スペイン 地中海・ピカソの町とジブラルタル

2013年12月13日 (金)

アフリカが見える「 ジブラルタル 」、猿が車に侵入しました! 

イベリア半島の南東端、 地中海と大西洋が交わるあたり ジブラルタル海峡に突き出た小さな半島が

英領 「 ジブラルタル Gibraltar 」  ( 自治政府があって 防衛以外は 完全な自治が行われている )



ジブラルタルは スペインが王位継承の戦争をしている間に イギリス軍に占領され、 

ユトレヒト条約で   1713年に イギリスに統治権が与えられた後 300年間の英国統治が続いている







01.    英領ジブラルタルの大部分は 岩の塊から成り、 通称 「 The Rock 」と呼ばれます

旅人が アンダルシアの山塊を抜けて海へ向かう時、 かなり遠くからでも 印象的なその姿は 一目でそれと分かる

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02.    スペイン側から 国境検問所を通り、  いざ入国すると そこはもうイギリス



ダブルデッカーが走っていて  ’ ポテト アンド チップス ’ の店もある。   1990年代までは 

英本国と同じく 左側通行だったが、 さすがに現在は混乱を避けて スペイン同様 右側通行となっている

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03.     この「 ザ・ロック 」 長さ5km 幅1.5kmの ’ 盲腸みたいな ’ 狭小半島だが



その価値たるやダイヤモンドみたいなもの !     海峡の 軍事上・海上交通上の要衝として 

誰でも喉から手が出るほど欲しいテリトリー 。  当然 イギリス軍は300年間手放さず 駐屯している 

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04.      スペインは 返還を要求し続けているが 今のところ 香港のように返還される見込みはない



ジブラルタルは ヨーロッパという先進国内で 最後に残った植民地 !    しかし 住民投票では 

人々は 圧倒的に 英領のままでいいというのだから スペイン政府にとっては 頭の痛いところ

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05.       経済成長率から見ても 2012年のイギリスが0.2% 失業者であふれるスペインが-1.4%なのに

ジブラルタルは7.8%と 絶好調、  約3万人の住民は 軍事産業、港湾労働、観光 金融などで 豊かに暮らしている




半島の最南端に行き 対岸のアフリカ大陸と対面する ・・   静かなる 感動に包まれました ・・・

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06.      20ユーロ払って 車で「 ザ・ロック 」に登ると  南にアフリカ 西にスペインが見えました



実は、 日帰りで 是非 目の前のモロッコに行ってみかたったが   丁度 英西間で なにかもめごとがあり

出入国審査(日本人は ユーロ国以外の列に並ばなくてはいけないらしい )を 意図的に遅らせる という噂があったり、

船便は 常に時間が正確とは限らず 天候の影響も受けやすいし、  モロッコに着いてから 更にバス移動も必要 など



余程 時間と気持ちに余裕がないと アフリカへの日帰りは とても無理と分かった

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07.      記念碑  ” エリザベス女王 ここに立つ  1954年5月 ”



1981年 チャールズ皇太子とダイアナ妃が この地を新婚旅行に選んだが、 ジブラルタルの返還を求める立場の

スペイン国王フアン・カルロス1世は これに抗議し、結婚式への参列をボイコットした という 



最近も 似たようないきさつで 何かの儀式に 王族が出席するしないという 駆け引きがあったらしい

スペインも 一応 英国支配に抗議する姿勢は見せておかねばならない訳で、 王族は戦術上の駒と言えるでしょうか

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08.     さて、 山の中腹に 猿の一群が 悠々と居おりました 

この ” バーバリーマカク ” と呼ばれる猿たちは 野生ではあるけれど 英陸軍砲兵隊が 古より世話をして来たもので

「 彼らがジブラルタルからいなくなったら 英国もジブラルタルから撤退する 」という伝説がある




そんな有名な猿ならと カメラを向けたら 目が合ってしまった! その瞬間 猿は窓から侵入し 食べ物を物色し始めた  

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09.     襲われないかと ヒヤヒヤしながら ” 降りなさい! ” と必死に叫ぶも 敵はじっくりあたりを捜索

しかし食べ物はない。  諦めて出て行くかと思いきや 右側の窓から退出する寸前 私の赤いバッグをかっさらった !



一瞬の事だったが 夫と猿がバッグを引っ張り合う。 幸い夫が勝った !!  お金とパスポートが入っていたのです・・

谷側へ投げ捨てられてたら   私は その先 随分と 往生したことでしょう ~~~~

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10.    この山には  いくつかの砲台や 第二次戦争時のトンネル 島の東西を貫くトンネル 戦争記念碑 

博物館や教会 等々 歴史を物語る 結構多くの建造物や施設が あちこちに散らばっていますが


猿たちは アラブが支配した時代からいたそうですから  この島では 何と言っても彼らが一番の古株です

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11.     さて ジブラルタルには 失業率が36%にもなる 隣接するアンダルシア地方から 毎日1万人以上の

