やっぱり凄い モンサンミッシェル

2011年10月29日 (土)

モンサンミッシェル名物 「オムレツ」のお味

 

モンサンミッシェルと言えば、 「メールプラールのオムレツ」が 有名ですね

そもそもは、「プラール母さんが考案したオムレツ」が その始まりでした

( L'Omulette de la Mere Poulard )

                     

01.  さて、当地での 宿ですが、

 
モンサンミッシェルの島内に 重い荷物を運び入れるのも大変だから、と

モンサンミッシェルの ”対岸にあるホテル”に 
予約しておきました 

              

 



しかし、、 ホテルのパーキングに着くと、 時を同じくして
 

日本人ツアーの大型観光バスが、 後からあとから どんどん到着してきたのです

 

なんとなく 胸騒ぎがしましたが、、  案の定、 

 

団体客のために部屋を譲り、 代替えのテルに行って欲しいと、 

 

レセプションのマドモアゼルに 言われてしまった !!

            




こういう時は ちゃんと主張しておかないといけない

bellaめの人格が ’フランスバージョン’に切り替わる

 

「3ヶ月も前からの予約客に対して失礼ではありませんか~! 云々・・・」

しつこく食い下がったが

 



マドモアゼル、 「 あの メールプラール なんですけど~~!」と 困惑顔 ・・・


( つまり、本当は 喜んでもらえる話じゃあないか、、、 

同じ価格で、倍近い値段のホテルに 泊まれるのよ、 という意味 )

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( 画面中央の灯りが漏れている メールプラールの部屋に宿泊 )


 
02.   そういう訳で、 図らずも 

かの 有名な 「メール プラール ホテル」に 泊まることになった


しかし、島内のホテルは  
どこも とんでもない急坂に建っている 

エレベーターもない 4階の部屋まで 螺旋状の階段を 昇り降りすることになった

 

ただし、交渉の甲斐あってか、 ホテルでも最高ランクの、

かつて 多くの有名人が泊まった 
’スイートルーム’が あてがわれた

02



03.  早速レストランに降りて行くと、 

 

メール プラールで食べたり、泊まったりした 有名人の写真が ずらり、壁いっぱいに 飾られている

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04.  こうなったら 「オムレツ」を食べない訳にいかない

でも コースで 結構なお値段!  ( ワイン込みで 2人 150ユーロ )

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     ( 壁の一部は モンサンミッシェルの岩肌が むき出しとなっている )






05.  オムレツは 底の深い 丸いフライパンで焼かれるので、かなり分厚く 大きい



肝心のお味は・・・   え~と、味がない!      まあ、ほのかな バター味・・・


”基本に忠実に” プレーンオムレツを 注文したけれど、

これから お召し上がりの方々には、

ハム入りとか、海老入りとか の ” 変化球 ”を お勧めします~!

05




06.   さて、牢獄の時代が終わり、 巡礼などが 再び始まった頃、

モンサンミッシェルに 渡って来る人々の スケジュールは

とにかく、潮の干満に左右された

潮が引けば、 深夜でも明け方でも 旅人はやって来る



      



そんな時、とりあえず 人々の胃袋を満たそうと

常備の暖炉の火で オムレツを作ったのが プラール母さん


( 母さんといっても、  アンヌ プラールは  当時、

結婚したて(1873年)の うら若い奥さんdしたが ・・・ )

06




07.  ボーイさん、あんまり若いので、聞いてみたら 16歳

フランスには 医者などと全く同じように、「 インターン制度 」がある

要するに 現場で実地の経験を踏む制度だ

コックさんになるのは 当然大変だが、

 

フランスでは 給仕を含むホテルマンにも 学校制度がしっかり確立されている

 

有給だったり無給だったり、食事・宿舎付きだったり、

インターンには いろいろなケースがあるらしい

 

いずれにせよ、 有名レストランでのインターンほど 競争倍率が高い

そのまま 就職に結びつくこともあるからだ

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08 .    さて 通りに面した 調理台では  「 チャッチャッチャッチャ!」 

リズミカルな音を立てながらの オムレツの泡立て作業が   

観光客の目の前で 四六時中行われる

 

            


私  「腕が疲れませんか~?  一人前 だいたい玉子は何個ぐらい使うの?」

 

泡立てマン君  「 全然疲れませんよ~  何個分かなんて わかりませんね ・・」

 

そうだと思います~、  泡立てマンはひたすら 泡立てて、 焼く人はひたすら焼く

 

毎日、毎日、 勘と目分量でこなしていく、、、

伝統とは そういうものでしょう !

