ミュンヘン ” のん兵衛天国 ”

2013年3月15日 (金)

ナチスの「ダッハウ強制収容所」 胸が締め付けられます

ミュンヘンの北西19km、 大都市のこんな近くに  戦時下、

「 ダッハウ強制収容所 Konzentrationslager Dachau 」がありました

ナチス政権下の ドイツの強制収容所としては 最初のもので、 後に続いた強制収容所のモデルとなった ・・

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01.   1933年3月に開所されたこの収容所、 まず始めに、60人の反体制の政治犯が送られて来たが

その後 徐々に ドイツ人を含む 様々な国籍のユダヤ人を収容していくことになる                              

今 見物客がバスを待っている広場の先に、 かつての列車の線路跡が 僅かに残っている

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02.   監視搭をいただく この正門をくぐると そこには極限の苦しみが待っていた訳です

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03.   鉄の扉に 象徴的な言葉が、、 「 労働が自由をもたらす ARBEIT MACHT FREI 」



強制労働をこなせば 自由になる日が来るという意味だが、 これはあながち ”単なる建前 ”ではなく

膨大な囚人を抱え 悲劇的な混沌へ向かう前、 当初の形としては 本当に人々を働かせる意図があったのが

アウシュビッツなど 他の収容所と違い  ここの特徴でした

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04.   ダッハウ強制収容所には 収容棟が32、その他 調理棟、火葬場や処刑場  

薬草を栽培する広大な畑などあったが、 いずれにせよ 収容所は 塀や排水溝、七ヶ所の監視塔 

そして高電圧の鉄柵で、 外部から 厳重に遮断されていた




着いたばかりの人々の出迎えでしょうか、、   まだ コートや帽子を着用しています

直後に 丸刈りされたかもしれません ・・

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05.   かつて 管理棟だった建物では  ナチによる強制収容システムの全容が

パネルやビデオなどで紹介されている

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06.   忌まわしい過去を拭い去るため 戦後、収容棟は 全て取り壊されたが 

現在 2棟だけが ディスプレイ用に復元され、 あとは コンクリートの土台だけが残っている・・

質素な木枠のベッドですが 本当に 一マスに3人づつ入っていたのです~!

これ以上、 1棟 定員250人に対し、1600人も詰め込まれていた時期もあったという

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07.    水洗とは ほど遠いこんなトイレを 何万もの人々が使っていたのですから

収容所の環境が劣悪であったことは 想像に難くありません  瞬く間にチフスが蔓延したという 

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08.    非人間的な扱いの例としては、、、

冷たい海に落ちたパイロットを救う実験として 囚人を冷水に漬けたり ( 左側 )

パイロットが 超高度に慣れる実験として 囚人を長時間 低気圧にさらしたり ( 右側 )

甚だ過酷な「 人体実験 」が行われていたが  その囚人たちは 殆どが 死亡したという ・・

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09.    囚人たちへの「 制裁 」は 強制労働や食事抜き、吊し上げなど 色々あったが

中でも 「 ダッハウの鞭打ち 」は有名で、 鞭打たれながら 20,21、、と 囚人は自ら声を上げて

数えなければならず、   怠ると その分の鞭打ちはカウントされなかった




ここで命を奪われた人々は 32,000人にのぼり 遺体焼却釜は フル稼働、 

それでも 塀際や溝、列車の中に 放置された遺体が山のように積み重なった

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10.   戦争も後半になり、連合軍がドイツに迫ると、他の収容所からダッハウに 続々と囚人が移し替えられた

その 列車による 水無し、食料無しの移送は過酷なもので、 囚人たちは 消耗し衰弱し、半死半生となった

例えば 出発時の4,800人中 到着時 わずか800人しか生き残らなかったという

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11.   1945年4月29日、ダッハウ強制収容所は ようやく連合軍により解放される

アメリカ軍は 32,000人の捕虜を 施設内で発見するが その多くがチフスに罹っていたという

また 近くの列車の39車両でも 多くの遺体を発見した



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収容所で 囚人を監視する側の 500人ほどのドイツ人のうち 逃げ出した者もいたし 

