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2020年5月

2020年5月29日 (金)

プラハ城と聖ヴィート大聖堂 王の道を辿ります


チェコの首都 プラハのシンボルと言えば 

ヴルタヴァ川の西岸、フラッチャニの丘に聳える

「 プラハ城 」 だ。

 

 


01. 城の中心に建つ「聖ヴィート大聖堂」 は

丘からさらに100m分 尖塔を空に伸ばしている。

 


堂々たる大聖堂は 圧倒的な威容を誇っており、

さらに ミュシャの絵画を彷彿とさせる

いかにもボヘミアンなムードも漂わせていた。

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02.   丘の上では プラハ城の建物が 

一艘の船のような形で 大聖堂を取り囲んでいる。


旧王宮 宮殿 教会 修道院 美術館等の建物の他

現在の チェコ共和国の大統領府も置かれている。

 


一方 丘から見た市街地の眺めも素晴らしい !

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03. 左に大聖堂 右に大統領府、 正に写真通り

プラハ城は常に 宗教と政治 両方の中心地だった。 

 


ナチスの時代 共産主義時代 プラハの春以降も

政冶の本部はここに置かれた。     写真は

チェコスロヴァキア共和国時代の大統領入城の様子。

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04. 宗教的にも 大国の勢力争いに翻弄されて

きたチェコだが、神聖ローマ皇帝 ハプスブルク家 

オーストリア皇帝など  歴代の主はこの聖堂を

信仰の拠り所として来た。


つまりプラハ城は いつの世も 聖・政の要だった。

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05.  プラハ城の隣に 大司教宮殿がある。

丁度 大聖堂に向けて大司教がお出ましになった。


シンプルながら 高貴で華やかないでたちだ。


大道芸人さん 色合いは似てますが ・・・

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06.  城の内側から 城の正門を見る。

「戦う巨人たち」 の彫像が有名だ。

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07. 正門の外側 衛兵が直立不動で立っている。


午前中の衛兵交代式は ごくささやかだったが、

毎日正午の交代式は もっと華やかだそうだ。


ベレー帽の兵士は 実務的な警備に就いている。

私も衛兵を追いかけての再入場を阻止された !

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08.  さてこれから 「王の道」と呼ばれる

2.5kmにわたる歴史的な道を降りて行く。


1458年から1836年まで 時代が変わる度、

歴代の王が華やかな戴冠パレードを行ってきた道だ。

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09. 実際の入城パレードは 下町から丘へ進んだ。


かつての城門だった火薬搭を起点として、 

520mのカレル橋を渡り 写真のネルドヴァ通り

の坂道を越え プラハ城に至るコースだ。 


行列も祝う市民も それはそれは盛大で華かだった!

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10. 当時住所には番地がなく、王の道に面した

家々は 正面に様々な紋章を付けて目印とした。


一角獣 鷲 赤獅子 白獅子 太陽 ゴブレット

ぶどう 羊 金の熊 等々 見つけるのも一興だ。

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11.  「マラー・ストラナ広場」 まで降りると

プラハ城は 既にずっと上の方に見えた。

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12. カレル橋手前の小広場を クラシックカーの

10台ほどの軍団が走り抜けた。 観光ツアーだ!


商売のカメラマンを従えて ウエディングドレス撮影

風景も あちこちにあった。

 

同じアジア人でも こういう撮影は 

最近 日本人の中では流行らないように思う ・・

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13. いよいよまずは 目玉のカレル橋に到着した。

王の道はまだ道半ば。  続きが楽しみだ。

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それにしても 観光客がワンサといるようだ。

 


多分 それも楽しく面白いことだろう !

 

 

 

*    *    *    *    * 

 

2020年5月22日 (金)

チェスキークルムロフからプラハへ ヴルタヴァ川からモルダウ川へ

ヴルタヴァ川の蛇行のままに街が築かれた チェコ南部の

チェスキークルムロフ、  街の風景に名残を惜しみつつ

次に プラハに向かった。

 

 

 

01.     これほど奇抜な地形に形成された 

華やかな貴族たちの街を 私はこれまでに見たことが無い。

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02.    岩壁の一部を側壁に溶け込ませた チェスキー・

クルムロフ城は 一見要塞城のようだが、

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03.    城の内側は石積み模様が美しい居城となっている。

今日 内部全てを公開できる程は まだ整備されてないようだ。

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04.      城を通り抜けて 街に出ると 

レストランのテラスで お客さんがお食事中。

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05.      「 聖ヴィート教会 」  1300年

スヴォルノスティ広場の近くにある。 


様々な時代の建築様式を 採り入れた建物で 

特に スッと天に伸びた四角い塔が印象的。

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06.     ヴルタヴァ川に架かる橋から

チェスキークルムロフ城の塔と 聖ヨシュタ教会の塔に

別れを告げた ・・・       

 

 

実はこのヴルタヴァ川は 次の目的地プラハに続いている。


プラハでのヴルタヴァ川は 

恐らく 別人のような顔を見せるに違いない。

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*    *    * 

 

 

 

07.     さて、 プラハへとやって来た。

ここはプラハ市の南西に位置する 城壁の連なりが残る丘。

 


