パンプローナとその周辺

2015年2月20日 (金)

「ザビエル城」・「何故ザビエル城近くにレストランYamaguchiが!?」

ポルトガル人、と思われている 宣教師フランシスコ・ザビエルは 実はスぺイン人、

しかも スペイン北部ナバーラ州にある 大きなお城に生まれたプリンスでした。







01.    サングエサ Sanguesa という町の北東7kmに

「 ハビエル城 Castillo de Javier 」 がある。 この城は ザビエルの母が

結婚に際して持参した城で、       「 ザビエル San Francisco Javier 」 は



1506年 夫婦の6番目の子としてここに生まれた。   彼は 22年後  留学中のパリで 

イグナチウス デ ロヨラと出会い、 共に 新しい修道会「 イエズス会 」 の基礎を築くことになった。 

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02.     ポルトガルから 宣教師として派遣されたザビエルは 日本ばかりでなく インドのゴアや

中国のマカオなどに上陸している。   展示品の中には 多数のエキゾチックな品々が見られました。

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( この古い本にもあるように 彼の名は クサヴィエー、ハビエル、ジャヴィエル、などとも発音される )







03.     日本関係の展示品も多数ありましたが、   特に 日本の戦国大名大内義隆による

当時の様子を伝える掛け軸には、 侍など 人々が彼らを丁重に迎えた様子が 興味深く描かれている。

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04.     「 ハビエル城 」 は 見ての通り、 荒涼とした丘に建つ 純粋に戦の為に造られた要塞で、

1515年 ナバーラ王国がカスティリャ王国に併合された際、  戦略的構造を持つ城の一部と

周りの城壁をすっかり解体されるという憂き目にあった。     




その後 20世紀に改修工事が始まり、 今日では ザビエルが創設したイエズス会が運営する博物館となっている。 

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05.     さて、 作家の司馬遼太郎一行が 1980年代に 「 ハビエル城 」を訪れた際

隣村の 「 Yamaguchi ヤマグチ 」 というホテルに泊まったとの記述があった。



そこで私達も Yamaguchiを探した。    城から4~5km北 イエーサという小町だったが 

幾筋かの道路を行きつ戻りつ やっとその名を見つけた時は さすがに嬉しかった !




ヤマグチは ザビエルが足跡を印した周防の王 大内氏の都・山口にちなんだ屋号だ。

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06.     午後3時、労働者たちが 昼休みを取っている時間帯だった。 カウンターのお姉さんに

いろいろ聞きたかったが スペイン語オンリーで、 ニコニコ恥ずかしそうに顔を伏せるだけで 埒が明かない。




司馬によれば Yamaguchi は 1960年にオープン、 平屋に食堂と宿泊部屋があったと言う。

それから50年以上も経っているから、 建て替えがあっても不思議ではないだろう。

まして 名前の由来など 従業員や地元民は知る由もなかった。  




ハポンからわざわざ来たと伝え、テレビのサッカー中継を聞きながら コーヒーを飲んで さよならした。

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07.    それから さらに北東に4km、 泥灰岩質の岩峰を登って その日の宿、レイレ修道院に着いた。



「 レイレ修道院 Monasterio de Leyre 」 は ナバーラ王国の信仰の拠点として

11世紀初頭に創建された。  その威光は 60カ村と70の教会・修道院に及ぶものだったと言う。 

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08.     私達の部屋は修道院の中庭に面していた。  すぐにスケッチブックを取り出した。

前日の パンプローナのサン・フェルミン祭の雑踏と比べたら まるで天国の静けさだ ・・

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09.     特筆すべきは ここの 中世ロマネスク初期様式の地下礼拝堂 ( 1057年 )。 

石造りの総重量を支える柱が 下に行くほど細くなり、 見事な造形美を誇っている !



