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2020年5月15日 (金)

チェスキークルムロフ 川の湾曲に抱かれた町 シーレとコロナと

チェスキー・クルムロフは チェコ南部ボヘミア地方、

大きく蛇行する川の湾曲部に 赤い屋根が丸く寄り添う

中世そのままの古都だ。

 

 


01. ヴルタヴァ川の湾曲に抱かれたこの小さな町は

13世紀に 南ボヘミアの豪族ヴィートコフ家が

この地に城を築いたことから始まった。

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  ( 写真左端が チェスキー・クルムロフ城 )

 

 

 

02.  16世紀の最盛期以降 この町は歴史から

取り残されてしまったが、1992年に世界文化遺産に

指定されると 急激に人々の注目を浴び始めた。


従って 観光地として有名になったのは比較的最近だ。

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03.  丘の上の お城と庭園の間に見晴台がある。


ヴルタヴァ川の馬蹄形のベンドと その中の

おとぎ話のような赤い屋根の塊りを見下ろして 

歓声を上げない者は 一人もいない。

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04.   この地方では バラの栽培も盛んだ。

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05. 丘から下の町に行くには お城に沿って緩やかに

坂道を下るか 短兵急に丘をジグザグ転げ落ちるか? だ。 

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06.  チェスキー・クルムロフ城はボヘミア地方では

プラハ城に次ぐ大きさで、町との面積比では相当でかい。


貴族たちもこんな風に水遊びをしたのだろうか・・

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07.   中世の面影を残す賑やかな町並み。しかし

裏通りに入ると 特に 敷石や段差がデコボコで、 

観光地としてはまだ発展途上という感じだ。

 


事実 1945年の終戦以降 町は荒廃状態にあり 

一時無人となった時期もある。 共産主義化した為、

城など歴史的建造物が 封建時代の遺物とされ

価値を否定されたこともあった。

 

存在価値と美しさを 取り戻し始めたのは 

’プラハの春 ’ 以降のことだ。
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08.   支配者が代々変わり 300年余

増改築が繰り返されてきたお城だが、

この塔が備わる部分が 時代で言えば最も古い。

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09.  この水車小屋は 今はカフェとなっている。


2002年にはヴルタヴァ川が 洪水で大氾濫を起こし

町じゅう大きな被害を受けたと言う。

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10.   中心部の スヴォルノスティ広場


因みに、カメラを向けてはいないが 2019年の夏

広場を闊歩していた観光客の多くが 中国人の

団体ツアー客で  驚くような光景だった !

 


今年2020年 チェコでの新型コロナの流行は

どれ程だったのだろう。 ふと気になった ・・

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11. 広場の裏手のレストランで昼食 地元の川魚。


お土産は チェコが誇る画家ミュシャの図柄の時計。

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12.  町の一角に エゴンシーレ記念美術館がある。

結構大きな美術館だが 彼の主たる作品はそこには無い。


オーストリア生まれのシーレだが 母親の故郷である

この町に彼は度々滞在し 作品を描き残している。

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           ( 絵はがき から )

 

 

 


13.   主に独特な人物画を残したシーレだが 

湾曲するヴルタヴァ川と家々の風景画も 

それらに劣らず個性的で 癖が強い。

 

エゴン・シーレは 第一次世界大戦が終わろうとする

1918年10月31日、 当時流行していた

スペイン風邪で 28歳という若さで命を落とした。


その3日前には妻エディートも シーレの子をお腹に

宿したまま、 同じスペイン風邪で亡くなっている。

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3年間で 第1波第2波第3波と 流行を繰り返した

スペイン風邪、 3回の流行で 死者数は 

世界の未開の地も入れれば 八千万人近くと推定される。

 


始めは 米 英 仏 独等の主に軍隊内に蔓延した病が

大戦終了後の兵隊の帰還、鉄道の普及などで一般市民に、

そして全世界に波及。

致死率も第3波では5.3%に達した。

エゴン・シーレは 第2波に巻き込まれた形だ。

 


スペイン風邪という呼び名も 中立国だったスペインが

列強から押し付けられた形で、とても気の毒だ !

 

 

 

2020年の新型コロナの 世界での大流行も

スペイン風邪から学ぶことがあるかも知れないし、、


スペイン風邪で夭折したエゴン・シーレ、、

中国人旅行者であふれていたチェスキー・クルムロフ、

 


今回は  記事を書くあいだ

いろんなことが 頭を駆け巡った次第でした ・・

 

 


*    *    *    *    *

 

 

 

 

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コメント

bellaさん、こんばんは(^o^)/
コロナ渦中で旅行はおろか外出もままならない日々、どのようにお過ごしでしょうか?

今回はチェコへの旅ですね。訪れたのは昨年の夏でしょうか?
チェスキークルムロフもヴルタヴァ川も全く初めて聞きました(^_^;;ハズイ!
丘の上から見た街、そして街の中の様子、惹かれます!
石畳の道にヨーロッパ独特の建物、私がドイツで見た風景とダブって、懐かしささえ覚えます。

特定の地域を除いて緊急事態宣言が解除されましたが、それでもまだ油断できない状況であること変わりないでしょう。引き続き、完全に終息するまで警戒するよう心掛けて生活します。

今夜も楽しいバーチャル旅行、ありがとうございました。
続きも楽しみにしています。

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