リヨン、フランス第2の都市

2017年6月23日 (金)

「ぺルージュ」フランスの最も美しい村 現代から中世にワープするにじり口

 
ぺルージュ Perouges は リヨンの北東36kmに位置し、

今日でも 中世の姿をそのまま留めている小村だ。


’ 人口2000人以下という フランスの最も美しい村に登録される条件 ’

の通り、  現在は 1200人程が住んでいる。   



織物産業のメッカ ・ リヨンに近いこともあり 

昔は 織工 tisserands が多く住み 繁栄の基盤を成していた。








01.      ぺルージュ村を囲む城壁は 家と一体化していて 如何にも

頑丈そうだ。   この狭い通路は 敵の侵入を防ぐのに役立ったに違いない。



それに 中世と現代を行き来する ’ 躙り口 ’ そのもの
だ!

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02.      石畳、などという穏やかなものでなく、 でこぼこに突き立つ丸石が

まるで罰ゲームのように 足裏に当たって来る。  



外敵のことや水はけのこともあったろう、  昔の人は わざと

不便さを 受け入れていたのかも知れない。

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03.      実はぺルージュはこんな形をしている。  丸っこい 可愛い村、  


誰でも 一度は訪れてみたくなるでしょう ・・

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04.     他のフランスの最も美しい村同様、 ここも映画のロケ地となった。


特に 1921、1932、1961年の 「 三銃士 Les Trois Mousquetaires 」 は 

半世紀以上も前だけに 村の様子がより忠実に映し出されているかも知れない。 


(  最近の映画は CGを織り交ぜて場面設定することも多いので 、、 )

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05.         村の中心の ラ・アル広場にある ホテルレストラン。  


ハーフティンバー、持ち送り式の造りは いかにも中世の趣きだ。

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06.    物寂しい村の佇まいではあったが、  見物人がたくさん来ていた。


一般の観光客相手とは別に、  子供向けのガイドツアーもあって 

ガイドは 毎年開かれる中世祭を彷彿とさせる衣装を着ていた。

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07.        最近は 城壁の外側に住居を移した村民も多いらしいが、 


現地の子供たちの姿も確認し 何だかホッとした ・・

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08.         ところで ぺルージュ Perouges という村の名、   



例のサッカーの中田選手が住んでいた イタリアウンブリア地方のペルージャ Perugia

から来た人々が興した集落だったから その名が付いたという説と、


’ ピエール ルージュ pierre rouge 赤い石 ’ が 元になっていると言う説がある。


(  詳しくはわからないが、 赤い石は 生贄の代わりに捧げられた

血の色をした赤い石を意味するらしい ・・ )

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09.      写真左下に写る太い幹の菩提樹は  フランス革命後の1792年に


自由 Liberte のシンボルとして植えられたものだ。 

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10.       ぺルージュのガレットは お土産として有名だが


蝋燭や銅製の鍋や水差し、陶器、古道具なども なかなか魅力的だった。 

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11.       村には二つの門がある。 上の門は La Porte d'En-Haut、


下の門 La Porte d'En-Bas は、  それ自体が城塞そのものと言える 

サント・マリー・マドレ―ヌ教会の脇に建っている。



夕方、村の中は早い時間から日影となるが 外側はまだキラキラとまぶしい!

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ところで、 広場に面した家の日時計には 午前10時から午後2時までの

文字盤しかない                 そして 日時計君は

こう言っている。    ” 私は お天気が良い時しか 時を刻めない ・・ ”



城壁の外側なら もっと多くの時刻をキャッチ出来たのにね !?









