか 斜度3.97度のままで 食い止めている。

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06.       世界的には ピサの斜塔ばかりが有名ですが、 ここドゥオーモ広場には 

真っ白い大理石の 堂々たる美しい建物が 斜塔を含めて4つ建っている。 



「 大聖堂 ドゥオーモ Duomo 」 と 「 洗礼堂 Battistero 」 の内部は豪華で 

聖母やキリストの像 説教壇、安置された聖人の遺体などが 見るべきものとされている。

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07.      もう一つの建物 「 墓地 Camposanto 」 は 訪れる人もまばらで

斜塔の喧騒とは対照的な静寂に 支配されておりました。



壁を飾るフレスコ画は 色褪せたとは言え見事な出来栄えで、 床には 600ほどの墓石が敷き詰められている。

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08.      1944年の 連合国側の砲撃による火災で破壊されたが、 なかには 完全な形で

残っている墓石もありました。   一方のピサの斜塔が砲撃を免れたのは 偶然だったのでしょうか。

文化財を守る最低限の良識が 連合国軍にあったのか・・  大理石の強靭さのお蔭だったのか ・・

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09.       さて、斜塔は 当然ながら 見る方向によって 傾きの方角も変わります。

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10.      アルノ川 Arno は フィレンツェからピサを経て 地中海に注いでいる。


ピサは 歴史ある立派な街ではあるけれど、 世界中から 山のように しかも引っ切り無しに押しかける

観光客の狂想曲の故に 大きな何かを失っているかのようにも見えました。



しかし、 それは まさに宿命であり 

斜塔がある限り、未来永劫 決して食いはぐれることはないことへの 代価なのかも知れない ・・

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11.      もう一度 
白く輝く姿を 目に焼き付けようと ドゥオーモ広場に戻って来ました。11







12.     人々が 思い思いの格好で写真を撮っている。  何をしているかすぐわかりますね ~

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13.      人々が ネットに投稿した自慢の写真をシェアさせていただきました。



私もやりました。 倒れかかる斜塔を押さえようとする 最も在り来たりなショットでしたが ・・

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国も、 観光客も、 ピサの斜塔がこれ以上傾かないよう 必死に手当てしているんです  ^&^   



中には 蹴飛ばそうとする不届きものもおりますけれど ~~ !!    coldsweats01

 

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