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2020年12月

2020年12月25日 (金)

銚子電鉄の終点・レトロな外川駅 千騎ケ岩と犬岩・外川の海辺

 

01.  ここは銚子電鉄の終着駅 「外川駅」

1923年・大正12年の創業以来の 木造家屋。

 


’ありがとうポスト’ という愛称がついた

ノスタルジックな赤いポストが良く似合う。

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02.  ご当地映画 「電車を止めるな」 のポスターや

大漁旗で飾られた待合室が 何とも言えず魅力的!

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03.  外川駅には 昭和25年製 「デハ801」 

車両が展示されている。 手の施しようもなく酸化・

腐食した車体を見事復興、 無料で公開している。

 

中に入ってみると 木材の床 古い運転席

天井の扇風機など 昭和レトロ感がいっぱいだった。


朝ドラ・澪つくしのロケでも電車や外川駅が使われた。

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04.  そうこうしてる間に 現役の電車が到着!


日常の、普通の乗客たちが 降りて来たのに、

一瞬 昔の映画の一場面に紛れ込んだ気がして

思わず 自分の頬を叩いた・・・

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05.  乗り込む客を見て、 現実に引き戻された。


プラットフォームは かさ上げされぬまま置かれ、

段差が激しい。 木台を置いて乗る人もいるらしい。

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06. ところで ベンチなどには醤油の看板があった。


「ヒゲタ醬油」 は創業1616年、 「ヤマサ醬油」は

1645年、 両社とも 銚子に拠点を持つ大会社だ。

 


銚子の とある八十八か所霊場寺社で、 

酒樽ではなく  醤油缶が奉納されていた。


右近のヒゲタ、   左近のヤマサ、 

銚子ならではの 興味深い風景だった !

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07.  さて 外川駅を少し南下すると 海沿いに

漁師町 ” 外川の街並み ” がある。

 

丁度 漁師の網を広げたように 急坂の地形に

縦横の細い路地が 碁盤の目を作っている。

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08.  特別な名所ではないが、 漁師町の独特な

雰囲気があり ここでも映画が一本撮れそうだった。

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09.海沿いに 外川の漁協と 「千騎ケ岩」があった。

 

源義経が千騎の兵と籠った という伝説の島だが

今は堤防が出来て 歩いて行ける。

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10.  堤防から見えた 寄せては返す 太平洋の

波濤が清々しく、  しばし惚れ惚れ見とれた ・・・

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11.  沖合には ”洋上風力” の風車が立っていた。


政府が2050年の脱炭素社会の実現に向けて 特に

重点を置いているエネルギー政策の一環だ。 


日経新聞によると 洋上風力4500万キロワットを

目指すそうだが、   素人にはピンと来ない。

 

いずれにせよ そのうち あちこちの海の中に

こんな風車が林立する日が来るのだろう。

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12. 「千騎ケ岩」 の西側にあるのが 「犬岩」。


このあたり一帯は 2億年も前のジュラ紀の地層で、

岩が 両耳が立つ犬の形になるまで 気の遠くなる

ような時間が流れた訳だ。 

 


伝説では、 源義経が奥州に逃れる時 置き去りに

された愛犬が 主人を想い七日七晩鳴き続け

とうとう岩になった、  海鳴りがまるで 犬の

悲しみの遠吠えのよう轟いた、 と言われている。

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因みに この辺りは富士山が見える東端で、

 

伊能忠敬は 富士山の正しい位置を定める際

この犬岩を起点に 富士の測量をしたそうだ !

 

 

 


Go To 銚子の旅 つづきます。

 

 

 


*    *    *    *    *

2020年12月18日 (金)

今日の絵画 「 耳鼻科の待合室 」 イラスト


寒くなってきました。     寒くなると

喉が痛んだりして 耳鼻科通いをすることがある。

 

 

 

 

耳や鼻は 何日か続けて通う場合もあるようだ。

勝手知ったる待合室、 良い子も いたずらっ子もいる!

 

そんな一コマが 今日のイラスト。

 

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コロナ禍にもある今日この頃、

 

風邪など引かないよう 皆さま お身体お大事に!