12.        城壁の外は緑一色、  光も溢れている。

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13.       城壁と一体となって 中世以来ぺルージュ村を守って来た教会、

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そのドアも  現代から中世にワープする 躙り口のようであったし、


ドラえもんの ’ どこでもドア ’ のようでもあった ・・・・・
 







  ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

2014年9月12日 (金)

「大都会リヨンの歴史地区」「絹にまつわるリヨンと日本」

フランス南東部の「 リヨン Lyon 」 は 人口165万、 フランス第2の都市 



この旅行、 私はスイスのチューリッヒ経由で リヨンの 「 サンテグジュペリ空港 」から入りました

「 星の王子さま 」の作者サン・テグジュペリ Saint-Exuperyはリヨン出身なのです







01.     リヨンは 「 ソーヌ la Saone 」 と 「 ローヌ le Rhone 」という 

二つの大河が合流するところに発達した街で 2000年以上の歴史を持っている ・・

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02.    二つの川に挟まれた半島部から 西側の 世界遺産に登録された歴史地区 「 ヴュー・リヨン 

Vieux Lyon 」 に入るには、 ソーヌ川に架かる 「 ボナパルト橋 Pont Bonaparte 」

や 「 サン・ジョルジュ歩道橋 Pssserelle Saint Georges 」 などを渡って行く




歴史地区にある サン・ジャン大司教教会には 世界でも貴重な「 天文時計 (14世紀)」がある。


文字盤は 24分割されていて、 時刻や季節ばかりでなく 星座や惑星の軌道 聖人の記念日など 

様々なことがわかる 驚くべき仕組みとなっている

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03.    ケーブルカーに乗って 「 フルヴィエールの丘 Fourviere 」 に行くと 

リヨンの大パノラマが開ける。         朝日の逆光の中で 白く輝く街を見ながら  



フランスの新幹線TGVが 1976年 まず最初に パリーリヨン間を走ったことを思い出し、 

リヨンは 丁度 東京に対する大阪のような立ち位置にあるのかなあなどと考えました 

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04.     丘の上に立つ 「 ノートルダム・ド・フルヴィエール大聖堂 」は ’ 地味派手 ’

というのでしょうか、、  なかなか印象的な美しい聖堂でした

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05.    さて、 リヨンは 「 印刷・機械・化学産業の街 」「 金融の街 」「 ハイテクの街 」

「 美食の街 」と様々な呼び名を持つ。   そんな先進の大都会、 まだ9月半ばだというのに 


多くの人々は 都会特有の色、シックな黒褐色を纏っています

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06.    町のサンドイッチ屋さん、   フランスパンと生ハムが美味しかったですよ !

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07.     フランスの都会人は やっぱり黒が好き !?

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08.     「 ヴュー・リヨン 」には 急坂と階段が多い

毎日の登り降りは大変かも知れないが   この雰囲気は何とも言えず魅力的 ・・




1907年、8か月間 銀行員としてリヨンに滞在した 永井荷風が ” ふらんす物語 ” を 書いたのも

ソーヌ、ローヌの 二つの川が織りなす四季折々の変化や こんな古びた街角の趣きのせいだったことでしょう !

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09.     リヨンは 14世紀に絹織物の交易が盛んとなってから ずっと 世界に絹製品を

輸出する ’ 絹の町 ’ として名を馳せて来ました。 



しかし、 1855年にスペインで発生した蚕の病気が リヨンに大打撃を与えた際は

日本の蚕が病に強いからと フランスから横浜に買い付けが殺到したこともあったということです。



さらに 富岡製糸場も 1872年 リヨンから技術指導者を招いて創設されましたし

ジャカード織機も リヨンから 日本に伝わりました。 

絹にまつわる日本とリヨンの関係は 浅くはないようです。        そう言えば



フランス北部で 牡蠣が大量に死滅した時も 広島の牡蠣が新たな種牡蠣として役立ちましたね ・・

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10.     リヨンは 「 美食の街 」としても有名ですが、 ミシュランの三ツ星レストランが 

リヨンには一軒もないことを リヨンっ子は かなり不満に思っているらしい。 ミシュラン社の採点基準には

上質な雰囲気やトイレの清潔さまでが含まれるため なかなか合格点に達しないのだそうだ。 



最近は 日本までミシュランでランク付けされるようになって 余計なお世話、と 私は思うこともありますが

あらゆる場面で ” 他者の評価が気になる ” 日本人には 打ってつけの仕組みなのかも知れません ・・

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11.     リヨンの「 ギニョール 操り人形 」も 歴史が長い。 マリオネット博物館では

