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2021年4月

2021年4月30日 (金)

今日の写真 「  A dog in the sky 」

せっかくのゴールデンウイークだというのに

新型コロナ自粛体勢に入った。

 


多くの人々と同じく 私も家の整理に着手している。

スパッと モノを断捨離したいところだが、 生憎

気が小さくて 思い出の物を捨てきれない。

 

 


それでも 南に面した3部屋のうち 一番西側の部屋、

納戸と言えば聞こえがいいが、 ゴミ箱と化した部屋の

クリーンナップに成功した !

A-dog-in-the-sky

 

 

日が暮れかかった頃、 足の踏み場も無かった部屋

から 久しぶりにベランダに出る道が開けた。

 

 

ふと空を見上げると 忘れ得ぬ愛犬の姿があった。

 

ママ やったよ、  お掃除出来たよ !

 

 


30秒もしないうちに 愛犬は消えてしまったが 、、

 

きっと 褒めてくれたに違いない。

 

 

 


*     *    *   *    *

 

2021年4月23日 (金)

牛久シャトー 日本遺産の醸造場 蜂ブドー酒と電気ブラン


日本のワイン生産地と言えば まず 山梨県甲州市

が思い浮かぶが、 茨城県牛久市にも 明治時代に

日本での草分けとなる ワイン醸造場が造られた。

 

 

 

01. それが 創業者の名前から 「カミヤシャトー」 

と名付けられたこの醸造所。 (現 牛久シャトー)

 

神谷傳兵衛 (1856・安政3 ~1922) が 

この牛久醸造場を完成させたのが1903年。 


120haの原野に ブドウ苗木6000本を植え、 

仏・ボルドーのワイン生産様式に習って 栽培 醸造 

貯蔵 瓶詰 出荷までの 一環製造工程だった。

01_20210422120701  

 

 

 


02. 醸造場の2階に 収穫したブドウを重機で搬入、

そこで果汁を生成、 それを1階の ズラリと並んだ

発酵桶に流し込み 一次発酵を行った。

02_20210422120701

 

 

 


03. その2階部分、現在は牛久シャトーの歴史資料

や 製造器具などの 展示場となっているが、


レトロな建物の雰囲気もあって、まるで異空間だった。

03_20210422120701

 

 

 


04. 収穫ブドウを2階に上げたり 出来たワインを

搬出したり  一貫作業を可能にしたのが 

直接 駅までつながった このトロッコ軌道だ。

 

展示場には その他 歴史を物語る写真が満載でした。

04_20210422120701

 

 

 


05.  1911年当時の 牛久シャトーとブドウ畑。 


02.の写真の地図で分かるが 牛久シャトーは

常磐線牛久駅のすぐ近くに位置している。


製造したワインを トロッコでそのまま駅に 直接

送り出せる、、  なんて頭がいいんでショ。

 


地図上の細長いグリーンベルトが 昔の神谷葡萄園

だったが、  現在は 宅地や駐車場となり 

’神谷’ という地名だけが残っている。

05_20210422120701

 

 

 


06. ところで 傳兵衛は 国産ワインを製造する前、

輸入ワインに ハチミツや漢方薬を加えた 

’甘未ワイン’ を考案して  人気を博していた。


それが 「蜂ブドー酒」 (1881年) だ。

 

甲州甘未ワイン 「エビ葡萄酒」 (1888年)、

赤玉ポートワイン (1907年) よりずっと前の話。

 

 

本格的ワインに馴染むまでの 日本人の舌・喉への

橋渡しとなったブドー酒だった と言えるだろう。

06_20210422120701

 

 

 


07. さて、 牛久シャトーも 東日本大震災の

被害は 免れ得ず、 再建には10年近く要した。 

 

煉瓦は出来る限り当時の物を再利用し、

屋根組は 同系色の鉄骨で全面的に補強された

ので、 言われるまで 殆ど気が付かなかった。

07_20210422120701

 

 

 


08.  ワイン注入やコルク栓の詰め機など。
 

ワイン瓶の底が 丸くえぐられている理由が分かる。

08_20210422120701

 

 

 


09. 傳兵衛は1880年 浅草にも 「神谷バー」 を

開いた。    そこで 彼が編み出したのが  


太宰治の 「人間失格」 にも登場した 伝説の 

「電気ブラン」、 ブランデーベースのカクテルだった。

 


アルコール40度の電気ブランは 口の中に

電気でしびれるような 強い刺激を走らせ、

あっという間に人を酔わせる との評判だった。

 

何はともあれ その名の カッコいい新鮮な響きも

一世を風靡した 一因だったに違いない。

09_20210422120701

 

 

 


10. 電気ブランは 多くの文豪に愛され、

芥川龍之介 林芙美子 萩原朔太郎 三浦哲郎

などの作品や 最近の映画にも登場したと言う。 

 

’電気ブラン’ という名は 当時の人達に新しさを

感じさせたとして、   現代人の感覚には 

逆に 実に懐かしいレトロな響きを もたらす。 

 

 

神谷バーも まだ現存し、 電気ブランも ネットで

買えるようなので、 是非一度しびれてみたい !

