スペインの「白い村」

2014年2月14日 (金)

アンダルシアの白い村「アルコス・デラ・フロンテーラ」見晴らしだけでなく


セビリアの南 約80kmにある アンダルシアの白い村、    

「 アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Arcos de la Frontera 」は とにかく見晴らしが素晴らしい



しかし 「 村 」と言いつつ、 実は 驚く程豪華な宗教遺産にも 恵まれている







01.     白い壁と 胸突き坂 、、、  村人にとっては 当たり前の日常だ

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02.     アンダルシアの 白く輝く岩山が まるで 細長い恐竜の背のよう ・・

しかも その背中には 登り龍の刺青みたいな模様が ” 彫られている ” 
 




こんな迷路に 観光客が 車を乗り入れるなんて 狂気の沙汰かも知れない ・・

前日のホテルで ” 車は 下の町に置いて、あとはタクシーで登るように ” と念を押されていた

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03.    ところが タクシーなんて 影も形もないし、 パーキングは暗い岩穴の中、、

泥棒の心配もあり、迷いに迷った。 近くにいたシニョーラが あれこれやってくれたが埒が明かない




” 上に行っちゃいましょう ! ” 子連れの その奥さんが 車に同乗して 案内してくれることになった

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(  やはり、「 サンタ・マリア教会 」 の前の小さな広場だけが 唯一の公共駐車場でした ! )








04.     急坂、ヘアピンカーブ、 車体を擦らないよう 細い路地を 指示に従って進んだ


こんな教会の門も 狭すぎて  通るには ちょっとした ” 地獄門 ” でした ~~

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05.    ようやく ホテルに着いた !  見晴らしのいい部屋のうち 角部屋は

残念ながら フランス人の長期滞在者がいたので、  その隣を 交渉してゲット




角部屋のバルコニー越しに見る 白い家々の頂上に鎮座ます 「 サン・ペドロ教会 」 の姿は見事だった  



角部屋を取れなかった という心残りも  まあそれなり 一種の旅情と言えそうです ・・

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06.    そのホテルは 「 パラドール・デ・アルコス 」、   ” パラドール Parador ” とは

古城や宮殿、修道院などを改修した 国営ホテルで、 現在は スペイン国内に83か所ある




パラドールと言うだけで 有難がる傾向があるが、  ここは 建物は中級品、

しかし ロケーションが最高で 予約が引きも切らない

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(  体を張って駐車場所を確保してくれたパラドールの女主人と パラドールのパティオ  )







07.    パラドール  テラスの朝

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08.    パラドール  午後のテラスから 
 


画家 西房浩二氏も 2013年の日展に ちょうどこのアングルで描いた油彩画を出品している

和・洋問わず 多くの画家の絵心を誘う風景と言えそうです ! 

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09.     「 サンタ・マリア教会 Ig.de Santa Maria 15C 」 と

「 サン・ペドロ教会 Ig.de San Pedro 」、 二つの教会の内部は 驚くほど豪華だ




アルコスは、 ローマ人 アラブ人が 軍事上の要塞とした町でしたが、 カトリックの修道会が

15Cにやって来てからは 宗教上の拠点となりました。     しかしながら




比叡山とか高野山など 大仏閣は別として、 日本の鄙びた一山寺が こんな豪華なことはあり得ない訳で 

改めて カトリックの力の偉大さ ( あるいは尋常でなさ ) に驚いた次第でした 

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10.    「 サン・ペドロ教会 」 にて 。       聖人の聖遺物、 髪の毛とか血液とか 

頭蓋骨や 大腿骨・上腕骨、 はたまた 有難い説教を唱えた舌などを 祀る教会はたくさんある。



ミイラだって 決して珍しくはないが   特に この聖人、 

デコレーションが とても美しく優雅だったので 失礼して写させていただきました~

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因みに 昔、 山形県で 2体ほど ” 生き仏ミイラ ” に対面したことがありましたが、 日本の場合

高徳の僧が  自らの意思で 歩いて穴に入り 生きたまま死する訳ですから 

その壮絶さは 比べようもないと言えそうです








11.     鷲やタカは この断崖絶壁の町に よく似合いますが、   こんなに

立派に美しく仕上げるのは やはりその道のプロならではの仕事 ! 



