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2020年6月

2020年6月26日 (金)

菖蒲の季節  猫も守ってます・ソーシャル・ディスタンス


01.   とある大型公園の一角、 

清々しい色彩が心地よい 6月の菖蒲池。

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02.    いずれがアヤメ カキツバタ、

花菖蒲 アイリスと見分けるポイントがあるらしいが、

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03.   そんな難しいこと 関係ニャー ・・

ただただ 気持ちいい昼下がり ・・

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04.  新型コロナには まだまだご用心。

早く こんな安堵感に包まれたい ・・

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05.  でも 彼らは偉い ! 

ちゃんと ソーシャル・ディスタンスを 守ってる。

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06.   アコーディオンを聞きながら

君は ちゃんと自己隔離してるニャー

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07.  お二人、濃厚接触ですよ !

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08.    重要なのは

ソーシャル・ディスタンス !

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09.  やっぱり 愛する人や仲間達とは

こんな風に 気楽にくっついて過ごしたいニャ。

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*    *    *

 

 

 

2020年6月19日 (金)

クトナー・ホラ 納骨礼拝堂 骸骨アート・人骨シャンデリア


「クトナー・ホラ」 はプラハから東へ65km、 

13~16世紀に繁栄した 世界遺産の古都だ。


街の東側にある 「セドレツ納骨礼拝堂」 では

4万人分もの人骨が 見事に飾り付けられていた。

 

 

 

01.  他のカタコンベで見たこともない

ユニークなデザインは 芸術的でさえあった !
 

チェロ型の紋章に 様々なオブジェが見える。

骨盤が骸骨の襟になっており、少女や花も見える。

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02.    人骨シャンデリア。

骸骨で出来た 天国への天使の階段。 

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03.  入り口の十字架飾り、 見事な大型盃、

松葉杖や子供の人形も見える。

骸骨も 幼児から大人まで大きさを揃えているようだ。


ロープ状の骸骨レース飾りの先端にも

骨タッセルが下がっている。

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04.  納骨堂はこの墓地教会に付随している。

この辺りは 何百年間も 戦争や疫病で亡くなった

人達の共同墓地だった。     ある時


どんどん広がる墓地の整理の一環として

人骨の分類分け 飾り付けが始まったと言う。

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05.  骸骨には殺傷痕、手術の跡なども

見受けられる。   何万体の骨の山から 


同じ部位を集め  鉄籠に整然と積み重ね、

あるものには 芸術的なオブジェとなる運命を与え、


そうした作業には どれほどの

時間とエネルギーが必要だったことだろう !

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06. 教会の後見 シュヴァルツェンベルク家の

依頼で 発掘 仕分けが始まったと言うが、 


多くの根気強い作業者に加えて、 活動の中心に

とてつもなくオリジナルな芸術的才能を持つ
 
’ 骸骨アーティスト ’ がいたに違いない!

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07.   地下の納骨堂には 臨時に架けたと

いう風な 木の渡り板を歩いて入った。

たまたま 何かの工事中だったかと思いきや、

 

まだまだ 辺りに夥しい人骨が埋まっており

当分は 発掘作業が続くのだと言う。


百年後には  またデザインの異なる 

別のホールが出来てるかも知れない。

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*    *    *

 

 


08.    次は街の東側にある

「 聖バルバラ教会 1388年創建 」 に移動。

 

クトナー・ホラは 13Cに良質の銀が発見されてから

繁栄が始まり、  王立造幣局が設立され、

国王がしばしば滞在するほどの立派な街となった。


この教会も プラハに負けじと対抗して建てられたものだ。

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09.    天井に描かれた絵も美しいが、 


豪華祭壇の中心に据えられた ’最後の晩餐’ の

食卓を囲むイエスや使徒達の 見事な銀の衣装は

さすが 銀の特産地ならではの重厚感を放っていた。

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10.   教会から 街の美しい風景が望めた。


左側は 旧イエズス会大学、  画面の奥には

鉱山博物館がある。  当時の銀鉱跡も保存され

ガイドツアーで見学できる。

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11.  教会内には 17Cの炭鉱労働者像や

貨幣鋳造職人たちの フレスコ画があった。


聖バルバラは 石工 消防士 鉱夫など 鉱山や

火を扱う危険な場所で働く人々の守護聖人だ。

 