08



09   朝食は 行ってみて驚いた! 殆どが日本人

「モンサンミッシェルに泊まるツアー」 だそうです

 

係りのお姉さんによると、 

「お客の数は 1番はやはりイギリス人、 2番が日本人、3番がドイツ人」 だとか

 

「 日本人は本当に もの静か、 食べるのも早い、 さ~っと引き上げます 

あなたたちのように おしゃべりして行く方は滅多にいませんよ 」

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10. ここに来た有名人、  サインが読めた人だけでも

 
ニクソン米大統領、 ソ連のゴルバチョフ、
イギリスの王様、アラブの王様

 

エレノア ルーズベルト、 サッチャー首相 ミッテラン仏大統領

 

 

画家の ブュッフェ、 藤田継冶、  イヴサンローラン、トロツキー、 日本の高松宮

 

その他、映画俳優、 歌手、 文学者 ・・ etc      枚挙に暇がない

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しかしながら、 皮肉なことに、  近年は 私のような ”普通人”も 泊まる訳だし、


団体旅行が盛んになって以降は

 

有名な 「メールプラール」ではあるけれど、 有名人の足は 遠のいているかも ・・

本当のセレブは、

  
もしかして もっと奥まった さらなる秘密の花園に 宿泊するようになっているかもしれませんね・・・!

                     

以上で 3回の モンサンミッシェル編 は終了です

 

次は 「ブルターニュ」へ まいります

2011年10月24日 (月)

モンサンミッシェル 牢獄とヴィクトールユーゴーと

モンサンミッシェルの おおざっぱな歴史ですが、、、

8世紀初めに 小さな礼拝堂の建設が始まりましたが

10世紀には ベネディクト派の修道院が出来、 その頃から
 

中世の「祈りと巡礼のメッカ」となりました    しかし、

14世紀には 英仏百年戦争が起き  「軍事的要塞」となり、

フランス革命では 「牢獄」となり、 宗教とはかけ離れた役割を演じていましたが

19世紀後半に 景勝地として脚光を浴び始めると、

瞬く間に 「世界的な観光地 モンサンミッシェル」となった という次第です~~

                   







01.   山の上に行くには ざっと3つの道があります

 

商店が連なる 賑やかな グラン リュー Grand Rue 大通り

(と言っても 曲がりくねる細い路地)を 行く方法と、

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02.   海沿いの城壁を渡って行く方法(写真 ↓)、

それから 
ふもとからほぼ垂直に 教会へ向けて小道を ’よじ登る’方法 とがあります

 

(どれも 結局は ある地点で合流するのですが・・・)

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03. いずれにせよ、登って、登って、登って、 登りまくらねば~!! 

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04.  2列になった円柱が リズミカルに続く 美しい「回廊 Cloitre」

修道士たちが 歩きながら瞑想したという 、、、

 

奥にそびえるのが 「修道院付属教会 Eglise Abbatiale」

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05. さて、モンサンミッシェルの北側の部分は、 

上の「回廊」も含めて、 ゴシック建築の傑作、 ラ・メルヴェイユ La Merveille (驚嘆)と呼ばれている

 

写真左側の「回廊」の天井も、右側の「大食堂」の天井も 木で出来ていますね

下の階への 重量の負荷を軽くするためらしい

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( 真ん中は「騎士の部屋」 )

 

ところで、「 驚くほど素晴らしい! Merveilleux ! 」と 感嘆の声を上げた人物こそ

 かの 有名なヴィクトール ユーゴー でした 



                      






06   さて、18世紀には 牢獄だったモンサンミッシェル

内部には 鉄格子のある部屋、独房(今は封印されている)や、かつての死体置き場、などがある

 

ところで、 囚人と言っても
 

劣悪な環境で 重労働を強いられ 命を落とした者もいれば、

絵のように、家族が出入りしたり、看護人付きの囚人もいたらしい
 


ある意味 ”袖の下”が 通用する世界でもあったのでしょう

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07.   荷物の上げ下ろしに使われた滑車

なんと、囚人達が この中に入れられ、その肉体で車輪を回したという

ロープを巻き上げようと 死力を尽くした囚人達のうめき声が 聞こえてきそうです ・・・・

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08.   さて、話は その ヴィクトール ユーゴー Victor Hugo のこと


彼は 思想問題から ナポレオン3世の追捕を逃れるべく、1851年から 19年間も

ジャージー島 Jersey や ガーンジー島 Guernseyに 亡命していました

(モンサンミッシェルの北西 80~120kmにある 英領の島々)

しかし、 亡命と言っても、ボロボロの服を着て、、、 などと 想像したら大間違い!

 


ガーンジー島では 青い海を見晴るかす 立派な白亜の豪邸に 

夫人と息子など 家族連れで暮らしていた

 

( 奥さんは 嫌気がさして 途中で パリに帰ったらしいけど )




                     






さて、 豪邸とは別の邸宅に 愛人ジュリエットを住まわせていた V.ユーゴーは

ある時、彼女を伴って モンサンミッシェルに 旅行をする

その時、彼は モンサンミシェルの 美しさに驚嘆し、

フランス文化にとっての 特別な意味を 深く悟ったのです

愛人旅行も 意義あるものだったと言えそうです ・・

08

( ガーンジー島、 ヴィクトール ユーゴーの邸宅 )

ところで、 ユーゴーは 長く服役した ジャン・バルジャンを主人公とした 「レ・ミゼラブル」を

1862年に書き上げたましたが、


1863年に牢獄としての役割を終えたあと 

手付かずで放置されていたモンサンミッシェルの姿が  小説のヒントとなる 

独特なインパクトを 与えたのかも知れません・・・



                     





その後、 V.ユーゴーは モーパッサンなどと共に、

モンサンミッシェルの文化的価値を認め、整備・保護を提唱する ’キャンペーン’ を展開する

今日のモンサンミッシェルの ’繁栄ぶり ’は、 

彼らの努力の結晶の賜物と 言えるかもしれませんね !