フランスのギニョルばかりでなく、  日本の文楽人形の特別展示もありました。 

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 (  あるレストランの帳場にて  )







12.    リヨンと言う大都会  とりとめのない散策でしたが 、  

せっかくですので リヨンの高級フランス料理、 最後に添えさせていただきます。


この繊細な飾りつけったら 、、、 
 



スーツをシュッと着て、背筋をピッと伸ばした年配の執事風が 靴音を響かせ 何度か料理を運びました   

やっぱり 雑で安いレストランの方が 私には合いそうですが  まあ 何事も経験ですから !

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食後に チーズの屋台を若いボーイさんが引いて来ました。  この時 なんだかホッとしましたよ

  
  

 

2014年8月29日 (金)

「郵便配達夫がつまずいた奇妙な石」「理想宮はゲテもの?アート?」

フランス南東部 ローヌーアルプ地方・ドローム県の オートリヴ Hauterives という町には

郵便配達夫が たった一人で築き上げた 「 理想宮 」 がある




01.    オートリヴは 人口1500人ほどの 農地に囲まれた平凡な町だが、 最近は

「 理想宮 」を訪ねる人のため、静かな町のあちこちに看板が立てられ 駐車場も整備されるようになった

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02.    この石の宮殿は 長さ26m 幅14m 高さは18m程の大きさで、



東の側面に居並ぶ 「 3人の巨人 」は 今も 遥かな理想を追い続けているようだ

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03.    郵便配達夫 フェルディナン・シュヴァル Ferdinand Cheval は 

理想宮の建設を 「 私以上に辛抱強い人にしか出来ない苦行 」と表現し、 


経験した壮絶な苦難と その同量の誇りを言い充てた言葉や文を あちこちのパネルに残している



「 空想上の宮殿の入口 」「 夢想に捧げた人生 」「 神・祖国・労働 」「 たった一人の人間による仕事 」

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04.    さて この 理想の宮殿を建てるという途方もないアイディアは 1879年4月のある日、


彼が石につまずいたことから始まった。  その石が 階段を上がった2階テラスにあるという

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05.    ありました!    通路右手、 銅像の台のようなものに乗っている

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06.    ” ある日配達から帰る途中、テルザンヌ Tersanne の手前で 私は石につまずいて

転んだ。 私が躓いたものが何だったか 目を凝らすと 何とも言えず奇妙な形をしていた。 ”



” お守り代わりにポケットに入れて持ち帰ったが、 翌日も同じ場所で もっと美しい凄い石を見つけた。



それらは 水の流れが長い時をかけて作り上げたもので、

人間が真似しようとしても 到底作り得ないほど変わった形だった ”

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07.    ” 自然が 彫刻家になったのだから 僕は 左官になり建築家になる ! ”



” しかし、そのことは誰にも言うまいぞ。 人は私を馬鹿にするだろうし、  第一 私自身が

おかしなことを思いついたと 自分で笑ってしまうくらいだから・・  ”



彼はこんな村の道を 仕事とは別に 何度も何度も往復して 石を集め、運び続けた

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08.     さて、彼は 理想宮の内部地下に自分の棺を納めたかったが、 当時フランスには 

火葬と言う習慣も まして火葬場もなかった。 村の規則や教会の決まりもあって それは叶わぬ夢となった 

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09.  そこで彼は 村の墓地の方に 自分の墓を作ることにした


” 私は当時77歳 自分の夢の宮殿を33年がかりで作り上げた。 幸いなことに 自分の墓を作る気力が

まだ十分あったし 健康にも恵まれ、 さらに8年間の重労働の末 自分の墓を完成させることが出来た ”




墓が完成した2年後 1924年 彼は88歳で死去、 「 終わりなき静寂と休息の墓 」 と

自ら命名した墓に埋葬された。     (  今 この墓の内部に 入ることは出来ない  )