子供たちも 足腰が丈夫に育つんでしょうね ・・

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12.     10月初旬、  夜7時、 日没の時間となりました   

2千年も前から  人々は 同じ日没を眺めて来た訳です 

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ところで、  思い返してみれば 住民は殆どが半袖でした  

南スペインは 夏は酷暑、  秋が丁度いい暑さ と言えるのではないでしょうか





そして、  アンダルシアの白い村 「 アルコス・デ・ラ・フロンテーラ 」 は  

是非 訪ねてみたい町の一つ と言えそうです

2014年1月 3日 (金)

「 ロンダ 」は絶壁だけでなく 闘牛もイスラム遺跡もあります

スペイン、アンダルシア州 「 ロンダ Ronda 」、  断崖の景観が あまりに凄いので

ロンダは ’ 風景だけの町 ’ と思う人が意外と多い


しかし ここには 石器時代から人が住んでいたし

8世紀から500年間も繁栄した イスラム文化の名残りも あちこちにあるのです








01.    「 アラビアン ゲート Arco de Felipe V 」 18Cに作られた イスラム様式の門


「 ロンダ 」は 天然の崖と 人工物の城壁に守られ 守りの堅い町だった 

ロンダへの入城には もっぱらこのゲートをくぐったという

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02.     アラビアン ゲートから 城壁沿いに 道を降りてくる

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03.    「 ビエホ橋 Puente Viejo 」  ( 11~16C )


「 ヌエボ橋(新橋)」が18Cに架けられるまでは 「 グアダレビン川 」の深い谷を渡る 唯一の道でした

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04.    橋のあたりから 階段や坂道を延々と降りて行くと 意外にも 透明な 美しい空色の流れが待っていた

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05.     現地のガイドパンフレットにも載っていない アラビアン浴場跡に 迷い込む !

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06.    こちらは 日本のガイドブックにも出ている 「 アラブ浴場 Banos Arabes 」

13~14Cのものだが スペインに残るアラブ浴場の中でも 規模が大きく 保存状態もかなりよい



天井の星形孔は ライトではなく 採光を兼ねた空気穴、 外から見ると 穴あきの屋根だということがよくわかる

アラブの浴場は 川の水をボイラーで沸かして スチームを全室に送り込む いわばサウナのようなものだった

従って 一種の社交場であり 様々な人間模様が展開されたらしい

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07.     「 サンタ マリア ラ マヨール教会 Iglesia de Santa Maria la Mayor 」( 15~16C )


イスラムを駆逐するレコンキスタが成ったあと( 1485 )、 モスクの跡地に建てられた教会で   

” ムデハル様式 ” と言う 残留イスラム教徒の建築様式と キリスト教建築様式が融合した 

とてもエキゾチックなスタイルです !


しかし 内部は 豪華な金ピカの祭壇と 美しい写実的な天使像が何体も収められ 

充実したキリスト教教会そのものでした

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08.     ロンダの 「 闘牛場 Plaza de Toros (1785年) 」は スペインで最古の闘牛場のひとつ


18Cに ロンダで生まれた フランシスコ・ロメロ というマタドールが 

今では当たり前のようになっている 牛をけしかける赤い布を 初めて考案した人物だが

彼は「 ロンダ闘牛学校 」 なるものも開校し、

その後 息子や孫、一族で 闘牛発展の礎を築いたと言う

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009.      さて 「 春田美樹 (1924~1995年)」という画家をご存じでしょうか ・・

ロンダの闘牛場近くに 彼の 不思議な ” 灯篭モニュメント ” があった 

” 死ぬがために生を受け 生きるがために死す ” と記してある



初めは 日劇などで 出演する女優の絵を描いていた日本人の画家が 何故か ロンダに移り住み

そこで 十数年暮らしたらしいのだが、 その詳しい活動歴・画風 この灯篭が意味することなど全てが謎だ   


そのうちひょっこり テレビの ’ なんでも鑑定団 ’ に 彼の絵が出たりすれば その謎が解けるかもしれない

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10.     改めて ロンダの崖を 谷底から仰ぎ見てみよう !