10_20210422120701

 

 

 


11. 牛久シャトーは 建物が 「日本遺産」 として

文化庁から認定されたが、 広い庭もなかなか

素晴らしかった。 


美しい小道・・  左に竹とからたち、右に笹と唐松

11_20210422120801

 

 

 


12.  現在 甲州ワインに 全ての地位を譲った

牛久ワインだが、 敷地に僅かに残ったブドウの木は  

 


ワインの栽培から 瓶詰まで 一貫生産を行う 

’シャトー’  の称号を守るよすがとして、 

大切に守り継がれるだろう。

12_20210422120801

 

 

 

 

13.  月曜日に訪れたため、 レストランや売店は

閉っていた。 次は紅葉の季節がいいかも知れない。

 


ところで、記事をまとめていて びっくりした。

13_20210422120801

 

 

神谷傳兵衛さんの別荘が 千葉市にあるのだが、

その一部が 現在は市民に解放されていて、


私はそこのサークルで 何年も絵を描いていた。


そして そこでの展覧会に 何度も出品していた 

と、 初めて気が付いたのだ。 

 

 

 


何年も通ったあの建物が 傳兵衛さんの別荘で、

 

今回傳兵衛さんの ブログの記事を書くことになった

 

とは    本当に 驚きでした~ !

 

 

 

 

 

*     *     *   *    *

 

 

 

 

2021年4月16日 (金)

牛久大仏 ギネス登録 世界一のブロンズ立像大仏

 

01. 茨城県牛久(うしく)市に 「牛久大仏」 がある。

 


周りの風景から屹立する ゴジラ映画の様な大仏の

姿を 高速道路から 見かけたことがあり、

私は 一度 直に見てみたいと思っていた。

 

01_20210415172101

 

 

 


02.  実物は やっぱり大きかった!

ブロンズ製大仏立像としては 世界最大の120m。

 


実際は ミャンマーや中国、インドなどで これを凌ぐ

立像があるらしいが、 仏教徒の熱情や国威発情の

気運などが無い 安穏とした日本で、 


仏教の一宗派が 真っ平な関東平野に ニョキッと 

大仏を立ち上げたこと自体が 驚きだ。  

02_20210415172101

 

 

 


03.  台座と人間を比べると やっぱり大きい!

03_20210415172101

 

 

 


04.  大仏は1992年に完成した。 これからも

近代技術があれば 立像はいくらでも高く出来るし、


台座自体が 岩山だとか 高層ビルだとかなら

全長は どんどん高くなる。 今後 世界各地から

どんな大仏がギネスに登録されるかわからない。

04_20210415172101

 

 

 


05.  ただ、それは 「富士山」 と同じこと。


山脈自体の標高が高い ヒマラヤには勝てないが


標高ゼロmから 立ち上がる ’独立峰’ としての

富士の美しさが 類まれであるのと似ている ?!

05_20210415172101

 

 

 


06. 大仏は まず鉄骨で骨組みが形作られ、 

1.5m四方のブロンズ板金を形に合わせて溶接した

部分パーツが 本体に貼り合わされていった。

 

 

従って よく見ると像の表面に 正方形の継ぎ目が

見える。 また 暑さ寒さによる板金の伸縮や 

地震の揺れに対応できるよう 

ブロックごとに隙間が作られている。

06_20210415172101

 

 

 


07. 地上85m 大仏の胸に3つの穴が開いており

ここから 辛うじて外を見ることが出来た。 しかし


本当は どんないい景色が見られるかと 

内心期待していたのだが  全くの誤解だった。 

 


大仏は 身体の形はしているが 浄土真宗東本願寺

の一軒の寺院であり、  展望塔ではなかった・・

07_20210415172101

 

 

 


08.  3つのスリットは 大仏の背中と左肩部分にも

あったが どこも何重にもガラスが嵌められ

景色は 正直 つぶさには見えない。

 

 

駐車場にたくさん車が止まっている、 と思ったら

お墓でした ~  私が大仏を見上げた高速道路を

今度は 大仏様から見下ろしました ~

08_20210415172101

 

 

 


09.  さて、唯一 1階のテラスから 外に出て、

大仏の蓮の花の周りを歩くことが出来る (03.参照)。

 

 

