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2019年12月

2019年12月27日 (金)

「積丹半島」 神威岬のシャコタンブルー 奇岩が居並ぶ北の浜辺


積丹半島は 北海道西部の 日本海に突き出した半島で、

シャコタンと言う名前はアイヌ語に由来している。



 

01.  半島の各所に見どころがあるが、 何と言っても

半島の突端にある 「 神威岬 かむいみさき 」 は秘境だ。


この 「 神威岩 」 という一列に並ぶ岩礁が 

アイヌにとって 神聖な信仰の対象だった。

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02.  岬の入り口の門には、 逆光で見えずらいが

” 女人禁制の地 ” と書いてある。 禁制の理由は

アイヌの首長の娘・チャレンカの悲恋だとか

和人からニシン漁を守ろうとしたアイヌの策とか 言われるが

いずれにせよ1855年に 女人禁制は解かれている。

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03.  ” チャレンカの道 ” と名付けられた遊歩道は

770mあり、 突端まで 歩いて2~30分の道のりだ。 

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04.   突端の海は ’シャコタンブルー’ に染まっていた。

彼方の水平線が 地球が丸いことを教えてくれる ・・

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05.    突端から引き返す時 再び灯台を通った。


明治21年に初めて灯りがともされたこの灯台

今は無人化されている。 

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06.   半島の付け根の小湾にも 

漁村集落につながる堤防や漁港があり、

岩礁が一本 突き立っている。

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07.  半島はニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定されている。


突端から半島の西側の海岸線を下ると  こんな奇岩が

いくつも迎えてくれる。 荒波に崩れ易そうな組成の岩だ。


近海では ヒラメ イカ ウニ スケトウタラなど 豊富な

魚介類が獲れるが、 特に昭和初期まではニシン漁で栄え、

かの有名な 「ソーラン節」 が生まれたのもこのあたりだ。 

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08.   神威岬から神恵内村・泊村にかけての海岸一帯、

凍てつく真冬の日々 極北から襲いかかる風雪は 

どれ程激しいのだろうか ・・

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09.   とある港に イカ釣り漁船が停泊していた。 

意外と華やかで ある種モダンアートのようでもあった !

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10.   夜の海で イカ釣り漁船の灯りは煌々と輝く。

その昔 小樽ガラスは無くてはならない実用品だっただろう。  

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11.    キタキツネにも出会った。 


菌を持っているから 触れてはいけないと言われるが、

成る程 キツネのしっぽは立派な襟巻になるのだなあ ・・

道路際の雪よけパネルも 北西の風の激しさを偲ばせる。

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12.  積丹半島の付け根 共和町付近で 大勢の人が名水を

汲んでいた。 大型のペットボトルにどんどん水を汲む。


北海道の大自然の恵み、ご飯もコーヒーもさぞ旨かろう ・・

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13.   さて今回 実は積丹半島を一周したのだが 

半島の東沿岸にある 有名な 「 ロウソク岩 」 は見逃した。 


この岩を見るには メインの道路から港まで降りて、

余市町の豊浜町沖550m先に  肉眼では 結構小さな

その奇岩を見つけねばならない。 

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ましてや 朝日が昇って 高さ45mの岩の先端に 

ロウソクのように輝く時を待つなんて無理なことだ ・・





今回は余市町のホームページから写真をお借りした。

本当に素晴らしい !

そして ローソク岩ばかりでなく 多くの奇岩が

積丹半島に突き立っていることも 今回分かったのだ。

 

 

以上  10月のある日、 北海道の秘境・積丹半島を

巡った  素敵な思い出の1ページでした ・・・

 

 

 

*    *    *    *    *

 

 

 

2019年12月20日 (金)

「小樽ガラス館」「昆布館・七日食べたら鏡をごらん」「消防犬ぶん公」


01.   小樽ガラスと聞くだけで ロマンチックな響きがある。

小樽では ニシン漁で豊かな経済を謳歌した1900年頃から 

ガラス産業が始まった。


当初は 石油ランプや 漁のための浮き玉を作っていたが

時代と共に 食器やインテリアなどの工芸品へとシフトしていった。

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02.   ここは 「 大正硝子館本店 」 明治39年築