 

 

 

 

*     *     *     *     * 

2020年12月11日 (金)

ライオンみたいなチベット犬。 肉体をハゲタカに喰わせる鳥葬。


チベットの首府・ラサから 往復4~5時間の行程で

「ヤムドク湖」 観光に出かけた。


ラサの南方の高山地帯 標高5000mの展望台

から  眺望を楽しむ予定だった。

 

 

 

 


01.  途中  「雅江河谷展望台 4280m」 に

立ち寄った。 なんとライオンと見まがう たてがみ、

ふさふさのチベット犬が ”展示されて” いた。

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02. 客に チベット犬と一緒に写真を撮らせたり 

ヤクの背に跨らせたりして お金を稼ぐ商売だ。

 


階段上は 展望台になっているが   残念、

あいにくの天気で眺望は利かなかった。

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03.  可愛い羊は まるで欄干の飾り物みたい。


霧で覆われ肌寒かったが、  いずれにせよ

ぶ厚い毛皮の動物たちには どうってことはない。 

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04. バスの中で酸素を吸いながら さらに30分、

「カムパ峠」 に着いた。

あと2mで大台、 4998mという高さだ!

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05. チベット仏教の聖地 「ヤムドク湖 羊卓雍惜湖」 

が眼下に広がった。  経文が書かれた 雪混じりの

タルチョに  一層の宗教的凄味を感じた。

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06.  さて、標高4~5000mに建つ家は 石造りで、

北風を避け、 隅々にタルチョの束をはためかせていた。

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07. 沢山の羊を飼うこの家は 裕福かも知れない。


冬を前に 羊たちは乏しい緑を 一心に食んでいた。

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08.  牛はさらに高価な家畜だろう。フンも役立つ。

肥沃とは言えない農地も 高山では大変な財産だ。 

 

レストランでの昼食は野菜中心だが 鶏肉・鶏卵も

出た。   いずれも貴重な食材だろう。

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09.   マニ車を備えた田舎のお寺。


タルチョ飾りの5色は  物質の5元素、 

地 水 火 風 空 を表している。

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10.  拉薩のような都会と違い 田舎のトイレは

こんな感じだ。  ”背に腹は代えられない” とは

こういう時に使う言葉だろう。   でも我慢!!

 

お金を取る門番がいなくなってからの撮影。

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11. チベットの高地には未だに 「鳥葬」 がある。


ハゲ鷹に死者の肉体を食べさせ、 迅速で衛生的な

処理を行うと同時に    死者は 自然に対し

己の肉体を施すことで 功徳が積めるという思想だ。

 


肉体を鳥に喰わせるのは  魂が既に仏師の祈りで

分離・浄化され、 天空の頂に登って行った後、

という考え方だ。

 


祭壇に見立てられた山肌には、 高みへ 空へ

向けた梯子が 死者の数の分 描かれていた。

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12.  鳥葬に際しては 出来るだけ早く事が済むよう

事前に肉体を切り刻み、 途中で骨をハンマーで砕く 

専門の解体師がいる。     その音を聞き付けた

ハゲ鷹の群れが 傍で待ち詫びると言う。

 

 

ネットにはえげつない写真も沢山出ているし、 

実際に鳥葬見学ツアーなどもあったらしい。 が、


近年は 死者を冒涜するようなことは避けようと 

ある程度の配慮がなされているようだ。

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  ( 写真は Wikipedia から。 )

 

 

 

 

 


13.  チベットでは 階層に応じて 土葬 水葬

火葬 塔葬など 他のやり方もあるけれど、

 

4~5000mの高地では 埋葬用の土地がない、

火葬用の薪がない、 気温が低く腐敗も進まない、


高地に住む人々に 今日 鳥葬の習慣が続くのも

当たり前のことだろう ・・

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” 2018年8月28日 果る ” というしるし、

チベット語での経文が書かれた岩肌もあった。

 

 


ただしこの山は 幹線道路に近いところにあるので

鳥葬そのものは 今や も少し山の奥まった所か

別の場所で行われるのではないだろうか。

 

 

 

 


さて以上、 どれ一つを取っても 印象的な、  


感慨深い チベットの旅でありました ・・・

 

 

 

*    *    *    *    *

 