直前まで 囚人だった人たちに リンチを受けた者もいた

特に  「 ナチス親衛隊35人 」が アメリカ軍の ” 即決裁判 ”で その場で 壁際に立され銃殺された 

これが 世に言う 「 ダッハウの虐殺 Dachau Massacre 」    



ルーマニア、 チャウシェスクの 即決裁判の光景が 重なって思い出される・・

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( 管理棟  むき出しのコンクリートが 何かを訴えてくる・・・  )








12.   現在の ダッハウは、 当然ながら 普通の人が住む普通の町になっている

下段左は マニキュアのお店( ペディキュアも出来ます~)( ネットも15分、たったの6.99ユーロ )

下段右は ダッハウ・セントラル・ホテル      ホテルも必要でしょう・・・


たとえ ” 負の遺産 ”だとしても  世界的に これだけ有名であれば 

ダッハウを訪れる観光客は 絶えることはないでしょうから

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この収容所から生還した ジョゼフ・ロヴァンという人の描写によれば 

「 冷酷で異常な秩序、完璧な殺人組織、人間を卑しめ、非人間化するこの上ない機械装置であった 」

というこの収容所、 

その暗い過去を こうして 粛々と開示することで 人類全体が 同じ過ちを繰り返さない

ある意味 ”いましめ ”となるかも知れない・・・

因みに 現在ここは 「 ダッハウ強制収容所メモリアル 」という意味で、

ドイツ語でのネーミングは次のようになっています 「 KZ-Gedenkstatte Dachau 」

2013年3月 8日 (金)

ドイツにもあった! ”パルテノン神殿” レーゲンスブルクとヴァルハラ

ミュンヘンの北 140kmに ドナウ河畔の古都 「 レーゲンスブルク Regensburg 」がある

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01.    この古都の歴史は古く 1806年まで 神聖ローマ帝国の議会が置かれており

会議の度、諸侯が集まる ドナウ川の要衝の街として、 

軍事的にも 商業的にも 重要な役割を果していました

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02.    ドイツ最古という 歴史的なソーセージ屋 Historische Wurstkuche の店先

ほんの少し前、 激しい通り雨があったが、 日差しが戻り ベンチが乾くと、 

何事もなかったように 人々の賑わいが戻り、 テーブルに ビールと ソーセージの皿が並ぶ ・・・

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03.    お洒落ダーメ      (  ” 駄目 ”でなく ” ご婦人 ”   ^&^  )

 

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04.    石橋 Steinerne Bruckeを渡り 対岸近くから 返り見た街の姿が とりわけ美しい shine

13世紀に建てられた 「 大聖堂 Dom 」の尖塔に抱かれた旧市街は 世界遺産に登録されている

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05.     この石橋、 何故か ベビーカーと子供の往来が激しかったですよ~ 

ドイツは 日本と同様 出生率はかなり低く、フランスのように回復したという話は聞いていないけど・・



たまたま この時の旅行は キリスト教の 何かの祝祭で 10日ほど学校・幼稚園が休みの時期に当たり、

各地で 子供たちの元気な姿に触れることができました

面白かったのは ドイツ人の答えがマチマチで 誰も 正確にその祝祭の名前を答えてくれなかったこと・・!

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06.    橋の上で ・・

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07.    ”  絨毯の クリーニングと修理専門店 ”


何故か テヘランの絨毯と日本人形が 一緒に飾られていました  アンティーク同志 結構 似合うものですね ・・

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(  「 ひな人形 1880年 」  「 お座り人形 1930年 」  )








08.    さて、 レーゲンスブルクから ドナウ川を 東に10km下ると 

まさに 想像外!   壮大な神殿が デ~ンと 小高い丘の上に現れる shine



「 アテネのパルテノン神殿 」と見紛う、、  これが 「 ヴァルハラ神殿 Walhalla 1830年~ 」

正面側の柱が8本、側面が17本、  アテネの神殿と 同じ様式 ・ 大きさです

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(   階段は かなりの 急勾配 sweat01   )








09.   ” ドイツ文化の繁栄に寄与し 称賛に値する偉人たち ” を祀るため

こんな とてつもない建物を作ったのが、  他でもない
 


「 美術館 アルテ・ピナコテーク 」 を作った あの 「 ルートヴィッヒ一世 」

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10.   「 130の胸像 」と「 肖像や外見が不明の人たちの 65枚の銘盤 」が収められている


神聖ローマ帝国の法王たちをはじめ、 べートーヴェン、バッハ、モーツアルト、ワーグナー、シューベルト

ブルックナー、ハイドン、R・シュトラウス、    画家の デュラー、ヤン・ファン・エイク 

その他 ゲーテやビスマルク、 ルターやエラスムス  カントやケプラー  レントゲンやアインシュタイン 等々

有名人が居並ぶ 

女性も12人含まれているようだが、 女帝や女王、巫女や聖女、修道院長といった顔ぶれ・・

2003年には ナチス・ドイツに非暴力で抵抗した女性も 追加されたという

大昔の偉人ばかりでなく、 今なお ” 殿堂入り ”の選定が 続いている点が 面白い!