小樽の歴史的建造物に指定された建物で 

主に和風のガラス器を扱っている。

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03.  妙見川に面している店の裏口にも独特な趣きがある。

小樽の街中を流れるこの細い川に ちょうど鮭が遡上して来ていた。

この時は6匹程だったが 

多数の鮭が遡上した年は ニュースになったと言う。

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04. さて ガラス産業の創業社と言えば 「 北一硝子 」。

この 「 北一硝子 三号館 」は 明治14年に建てられた

漁業倉庫を 店舗用に改築したものだ。

 


残された運搬用のレールが  レトロでお洒落だが

広々した売り場の方は 現代的に明るくレイアウトされている。

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05.   北一硝子は 今や小樽を代表する大企業となり、

三号館の他、 クリスタル館 ヴェネツィア美術館 北一プラザ 

酒蔵 飲食店等 市内だけでも10以上の直営店を持っている。

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06.   こちらも 約100年前に建てられた 

歴史ある建物の 和ガラス屋さん

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07.  小樽では現在79件が歴史的建造物に指定されている。

その中には 北のウオール街と称された街に相応しく 

金融関係の建物や庁舎が、そして倉庫や蔵が 含まれている。

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08.  さてここは 「 日本銀行旧小樽支店金融資料館 」。

東京駅の設計者辰野金吾らによって設計された日銀小樽支店、

現在は資料館となって 様々なものを展示している。

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09.  因みに小樽のような小都市に 7つの金融機関があった。

北海道銀行 三井銀行 北海道拓殖銀行 三菱銀行 第四十七銀行

第百十三銀行 郵政省小樽地方貯金局 など ・・・

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10.   ここは昆布専門店 「 利尻屋みのや不老館 」

北前船が運んだニシンと昆布、 その利尻の昆布についての

見たことも聞いたこともないようなキャッチフレーズにつられ


私はつい ふらふらっと 店に入った。

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11.   ” 楊貴妃は昆布を食べて見初められ ”

” 七日食べたら鏡をごらん ” ” お父さん預かります ”


三番目は お母さんが買い物してるあいだ お父さんに

お茶を飲ませて預かりますよ、 という意味らしい。



さて、美人になりそうなキャッチコピーに 昆布好きな私

しっかりお土産を買い込んだ。       そして

七日後に鏡を見たけれど う~ん綺麗になったかなあ・・

 


ポリ袋を見たら  ” 小樽 ホラ吹き昆布館 ” と

ちゃんと予防線が張ってありました~ !

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12.   街角に 何やらワン公の銅像が立っていた。

台座の説明によると 彼の名は 「 消防犬ぶん公 」。



彼は焼け跡で消防署員に拾われ 大事に育てられた。

以後 署員と生活を共にし 火事があると消防自動車に

一番に飛び乗り 現場に着くと ホースのもつれを直したり、

野次馬を追い払ったりした。

彼の出動回数は やがて1000回を越えたのだ !
 

小樽の市民から熱烈に愛されたのは元より、ラジオ・新聞で

伝えられ 全国的にも大人気だったと言う。

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13.   しかし、昭和13年2月3日 ぶん公は

悲しみに暮れる署員の胸に抱かれて 24歳で亡くなった。 

葬儀は消防組葬として行われ 多くの市民がつめかけた。


彼は剥製となって 生前の姿を留めているが 

絵本の中でも  変わらぬ消防活動を続けている。

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同じく銅像になった渋谷のハチ公は 亡き主人を10年間

駅で待ち続け 昭和10年に亡くなった。


古き佳き時代のワン公たちの物語だ。 

 


これからも 渋谷のハチ公や小樽のぶん公みたく

気骨あるワン公の話は 聞かれるだろうか ・・・

 

 

 

 

*    *    *    *    *

 

2019年12月13日 (金)

小樽運河 武骨な倉庫群がロマンチックな名所になった!