2020年12月 4日 (金)

ラサ・ジョカン寺  五体投地・深い信仰心と体力がカギ


ここは  チベット・ラサ 街の中心部にある

「 ジョカン寺 (大昭寺) 7世紀創建 」。


チベット仏教に帰依する 多くのチベット人の

信仰の拠り所となっている。

 

 

 

 

01.  仏教に於いて 最も信心深い礼拝の方法が

「五体投地」、 五体とは 両手 両膝 額 のこと。


五体全てを同時に地に臥せ 祈り 立ち上って又祈る、 

それを何度も繰り返す 大変な苦行だ!
 


両膝に充て布 両手に下駄状の板 額にバンダナ、

彼らなりの工夫が見られる。

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02.   ジョカン寺の入口には 柵で仕切られた

信者が五体投地を行う特別のコーナーがある。 

 

信者は前に進むのでなく 定位置で、 3回 12回 

108回、、 それぞれの流儀で五体投地を繰り返す。

 

奥には 釈迦の髭から生じたとされる柳の木がある。

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03.  祈りが終わると 持参した ’マイ・マット’ を

仕舞い、靴を履き、主殿の中に入り、 時計回りで

歩きながら 各ブースに仕切られた聖堂にお参りする。

 

 

そんな中 入口の囲いを出て 五体投地で

少しづつ 通りの前方に進み始める夫婦がいた ・・・

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04.  門をくぐると 主殿の手前に 大中庭がある。

垂れ幕の法輪と2頭の鹿は この寺のシンボルだ。

 

主殿の屋根などが見える。 3階以上は観光客の

重みで傷み、  現在は2階までしか行けない。  

 


主殿内部は神聖であり 写真を撮ることは出来なかった。

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05.    主殿にはメインの釈迦堂を始め 


薬師堂 観音堂 弥勒堂など15~6のお堂があり、

そのそれぞれに 釈迦牟尼像を始め 数多くの

仏像が配され 壮観だった。

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06.   ジョカン寺は ほぼ四角形の賑やかな

通りで囲まれており、  仏具や礼拝用品店 

食堂 土産物屋等が 軒を連ねる様子は見事だ。

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07.  ところで人々は 一様に同じ方向を向いて

歩いている。    実は この通り自体 本堂を

取り囲む 礼拝者たちの祈りの回廊となっており、 


マ二車を回しつつ 全員が右回りで歩いている。

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08.  仏具や 毛皮の帽子の店など華やかだ。

 

フラッグには  ちょっと若い習近平、 江沢民 

毛沢東 鄧小平 諸氏の写真もあった。


やはり ここは中国だ ・・

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09.  写真館  ’民族服を着て写真を撮ろう’


そして、  ’法治に沿って 全民が参加し

黒悪勢力を排除しよう’ というスローガン。

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10.   2階から見ると 人々が一様に右回りで

歩いているのが さらによくわかる。


ところで、 ジョカン寺周辺には数多くの警官がいた。

小さなテントがあると 必ずその中に見張りがいたし

 


この回廊でも それぞれ違った小道具(武器) を

持った 10人一組の警官隊が 絶えず巡回

しており、  時には 左回りで 人々の流れに

逆行しながら目を光らせていた。

 

警官の写真を撮るのは もっての外です !

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11.     巡礼は ひと休み ・・

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12.   通りで 先程の 五体投地夫婦に遭遇 !


ここまで 何メートル進み、何十分かかったのだろう。

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13.  通りの真ん中、 石が縦に敷かれた通路は 

もともと五体投地専用だ。

 


私の勝手な想像だが、 大昔、何十年か前までは

この風景の逆だったのではないだろうか。

 

つまり 多くの人々が五体投地をして 左右の通路

より 寧ろ渋滞していた !?

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文明が進み、 中国統治が進み、 高速鉄道が走り、

国内外の観光客が気軽に来て、 店も沢山出来て、

 


人々の信仰心も徐々に変化し 、、、

 

 

 

 

若い 五体投地夫婦の 深く真摯な信仰心に

感動しつつ、   ジョカン寺を後にした 、、、

 

 

 

*    *    *    *    *

 

 

 

 

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