建築に詳しい人なら 一層理論的に面白いと感じるかも知れない ・・

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10.     この修道院のレストランのディナーは フルコースにワイン又はミネラルウオーター付きで

16ユーロと格安だった。 この日は美味しいヒレ肉が入ったから いつもよりレベルアップだった、そうだ。



奥さんがシェフで 旦那さんがフロア担当だ。  ここは安くて美味しいから日本の人に沢山来てほしい、

口コミは ’5’ を付けておいて下さい、と 言付かりました ~

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11.    さて、翌朝食の雑談の中で、 「 Yamaguchi 」 のことが 少し解明された。

現在ヤマグチは2軒あり、 なんとその一方の2階に レストランの夫婦が住んでいると言うのだ。 



昨日訪ねたヤマグチでは 店員に何一つ通じなかったと言ったら、 

あゝ 彼女には外国語は無理ですよ、と笑った。




しかし 彼もヤマグチという名の由来を知っている訳ではなく、 ipadを使いながら ザビエルの動線や

山口のことなどを 説明すると、   もともと 地元民として ’ ザビエル愛 ’ に燃える彼、

レストランのネーミングの由来を 早速ヤマグチのオーナーに今日伝えるよ ! っと 目を輝かせました。 

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(  修道院から イエサ Yesa 人造湖と アルティエダ山脈の 見事なパノラマを望む  )







12.     ところで 山口県の旧ザビエル教会は 残念ながら 1991年9月に火災で全焼してしまった。

再建された 「 山口ザビエルメモリアル教会 」 は モダンで 昔のしっとりした趣きは全く無い。




レストランの彼に見せたのは 昔の教会だったけど、 もともと超重量級の古めかしいハビエル城などを

見慣れた 彼の眼には えらくシンプルで簡素な教会に写ったに違いない。



あの偉大なザビエル様の教会が こんなに質素・・・   彼の顔に 微かな戸惑いの表情が浮かんだ。 

こっちの新しい モダンな教会を見せていたら どんな反応だったろうか 、、

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それにつけても、  彼らは Yamaguchiが まさか日本語とは つゆ知らず、


私達も Yamaguchi などというレストランが スペインにあろうとは つゆ知らず、


こうして現代生活を送って来たが、  



ザビエル自身は  天国で   ニヤリと膝を打っているかも知れない !






  scissors                             scissors






蛇足だが、  ザビエルは中国の上川島で亡くなり、 棺に石灰を敷き詰められて海岸に埋められた。

その後掘り起こされた遺骸は マラッカに運ばれ、   続いて インドのゴアに移された。

いずれの土地でも 棺の蓋を開ける度に 遺骸が腐ることなく 生けるが如きであったという。






そのゴアで珍事が起きた。  ひしめく群衆に 3日間だけ遺体への拝観が許されたのだが、

イザベラ・ド・カロンという貴婦人が 彼の足に接吻するや     やにわに 

ザビエルの右足の第4指と 第5指を噛み切って逃げ去ったのだ!




彼女は 生涯それらを大切にしたが 死ぬ時にゴアの聖堂に返還した。  

その2本のうちの1本が  1902年、 今回の 「 ハビエル城 」 に移されたと言う。





話はそれだけではない。 遺体が腐らないという奇跡の証拠を重んじる ローマカトリックから

「 遺骸の右腕を切断して送れ 」 と命令が出される。 その右腕は 今ローマのある聖堂に

収められている。   その写真は ブログの ’ ローマ編 ’ でお伝えできると思う。






さらに驚くことに その右腕は 昭和24年、 なんと日本に 一時里帰りしたのだそうだ !

本当に  宗教とは なんと凄まじいものだろうか ・・・


  book                                                           book

教科書の写真でお馴染みの 髭のザビエルさんでしたが 


改めて ある意味 普通の人間の人生が彼にもあったし、  ある意味 偉人として


世界に尋常でない影響を及ぼした人でもあったと  改めて認識した旅となりました。




   spade

2015年1月30日 (金)

パンプローナ牛追い祭り(その4)バルコニー外の熱狂・内の家族の情景

ここは スペイン・ナバーラ州の首都 パンプローナ Pamplona 、7月9日の早朝

今から 「 牛追い・エンシエロ 」 が行われようとしている。




見物用のバルコニーを提供してくれる家には 朝7時までには入るよう 言われていた。






37.    ドアの呼鈴を押すと しばらく経ってから 寝起きのままの髪でマダムが出てきた。

’ あと少し外でお待ちください ’   待っている間にも 若い子たちが勝手にその家に入って行く ・・




何か腑に落ちなかったが、 後でわかったことは お客は我々のみ。 あとは全て親類縁者達だった!