                     



09.  さて、現実のモンサンミッシェルに戻ります~

 

お土産やさんにて、  北京の田舎から出てきた彼女は

ここで働きながら フランス語の勉強をしている

 

中国から出てきて2年半、一度も国へは帰ってないとか・・

店仕舞い、床の掃除から、レジの金額合わせまで、任された仕事を キチンとこなしているようでした

 

中国人と日本人が フランス語で会話して、一瞬 アジアンチックな心が通じる、、、

 

一粒の 旅のスパイスでした~~

09







10.   当夜の宿は モンサンミッシェル名物 オムレツの発祥店

「ホテル メール・プラール 」 !

10

オムレツが どんな味だったか~~

 

                     



 

詳しくは 次回 モンサンミッシェル パート3 にて   ^&^

               

2011年10月18日 (火)

モンサンミッシェルへ渡る一本道 今昔話し

             



北フランス ノルマンディ地方にある  「モンサンミッシェル Mont St. Michel」 は

日本人に 最も人気のある観光地の一つではないでしょうか

                





01. 島内のホテルに泊まったので、 島に一番近い駐車場に 車を止めることが出来ました

足元から見上げるその威容は さすが世界遺産!

01







02. 昔のモンサンミッシェル、 乗り物、 人々のファッション、

いろいろ 見比べてみて下さい~    何故か 楽しいデスネ

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03. 虹が出ました! 

島へ通じる一本道は、 結局 今や 駐車場となっています

 

一番奥は キャンピングカー専用の パーキング

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04.  昔は 上げ潮時は 海の孤島となったけど、

こうした堤防や駐車場のせいで、  大量に砂が堆積するようになってしまった




          




現在 砂を掻き出し、海水が満ちるよう 工事を行っている

将来は 観光客は 2km手前に車を止め、シャトルバスで送迎されることになる、

らしい が、 いつの日に完成するやら・・

04






05. 8世紀 この島に、 まず礼拝堂が、 次いで 修道院が建てられ、

以後 多くの巡礼者で賑わうようになった  が、



しかし 混迷する歴史のはざ間で、

18世紀には この修道院は ついに 「牢獄」となる



        




見ての通り、陸から程よく隔てられたこの島、

多くの 政治犯や反体制の人々を隔離するには 恰好の場所だった

05   








06. 話は 突然  南仏に飛びますが ・・・

ここは デュマの小説 「 岩窟王 」で有名な イフ島 Chateau d'If 

 

南フランス、マルセイユの町から 船で20分ほどだが、

ここにも 多くの政治犯、宗教的犯罪者が 投獄されていました
06


海の孤島でしたから、 囚人の監視には打ってつけ、、

 

さらに、 食料や物資の移送、役人の出入りなどのためにも

” 適当に本土に近かったので ”、 牢獄として 便利だったのかもしれません

 

                      





いずれにせよ、 これら

北仏のモンサンミッシェルも(1862年) 、南仏のイフ島も (1890年から一般公開)、


同じ頃、牢獄としての役割を終えています

               




07. さて、こちらモンサンミッシェル、  お昼近くになると 駐車場は満杯となるが  


満潮時には 駐車場は  海に浸かってしまう


                  



このあたりの海は、 干満の差が激しく  昔は、

 
多くの巡礼者 そして馬が  あっと言う間に潮に飲み込まれ 命を落としたという

07 

 

実際、正面から島を見ると 近く見えるので、 

昔、 大した距離ではないと 油断した巡礼者もいたかもしれない

 

霧や雲が立ち込め、 嵐に襲われた日も あったかも知れない、、、


足の速い満ち潮に追いかけられると

2kmという距離は 想像以上に長かったかも知れませんね~ 


                







08.  ヨーロッパンの美術館では よく校外学習の子達に出会うけど、
 

モンサンミッシェルにも たくさんの生徒が来ていました

 

 
とにかく フランスの子供達にとって 
”見て、感動して、学ぶ” 場は 事欠かない

08

      (手を振ってみましたよ・・)








09.  英仏海峡に面したこの草地は 大潮の時 潮に浸かってしまう!

こんなところで育てられる羊たち


実は その肉には ほのかな潮の香りがあるとして、珍重される

網に乗せて 直火で焼く 「プレサレ(塩風味の)子羊のロースト l’Agneau Pres-sale」は

絶品です!

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10.  モンサンミッシェルのお土産、 ガレットは  サクサクして とても美味しい

地場の鶏卵と ノルマンディ産のバターを ふんだんに使っているそうな・・

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マダム、抱えるほどガレットを買おうとしています~  お土産に喜ばれるんでしょうネ・・・

 

ええ、 もちろん、 私も買いました!

                 





次回は モンサンミッシェルの島内に 行って見ます~





                    

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