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一見ドイツ人とは思われない人も入っているが ドイツ語を話すゲルマン系を 広範囲に含めている



興味深いことに、 日本でも 西郷隆盛とか徳川家康など 誰もが知っている特定の肖像があるように

ここでも 西洋史の教科書などに出て来る 日本人にも分かり易い ステレオタイプの肖像が多かった!

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11.     さて、「 ルートヴィッヒ一世 」は 宮殿や美術館などを建設し、 芸術を奨励し

ミュンヘンを ヨーロッパのどこにも負けない文化都市に仕上げましたが
 


市内の道路や広場を整備し マイン川とドナウ川の間に水路を作り 鉄道も敷き 工業を奨励し、  

ミュンヘンに 大きな繁栄を もたらしました


 

その都市整備の 中心となったイデアが 徹底した ” ギリシャ古典主義 ”、

ミュンヘンは ” イーザル河畔のアテネ ” とも呼ばれるようになったのです




ところで ルートヴィヒは、概念的に ギリシャに惚れ込んだばかりでなく、 実際にギリシャ独立戦争を支援し

次男オットーを 初代 ギリシャ国王オソン1世として 送り込んだぐらいですから


 

パルテノン神殿そっくりの 「 ヴァルハラ宮殿 」 を建設した時の 彼の満足感は如何ほどだったでしょう !

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12.   神殿の列柱から眺める ドナウ川の風景は 爽やかで雄大・・  一見の価値がある



ドイツ南西部の シュヴァルツヴァルト (黒い森)に 端を発したドナウ川が、  

西欧・東欧の10か国を通って 黒海に注ぐまでを 想像するだけでも楽しい

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(   ドナウの曲がり角が見える 写真の右側が上流   左側が下流   )







因みに、そんな数々の功績を遺した 立派な「 ルートヴィッヒ一世 」ですが  無類の女ったらしで、

数々の愛人のうちの一人、 60歳の時出会った 美貌の踊り子 ローラ・モンテス に耽溺、 

”1848年革命 ”の真っ最中だというのに、 政治を顧みなかったことから 周囲の反発を受け 

王位を退かざるを得なくなったということです

王位と女性を巡るスキャンダルは いつの世にもあったのですね ・・


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孫の 「 ルートヴィッヒ二世 」が ワーグナー芸術に没頭し 王位と人生を失ったのも

もしかして 偶然ではなく、  ” 血のなせる業 ” だったかも ・・・

 

2013年3月 1日 (金)

ミュンヘン・ビアホール なにもかもお酒のせいです、だんな様 

ビール文化の中心地 ミュンヘンで 最も有名な ビアレストランが

「 ホフブロイハウス Hofbrauhaus 」

ビールと喧騒に酔った あの一夜、 楽しい思い出です!

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01.   そもそも バイエルン国王の命で作られた「 宮廷ビール醸造所 Hofbrau 1589年 」が

今日のビアレストランの前身ですから、 1897年に建てられた この建物も なかなか立派!
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02.    中に入ると もう 楽隊が 列をなして客席のあいだを 練り歩いておりました~

空席を探していると、突然 背中を抱かれ 声を掛けられた 「 あなた カザフスタン人でしょ!?  同胞よ~ 」



いいえ、日本人です  「 そんなはずない、 ねえカザフでしょ! 」   いいえ ジャパン、ハポン、ヤーパンよ!

「 ええ~~(悲)」 未練たっぷり、何度も 何度も押し問答の末 やっと 彼女はその場を離れました
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それ以来、 カザフのニュースが気になって仕方ない!!  カザフって どんな人??