丘には教会があって、色々なレストランが寄り集まっている。

薔薇に包まれて 結婚パーティが開けそうなものもあった。

 

そして 何と言っても 街を一望できる見晴らしが秀逸で

折しも 多くの人々が集い来ていた。

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08.  丘からプラハ城とヴルタヴァ川に架かる橋が見えた。

プラハ旧市街の8つの橋のうちの 幾つかが重なっている。 
 

観光的に最も有名なカレル橋を 望遠レンズで探すと、

人々が蟻の行列の如く数珠つなぎで  それと分かった。

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09.     ところで ヴルタヴァ川は全長430km 

チェコ最長の川だが、この川は ” モルダウ川 ” とも言う。

 

チェコの作曲家スメタナの交響詩 我が祖国の第2曲モルダウ

で有名だ。  19C後半 ハプスグルク君主国統治下にあった

チェコではドイツ語が主流で、 この川はモルダウと呼ばれた。

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10.   丘での夕食後、 いよいよ ”モルダウ河畔”

にやって来た。     日本人ですら 祖国愛を感じ

胸がキュンとする スメタナのあの旋律には


ゆったりとほの暗い水面と カレル橋を包む 

こんな夕暮れのひと時が とても良く似合う。

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11.   「 チェコ軍団橋 」 からモルダウを望む。

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12.  ヨーロッパの大きな河川では 時々こうして堰が

作られている。   段差を解消するための閘門だったり  

流れの一部を 発電の水車小屋をくぐらせたり 

段差で滝を作ることで水質を保全したり 目的は様々だ。

 

ここは何だろう・・     遊覧船がやって来た !  

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13.    デッキで寛ぐ人々、  音楽を楽しむ人々、

こればっかりは 屋形船文化の日本には無い風習だ。 

 


それにしても チェコでも こんな風景が見られるのだなあ ・・

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このあとドイツから黒海へ注ぐ このヴルタヴァ川はもとより

 

ドナウ川 ライン川 など 大きな河川が、 時には名前を

変えながら  ヨーロッパ大陸を貫いて流れるのだから

 


流域の異なる国々に  同じ 船内・船上での過ごし方・

楽しみ方が伝わるのは 当たり前のことだった ! 

 

 

 

さて翌日は  ピカピカの快晴の中

観光客で溢れかえるプラハの市内見物となった !

 

 

 

*    *    *    *    *

2020年5月15日 (金)

チェスキークルムロフ 川の湾曲に抱かれた町 シーレとコロナと

チェスキー・クルムロフは チェコ南部ボヘミア地方、

大きく蛇行する川の湾曲部に 赤い屋根が丸く寄り添う

中世そのままの古都だ。

 

 


01. ヴルタヴァ川の湾曲に抱かれたこの小さな町は

13世紀に 南ボヘミアの豪族ヴィートコフ家が

この地に城を築いたことから始まった。

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  ( 写真左端が チェスキー・クルムロフ城 )

 

 

 

02.  16世紀の最盛期以降 この町は歴史から

取り残されてしまったが、1992年に世界文化遺産に

指定されると 急激に人々の注目を浴び始めた。


従って 観光地として有名になったのは比較的最近だ。

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03.  丘の上の お城と庭園の間に見晴台がある。


ヴルタヴァ川の馬蹄形のベンドと その中の

おとぎ話のような赤い屋根の塊りを見下ろして 

歓声を上げない者は 一人もいない。

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04.   この地方では バラの栽培も盛んだ。

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05. 丘から下の町に行くには お城に沿って緩やかに

坂道を下るか 短兵急に丘をジグザグ転げ落ちるか? だ。 

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06.  チェスキー・クルムロフ城はボヘミア地方では

プラハ城に次ぐ大きさで、町との面積比では相当でかい。


貴族たちもこんな風に水遊びをしたのだろうか・・

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07.   中世の面影を残す賑やかな町並み。しかし

裏通りに入ると 特に 敷石や段差がデコボコで、 

観光地としてはまだ発展途上という感じだ。

 


事実 1945年の終戦以降 町は荒廃状態にあり 

一時無人となった時期もある。 共産主義化した為、

城など歴史的建造物が 封建時代の遺物とされ

価値を否定されたこともあった。

 

存在価値と美しさを 取り戻し始めたのは 

’プラハの春 ’ 以降のことだ。
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08.   支配者が代々変わり 300年余

増改築が繰り返されてきたお城だが、

この塔が備わる部分が 時代で言えば最も古い。

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09.  この水車小屋は 今はカフェとなっている。


2002年にはヴルタヴァ川が 洪水で大氾濫を起こし

町じゅう大きな被害を受けたと言う。

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10.   中心部の スヴォルノスティ広場


因みに、カメラを向けてはいないが 2019年の夏

広場を闊歩していた観光客の多くが 中国人の

団体ツアー客で  驚くような光景だった !