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10.     さてフランスでは、 印象派たちの輝かしい活躍などがあって 他国より芸術的感覚は

一歩進んでいたはずだが、 実際は 20世紀末まで 芸術界は 昔ながらのアカデミズムに支配され

シュヴァルの芸術は  ” はぐれ ” や ” 異常 ” などと  正当に評価されることはなかった





それどころか 当時の文化庁の見方は ” 醜悪極まりない 狂気の沙汰。  愚かな田舎者が作った 

おぞましい岩の塊り ” と 散々だった。





しかし、 1930年頃に  アンドレ・ブルトンや ピカソなどに支持されるようになり、1969年

やっと 時の文化大臣アンドレ・マルローが ” 確かに 幼稚な部分もあるが フランスが世界に誇れる

ナイーヴ アート L’art naif だ ” と認め  文化財として登録されるに至りました

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11.    さて私は オートリヴを出たあと 北上し、 ヴィエンヌ Vienne に向かった



紀元前からローマの植民地だった ヴィエンヌには ローマ神殿や 円形劇場などがあり、

古いものには事欠かないヨーロッパの町の代表例を 当たり前のように眺めてまいりました



街路を 菊の花が飾り、 日本の花がこんな風にアレンジされていると 

こちらの方にずっと新鮮な感動を受けたのが 面白かった ~~ !

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12.    丘の上から ローヌ川と ヴィエンヌの街を一望



30km先のリヨンには 翌日向かうことにして、 この日は 

ヴィエンヌ郊外の  庭の池に白鳥が泳ぐ 高級邸宅レストランホテルに一泊

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ローマの神殿などが 普通に残っている文化からしたら、 シュヴァルの理想宮は 

確かにゲテモノかも知れないし、   新鮮な前衛アートかも知れない、、






見事に洗練された 芸術的フランス料理を食べながら いろいろ考えた夜となりました  ・・・ 

2014年8月22日 (金)

「郵便配達夫の理想宮」 "好奇心で中に入ったが 出た時は恋に落ちていた"

フランス南部 リヨンの南方60km  「 オートリヴ Hauterives 」 という小さな村に

シュヴァルと言う名の 一人の郵便配達夫が作った 奇妙な建築物がある




その名は 「 シュヴァルの理想宮 Palais ideal du facteur Cheal 」                 





01.    美しい川を越え、 幾重もの農地の襞を越え、その村を探し当てた ・・  

車のナビ無しでは 到底無理だったかも知れない

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02.    11月の午後3時、もう日が傾きかけていた。 日頃 巨大な大聖堂や城塞を見慣れて来た目には


こじんまりした宮殿に見えたが、    待てよ、一人の人間が 石ころ一つづつ 手作業で作ったのだ !

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                                            (  北側  )





03.    1873年、43歳になった郵便配達夫 フェルディナン・シュヴァルは 仕事の道すがら、

ソロバン玉が繋がったような 奇妙な形の石につまずいた。不思議な形に魅了された彼は 一個また一個と 石を


集め出す。 仕事のついでに集めていたものが、 徐々に 石拾い専門に10キロも遠出するようになった 

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                                            (  東側  )





04.    庭先に その石を積み上げていったものが 彼の宮殿の始まりだった。 毎日あちこち

下を向いて徘徊し、 庭では奇妙な建築物を積み上げる ・・ 。 村人がヘンに思わないはずがない。

人々が彼を変人扱いし 白い目を向けたのも当然だった。 




ある研究者は 彼は 物事に偏執的に拘る ナントカと言う精神病だ、と分析しているが、   確かに

病的なほどの根気と意欲がなければ こんな立派なものを作り上げるなど 到底出来なかったかも知れない

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05.    宮殿の四方には イーストサイドとか ウエストサイドと 名前が入っているが