あれだけ多くの観光客も ここまで降りてくる人は少ない 

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11.     途中の崖道に 水路があった   上流の川面のレベルを保ちつつ 水をどこかに運ぼうという

” 水利 ” がなされている。  石橋のアーチの技術も凄いが  こうした水利の知恵をもたらしたのは

ローマ人だろうか、、 アラブ人だろうか、、

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12.     如何にも危うげな断崖絶壁の町 、、 


しかし 何も崩れ去ることなく  悠久の歴史がしっかりと 面影を残しておりました

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2013年12月27日 (金)

「 ロンダ 」100mの断崖絶壁 静かな天空の町と思いきや !


スペイン アンダルシア州、 海抜739mの 岩だらけの大地に「 ロンダ Ronda 」がある



断崖絶壁に作られた その町は  

天空に浮かぶ お伽噺の舞台のようでもあり、 同時に 時代の足あとが見られる歴史の町でもありました 







01.    ロンダ山地を流れる 「 グアダレビン川 Rio Guadalevin 」が浸食した 深い谷の両側に出来た町を

この 「 ヌエボ橋 Punte Nuevo 18C、 高さ約100m 」が つないでいる

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02.    「 ロンダ 」は ” アンダルシアの白い村 ” の仲間ではありますが、 今や 大きな街となり

白い壁の家々 その窓辺には なんらかの色と装飾が施されている

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03.    「 ヌエボ橋 」 を中心に、 向こう側が旧市街 手前が新市街 


進行方向右手が南側の絶壁   左側が 北側の絶壁となっています

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04.     南側の絶壁  右手には 日本人の観光客に大人気の パラドール・デ・ロンダ ホテルが 、、

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05.     南側の絶壁からは  「 グアダレビン川 」の深い谷が 、、 

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06.     南側の絶壁  左手には 旧市街の家々が 谷にこぼれんばかりにひしめいて 、、

因みに この中の一つの窓が 私たちの部屋でしたよ ~~ 

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07.    厳かな大自然の佇まいをよそに 街中には 観光客がひしめいていました


日本人を含めた アジアのツアー客ばかりでなく  欧米の個人客も相当来ていましたから

「 ロンダ 」は  やはり ある種 世界的な注目株と言えそうです

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08.     北側の絶壁  「 ヌエボ橋 」 の真下が こんな風景ですからたまりません !

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09.      北側の絶壁   あるホテルのテラス

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10.     北側の絶壁  奥の方に アラブ支配時代の古い石橋や宮殿 さらにオリーブ畑などが見えます

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11.     ディナーのあと 10時近くになると、 一部の繁華街は別として さすがにひっそり ・・

明日も 街中 観光客でごったがえすに違いありません ・・

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12.     さて、ディナーは 宿泊したホテルの ” 絶壁テラスレストラン ” にて



明るいうちから 席を予約しておきましたよ ~   メインディッシュは 仔豚の丸焼き 

セゴビア( マドリードの北 )でのように 丸ごとの姿焼きではなく ある意味ホッとしました ~

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赤い夕空が 刻々と変化して やがて 漆黒に溶け込むまで 眺め尽し、 心のアルバムにしっかり収めました







次回は 風景だけが売りではない 「 ロンダ 」、  歴史地区も 訪ねてみます ~ 

2013年12月20日 (金)

スペインの白い村「セテニル」 洞穴が家となり、大岩が道を塞ぐ村

南スペイン アンダルシア州の内陸部では 夏の気温が45度になることもある


山岳地帯には そのまばゆい太陽の光をはね返す 幾つもの「 白い村 」が点在している








01.     乾いた大地、行けども行けども オーリーブの縞模様の樹列が続いていく ・・

収穫しずらそうな、こんな所まで、と思うような崖の上にも オリーブが植えられている

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02.     ここは 「 セテニル Setenil de las Bodegas 」、  オリーブの岩山に接した

小高い丘に 白い家が段々に積み重なり 一つの集落を形作っている   


アラブ支配時代の塔も 丘の上から 家々を見下ろしている

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03.     本来 観光客が車で入れるような村ではなかったが、 訳あって 途中まで先導してくれた

一台の車の ” お蔭で ” 、 一方通行の村道に入り込み   途中で引き返す訳にもいかず

迷路を踏破せざるを得なくなりました ! 
 