そんなこんなで・・ メニューを見て注文にも忙しく、  ” 一組目の相席さん ”とは 口も利かず仕舞い




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03.   楽隊に チップをやると 指揮棒を渡されて ” 指揮 ” が出来る

もっとも 誰も 指揮者に従っちゃおりませんけど~

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04.   ” 由緒正しき ” ビール娘の姿   ホルスタイン的!? 胸があってこその 民族衣装です  taurus

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05.   ” 二組目の相席さん ” は 香港娘   


アジア系が同席すると お互い 探りを入れたりしてぎこちない  始めは殆ど目を合わせなかった

後から来た方が  一言 ハローとかなんとか 声をかければ 済むことなんだけど・・




アジア系の社交下手は 実際 無礼なこともあるにはあるが、 特に責められる程のことでもない
  

西洋人の挨拶は、  公領や国境を接し、攻防の歴史を 共有してきた人々が  

”敵意は持ってません ”ということを示す ある意味 必要不可欠な’儀式’に過ぎない場合も あるからだ

本心は また別問題 ・・・ 

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06.    まずは ”年の功 ”、  私たちの方から声を掛け いろいろ話すうちに

彼女たちと 怒涛のように親しくなった!

うちの Dannaさん、 彼女らの一人と ホールで何曲も踊っタン!  smile

テーブルでは リズミカルで明るい楽隊の音楽に合わせ 万歳スタイルで踊ったり 腕を組んで左右に揺れたり・・

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特に楽しいのが、短くて歯切れのいい「 乾杯の歌(Ein Prosit)」、 音楽が休止する度 みんなで乾杯する

酔っ払いが ぶつけ合っても壊れない、、、 ハハ~ン だから グラスがこんなに 頑丈に出来てるノダ

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07.   実は 彼女たち ” 看護婦さん ”、  日本語の単語を 少し知っている

’私達 カンゴクです ’と言うので、 ナプキンに書いてあげた  ’そりゃあ大変 牢屋に入っちゃう! ’

アイスクリームを ご馳走して、  紙に ” 美人 ”と書いた 

’あなたこそ ’と 礼儀をわきまえた やりとりでした~  wink

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08.    さて、彼女たち この後 スイス、フランス、イギリスを回ると言う

香港のOL事情は 結構豊かなのかも知れない


実は最近 私も 香港に旅する機会があったが、 近代的ビル群が林立する 香港のオフィス街での

若い人たちの生活は、  日本のそれと 殆ど違わない、 と 感動すると共に 

ひょっとして もう 追い抜かれているかもと、 妙な焦りすら覚えたものでした・・

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(  左はドイツ人、  真ん中のお髭は イタリア人  )








09.   ” 三組目の相席さん ” は  スコットランド人の親子

久しぶりに合流した 二人の息子たちを両脇に、 ママの首には 小粒ながら 美しい真珠の首飾り、  

今日の日の為に、 息子から プレゼントされたという

話の合間、  いえ、乾杯の合間に  指先が真珠の珠をまさぐる ・・ 

お母さん、その気持ち 痛いほどわかります!!

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それにつけても 息子たちの 顔付きが個性的、  スコットランドの源流 ケルト人がそこにいる

左側の寡黙な息子と ちょくちょく目が合う   その都度 陰ある視線に 胸がドキッとした・・・

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10.    ” 四組目の相席さん ” は  地元のドイツ人
 


ビールも飲まず、 食べ物も食べず、 ちょっと コーヒータイム

なんでも有り なんです、  ドイツのビアホール 

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11.   3000人を収容できる ホフブロイハウス、 

1階のフロアには 広間の他に あちこちブースがあり、 中庭は 文字通りビアガーデンになっている 

   


2階は 基本 レストランで、 時々ショーが行われる ( ↓ 写真右上 )
   

日本の大人数のツアーの場合、 ショーの件もあって、始めから 2階に割り当てられる場合もあるらしいが 

出来れば 1階の ” 混沌 ”の中で ビールを飲んではいかがでしょうか~  せっかくの異文化交流ですから!

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12.    さて、 ” 四組目の相席さん ”の一人と うちの Dannaさん、ゲームを始めた

軽妙なポルカに合わせて 手を打ち合うのだ  左、右、両手、膝、膝、両手、 ってな具合・・

手の打ち方が 結構複雑な上、 ビア・グラスで鍛えた ドイツおじさんの馬鹿力が 桁外れに 途方もない!

