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2021年3月

2021年3月26日 (金)

今日の絵画 「 Sakurako 」

 

今日の絵画 は 「 Sakurako 」


今年は 桜が 例年より2週間も早く開花した。

 

 

 

Sakurako の誕生日は 4月3日、

 

名前に負けず 

きっと素晴らしい女性に育つことだろう。

Sakurako

 

 


4月生まれは 幼少期は 人より成長が早く

得することが多いが、 どの年代からだろうか

人より早く 歳を取ることに 

ちょっぴり残念に思う時期が来る。

 

 

 

しかし、ある年代を過ぎると 若い・老けてる は

誕生日の所為ではなく 自分の生き方そのもの

から来ると 悟るのだ。

 

 

 


いずれにせよ、 こうして 絵にしておけば

Sakurako は永遠に若い !

 

 

 

 

 

*     *    *   *    *

 

 

 

2021年3月19日 (金)

南仏・ヴォ―クリューズの泉 大きく開いた噴出口・詩人の恋

プロヴァンス地方 ヴォ―クリューズ山岳の西端、

アヴィニョンの東 25km付近に位置する 

「 フォンテーヌ・ド・ヴォ―クリューズ」 にやって来た。

 

 

 


01. この 心に沁みるエメラルド色の ソルグ川は 

「 ヴォ―クリューズの泉 la Fontaine de Vaucluse 」 

を水源としている。
01_20210318115301  

 

 

 


02. その名高いヴォ―クリューズの泉は 奥の石灰岩

の岩壁の麓にあり、 大きな穴をぱっくり開けた地下河川

の出口から  膨大な量の地下水を噴出させている。

02_20210318115301

 

 

 


03.  地下河川は 氷河から解け出たものではなく

ヴォ―クリューズ山に沁み込んだ雨水の 伏流水だ。

 

岩壁の地下には数多くの鍾乳洞があって、 それを

縫うように 地下河川が地中を流れている。

その正確な経路は 今日もヴェールに隠されている。

 


見物後 同じ道を戻ったのだが、 私は暑さに負けて 

シトロン・ピーチ味の かき氷を買ってしまった。 

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04. ソルグ川を挟んで右岸には カヴァイヨン司教

の古城廃墟があった。  何とも不思議なムードだ!

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05. 詩心をかき立てる 神秘的な美しさを湛えた

川面には やはりロマンチックな物語がありました~

 


14世紀 イタリアの大詩人ペトラルカは アヴィニョン

の教会で出会った美女ラウラに 激しい恋心を抱く。


しかしラウラは人妻だった。 恋慕に蓋をしたペトラルカ

は 1匹の犬と2人の召使を連れて 33歳という若さで

この美しきソルグの谷に身を退ける。  

 

 

16年間の隠遁生活の間も、 ラウラへの熱情は

一時も醒める事なく、  閉ざされた谷間で

詩作に励み  数々の傑作を生み出した・・

 

 

ペトラルカ生誕500年を讃えた イタリア語表記の

プレートが 川辺の木陰に架けられていた。 ⤵

 


” 清らかで柔らかな泉の水が永遠に枯れない様に

異郷の詩人の栄光も 時代から時代へ 長く語り

継がれますように。      ペトラルカとラウラ、

フランスとイタリア 両者の名を一つに繋ぎ合わせて ”

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06. 結局 詩人ペトラルカ (1304~1374年) は、 

アヴィニョンで ペストに罹り亡くなったラウラより 

さらに20年以上生き長らえ、  その後も

生涯ラウラに魂を捧げて 余生を過ごしたと言う。

 

 


因みに 1309~1377年は ’アヴィニョン捕囚’ で

ローマ教皇の座と共に イタリア的な 聖・政 文化 

経済が そっくりアヴィニョンに移動した時代で、

 