メルカーデレス通りと エスタフェタ通りの角に立つこの家は 絶好の見物ポイントだ。

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38.    直角に曲がるこの難コース地点には テレビ中継用の櫓が組まれ 

盛んにインタヴューが行われていた。  本日の出場牛を提供した牧場の牛飼いたち、 

けが人を手当てする救護班、  そしてランニングに参加する人たち などなど 。




その間、 ランナーが小さなゴミにも躓かぬよう コース上の入念な掃除が行われていく。

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39.    800mのコースは 木枠などで完全に封鎖されるので、 ランニング出場者たちは 

一定の集合場所からコースへ入らねばならない。 好みの位置まで 闘牛場方向へ 続々と行進する。

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40.        救護班が もう何やら騒がしい。       下の写真では

リュックを背負った人が警察に押し戻されている。 爆弾を背負っているとも限らないし、

転んで 荷物が人を怪我させないためにも 身ひとつで参加するのが常識だろう。



ランナーたちは 壁に描かれた ” サン・フェルミン像 ” に触れて 無事を祈って行く。

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41.     ところで 今回の 牛追い祭り見物バルコニーを斡旋した エージェントの文章には 

「 it´s included a delicious breakfast.  美味しい朝食付き 」 とあった。  



7時に入室して8時のランニングまで どんな朝食を楽しむのか 密かに想像を巡らしていた。    

ところが実際は 素朴な手作りのビスケット数枚とコーヒーの立ち食い。   実にあっさりしていた!




費用は二人で 227ユーロ、 合計7~80分の滞在で 3万円強 。 

恐らく生涯で一度きりの体験だろう。  高いのか、、 仕方ないのか、、、、

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42.     さて 歩いていた人たちの体勢が 一瞬で変化した!    来たぞ~~ !

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43.     黒い牡牛が 壁にドーンとぶつかったものの  なんとか転ばず体勢を持ち応えた。

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44.      ブルーの貼り紙があるバルコニーに私はいた。 迫力ある画像は テレビカメラに任せよう。  



毎年 テレビにこの窓が必ず写るからと、   ここのマダムが 知人に向けて

’ パンプローナからマドリッドのあなたへ ご挨拶しま~す ’ と書いて貼り出したのだ。

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45.     エスタフェタ通りの空中には レースを追いかけるテレビカメラ用に ロープが張られ、 

コース上の特設スタジオからは 牛追い祭り評論家が 楽しげに解説する。   



テレビ画面左側の ブルーの張り紙のバルコニーに 私の姿がちらりと写りましたゾエ~~ !

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46.    レースの終わり頃には 白い牝牛が放たれる。  なんでも いきり立つ牡牛のレースを

なだめ収める役割があるそうだ。  実際見てみないとわからなかったシステムがあるものだ。



それにしても 牝牛とは言え、 本当に惚れ惚れするような立派な角と体格だ ・・

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47.     この家のご主人は 相当ご機嫌がいい。    昔取った杵柄と言えるでしょう、 

壁に飾ってある白黒の写真が彼の宝物だ。  これが私だよ、と 猛牛の前を走る勇姿を指差した。




早朝 私達がなかなか家の中に入れてもらえなかったのも、  家族・友人たちが 

ソファーや リビングに敷いた布団で  雑魚寝していたからだった。   



マダムの髪が 寝ぐせで突っ立っていたのも 彼らと夜更かししたからだった !? 