労働者が働きに来る。  その多くは 徒歩またはオートバイなどでの通勤だ。  夕方 帰宅の列ができる



国境そばの ユーロとポンドのマークがある両替所では ロトくじも扱っている。 労働者のささやかな夢が感じられます

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12.      EUの旗  英国国旗  ジブラルタルの旗 を背に、  英国とスペインの綱引きを知ってか知らずか



一匹のバーバリーマカク  人生 如何に生くるべきや、、  瞑想にふけっておりました ・・・

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次回からは  「 アンダルシアの白い村 」  その幾つかを訪ねます

 

 

2013年12月 6日 (金)

「 南スペイン・マラガ 」 ピカソが生れた町はお洒落な大都会 

画家ピカソが ’ スペインで生まれたスペイン人だ ’ ということは知っていても
 


彼が生れたのは 田舎の村なのか   
地方の町なのか 全くイメージが湧かない ・・



出かけてみたその地は 意外にも、 海に面したお洒落な都会でした!






01.     パブロ・ピカソ Pablo Picasso(1881~1973)が生れたのは  南スペイン アンダルシア地方の


「 マラガ Malaga 」、    地中海に面した港湾都市 マラガは   国際的なリゾート地 コスタ・デル・ソル

( 太陽の海岸 )の 中心地として賑わう商業都市でもあります

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02.    ピカソがマラガで暮らしたのは10歳までですが、  明るい地中海気候の、 大きな船が出入りする 

活気あるマラガが   ピカソの人格形成に 大きな影響を与えたのは 間違いないでしょう



ピカソで有名になるずっと前から マラガには ヒブラルファオ城、アルカサバ要塞、半円形のローマ劇場、マラゲータ闘牛場

そして エル・パロ・ビーチ等々  観光に不可欠の歴史と魅力が 有り余るほど満ちていたのです 

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(    ローマ劇場跡の背後は  ローマの要塞城壁アルカサバ  

闘牛場の背後は 現代のマンション群     )






03.     「 カテドラル Catedral 」  資金不足で 右側の塔が未完成のまま 工事が終了したため

” 片腕の貴婦人 ”と呼ばれているが、 内部には 聖母マリアを主題とした 多くの油絵や彫刻の傑作が 居並んでいる 

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04.     「 ピカソ美術館 Museo Picasso Malaga 」   ピカソの最初の妻オルガ、 

オルガとの間に生まれた息子パウロ、  自殺した親友カサへマス などを描いた作品が展示されている



” 腕白ピカソ ” が 将来 この中から生まれるでしょうか!

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05.     「 ピカソの生家 Casa Natal de Picasso 」   想像とは異なり、 意外と現代的な建物でした!

考えてみれば ピカソが没したのが1973年、 結構最近の人ですから、このような住まいで当たり前ですね ・・ 



昔はこの中の一室に暮らしていたのでしょうが、 今は 建物の大部分が ミュージアムとなっていて

油絵 陶器 写真 衣装 インスタレーションなど、 ビデオ上映も含め 様々なものが展示されています

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06.     生家の前にある 「 メルセー広場 Plaza de la Merced 」   幼少時代 ここで遊んだピカソは

のちに この広場の鳩を懐かしく思い出し 娘に パロマ( 鳩 )という名を付けたということです




何やら 変な?人たちが 通りかかりました。  聞いてみると マラガには ” セグウェー ツアー ” なるものがあり

指導員付き添いのもと 1~2時間かけて  セグウェーで あちこち観光して回るのですって !

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(  樹木は 紫色の花を付ける ジャカランダ  )








07.     さて マラガで  是非寄ってみたいのが 「 バル Bar 」    数ある中でも

「 エル・ピンピ El  Pmpi  」は アンダルシア情緒あふれる 個性的な内装、 美味しい料理とワインで有名です

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08.     グラナダ通りの入口から入り、 お洒落に飾られた各ブースを くねくねと辿っていくと 

古代ローマの要塞跡 アルカサバ側に出てしまう !  

スペインのバールはどこか開放的、 見るだけでも 楽しい散歩となりますよ 
   


ワイン樽に 例の鳩子  ’ ピカソの娘 パロマ ’ のサインがありました !

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09.     さて 通りに出ると 町には 焼き栗やアーモンドの露店が あちこちにありました

肌を露出したシニョーラが なんとも逞しい !

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10.     「 マラガのアーモンド 」  スペインの地中海側、 特にマラガ産アーモンドは有名で

日本にも輸出されている。   アーモンドの花は 日本の桜よりちょっとピンクが濃いが よく似ていて美しい


ゴッホは 青空に映えるアーモンドの花を描いているが  多作のピカソも、きっとアーモンドを描いているでしょう  

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11.     マラガは 海沿いの町、 もちろん 魚貝のメニューも豊富です

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12.     当夜は シーフードレストランにて お食事 

しかし、 スペインの全行程で ” 生ハムをいただく ” という目標を掲げておりましたから

注文はこんな具合となりました ・・

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バルセロナ、マドリード、パリ、南仏と  これまで ピカソゆかりの町々を見てきましたが 

まさか 生誕の地・マラガまで来るとは 我ながら驚きました ・・   





それでも ” ピカソファン ” になり切れないなんて オツですね~ !?

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