ペトラルカも隠遁とは言え、アヴィニョンとイタリア本国と

時折 ちゃんと繋がりがあったのではないだろうか・・

04.の城にも出入りしていたらしい。

06_20210318115301

 

 

 

 

07.  さて、 ここが大きな地下河川の噴出口 

つまり ヴォ―クリューズの泉だ。


季節によって水位は異なるが、 

欧州一と称される流量は 毎秒150立方メートル、

一般に夏より 冬・春の方が水位が高い。  以前 

 

 

私が 春 訪れた時は 水位は写真の人間が水没する

レベルにあり、  しかも 力強く吹き上げられる水が、

ドックドックと ソルグ川へと 送り出されていた。

07_20210318115301
 

 

 

 

 

08.  ところで 地下部分のソルグ川の水深は

どれくらいあるのだろうか。 

 

多くの探検家や学者が探査して来たが、 

1946年に潜水した挑戦者は 水深100mから

戻る際、ボンベの不備で 危うく死にかけたと言う。

 

1985年の 潜水艇を用いた探検で やっと

水深315mまでが 確認されている。

 

水位の高い時期の写真(下) は 情報サイトから

08_20210318115301

 

 

 


09. 確かに 澄み渡るエメラルドグリーンの流れには

麗しきミューズが 潜んでいそうだ ・・ 

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10.  下流では 水位を図る糸が吊るされていた。


水の流れを見ると 人は不思議とトイレに行きたくなる。


20サンチームを受け取る 公共トイレの番人は

ミューズでなく、 ’魔法使いのお婆さん’ の様でした!

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11. ソルグ川は 町に入るとゆったり幅を広げる。

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12. ソルグ川に架かる橋、色んな遊びが楽しめそう。


流れは 昔から水車を回すのに 役立って来たが、

今日でも 紙漉き用に水車が働いているらしい。

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13. 橋のたもとにある 「コロンヌ広場」 には

詩人ペトラルカの生誕を記念した 円柱・コロンヌが

聳えていた。

13_20210318115301

 

 

この町にとって 「ヴォ―クリューズの泉」 に負けず

劣らず  「詩人ペトラルカ」 も宝であり誇りだという

事が 図らずもよく分かった。

 

 

 

観光で訪れたなら 泉とソルグ川だけを見て 

帰ったらもったいない。

 


純愛に身を焦がしたペトラルカの気分も

是非味わってみたいもの ~ 

 

 

 

 


*    *    *    *    *  

 

 

 

2021年3月12日 (金)

南仏・絶景のゴルド ロマンチックで静謐なセナンク修道院

01.  これから訪れるのは プロヴァンス地方

ヴォ―クリューズ高原で 最も有名な城塞村、

 

「 ゴルド Gordes 」。

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02.  イメルク渓谷を見下ろす丘にその村がある。


東側から見た村の風景は やや平凡だが、 逆に

この角度から撮られた写真は 意外と珍しい。

02_20210310165601

 

 

 

 

03. こちらが 典型的なゴルドの風景だからだ。


ゴルドは 村を出て外から見た時  如何に

個性的な地形に作られた城塞村かよく分かる。

 

D15を1km程走った地点から  このような、 

家々が 階段状に岩にへばりつく絶景が見られる。

03_20210310165601

 

 

 

 

04.  教会や城塞が密集するゴルドの頂上付近では

周囲の道が まるでスキー場のように ダーッと 

急角度に落ちて行くので ハラハラだ !
 04_20210310165601

 

 

 

 

05. 中世の趣きそのままの路地、アーケードを散策。

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06. ルネッサンス様式の城塞は13世紀のもの。

時代の汚れをまとった教会は きっと もっと古い。

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07. さて ゴルドには 新石器時代から人が

住んでいたが、 道路や仕切り 塀などに見られる

石の壁には 独特の様式がある。

 


ヴォ―クリューズ高原の斜面に建つ石造りの小屋は

特に ’ボリー Les bories’ と呼ばれ、

鉄器時代から18世紀まで 実際に使われて来た。

 