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48.     レースを終え やったぞ、と 意気揚々孫息子が帰って来た。 祖父の立派な跡継ぎ誕生だ。

リビングでは 皆がテレビを食い入るように見つめる。 本日の牛追い風景が繰り返し放送されるのです。





  
祭りのあとは 物寂しい! あっと言う間に 手際よく木枠が外され また普通のストリートとなる。

町は 放水車で綺麗に清められ ゴミも片付けられる。  

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私は この土産店で 当日のレースDVDが売り出されるのを しばし待ちつつ、 祭りの名残を惜しんだ。



一時 町に静寂が訪れる。 徹夜した人達は 車やテント ホテルなどで 一眠り。

しかし昼ご飯あたりから また ” 本日の喧騒 ” が始まる。 






スペイン人は 血が騒いで そんなに長時間は 大人しくしてられませんから ・・・・・!? 

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2015年1月23日 (金)

パンプローナ牛追い祭り(その3)バルコニー予約の方法&モニカの食事会

スペイン北部パンプローナ、 サンフェルミン祭の 「 牛追い祭り 」、

命がけで牛追う熱狂の人々を 私は通りのバルコニーから見物することになった。



どのようにして 予約できたかと言うと ・・・







25.    まずは 宿泊予定のホテルに バルコニー席を手配して欲しいと 日本から頼んだところ、

エージェントのPCサイトを紹介して来た。

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(  祭りには 家族連れで 小さい子供たちが たくさん来ていました  )  







26.    そのサイトのモニカなる人物が  エスタフェタ通りの2つの席を提案して来ました。 



通り名を聞いても もとよりピンと来るはずもなかったが、 1階(日本の2階)もしくは 3階(日本の4階)

という選択肢のうち、 値段が結構違っていたが、 迷わず1階を選んだ。

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27.    次は 支払方法。  当然カード払いと思っていたが、 「 Pay Pal ペイ・パル 」 と言う


決済方法を指定して来た。  そんなシステムは知らないので、 何とか カードで払わせてもらうか

パンプローナに着いてからの着払いとしてもらうか、 交渉が続いた。

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28.    「 ペイパル 」 は 購入者保護が手厚く、売り手にカード番号を一切教えずに済むという

メリットがあり、  登録アカウント数は 全世界で1億以上だと言うことが 徐々にわかって来た。 



そこで 結局 私はペイパルで支払うことにしたが、   メールでのやり取りを経て 

モニカと 何とはなしに心が通じるところがあった ・・

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29.    パンプローナに着くと 早速ホテルの部屋にモニカがやって来た。 



お互い 前からの知り合いのように感じられ 思わずほっぺにチュッ !   部屋で話をした後、

人ごみの広場を横切り バルコニーを提供してくれるアパルトメント下まで 現地案内をしてくれた。 



そして その際、  彼女の家で夕食会があるので いらっしゃいませんかと誘われた。

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                     (   馬のシッポの編み込みが チャーミング ・・  )     







30.     アパルトメントは 友人がイタリアへ旅行している間 彼女が借り受けたものだったが、 

モダンな内装で若々しい感覚だ。  日本では 休暇中に人にアパートを貸すなんて 至難の業だが ・・
 




食事会には 結局 計6組のペアが集まった。  旅行者は 私達の他 ニューヨークからの2組。

現地からは 医者 看護師 建築家、 そして 当のモニカは 昔、薬剤師 現在エージェント業を営んでいる。


モニカの彼氏は 元オペラ歌手のイタリア人。 現在は モニカと2人で本格的な旅行会社を立ち上げつつある。

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                                    (   右端が モニカ嬢   )







31.    会話は あっちこっちに行き来し、 とてもこの紙面には収まりそうもない。 

お料理も 一つひとつ美味しかった。  コックさんは この時期忙しいモニカ自身でなく 友人たちだ。 



アメリカ人は 英語一辺倒だったが、  臨機応変に語学を操る 他の欧州人の会話能力は 

最近のグローバル化を 一層身近に実感させた。




モニカの彼 ( 右端 )は 本当によく通る美声で、 アリアの一曲も聞いてみたかったが、  

訳あって声楽家から足を洗って以来、人前では 一切歌わないと言う。  歌手としての演奏旅行の話も

面白かったが、 彼のヘアスタイルも 訳あって!?  特定の床屋さんにしか いじらせてないそうだ。

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32.    左側のアメリカ人女性に 闘牛の感想を聞いてみた。 手際の悪い闘牛は 心が痛んだが

美しく見事な闘牛は芸術であり 立派な文化だと思った、そうだ。  やっぱり ” 芸術 ” か~~

芸術は便利な言葉だ。  でも 社交の場では  正に模範解答だと思った。




アメリカ人男性は 翌朝 エンシエロ、牛追いに参加する予定で、 怪我をしないで走るコツが話題になった。


私の旦那さんが 怪我をしても大丈夫ですよ~  ここには医者も看護婦も 薬剤師だっているのですから、

と 締めると 一同大笑いとなった! 