見ているだけでも 腕力の逞しさが ひしひしと伝わる~

 

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数回繰り返して、 不器用な?日本人が やっとコツをつかんだ頃  ご機嫌のドイツおじさん、

回って来たお菓子売り子から ドイツ菓子を買い、 私の首に下げてくれた

 
それと同時に  私をきつく抱きしめたと思ったら くちびるにチュ~ッ   周りは大受け

とっさの出来事で、、  馬鹿力から 逃げようがなかった~~! sweat01sweat01

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さて、 夜も更けて ホテルの部屋に帰って シャワーを浴びようとしたところ 

Dannaさんの 手のひらから手首にかけて そして太ももの一面に 内出血が広がっている! sweat01

しばらく その理由が分からず、 血の気は引くし、、、   悪い病気の発病では、と いぶかった・・



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事態が呑み込めたのが 翌朝、  

そう ドイツ人の馬鹿力に対抗して 無意識のうちに 己の太ももを 必要以上に叩いたのだ!!

 

しかも 昨夜のことは 酔っぱらっていて 殆ど覚えていないらしい

私がキスされたと知った Dannaさん ・・・    ムッとした!!



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なにもかも 全ては お酒のせいです・・・・・   だんな様 !!

2013年2月22日 (金)

華やか、「ルードヴィヒ一世の美術館」 ほの暗き、「美男ルードヴィヒ二世のお墓」


ミュンヘンは ヴィッテルス・バッハ家の 「 ルードヴィヒ一世 」が 芸術をこよなく愛し、

いくつもの博物館や大学を創設したことから、 華やかな芸術の都として発展してきました

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01.   ”Achtung Tram 電車に注意! ”という標識の向こうに 大勢の人だかり

近寄ってみると 「 ルードヴィヒ一世の 」銅像の足元が  なんと祭壇と化しています!

雨に濡れないよう ビニールで覆われた「 マイケル・ジャクソンの 」写真が 花やロウソクの中で 微笑んでいる

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02.   ちり取り持参で きれいにお掃除している人もいる 


「 ルートヴィヒ一世 」もびっくりでしょうね・・  
お花が 自分のためでなく 後世のスターのためだなんて!

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03.   ところで、その 「一世」の後継者、 かの有名な「 ルートヴィヒ二世 」の墓が 

このミヒャエル教会 Michaelskirche の地下にある 



墓所に入るには 2ユーロかかったけれど、 ”美男 ”につられて 地下に降りました~

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04.   もともと 芸術を保護・奨励するのは バイエルン王室の伝統的傾向でしたが、

生来のロマンチスト「 ルードヴィヒ二世 」が、芸術を愛し追及する姿は 異常なほどでした
 



歌劇「 ローエングリン 」を見たその時、 ワーグナーに魂を奪われたのが発端で、 

後年に建設した 自らの理想郷 「 ノイシュヴァンシュタイン城 」の壁画は 

ワーグナーオペラの 筋書きのモチーフで彩られた 



しかし、その城で過ごしたのも 僅か170日、 彼は シュタンベルク湖で 謎の水死を遂げてしまう

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約30基の ヴィッテルス・バッハ家の貴人の墓は 結構 質素なしつらえでした
  



「 ルードヴィヒ二世 」は おのれの 美意識の結晶 「 ノイシュヴァンシュタイン城 」に

今日、毎日 多くの人々が 観光バスで押しかけるのを この墓から どんな気持ちで眺めているでしょうか~ 





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05.   さて こちらは カールス門 Karlstorと カールス広場 Karlsplatz

このあたりは 歩行者天国となっていて ミュンヘンのメインストリートまで伸びている

道すがら 70歳後半と思われる婦人と すれ違ったが 

お洒落のセンスと ” 装うことへの意欲 ”に 目を見張りました!  shine

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06.   アルテ・ピナコテーク(左上)や イタリア人がデザインした将軍堂 Feldherrnhalle(右上)


ヴィッテルス・バッハ家の宮殿 レジデンツ Residenz(左下)

そして クラシック・ファン垂涎の バイエルン州立歌劇場 Bayerische Staatsoper(右下)

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upwardrightレジデンツの門前で 盾を持つ獅子の像、 盾に触れると 幸福が訪れるそうで、 

その部分が ピカピカ光っています~  触るべきは ”ジュリエットのおっぱい”だけではなかったのです!