道路は 写真よりもっともっと狭くて 急勾配、 案の定 路地の曲がり角で 一台の車の脇腹にコツン !

” 対物損傷 ” に対しては、 地元民が いいよ、行け、行けと お目こぼしをしてくれて 助かりました ~

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(  洞穴を そのまま住居やガレージとして使っている  )







04.     イスラムに支配されたこの村を キリスト教徒が 7回も奪回を試みたが いずれも

空しく失敗の憂き目を見たという。 セテ(7回の)ニル(無し・ゼロ) 村の名前自体が こんな意味だ



大岩が垂れ込んで 行く手を阻む細い路地  きっと 天然の守備の要だったに違いない



車で迷い込んだことで、 私たちも  難攻不落の砦の実感を ほんの僅かながら体験した訳です ・・

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05.      僅かながら駐車場のある 村の入口側に やっとのことで到着すると

そこには 「 グアダルボルシン川 」が流れていた

この川が、 何万年かかったか知れないが、 岩肌を削り 今や 村人が憩うテラスとその大屋根を作り上げたのです

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06.     ここが 「 セテニル 」のシンボルである テラス   

自然の大岩が屋根となり 一度見たら忘れられない 大変印象的な風景となっている 

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07.     ここは もともと 地元民の大切な井戸端会議の場所だという  

” この村の方ですか ?  ここで生まれたの ? ” と聞くと  ” Si ~~! ” と返ってきました~ 

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08.     自然の洞窟をそのまま利用した バル、  岩肌がむき出しのままの天井


コーラを注文したが オリーブが付いて来ました、  ホットコーヒーは ガラスのコップで出てきました、

アンダルシアの ’ 庶民的なバル ’では だいたいこんな形でしたよ ~

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09.     ところで  1492年 イスラム勢力の支配するグラナダを 陥落させる際

スペインのイザベラ女王が フェルナンド王と共に ここ「 セテニル 」にキャンプを張ったが

その際王子を早産し、 死んだその王子を弔う教会を建てたことで 王子がこの村の守護聖人となったと言う



この事実を 正式に記述している歴史書は 一つもなく   村人の伝承だけが根拠となっているらしい

早産に立ち会った産婆や 身の回りを世話した村人の話は 代々の語り草となったことでしょう ・・  



いずれにせよ 時代の要請だったとしても  妊婦にして戦いの先頭に立ったイザベラは凄い人だ !!

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10.     「 セテニル 」は 本格的に観光地化しておらず、 いわゆる土産物屋は一軒もない

カラフルな飴を売っている店を見つけ チョコレートを買った



日本のテレビ局が 今年「 セテニル 」を撮りに来ませんでしたか と話を向けると   

ええ、来ました 来ましたと  破顔一笑 ! 

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(  ここも 洞窟をそのまま利用した住まいです   )  








11.     アンダルシアの山岳地帯には 白い村が たくさん点在する

観光客が押しかける 「 ミハス 」や 「 カサレス 」ばかりが 白い村ではありません 


表現は悪いが ’ 蛾が卵を産み付けたような ’ 白い塊りが 山々の腹にへばり付いている

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12.     どうしてこんな村が出来たのだろう ・・  昔は生活をどうやって維持したのだろう ・・


お城が中心だったり 修道院が元であったり、 ローマ時代からのものや イスラム支配に起源をもつものや、

それぞれの村に それぞれの誕生秘話があり 歴史があるに違いない

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改めて スペインは、 闘牛とフラメンコ パエリアとガウディ だけの国ではないと 思ったものでした ~

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