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33.    因みに 日本人側からは、 プロテスタントにはないがカトリックにはある 巡礼文化と 

日本の巡礼文化、 その違いをひとくさり。 特にカトリックの サンチャゴデコンポステーラへの

一直線の巡礼路に対して 日本のは 札所毎に番号が付いたサークル型だ、と言うと 皆面白がって聞き入った。




  
その後 モニカも 手で絵を描く ハンド・ペインティング画家でもあるとわかった。  




日付が変わった頃 おいとましたが、  女性全員と ギュッと親愛の抱擁をして  

男性たちとは握手で感謝を伝えた。

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34.     翌日早朝 いよいよ 牛追いだ!  6時前 バルコニーに向けてホテルから出発した。



前夜から家に帰る者がいなかったかのように 通りには人が溢れていた。  道路に木枠の設置が

終わってしまうと 通行できなくなるので、 人をかき分けて アパルトメントの玄関に急いだ。

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35.     まだ6時21分 木枠に座った人々は場所取り完了。   牛追いのスタートは8時だ。

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36.     現地で改めて驚いた。  私達が行くのは コースが 直角に曲がる ’ 難所 ’ とされる 


その角に建つ家だった。  ネットでの何年か前の写真(下)では 曲がり切れなかった可哀想な牛たちが

転んでいる。       白い矢印の付いたバルコニーが 私達の見物席だ!

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牛たちのランニングは 目の前では 10秒ぐらいの出来事だろうから、  

写真はうまく撮れるだろうか ・・





不安と期待が交叉する中  アパルトメントの呼鈴を鳴らした。

2015年1月16日 (金)

パンプローナ牛追い祭り(その2)DVDであなたを探そう!

サン・フェルミン祭が行われる スペイン北部の町 「 パンプローナ 」 は 

ローマ帝国の将軍  ’ ポンペイウス ’ が 町の名前の由来となっているくらいですから

相当古い歴史があることは確かです





13.      ぐるりと町を囲む城壁の、特に 南側にある 「 星形要塞 」 が 目を引く。

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14.   パンプローナの歴史地区の裾には 美しい エブロ川支流のアルガ川が流れている。

城門をくぐるのは 巡礼者だったり 祭りの参加者だったり ・・・




サン・フェルミン祭には 毎年100万人の観光客がやって来るが、 人々が無秩序に

町を徘徊する訳ではなく、 行事は オールドタウンを中心に 結構狭い範囲で行われる。

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15.     サン・フェルミン祭の開会宣言は 7月6日の正午、 この 「 市庁舎広場 」 で行われる。 



ぎゅうぎゅう詰めの人の海に向い 名士が 「 パンプローナ市民たちよ、サン・フェルミン万歳 ! 」 と発声、

つづいて バルコニーから ’ チュピソナ ’ というロケット花火が 華々しく打ち上げられ、

九日間の祭りの幕が切って落とされる。

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16.    人々は 赤いスカーフを高く掲げ、そのあと 水やシャンパンをかけ合ってドンチャン騒ぎに入る

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                           (    Photo official    )







17.     町では、 真っ白に輝くTシャツやズボンに混じり 全身ピンク色の人々が闊歩する。



’ サングリア ’ を掛けあったのだ。  ’ サングリア ’ は 本来 赤ブドウ酒に オレンジなど

本物のフルーツジュースを混ぜて作るものだが、 ペットボトルで 出来合いのサングリアも安く売られている。 
  



女性だって 悪ふざけしたくなることがあるらしい !