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07.   何故か 「 将軍堂 」で 棒高跳び大会が 開かれていました~

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08.   ヴィッテルス・バッハ家が集めた  15~18世紀の名画を 展示している 

「 アルテ・ピナコテーク Tlte Pinakothek 」( 1836年 )

パリの 「 ルーヴル美術館 」同様、 ここでも カメラOK、

あちこちで 美術の校外学習が行われていました~

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09.  「アルテ」は 古い、という意味ですから 主に 「古典」が 集められています


フランツ・ハルス、 ボス、 ブリューゲル父子、 ティントレット、 ボッティチェリ、

レオナルド・ダ・ヴィンチ、 ラファエロ など 枚挙にいとまがありませんが、 とりわけ

私にとっての目玉は 「 アルブレヒト・デューラー 」



デューラーが暮した町、 「 ニュルンベルク 」を 訪ねるにあたり、 前もって 作品とご対面!

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10.   「 ノイエ・ピナコテーク Neue Pinakothek 」は 「 アルテ 」の

向い側にある 美術館で、 19世紀から20世紀初めの作品を展示している


パリの「 オルセー美術館 」と違って  ここも カメラOKです

セガンティーニ、クリムト、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ルノワール、モネ、 など傑作揃い! 

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11.    ところで、 日本人画家 「 原田直次郎 」が 1884年、21歳で ここミュンヘンに留学して来た

代表作「 靴やのおやじ 」からは 日本人のセンスとも思えぬ 卓越した洋画の才能があふれている

 
同時期にミュンヘンに留学していた 「 森鴎外 」とは 芸術・私生活を通して 深い交流を重ねたという


しかし他方、 同じ1884年に 18歳で フランスに留学した 「 黒田清輝 」が

帰国後、 日本における 西洋画壇の重鎮として 日の当たる場所を 歩き続けたのに対し、

ほんの数年早く帰国した 「 原田直次郎 」は、 運悪く 激しい洋画の排斥運動のピークに遭遇し、

せっかくの 洋画の技術を 存分に発揮・伝授できないまま 36歳で夭折してしまった

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( 帰国後の 最高傑作 「 騎龍観音 」は 当時は 賛否両論・・   写真左が原田 右が鴎外 )







12.   美術館の前庭で・・・    ”  親が親なら  子も子  ^&^  ”

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ミュンヘン市内を ざっとご紹介しましたが  

実際は 「アルテ」と 「ノイエ」 両美術館を見て回るのに それぞれ一日づつかかりました sweat01




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19世紀末には 数千人という画家が ミュンヘンに集まり パリ以上に ” 芸術の都 ”だったといいますが

今日、 EUの優等生 経済や産業活動が中心の ドイツにあっても 

ミュンヘンには、 芸術を愛した「 ルードヴィヒ一世 」の志が なお 深く息づいており、



「 ルードヴィヒ二世 」の 儚い悲劇の物語と 「 ノイシュバンシュタイン城」は

山のような観光客を ドイツに呼び寄せる原動力となっています 




まさに ミュンヘンは 「 ヴィッテルス・バッハ家 」の 賜物と言えるでしょう

2013年2月15日 (金)

ミュンヘンのビアガーデン  老若男女、飲んでる場合デス!

ここは ミュンヘンの ほぼ中心部にある 野外市場

「 ヴィクトアーリエンマルクト ViktualienMarkt 」

野菜や果物など 普通 市場で売っているものに加えて ” ビアガーデン ”が名物!


 

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01.  木陰に 寄り添う 居心地のよい ” ビアガーデン ” 

午前 10時半過ぎですが もうジョッキを 傾けています

でも、、 こんな風景は 今に始まったことではありません ・・・

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02.  ミュンヘンの 「 ノイエ・ピナコテーク美術館 」にある

ドイツ印象派の 代表的な画家 マックス・リーバーマン (Max Liebermann)の作品

「 ミュンヘンのビアガーデン 」 1883年


 

楽隊が入り、 木漏れ日を浴びながら 老若男女 楽しそうにビールを酌み交わしています

小さな子供にも ビールを飲ませていますね  note

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03.   現在は 何の疑いもなく ” 生水 ”を飲んでいるけれど、 

飲料水として ビールなんかの方が ずっと信用が置ける時代もあったのです

   

フランスで 安心な飲料として 子供たちに ワインを飲ませていたのも 有名な話・・


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現代では ペットボトルの ミネラルウオーターが 何と言っても 生活必需品ですけれど !