文字通り世界の四方からの モスクやカテドラル、教会や城が 彼の宮殿に採り入れられた。 
 




身の回りの動植物は 当然大切な素材だが    特に、 田舎の貧しい郵便配達夫にとって 

仕事の一端で目にする絵葉書は 格好のイマジネーションの素になったらしい 

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                                            (  東側  )





06.    ミニチュアの建物には ヒンズー寺院、スイスの礼拝堂、ホワイトハウス、アルジェリアの四角い家、

などと刻印されている。  ( 日本的なものはなかったような気もしますが ・・)

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                                              (  西側  )





07.     この建築物は 勿論石ころだけで出来ている訳ではなく、 石と石をつなぐのにワイヤー、

壁や土台を固めるのにセメントなどが使われている




彼の理想宮は 1912年 シュヴァルが77歳の時、 のべ9,3000時間 33年間かけて 完成された

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08.    妖精のような坊やに導かれて 建物の内部の通路を歩いたり、階段で2階に上がったりした ・・



地元民は 最後まで彼に距離を置き、 この宮殿の中に墓所を設け 永遠の眠りに付きたいという彼の願いを

拒否した。  そこで 彼は 村の墓地の方に この宮殿と似たような雰囲気の墓を作っている

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09.    しかし、 建物が完成すると このセンセーショナルな宮殿はマスコミにも取り上げられ

徐々に見物客が来るようになる。    彼の死後は 孫娘が保護管理をしていたが、 1994年に


やっと村の管理に移り、 現在は フランス政府により国の重要建造物に指定され、 修復も行われている。




2013年には 世界中から 観光客が15万人も訪れたと言うから 

もう押しも押されぬ 立派な文化財になったと言えるのではないでしょうか ・・

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                                   (  2階のテラス )





10.     彼は 最初の妻には愛想を尽かされ離婚、 しかし再婚した妻は彼を理解し、終生彼を支えたという



彼の一輪手押し車が残されている。 足場の様子を見ても ” まさしくアナログな建築法 ” そのものですね!

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11.    ところで 私は、 彼は イマジネーション豊かな造形作家であるばかりでなく

ある意味人生哲学をモノにした プリミティヴな思想家だったような気もする ・・・



建物のあらゆる場所に 彼は びっしりいろいろな言葉を書き残している。  例えば 



” 自然は友であり、時として理解し難い敵でもある。 しかし、私は不平も言わず 自然に付いてゆく ”


” 人生は 生まれ来る子供たちと 消えゆく老人たちの 葛藤の嵐が吹き荒れる海のようなものだ  ”


” 肝に銘じよ、望むこと それが 出来る、の始まり ”  ”  神は 自ら助くる者を助く  ”

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                                          (  2階のテラス  )





12.     実は 私は最近、バルセロナの 「 サグラダファミリア 」を訪れた。 



その時真っ先にひらめいたのが この 「 シュヴァルの理想宮 」。  サグラダファミリアの外観の 

とても教会とは思えない奇抜な造形は 昔のままだったが、  新たに 最近完成した聖堂の内側は 

すっかり現代アート風にまとめられ、 ” ガウディはどこに行った!? ” という感じがしました ・・ 

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                                            (  完成当時  )




ガウディが シュヴァルと違う点は、 規模が全く違うのは当然として、 あふれ出るイマジネーションを 

一旦 科学的数式や建築理論に置き換えて、 実際の建築でも 他人の手と機械の手にゆだねざるを得ない、

という点だろう




ガウディは 許されるなら シュヴァルのように 本当は全てを自分だけで作りたかったのではないだろうか

実際そんなことは有り得ないことではあるけれど ・・  




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ここまで 淡々と報告させていただいたが  実は 「 シュヴァルの理想宮 」に 私はものすごく感動した ! 



歓びが胸一杯に満ち、 多くのインスピレーションを授かって帰って来た 。  






同じく あそこを訪れた ある人の感想を引用させてもらおう

” 私は 好奇心で中に入ったが 出た時は恋に落ちていた !  On entre curieux, on sort amoureux ”

 

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