プラハに次ぐほどの栄華を築いたクトナー・ホラも 

16Cに銀が枯渇し始めると共に 街は衰退した。


銀の切れ目が 街の繁栄の切れ目だった ・・

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12.  教会の外は 相変わらずの好天だ。 緑地に

何やら 高級そうなワンちゃん達が集って来ていた。 

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13.  私・日本人に対してはとても好意的だったが

いかんせん 犬種についての会話はチンプンカンプン、


ボルゾイなど 頭が小さく 痩身で 脚が長く 背が高い

要するに 人間で言ったらスーパーモデルみたいな

カッコいい高級犬種の 特別なお集まりだったらしい。

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カタコンベにも 色々な作り方があって、 

旅行先で それらを見て歩くのも 一興だ。

 

生々しく悲壮な死と カタコンベの骸骨たちの間には

時間空間の隔たりと共に 大きな概念の差がある。 

 

 

どうせなら セドレツ納骨礼拝堂みたく

アーティスチックな装飾法も有りだろう ・・

 

 

*          *         *         *         *

 

 

 

 

2020年6月12日 (金)

プラハ 旧市街広場・ヴァーツラフ広場 スラブ魂ってどこか違う!


01. カレル橋の塔をくぐって 旧市街側に来た。

振り返ると 搭には聖人像が飾られ 

橋側と表情が異なっている。


右手がカレル4世像。 遠景がプラハ城。

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02. 引き続き、 歴代の王がプラハ城へ向けて

華やかな戴冠パレードを行った ’王の道’ を辿る。

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03.  狭いカレル通り、古い建物が建ち並ぶ。

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04. いよいよ 「 旧市街広場 」 に着いた。

左手が旧市庁舎、 奥に 尖った2本の塔が際立つ

ディーン教会 (1135年創建)。


美しく華やかな広場に 世界中の観光客が集まり

互いにぶつかりかねないほどの賑わいだった!

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05. 市庁舎には 15世紀から今日まで動いている

「天文時計」 がある。 上は 地球を中心に太陽と月

星々が回る形で 1周で 1年の月日時を示し、


下は  カレンダリウムと呼ばれる黄道12宮と

農村での四季の作業を示す暦を示している。

 

時計の左側、レンガ色の建物には 旧市街の紋章と 

”プラハ 王国の首都” という文字がある。

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06.  市庁舎は 何世紀にもわたる改修、

第2次大戦後の修復などを経て、 様式や装飾が

それぞれ異なる建築物の集合体となっている。

 

奥の白黒のスグラフィット装飾 (だまし絵)の

棟も 市庁舎の一部だ。

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07. ’大道芸’  台に立つ前に打ち合わせ ・・

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08. 15世紀 チェコに於ける宗教改革の先駆者

「ヤン・フス像」。 敬虔なキリスト教徒だったフスは

ローマ教会の堕落を激しく批判し 信念を貫いたため、

異端として1415年、ここで火あぶりの刑に処された。


フス像は 没後500年を記念して、

1915年に造られた。

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09.  こちらは 旧市庁舎の少し南方、

ヴァーツラフ広場。 現在 プラハ随一の繁華街だ。    

 

何とも平和な風景だが、 実は この広場 1968年

チェコの民主化を弾圧するため ソ連を中心とした

ワルシャワ条約機構軍の戦車が大挙して侵攻した場所。



結局 ”プラハの春” は挫折の憂き目を見た。

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10. ここに押し寄せた鉄の塊 戦車の轟きは

威圧的で 如何にも恐ろしいものだっただろう。  



しかし、 20年後の1989年 100万余の

プラハ市民がこの広場に集まり、 いわゆる

”ビロード革命” 無血の民主化が 果された。

 

正面の国立博物館まで750m 幅60mの

ヴァーツラフ広場は、 チェコの歴史の変遷を

物語る大きな舞台、 生き証人なのだ。

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11.  広場の近くに こんな場所もあった。


1787年10月にモーツアルト自身の指揮で

オペラ・ブッファ 「ドン・ジョヴァンニ」 が

初演されたエステート劇場と、 主人公・夜這いの像。

 

プラハで 翌年発表したフィガロの結婚も好評で 

モーツアルトはご満悦だったらしい。



1910~11年 プラハに滞在したアインシュタイン

大学で講義したり 相対性理論の構想を練ったり、

このカフェで友人達と会い ヴァイオリンを弾き、

有意義な日々を過ごしたという。

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12. かつて王宮があった場所に 市民の為の

催し物を行う目的で 1911年に建てられた

「 市民会館 」。



内部には スメタナ・ホールという音楽会場が

あるが、   何と言っても 内装・外観共に、

アルフォンス・ミュシャなど チェコの芸術家が

施した 華麗なアール・ヌーボー装飾が素晴らしい !