 

ボリーは 近くの山で採られた ローズ lausesと

呼ばれる板石を 水やモルタルを使わず 空積み

するのが特徴で、 非常に素朴な趣きがある。

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08.  最後に ゴルドをやや西寄りから眺めてみる。


女優は 自分が一番美しく見える角度からしか

写真を撮らせないと言うが、

 

ゴルドは自分の横顔をどう思っているだろうか ・・  

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09.次の訪問先は 「 セナンク大修道院 Abbaye de Senanque 」

1148年創建 シトー会の修道院だ。


シトー会の理念は 禁欲 孤独 清貧 質素を旨とし

修道士たちは 極めて厳格な修行生活を送った。

09_20210310165601

 

 

 


10. 見るからに静謐な 山あいの修道院風景は

ラヴェンダーと共に ロマンチックそのものだが、

 

修道士達は 勤行 祈り 聖書の読書等の合間に

手仕事をこなし、 質素な食事を沈黙のうちにとり、

僧服のまま 寝心地の良くない共同の寝室で寝た

と言う。

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11. 13世紀初頭の最盛期までには 他にも系列の

修道院を幾つも持ち、 寄進された農園・別院などを

運営、 やがて 当然のように 清貧とは相容れない

富が付きまとうに至った。        その後、

 

 

異端の蜂起 混乱 凋落 閉院 売却 再建 など

歴史の変遷を経て、   修道士の数も激減、

現在では 約10人の修道士がここで暮らしている。 

 


この日 ラヴェンダーの花期には少し早かったが、 

ラヴェンダーのハチミツ・精油が 観覧料などと

共に 彼らの生活の糧となっている。

11_20210310165601

 

 

 

 

12.  修道院内はガイドツアーで 時間が合わず

見学を断念。     いずれにせよ、  内部は 


祈りの妨げとなるような装飾、  ステンドグラス 

絵画 彫刻 立像 鐘楼等一切排除されたので、 

相当地味で 厳かだったことだろう。 

 

 

サイクリング好きのフランス人、 休暇の時期には 

子供を乗せたリア・カーに 旗を立てて 山道を

立ち漕ぎする自転車を 見かけることがある。


黄色い小旗の家族が 出発した。

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13.  私も 彼らの少し後から セナンク修道院を

出たが、 道端の待避所で たまたま追い付いた。 

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パパさん すごい脚力ですね~ と声をかけた。

 

僕より ちゃんと付いて来る長女の体力が基準だよ、

との答え。

 

 

Bonjournee! ボンジュルネー 良い一日を ! 

 

百発百中 フランス人が笑顔になる挨拶を交わして

お先に失礼した ・・

 

 

 

 

*    *    *    *    *

2021年3月 5日 (金)

南仏・ルシヨン オークル色の町 オークルにも複雑な色調あり

プロヴァンス地方の町 ルシヨンは ’オークル Ocre’

で彩られた町。  しかし 一口にオークルと言っても

かなり複雑な色調があるのです。 

 

 

 

01.  ヴォ―クリューズ山脈の一角に 丘と家々が

オークル色のひと塊になった 丘陵地がある。

 

それが 「 ルシヨン Roussillon 」。

01_20210304113301

 

 

 

02.  町に入るこの日 たまたま通常のルートが

工事中で 幸運にも!? 田舎道を迂回させられた。  


なんと 山道は一面 オークルに彩られていた !