01.        彼らが眺めているのは ・・・

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02.   そう、小樽と言えば 「 小樽運河 」。


この運河は 1923年(大正12年)に、 沖合いで

荷揚げした艀(はしけ)が 直接倉庫の近くに行けるよう

海岸の沖合を埋め立てて建設されたものだ。

 


全長1、140m 南運河と北運河に分かれていて、

有名な倉庫群は 南運河沿いに並んでいる。

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03.    南運河の 「 浅草橋 」 付近は 

主に外国からの観光客で 大賑わい !

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04.    こういう写真を撮るのはたいてい外国のお客様。

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05.   彼らのバックには 赤い蔦が美しい「 渋澤倉庫 」 

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06.  さて、私も約40分の運河クルーズを体験してみた。


中央橋から乗り込んで すぐに広々した小樽港に出る。 

鰊産業などが華やかな時代   函館 江差と並んで 

さぞ多くの船舶が出入りしたことだろう。

 
比較的波が穏やかな良港とされ 今は第一管区海上保安本部が

置かれ、 青いラインの巡視船や警察の船も停泊している。

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07.  遊歩道設置で幅20mまで埋め立てられた南運河に対し

北運河は本来の40m幅を保っており、 昔ながらの建物や

多くの船が係留され 観光的でない小樽運河の姿を留めている。

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08.  最後に観光の目玉 倉庫のある南運河をひとめぐり。



木組みの家々や館が並び 美しい花々や樹木と白鳥の運河、

国の内外で 様々な 魅力あふれた運河を見て来たあとで、

小樽運河の魅力を 私は正直いまいち掴みきれなかった ・・


もともとここは 美観地区でなく ’武骨な倉庫群 ’ だった、

ということを 私は忘れていたかも知れない !

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09.  その倉庫群は今や 主に食堂・土産物屋になっていて  

運河の反対側、建物の入り口は 結構魅力的な佇まいだった。 

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10.  建物に沿ってメニューの写真が並び どこを選んで

良いのやら分からず、 結局はベタながら小樽運河食堂へ。

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11.   内部はレトロな昭和の町のようになっていて

ビヤホールや食堂が幾つか並んでいた。

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12.    結局は海鮮丼を。   一見豪華そうだけれど、

お澄ましも香の物も付かず 醤油小皿がポツンと 愛想無し。


店員さんも無愛想で面倒臭げで、 ココロが感じられない。

おまけに 隣の店と

客の列が店先を邪魔するとかナントカで 口喧嘩 ・・

 

365日 毎日まいにち 観光客が詰めかけたら きっと

こうなのだろうナ。  本来 小樽には美味しいものが

あふれているはずだ。   ちゃんと調べるべきだったかも・・

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13.  倉庫前の遊歩道には 艀で倉庫に荷上げ下ろしする

当時の様子を描いたパネルが 何枚か嵌め込まれていた。




戦後になると港に埠頭が整備されて 運河は使命を終える。


そこで 運河を埋め立てて 街を整備しようとする派と

小樽の昔からの景観を守ろうとする派の 論議が長く続いた。

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結局 運河の幅の半分を埋立てて道路とし、 残りを

ガス灯付きの遊歩道とすることで 昭和61年に決着。





今日 運河を中心とした ロマンチックな

「 小樽歴史景観区域 」 が編成されなかったら

小樽はこれほど人気の街にはならなかっただろう。


有名なご当地歌謡曲も生まれなかっただろう。。。

 

 

 


*    *    *    *    *

2019年12月 6日 (金)

小樽・ニシン御殿 石狩挽歌・あれからニシンは何処へ行ったやら♪


01.   北の日本海沿岸に押し寄せたニシンの群れは

 
明治時代から昭和中期まで 

留萌・小樽など北海道の水産業を支えてきた。



出稼ぎのやん衆達が海から引き上げた 大漁のニシンが

浜を覆い尽くし、 作業する者もニシンの山に埋ずもれた。

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02. ところが 鰊の魚群は昭和29年に ぱったり消滅する。