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04.  ビアガーデンで 可愛い園児のピクニック、  パンやりんご、チキンなどを食べてます

まだ10時40分ほどですから  おやつタイムでしょうか・・



コップの中身が ビールだったら 笑えますが coldsweats01、   まっ そんなはずないかあ~

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05.  この市場では チーズや蜂蜜 いちごや ホワイトアスパラガス ソーセージも売ってます

市民の台所ではありますが、 

民族衣装のガイドも来て、単なる市場でなく やっぱり 人気の観光地と言うところ !

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06.   敷地のあちこちに 数々の 彫刻オブジェもあり、 なかなかお洒落です~

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07.   麻布や 小枝 シュロなどで作った 名物の動物マスコットも とても可愛い!

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08.   さて、 今は6時半  ヨーロッパの6月の夕方は こんなに明るい sun

” ジューン・ブライド ”という言葉がありますが、 結局 最高の季節だからこその慣習で、

憧れがあったとしても  蒸し暑く、梅雨時の日本には そぐわないものかもしれません・・・

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09.   ミュンヘンには  超有名な巨大ビアホールが たくさんありますが

こうした ” 路上ビアホール ”も 相当な座席数になりそうです

ふと想像しましたが ミュンヘンでは トイレの数も かなりになるのでしょうネ!

ヨーロッパを旅行する時  トイレは悩みの種、、 

アイルランドなどでは 高速道路の休憩所にすら トイレがありませんでした ~



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「 莫大なビールの消費量、 そして それを支えるトイレ 」、  なんか 論文が書けそうです!  ^&^

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10.  角の建物が 大型ビアレストラン ” ヴァイセス・ブロイハウス Weisses Brauhaus ” 


通りを挟んで 手前側のホテルに泊まりましたので、 早朝の風景が 目に入りました

搬入される 飲み物の数は 半端なくすごかった!

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11.  このおじさん、 生粋のミュンヘンっ子  毎日、毎日 ここヴァイセス・ブロイハウスにやって来る

英語がすごく達者で お口も滑らか、 喋るわしゃべるわ・・  そしてその9割が冗談ばかり !



  beer                
beer



” 僕の体、血液のほとんどが ブロイハウスのビールで出来ている、、 

お母ちゃんの料理は最高だけど ブロイハウスのビールで 胃袋をちょぴり麻痺させておくんだよ 、、 

戦争当時は ナチの軍服に バリッと身を包み イギリス人たちを 撃っていたのさ、、 ”っと

銃を構える姿が 得意そう  


同席した イギリス人の若い教師夫婦には

” でも あんたがたの お父ちゃんたちが 鉄砲を空に向けて撃ってくれたお陰で 僕は命拾い、

今こうして ビールを飲んでいられるんだよ、、、”

” このスカーフかい? これは 美声を保つために のどを冷やさないようにしてるのさ ” ・・・

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12.  ビールは  小さいグラス (クライネス Kleines)で 0.3リットル

大きいグラス (グローセス Grosses)で 0.5リットル、 

その重みが なんだか有難く、ドイツに来た~~って感じですが、

1リットル入りのジョッキとなると  グラス共々 相当な重さになります~

私などには  片手で軽々と持ち上げる、と言う訳にいきません sweat01

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(  お土産用の 陶器のジョッキー )



ドイツ人は 毎日 そんなジョッキで乾杯してるから、 バーベルの上げ下げで鍛えなくても

逞しいガタイが出来上がるのかもしれません !! 

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2013年2月 8日 (金)

ミュンヘン からくり時計「グロッケンシュピール」 私がドイツが好きな理由

今回は 南ドイツを 旅したいと思います~

まずは 「 ミュンヘン Munchen 」から



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突然ですが、 何故か 私はドイツが好き!  理由は3つある!




01.  1つめの理由は 「 ドイツのホテルの朝食 」

他のどの国と比べても 多彩で、 質・量共に素晴らしい !

旅行者にとっては、 満腹のお陰で 昼ごはんをスキップ出来て、 時間の節約に大変役立ちます

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(  ビュッフェには ヤクルトもありましたよ~  )





02.  因みに ” 美食のフランスの朝食 ”は パンとコーヒーだけで この上なく質素!