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13. この市民会館に隣接してあるのが 「火薬搭」。

1475年建造の城壁の一部だが、  17世紀に

火薬倉庫として用いられたことで この名が付いた。



実はこの火薬搭こそ 歴代の王がプラハ城へ向けて

華やかな戴冠パレードを行った ’王の道’ の

出発地点だった。

( 私が辿った行程とは逆になるが 、、 )

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私には、

モーツアルトが 実際この街を歩いたことも

感動だったし、  パリやアメリカで成功を納めた

画家A・ミュシャが 結局 晩年はチェコに戻り、 

スメタナの我が祖国を聞いて触発され 

20年がかりで描いたという連作 「スラブ抒情詩」

を描いた街に 来られたことも感動だった。

 



音楽でも絵画でも スラブ魂って どこか違うんです!

 

 

 

*    *    *    *    * 

 

 

 

2020年6月 5日 (金)

プラハ カレル橋 聖人が橋から投げ落とされた場所はここです


プラハで 最も人気のあるスポットは カレル橋だ。

今回はその橋を歩いてみましょう !

 

 

 

01.カレル橋は 王宮のあるマラー・ストラナ地区と

旧市街広場がある古い街 との間に架かる橋で、

それぞれの端に 城門の塔が建っている。

 


こちらは マラー・ストラナ地区側の門。

行き来する人々のざわめきが聞こえる。

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02. 門をくぐると いきなり 真っ青な空と太陽に

目が眩み、 橋の両側に計30体並ぶ 聖人の像が

黒いシルエットとなって見えた。

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03. 振り返ると 順光の中に にぎやかな観光客、 

塔や聖人像、 幅10mもある橋の全体像がつかめた。


1402年建造 600年の歴史を持つカレル橋、

’520mの旅 ’ が始まった。

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04. ムーア人に捕らえられた 檻の中の

キリスト教徒を 解放した聖人たちの像。


ここでは30体の説明は省くが、オリジナリティ・

ストーリー性が豊かで   橋の彫像としては

私が見た中では最も芸術性の高い作品群だった !

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05.   歩き始めてすぐ、  橋は 

カンパ島という 中の島をまたいで行く。

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06. 橋の真ん中付近 人々が我も我もと 

レリーフを撫でていく。 ある個所が金ぴかだ !


14世紀 ボヘミアの司祭ヤン・ネポムツキーは

時の王ヴァーツラフ4世に 司祭として知りえた

王妃の告解の内容を明かすことを拒んだことから 

拷問を受け、 1393年3月20日 

カレル橋からヴルタヴァ川に捨てられた。

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07. 1年後 川岸で彼の遺体が発見されたが、

彼の舌が腐らず残っていた為 奇跡と認定され、 

聖別され、「聖ヤン・ネポムツキー(ネポムクの聖ヨハネ)」 

となった。 彼の像には 必ず五つ星が添えられる。

 

左右のレリーフのうち 右は聖ヤン・ネポムツキー、

左は 彼を抹殺した王と 人をも噛み殺す王の猟犬。

 

撫でると幸せになるとかで 皆 撫でて行くのだが

憎っくき猟犬にまで祈り 金ぴかにするのが面白い。

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08.実は実際 彼が重りを付けられ投げ落とされた

のは  10mほど離れたこちらの場所だ。 


こちらのレリーフも 金ぴかになっている。

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09.しかし、このレリーフは後世付けられたもので、

一番大切なのは 石の欄干に刻まれた十字架だ。


これを撫で忘れたら意味がない !

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10.さて ヴルタヴァ川別名モルダウ川に 三角の

木組みが設置されている。 これは 洪水などの際 

歴史ある石橋の橋脚を 可能な限り守るためのものだ。


1872年の 大洪水の様子を見れば頷ける。

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11. 聖キュリロスと聖メトディウスという兄弟聖人像

から 降りられなくなった女性がいた。 聖像はどれも

背が高く 大作ぞろいですから 気を付けましょう。

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12.   晴れやかな表情で橋を歩く人々。

主人と共に物乞いする忠犬、水分補給もお忘れなく。

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13. 人生の全てを貧民の救済に捧げた守護聖人

イヴォの像を最後に 城門をくぐり、 引き続き

 

王の道を辿り 旧市街に足を踏み入れる。

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ところで ”カレル橋” のカレルはチェコ語だが

英語ならチャールズ  フランス語ならシャルル 

ドイツ語ならカール、と馴染みある名になってしまう。

 


ヤンというチェコ語の名前も 英語ならジョン 

フランス語ならジャン、 ドイツ語ならヨハン

 


どうも チェコ語のまま 聞いておく方が

エキゾチックでいい感じ!  

 

 

 


*    *    *    *    * 

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