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18.     さて、 牛追いは スペイン語で 「 エンシエロ Encierro 」 と言うが

” 囲う encerrar ” という言葉に由来している。  つまり この囲いに牛を入れ、

その後 そこから闘牛場まで移動させる行程が ’ 祭り ’ という特別な行事に変化して行ったのです。




祭りの9日間 毎夜11時頃 牧場から この囲いに牛が連れて来られ、 翌朝8時まで出番を待つ。  

深夜の移動にも 1000人もの人々が付き添うと言うから 人々の興奮の程が想像されますね。

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19.     一発の花火を合図に 柵が開けられ 牛たちが走り出す。  闘牛用の牛を育てる牧場にとって

この祭りに牛を出すこと、 そして ○X牧場の牛は特別獰猛だと認められること、は

名誉であり鼻が高いと言う。



サント・ドミンゴ通りの坂道は 安全且つ間近に見られる格好の見物席です !

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20.    「 エンシエロ 」 は 825mの行程を約3分間で走り抜ける行事ですから、 

どの地点で見物しようとも 実際は ” あっと言う間の出来事 ” です。



したがって  全体像を詳しく見るには テレビ中継が一番いいと言えるでしょう。




因みに 毎朝の牛追い終了1~2時間後には ’ その日のエンシエロDVD ’ が 販売される。

そのタイトルが ” Find yourself! ”  牛追いに参加した人達が自分の姿を探すのです。

あわよくばと 私も自分を探すことにしましたが バルコニーでの 手だけが写っていました ~ !

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                  (   2014年7月8日朝のDVDから エンシエロ 風景   )







21.    牛追いの時間帯になると、 この木柱の穴に 板が嵌められ、牛たちの走路が出来上がる。 

怖いもの見たさの見物人が バーを盾にして群がる場所でもある ・・・

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22.     先頭を走る6頭の最も気性の荒い雄牛が 闘牛場に入り ひと暴れするが (させられる!?)

本番の闘牛は 夕方から夜にかけて行われるので、彼らの命は まだ数時間 長らえることになる。





「 パンプローナ闘牛場 Plaza de Toros 」 脇には ヘミングウエイの石像が立っている。



小説 「 日はまた昇る 」 で 彼が サン・フェルミン祭のエンシエロを特筆したことから 

世界的に、特に英語圏で その知名度が上がったのだ。  ヘミングウェイは 何度もこの町を訪れており

石像近くの通りは ’ ヘミングウェイ遊歩道 ’ と名付けられている。

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23.    さて、 825mの牛追い( 又は牛に追われ )レースは 旧市街地の4つの通りを走る。 

サント・ドミンゴ通り、パンプローナ市庁舎前広場、メルカデレス通り、エスタフェタ通りなどだが



初めて訪問する日本人にとって どこが見やすく 面白い場所かなんて 想像出来るはずがありません。

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               (   闘牛場に着く直前に 牛たちが走る  エスタフェタ通り  )







24.     モニカ嬢というエージェントの手配で 結局私達は このエスタフェタ通りの角のバルコニーで

見物することになったのだが、    なんと 牛追い見物の前夜 彼女に 夕食に招待された。

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空腹を我慢しつつ、  スペイン流に 夜9時に アパルトメントを訪ねた ・・・

   




                (   つづく   )

2015年1月 9日 (金)

パンプローナ牛追い祭り(その1)赤いスカーフは斬首の証し 

スペイン・ナバーラ地方の パンプローナ Pamplona では 毎年 7月6日から14日まで

有名な ” 牛追い祭り ” を含む 「 サン・フェルミン祭 Los Sanfermines 」 が行われる

私も 2014年の夏、 その祭りの真っただ中 熱狂のパンプローナを訪ねてみました !







01.     エスタフェタ通りの バルコニーには人々が鈴生りです ! テレビなどでは見てましたが

まさか 自分がこんなバルコニーの一角にいることになろうとは 想像だにしませんでした。



本当にあれは現実だったのでしょうか・・  今となっては 名状し難いよき旅の思い出となっています !