金箔がチラホラ貼られていたが、 これが もし 

タイやミャンマーなど仏教国なら 10年もしないうち

地肌は金箔に埋め尽くされて ピカピカ黄金色の

台座が仕上がっていたかも知れない ・・

09_20210415172101

 

 

 

 

10. 大仏の3階部分は 約3,400体の黄金の

胎内仏にぐるりと囲まれていた。 胎内仏は 大小

百万円と三十万円とがあり、奉納仏には名前が入る。

 

お骨は別の場所に収納されるが ここで 

毎日読経があげられ、永代法要されるという。

 


このあたりで私は 本当に 大仏そのものが 

親鸞ゆかりの東本願寺の別院だと理解出来たのだ。 

10_20210415172101

 

 

 


11.  桜の時期は逸してしまったが、 

芝桜やネモフィラが 大仏を引き立てていた ・・

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12.  広い敷地には 大仏とお墓がある浄苑、

季節ごとに美しい花が咲く花畑、 池、

小さなふれ合い動物園などがあった。

12_20210415172101

 

 

 


13. 大仏にサヨナラして園を出たが、すぐに再会。

今度は日常の、 現世での再会だ。

 

こういうシチュエーションは 私は嫌いではない。


電線がアートデザインの様だし 

高圧送電柱と居並ぶ大仏は それこそゴジラの様!

 

13_20210415172101

 

 

人々と共に 社会と共にいることを 

 

大仏様もあながち嫌がってはおられないと 私は思う。

 

 

 


*     *    *   *    *

2021年4月 9日 (金)

南仏・レ・ボー・ド・プロヴァンス 軍艦型の岩山に凄い遺跡群

軍艦のような形の岩山 「レ・ボー・ド・プロヴァンス

 Les Baux de Provance」 には 幾層にも城塞が 

築かれ、 支配者達の栄枯盛衰の舞台となって来た。

 

 

 

 

01. 北側の小高い城塞を調査したら、 紀元元年前後

5~6世紀 そして本格的なドンジョン・塔 が築かれた

中世、  と3つの建築層があると 分かったそうだ。

01_20210409105801

 

 

 

 

02. レ・ボーは 南北の長さ900m 幅200mの

岩山で、  見る方角によって 形がかなり違う。

 


城を築くには いかにも打ってつけの地形だが、

同時に 敵の兵糧攻めにも遭いそうではある。

02_20210409105801
( 01.の写真は 緑の矢印方向から撮ったもの )

 

 

 

 

 


03. 北側にある城塞の一番高いパラヴェル塔から 

南端方向と、 西側の村落を望む。

 


東側の城壁は 谷からそそり立つ岩壁がそのまま

利用されている。 

03_20210409105801

 

 

 

 


04. その城壁を下から見ると 屏風のように連なり

実に堅固な防護壁だったことが分かる。


谷側には オリーブや名産ワインのブドウ畑が広がる。

 

 

南端には詩人の像と 丸い水車跡。 数千の人間が

暮らしたこの城塞、 水車に沿って敷石があり 雨水が

一千立方mの貯水池に 流れ込むようになっていた。

04_20210409105801

 

 

 

 

05. レ・ボー家は 15Cにルイ11世に反乱を起こし、

17Cには ルイ13世に反旗をひるがえした。


その時は 業を煮やした枢機卿リシリューによって

城と城壁を取り壊させられたのだが、 

罰金と その解体費まで 取り立てられたと言う。

踏んだり蹴ったりだ !

 


本丸の城塞は元より 教会や病院 修道院などの

廃墟が こうしてそこらじゅうに 散らばっていた。

05_20210409105801

 

 

 


06.  広場では  様々な兵器を用いた 

中世の戦い方のデモンストレーションがあった。 

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07.  大きな石や鉄球を 出来るだけ遠くに

投げる方法。

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08.  ’ トロイの木馬 ’ みたい ! 

08_20210409105801

 

 

 

 

09.  実はこの村落から 丘に登ったのだが、


道は想像以上の急勾配で、 

まるで ロッククライミングのように苦しかった !

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10.   歴史博物館、 お土産屋さん、

プロヴァンスの石鹸屋さんなど 観光客のお楽しみ。

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11.  アトリエがある小道 ・・


因みに ’ボーキサイト Bauxite’ という アルミニウム

を作る鉱石があるが、  その名は発見の地である

このレ・ボーから付けられた。  ボーキサイト原石は

 

写真の 壁に掛る植木鉢の様な赤褐色なので、

レ・ボーの遺跡群を形作る白い石灰岩とは 別物だ。

11_20210409105801

 

 

 

 


12.  軍艦型の岩山全体には ほぼ日影が無い。

加えてハードで危険な遺跡巡りのあとは 脱水症状を

来し、   ふもとのカフェに飛び込んだ !