本質的に 昼と夜の食事が 立派な分 朝は軽いのです




日本のように もともと低カロリーな食事は 3回分 ちゃんと食べる仕組みになっている

では ドイツは?   3回とも重いから 体重も重い!  しかもビール付き!? 



写真は ミュンヘン 新市庁舎 Neues Rathaus前にある 「 マリエン広場 Marienplatz 」

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03.  ミュンヘンは アルプスにほど近い ドイツの南部にある大都市で、 バイエルン州の首都



ドイツでも 第一級の芸術・文化都市、 同時に経済・科学の中心都市でもありますが

さらに 人々の 明るく陽気な気質も 一級品かも知れません!

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( 新市庁舎 と マリエン広場 )





04.   広場にある 「 魚の噴水 Fischbrunnen 」

ここは ミュンヘンで ” 最も有名な待ち合わせ場所 ”  ここなら間違いようがありませんね

日本で言えば ” ハチ公前 ”といったところ~

  fish                  fish

昔、ここに 「 魚市場 」があったことから 魚のオブジェが 頭に付いたこの噴水ですが 、

何故か、 見習い期間が終った「 肉屋の新米職人 」が この噴水に飛び込む儀式が 長く行われたそうです

しかし、最近は 金運を念じて、この泉で お金の入ってないカラの財布を洗うらしい  

果して 鎌倉の銭洗い弁天並みに ご利益があるでしょうか~

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05.  さて この広場には  毎日、11時、12時、17時に 大勢の人が集まる

まるで ミュンヘン中の観光客が 一斉に集まったのでは、と思うくらい 人で埋め尽くされる!




お目当ては 新市庁舎の塔屋の張り出し部分の 「 グロッケンシュピール Glockenspiel 」

時報と共に、 ”からくり人形 ”が 43の鐘が奏でる音楽に合わせて 踊り出す

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06.  上段では 1568年の バイエルン公の婚礼の様子が 再現され、

色彩りどりの 華やかな真鍮の人形が踊り出す・・   やがて 騎馬の御前試合が始まり

フランス・ロレーヌの騎士が バイエルンの騎士に 槍で一突きされ 後ろにのけ反ると

広場中から 一瞬 ” オー ”っと 歓声が上がる

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下段では 16世紀、大流行したペストが終焉したことを神に感謝する「 樽職人のダンス 」が 繰り広げられる

現在でも 民族衣装を着た 実際の「 樽職人のダンス 」が 7年に1度 ここで行われるそうだ

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07.   パリやロンドン、マドリッドやニューヨークなどと同様

大都市 ミュンヘンとなると、 観光客の国籍が 一気に 多種多様となります ~

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08.   イタリア、ヴェローナと姉妹都市だという ミュンヘンですが、

街角に まさかの 「 ジュリエット像 」が~!

ヴェローナのジュリエットに負けず劣らず 右胸がピカピカです!  右胸を触ると 恋が成就すると言いますが

ただむやみに 胸が触りたいだけの人が 多いに違いありません  ^&^

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09.  ところで 私がドイツを好きな理由 その2は ルーズで居心地良い!「 ベッド・メイキング 」



美しさを重んじ、四方を固く閉ざす フランス式の ベッド・メイキングは 息苦しく、

まるで 人間の体に厚みがあることを忘れているかのようだ  ( あくまで個人の感想です~! coldsweats01 )

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( 新市庁舎 からくり時計の塔に 登ることができる )







10.   街の子供たち、  やわらかい髪の毛が美しい・・

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11.   そして、 理由 その3が 素朴で美しい ドイツ風「 木組みの家々 」

ミュンヘンから 地方に出ると、 それから 嫌と言うほど お目にかかります~~


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「 聖ペートルス教会 Peterskirche(1386年)」、鐘楼の階段は249段もあるが

ミュンヘン市街を一望するには 絶好のスポットです !

市民は この鐘楼を 親しみを込めて ” ペーター爺さん Alter Peter ”と 呼んでいるそうな

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12.   聖ペートルス教会の 鐘楼から、、、    赤い屋根は ミュンヘンの色

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屋根の色とよく似た 赤いお鼻の陽気なドイツ人、それも 私がドイツが好きな理由のひとつです~~

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” のん兵衛天国 ” ミュンヘン、 もう少し探検してみましょう

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