 


オークルは日本語で 黄土色と訳されるが

赤茶からピンク  黄土色からオレンジ 

焦げ茶からベージュまで  幅広い色相だ。

02_20210304113301

 

 

 

03.  17~18世紀以来 ルシヨンの建物の壁は

地元で採れる岩石顔料を漆喰に混ぜて塗ったので、

教会も民家も ずっとこんな色だった。

 

 

19世紀になると 様々な用途に使われる顔料の需要

が高まり、 ルシヨン・オークルは産業製品として

ヨーロッパ中から注文が来るようになった。

03_20210304113301

 

 

 

04.  しかし、20世紀になると 大量生産の

化学製品が出回るようになり、 ルシヨンの黄土発掘

は衰退、 僅か80年間のオークル産業で終わった。

 


現在 ルシヨンの主産業は観光だが、 発掘跡地

’巨人達の土手 Chaussee des Giants’ などは

その目玉の一つとなっている。

04_20210304113301

 

 

 


05. さて 迂回したお蔭で 農村も垣間見られた。


ブドウや小麦畑の土壌もオークル色だし、 新築中

の民家もオークル壁、 伝統から外れる事が無い。

05_20210304113301

 

 

 


06. 家々のオークルを数えると16~17色あると

いうが、 オークル色の町角はそのまま絵になる。

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07.  私は お土産に 小さなケースに入った

12色のオークル顔料紛を買った。

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08.  ピニョット広場から見る ’ 妖精谷針峰群

Aiguilles du Val des Fees ’ も 目玉の一つだ。

 

朝日が当たる頃 夕日が沈む頃、 岩ひだに陰陽が

生じる時間帯、 オークルは様々な色に変化する。

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09.  6月 猛烈に暑かったこの日、 喉が渇いた。

土産物屋ばかりで 食料品店が見つからない。


水のペットボトル どこで売ってますかと おじちゃんに

聞いたら、  親切にも 自分のホテルから 水を

1本持ってきてくれた。   でも冷えてない !

 


ドゥ ロ フロア (冷えた水) お願いしますと言ったら

ドゥ ロ トロワ (3本の水) を持って来てくれた !

 

黙って感謝して受け取りお金を払うか、 親切心を

無にして、 やはり冷たい水が欲しいと言うか迷った。

 


結局、 ここはフランス はっきりモノを申しましたよ。

感謝を込めて ・・   

家族と思しき人もニコニコ笑っていたし ・・

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( ワンちゃん あなたの色もオークルの一種です )

 

 

 

 


10. 最近はペットボトルを持ち歩く人も多いが、

結局のところ フランスはカフェ文化なのだ。


喉が渇いたら カフェに寄る、、  そういう事。

 

 

自販機文化 サービスエリア文化慣れした 我れ

日本人に、  家々の壁の色が 来た時よりもっと  

じりじりと照り返る 焦げ茶オークルに見えました~

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11. 私のお土産のオークルは 今では他の絵の具と

混ざってしまっているが、 本当に良き思い出だ。

 

 

因みにオークルは 酸化やらの化学処理をされると

赤や緑にもなる。      そして 

この粉末を練る溶剤によって 油彩にも水彩にも 

日本画にも 陶器画にもなる ・・

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12.  さて ところ変わるが、  ルシヨンのすぐ南に 

ローマンブリッジ 「 ポン ジュリアン Le Pont Julien 」

がある。

 

この橋は 紀元前3世紀に スペインとイタリアを結ぶ

街道筋に造られたという 壮大な歴史を持っている。

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13.  2005年には 側に 新しい橋が完成した。 


それまで ローマ人の造った橋を 車がビュンビュン

走っていたかと思うと それはそれで凄いことだ。

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 ( 下左が新橋  下右がローマンブリッジ )

 

 

 


因みにオークルは 岩から切り出してそのまま製品に

なる訳ではない。  粘土質砂と鉄の酸化物などを

分けるため 長く水に浸す。  

 


その処理を行う為の沈殿池が 採取場の近くに

20か所ほど 掘られている。

 


その沈殿物を 四角に固めて乾燥させ、 

それを砕いて 粉末にして ふるいにかける。

 


そのあとも それぞれの目途に応じた処理をして

やっと製品になるのだそうだ。  ふうっ ~ !

 

 

 


*      *      *    *     *

 

 

 

 

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