 

テーブルから 城塞の塔が見えた。 コーラを頼むと

当たり前のように パンとオリーブが付いて来る。 

 

店主の初孫だと言う男の子は いかにもフランス的

洒落た顔つきで、グランマの愛を一身に受けていた。

 


そうこうするうち 死にそうな面持ちで もう一人

マダムと一匹の犬が カフェに辿り着いた・・

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13. レ・ボーを出ると 再びプラタナスの並木道が

続いた。    ポプラや銀杏 桜や杉 色々あるが

プラタナスの並木道は また格別お洒落だ。

13_20210409105801

 


北のアヴィニョンから ゴッホの病院の町サン・レミ

レ・ボー そして 南のアルルまで 弓なりに降りて来る

という位置関係にある。

 

 

 

大都市観光のついでに レ・ボーを訪ねる価値は

充分あるでしょう ・・ 

 

 

 


*     *    *   *    *

2021年4月 2日 (金)

南仏・川と水車の町リルシュルラソルグ 買い物の小さな後悔


リル・シュル・ラ・ソルグ L'isle sur la Sorgue は

ソルグ川の中州に作られた町なのだが、


運河も含め 枝分かれしたソルグ川が 

二重に町をとり囲こんでおり、  

美しい水の風景が そこかしこに溢れている。

 

 

 

 


01. ソルグ川の源泉は 前回の記事で取り上げた

ヴォ―クリューズの泉。  リル・シュル・ラ・ソルグは

その約8km程下流にある町だ。

 

どの橋からも インスタ映えする 

ロマンチックな景色を撮ることが出来る。

01_20210401221401

 

 

 

02. とりわけ 郵便貯金局前の、 分流した

ソルグ川の合流地点が 絶好のヴューポイント !
  


写真右手に古い水車  手前にガンベッタ広場、 

左手の川べりにカフェがあり 舞台装置は完璧だ。

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03.   地図で分かるように、 ソルグ川に

幾重にも囲まれた 丸い形の町になっている。

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04.  川辺のカフェ席に座ったなら

心満たされて 裕に半日は過ごせるだろう。 

04_20210401221401

 

 

 

05. この町は 豊かな水利を活かして 長い間

穀物と搾油機、 織物 染色 皮革なめし、 製紙等の

産業が盛んだった。

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06.   街角 ・・

06_20210401221401

 

 

 

07.  「ロクシタン」 は 南仏・プロヴァンスの

自然由来の植物素材から作られる化粧品で、

日本でも こだわりのある女性の間で大人気だ。

 


私は使い慣れてないので いささか 店員に

教えを乞うた。 何品か買い サンプルももらった。

 

サンプルは 日本の友人に分けるわねと言ったら

気のせいか ’鼻で笑われた ’ 様に感じた。  

07_20210401221401

 

 

 

08. 日本では 都会の人・田舎の人 の傾向が

何となく違うが、 フランスではその差が少ない。

 

津々浦々 自尊心旺盛なフランス人が行き渡る。

地方のお姉さんもパリのお姉さんも 芯は変らない。

 

 

おまけのサンプル 有難がったりしなければ

よかった。 日本流にちょっとへりくだってみたが。

 

南仏の旅、 小さな後悔だ・・

08_20210401221401

 

 

 


09. 多目的に使われてきた13世紀来の搭

09_20210401221401  

 

 

 


10. 地図を見ても想像がつくが、 かつては 

町のそこかしこに 水車が何十と回っていた。


今は苔をまとった7基が 流れのまま 回り続け、 

町の観光上の魅力も 引き立てている。

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11.  エミール・シャール広場の水車 

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12. プラタナスの並木道も  プロヴァンスの

爽やかで 晴れ晴れしい舞台装置のひとつだ。

 

リル・シュル・ラ・ソルグの大通りに 

”村まつり” ”絵画と彫刻まつり” の幕が出ていた。

12_20210401221501

 

 

 


13.  リル・シュル・ラ・ソルグからは アルルも

アヴィニョンも近いのだが、  特にアルル手前の

サン・レミ、 例のゴッホが入院していた病院の町、

 

あのあたりまで 断続的に プラタナスの並木道が

現れた。    南仏の陽光と木陰が きらきら 

車のフロントガラスを 楽しげに駆け抜ける 、、

 

私にとって これ以上の素晴らしきドライブは無い

と思うに付け、 かえって 無言となった ・・   

13_20210401221501

 

一口にプロヴァンスと言っても 山あり 谷あり

川があって 並木があって 食べ物があって 文化がある。

 

 

それぞれが 個性的で 美しい 、、、 

 

プロヴァンスの旅 あと少し続きます。

 

 

 


*     *    *   *    *

 

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