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                                 (     photo official      )






02.     さて、 私は フランスバスク地方から 有名な巡礼路を スペインへと戻りましたが  

巡礼者がスペイン側で最初に迎える峠が この 「 イバネータ峠 Ibaneta 1057m 」
   




フランス人女性は 歩き始めてまだ3日、 この先がどうなるか不安で一杯だと言う。  

チェコ人の男性は スマホ片手に 慣れた足取りだ

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03.    「 ロンセスバリェス Roncesvalles 」 は、  ナバーラのバスク軍が 

シャルルマーニュ大帝軍を 敗走させた場所で、 後に 有名な武勲詩 ” ロランの歌 ” を生んでいる。
  




この辺りからは  巡礼者に混じって、    サン・フェルミン祭用に 赤と白に身支度を整え

意気揚々とパンプローナに向かうスペイン人達が 見られるようになりました ~ ! 

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04.     さて パンプローナで予約した宿は 町のど真ん中。  車は広場の地下にある駐車場に

1日34ユーロという結構なお金を払って駐車した。 通りは 祭りのドンチャン騒ぎの人々であふれていた。




建物の3階の窓辺に宿の看板が出ているから 間違いはないのだが、 入り口は 重たいドアが

閉まったままでびくともしない。  インタフォンのボタンがちょこんと付いているが  

押せども押せども 耳をつんざくような音楽にかき消され 何一つ聞こえない・・ 
  




困り果てた頃 たまたま人が降りてきた。   渡りに船、 開いたドアから なんとかするりと滑り込み

階段を上がって やっとレセプションに辿り着いた !

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05.     この祭りめがけて 最近は世界中から観光客がやって来る。  スペイン人は別だろうが、

外国人が見つけ得る予約サイトでは、 その日の3か月後、  7月8日たった1泊だけに空きがありました。 
   



そこで私は そのパンプローナの日を基準に、 スペイン旅行の 前後の日程を組んだという次第でした・・

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06.     荷物を部屋に入れて ホッと一息。     郷に入っては郷に従え、 

私も 赤いスカーフを首に巻いて さっそく町に繰り出しました 

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07.     町ですぐに気付いたのですが、 帽子やサングラス アクセサリーなどの物売りは 

全てが ’ 移民系 ’ 。   物売りたちの元締めも含め、 彼ら全体が 祭りの経済効果のおこぼれを

享受出来るような仕組みになっているのですね ~~

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                                    (   食べ物でも結構です ~  )





08.       広場も人で一杯 !   

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09.     ところで、 この祭りは パンプローナの守護聖人 聖フェルミンを称える儀式が起源となっている。



303年9月25日、聖フェルミンが キリスト教の伝導に出かけた先 フランスにて斬首されたことを忍び、 

首に赤いスカーフを巻くのです。  闘牛も含め、 血生臭くもエネルギッシュな スペインらしい趣向です

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10.     空中浮揚の見世物は あっという間にヨーロッパ中に広がり、  とうとう

’ 2階建て ’ が登場しました !    これ、 芸を終えて帰る時はどうすると思いますか ~~



上の人が着ているものを すっぽり袋状にかぶって 中でもぞもぞ 帰り支度をするはずですよ   ^&^

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11.     さて 日本では ” 牛追い祭り ” だけが やたら有名で、 それが祭りの全てと

思われている向きがありますが、 9日間の祭りを通して 人々はありとあらゆる楽しみを味わい尽くします。



聖フェルミンの像を担いでの行進を始め、 開会宣言の儀式、音楽やスポーツ、劇場でのイベント、

闘牛、花火、そして 何と言っても 歌って踊って 飲んで食べて 、、、    



日本の旅行者がすんなり馴染めるかと言うと 正直言って 部外者と言う感は否めません。 

結局は 家族や親戚、友人知人の輪があってこその祭りだからです ・・

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12.    しかしそれでも これだけの祭りに参加することは 一大イベントであったことに違いありません



カッコいいスペインのお兄ちゃん、 意気盛んなスペインのおじちゃん達に 元気を分けてもらって

パンプローナの光を 精一杯浴びることにしました ~ !!

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(   まだまだ 写真が たくさんあります。    つづきます  ~~  )

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