 


今年2020年 チェコでの新型コロナの流行は

どれ程だったのだろう。 ふと気になった ・・

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11. 広場の裏手のレストランで昼食 地元の川魚。


お土産は チェコが誇る画家ミュシャの図柄の時計。

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12.  町の一角に エゴンシーレ記念美術館がある。

結構大きな美術館だが 彼の主たる作品はそこには無い。


オーストリア生まれのシーレだが 母親の故郷である

この町に彼は度々滞在し 作品を描き残している。

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           ( 絵はがき から )

 

 

 


13.   主に独特な人物画を残したシーレだが 

湾曲するヴルタヴァ川と家々の風景画も 

それらに劣らず個性的で 癖が強い。

 

エゴン・シーレは 第一次世界大戦が終わろうとする

1918年10月31日、 当時流行していた

スペイン風邪で 28歳という若さで命を落とした。


その3日前には妻エディートも シーレの子をお腹に

宿したまま、 同じスペイン風邪で亡くなっている。

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3年間で 第1波第2波第3波と 流行を繰り返した

スペイン風邪、 3回の流行で 死者数は 

世界の未開の地も入れれば 八千万人近くと推定される。

 


始めは 米 英 仏 独等の主に軍隊内に蔓延した病が

大戦終了後の兵隊の帰還、鉄道の普及などで一般市民に、

そして全世界に波及。

致死率も第3波では5.3%に達した。

エゴン・シーレは 第2波に巻き込まれた形だ。

 


スペイン風邪という呼び名も 中立国だったスペインが

列強から押し付けられた形で、とても気の毒だ !

 

 

 

2020年の新型コロナの 世界での大流行も

スペイン風邪から学ぶことがあるかも知れないし、、


スペイン風邪で夭折したエゴン・シーレ、、

中国人旅行者であふれていたチェスキー・クルムロフ、

 


今回は  記事を書くあいだ

いろんなことが 頭を駆け巡った次第でした ・・

 

 


*    *    *    *    *

 

 

 

 

2020年5月 8日 (金)

今日の絵画 「 田んぼ 2020 」

私は 田植えの済んだ田んぼを見るのが大好きだ。


絵は 昨年のスケッチを 最近仕上げたもの。

今年はコロナ禍で 外出自粛中に付き

遠出は出来ない ・・ 

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長野などの 雪山を背にした田んぼを見に

来年は出かけられるだろうか ・・




とりあえず、      がんばろう 私 、


がんばろう ニッポン !

 

 

 

*    *    *    *    * 

 

 

 

2020年5月 1日 (金)

ゴールデンロック・門前市を成す 燦然と輝く仏塔の中身は煉瓦!

ミャンマー屈指の巡礼地 ・ チャイティーヨー霊山の

頂上付近のホテルに一泊。

 

 

 

01.  翌朝6時半 多くの巡礼者が動き始める前に

朝日を浴びるゴールデンロックを 再び参拝した。

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02. 広場の縁から、ゴールデンロックによく似た

金色の岩が 北側の町にもあるのを見つけた。
 

ニセモノと言う訳ではなく 

それぞれ 諸講や地元の身近な参拝所なのだろう。

 


ミャンマー独特の鉄棒型釣鐘、棒で叩くのではなく

横腹を ’突いて’ 音を出し祈る。

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03.  下山途中 ゴールデンロックを振り返ると


朝8時、金の岩は既に多くの参拝者に囲まれていた。

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04.  客を降ろして下山する ’カラ籠’ の向うから

新たな参拝客の群れが押し寄せる !


門を出たら 裸足の足裏をウエットティッシューで拭き

靴を履く。      参道は人でいっぱいだ。

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05.   朝8時半、既に 門前市を成している。

ゴールデンロックのご威光はこの通り !

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06.   例のトラックバスに揺られての下山だが


どのバスも満杯で、  途中の停留所で

止まった車両が 数珠のように繋がることもあった。

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07.   バス停でのポスター。 ゴールデンロックに

まつわる映画ってどんなストーリーだろう !?

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08.   次はヤンゴン郊外の 1200年余の歴史が

ある寺院 「 シュエモード・パヤー 」 へ。  

 


仏塔は 改築や地震による破壊・再建などを繰り返す度

徐々にその高さを増し、

現在は 114mと ミャンマー一の高さを誇っている。

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09.  1931年の大地震では 搭が崩れ落ち、

仏陀の遺髪2本が納められていたと言う先端部が 転がった。


しかし、その残骸に新たな小搭が築かれ

まるでモダンアートのような仏塔が出現していた !

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10.   そもそも仏塔とは 釈迦の髪や骨など

聖遺物を納めた墓を意味する訳だが、本当に本物の

釈迦の遺物を収納する搭が 今日世界に幾つあるかは 

きっと誰にもわからないだろう。

 


それに 燦然と輝く仏塔の中身が 構造的には

ただの煉瓦から出来ていると 図らずも身を晒した様は 

ある意味感動的でもあった !

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11.   生い茂る緑が 寛ぎの木陰を作っている。 

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12.   多くの婦人たちが 深い祈りを奉げる。

恐らく男性は 金箔貼りに 女人禁制の一角に

出向いてることだろう。

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13.   一方、 いずこも同じ 、、、

若い人たちにとって 祈りより おしゃべり 、、、

 

そして スマホは命  !?

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これで ミャンマー編は終了です。

 

ご清読 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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