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2021年1月29日 (金)

南仏・ナポレオン街道 サンヴァリエ ラバに乗ったナポレオン


南仏の旅、  コートダジュール沿いのカンヌから

「ナポレオン街道」 を辿り内陸へ入った。  最初に 

グラースを訪ね、 その夜はサンヴァリエ泊となった。

 

 

 

 

01.  香水の街・グラースの北方 12kmにある 

「 サン・ヴァリエ・ド・ティエ 」 で良い宿を見つけた。


ホテルは 2つ星くらいが丁度いい。

01_20210129103601

 

 

 


02. 街は 緑なす谷間のリゾート地で、 レストランが

たくさんあった。 ガーデンテラスでの夕食は気分がいい。

 

料理と 樹齢400歳のプラタナスが ここの自慢で、

2年に1回剪定することが 街から義務付けられて

いると、マダムが言っていた。

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               ( ステーキは ブルーチーズソース添え )

 

 

 

 

03. 700mと程よい標高にあるこの街は 自然リゾート

ばかりでなく 昔から 肺の病気の療養でも有名だった。

 


空気が澄んでいて 夜 テラスから

無数の星々が 瞬くのが見えた。

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04. サン・ヴァリエは 「ナポレオン街道」 上の街で

ナポレオンが 1815年3月2日に 通過している。

 

 

エルバ島を脱出したナポレオンは、 3月1日にカンヌ

を出発、 グルノーブルまでの324kmを6日間で踏破、

最終的にはパリ入城を果したのだが


特に カンヌ~グルノーブル間を

 「La Route Napoleon」 と呼んでいる。

04_20210129103601

 

 

 

 

05.  さて翌朝、 ホテルでの朝食後 

散歩に出た私は  2人のおじさんに遭遇した。

 

 

まずは ヨーキーを抱くおじさん。   彼の犬は 

なんと 半年前亡くした私の愛犬にうり二つだった!  


蓋をしていた心に 懐かしい思い出が蘇り、

私の目から どっと涙があふれた。

 

女性を泣かせた!? おじさん 、、  

バツが悪そうに そそくさと逃げて行った。

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06.  さてこちらのおじさんは 世界旅行が趣味。

彼の方から 嬉しそうに声をかけて来た。

 


日本も 広島長崎 奈良京都 日光 富士山など 

3週間ガイドを雇って巡ったと言う。 

清潔な乗り物が 印象的だったとか ・・

 

パーソナル通訳・ガイドを付けるなんて お金持ち!

 

後で思えば、 世界の香水産業グラースの保養地、

こんなムッシュがいても不思議ではなかった。

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07.   直感で選んだ街だったが 美しく穏やかで

’ 当たり! ’ だった。

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08.  街を出ると直ぐに 山道に差しかかるが、

ナポレオンも こんな景色を見たのだろうか ・・

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09.   さて ナポレオンの話に戻るが、 

復権を目指し パリに戻ろうとしたナポレオンが  

始めから人々に歓待され 支援された訳ではない。

 

 

1815年2月26日 エルバ島を脱出したナポレオンは 

カンヌで 役場を通じ何とか食料を調達 装備を整えた

のだが、 人々からは冷やかな眼差しを向けられた。

09_20210129103601

 

 

 

 

10.  また 彼を阻止しようとする王軍部隊の

警備が厳しいのではないか と恐れたナポレオンは 

主要ルートを避け 山越えルートを採用、

 

偵察先遣隊として 一人の将軍に100人の歩兵、 

4人のポーランド人槍騎兵を付けて 送り出す。

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11. グラースでも 敵意ある民衆から襲われかねない

と危惧したナポレオンは、 グラースの中心部を迂回して


郊外で一休み。 部下のリュックに腰かけ ローストチキン

を頬張ると  小一時間もしないうちにそそくさと出発した。

 

 

今やナポレオンが通ったストリートと 糸杉が植樹された

休憩所(赤い印し) は グラースでの名所となっている。

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12.  さて送り出した先遣隊から サン・ヴァリエの

山道は 到底馬車では通れないと 報告を受けた

ナポレオンは やむなくコーチ2台と大砲2基を放棄、 


岩山歩行に適したミュールを調達 ようよう出発した。

 


ミュールとはラバ、 つまり

雌馬と雄ロバを 掛け合わせた動物だ。

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13.  11.の ”アルプス越えの絵画” で、 理想化

された 白馬にまたがるナポレオンは カッコよく美しい。
 

しかし実際のところ 白馬でアルプスは越えられない。

 

ミュールにまたがる皇帝は とぼとぼとみすぼらしいが

これが現実的な姿に近かったのかも知れない ・ ・

 

 

 

さて 初めは苦労したナポレオンだったが、 周知の如く 

グルノーブルに近づくにつれ 信望者や援軍が徐々に増え 


ナポレオンの軍団は 勢いを増して、 グルノーブルから

リヨン パリへと向かって行った。

13_20210129103701

 


ナポレオンの言葉によれば


” 余は グルノーブル前は 山賊の様であったが

グルノーブル後は 君主の様であった ! ”

 

 

 


私自身は このセラノンという街を過ぎたあたりで

ナポレオン街道に別れを告げ、 


フランスのグランドキャニオンと称される

 「ヴェルドン渓谷」 方面に向かった。      

 

 

 

最後に 面白回文を!


「  Able was I ere I saw Elba  」

  ( ere は接続詞  ~する前に )

 

 

 

*     *    *    *    *

 

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コメント

bellaさん、こんばんは(^o^)/!
ナポレオン街道と呼ばれる道があるのですか?!
初めて知りました (^_^;;ハズイ!
そう言えば、カンヌと言えば映画祭。しかしそれも、コロナ禍で今年は中止だそうですね。
それはさておき・・・

食事がメッチャ美味しそう・・・(・_・)タベタイ!
私自身、フランス料理って食べたことがありませんが、気取らない・飾らない感じの料理に見えて「これなら私でもO.Kかな?」と思って見たり・・・(^_^;;ヘヘッ!

街の様子も街を出た自然豊かな風景も素敵ですね。
09の写真のピンクと言うか薄紫色の花はゼラニウム?自信はありませんがなんとなく似ている・・・。

白馬に乗って颯爽と駆け上がる格好いいナポレオン、かたやミュールに乗って雪の山道を行くナポレオン・・・。実際の姿はもっと酷いものだったのだろうと想像します。
ちょっぴり世界史の勉強もさせていただきました。

今夜も楽しいバーチャル旅行、ありがとうございました。

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