それまでの地域の繁栄を偲ばせる 「鰊御殿」が小樽市の北部

の岬に建っている。   明治30年 泊村に建てられた館が 

昭和33年小樽市に寄贈され 現在地に移築復元されたもの。

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03. 写真の白い矢印の先 白い灯台の下に鰊御殿はある。


春先の3~4か月だけのニシン漁で 1年分の生活費が稼げ、 

例えば大正3年頃のある網元の漁場からは 7500トンもの

水揚げ (現在の約25億円に相当) があったと言うから、


ニシン漁はまさに金の成る木、 

沿海地域 そして北海道にとっての花形産業だった。

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04.    御殿の中は広い畳敷き。   当時は

板間 畳間などに区切られて、 様々な用途に使われていた。 

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05.   ニシン漁やニシン加工に使われた道具、

番屋で寝泊まりした人々の生活用具、 

当時の盛況を伝える写真などが展示されていた。 

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06.  観光客 が大漁羽織を試着するコーナーもある。 

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07.   さて、鰊御殿は 大金持ちの網元が 遠来より

一流の棟梁たちを招き寄せ 敷地に住まわせて建てさせた。 

 


出稼ぎやん衆が寝泊まりする単なる番屋とは違い、 

豪雪や風雨に強いのは元より、 本州から取り寄せた檜や 

木目の美しいケヤキ・タモ材が使われ、 廊下は漆塗り、

透かし彫りの欄間まで設わる豪華な木造建築、

そういうものが ”御殿” と呼ばれた。



写真のような 希少な長材も 紛れもない御殿の証しだ。

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08.     1階は 主に作業 ・ 加工場、 

2、3階は漁夫たちの寝室、 中2階には女中部屋があった。

 


魚を扱う作業場は 相当な臭いが漂うため、 次第に

主人たちは別棟に暮らすようになり、 作業場とは無縁の

さらに豪華な別邸御殿も あちこちに建てられた。



小樽市内には 現在料亭として活用されている
 
有形文化財指定の 旧青山別邸・小樽貴賓館もある。

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09   因みに 鰊は食料として珍重されたのは当然だが

冷蔵庫など無い時代、  内臓を取って干した身欠き鰊や

肥料としての 鰊粕(にしんかす)こそが 稼ぎ頭だった。

 


日本海航路を行き交った かの有名な 「北前船」が

北海道から運んだ 昆布や身欠き鰊・鰊粕などは

全国各地で引く手数多、仕入れ値の5~10倍で売れた !

 


昆布は 関西のだし文化を生み、

鰊肥料は みかん・綿花などを育てた。

 


特に大阪・河内での綿花栽培は 肥料のお陰で 

柔軟性と吸湿性に富む優れた木綿を作り出し、 羊毛を

産出しなかった日本の衣類・寝具に革命を起こした。

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10.  さて、水温の変化とか乱獲とか 原因はさて置き、

昭和29年を境に 鰊の群れはパタリとやって来なくなった。

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11.  鰊御殿の建つ高島岬の断崖が 海に伸びている。


私が 北アイルランドの最北でようやく目にした 「柱状節理」、

思いがけず北海道でも 6角柱の節理群に会えた ・・

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12.  ところで話は変わるが、 上の高島岬を 西へ

数キロ行った海岸に 「 オタモイ遊園地・料亭竜宮閣 」

という大人気のリゾート施設が 大昔 あったと言う。

 


昭和初期に開業したこの施設、 一時休業が明け再開する前日

昭和27年の大火により全焼、 わずか17年の営業で廃園、

劇的な消滅を遂げたのだ。 今はトンネルなどが残るだけ・・

 


「 オタモイ 」 は鰊漁産業の盛況と共に生まれた。

そして、

鰊漁で繁栄の絶頂にあった小樽の海岸から 鰊の魚群が

突然消え去ったのと ほぼ時を同じくして

「 オモタイ 」 も人気絶頂時にこの世から忽然と消えた。


兵どもが夢の跡、 切ない話ではある ・・

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13.   実は この ”オタモイ御殿 ”

昔のヒット曲 「石狩挽歌」 の歌詞に出ている。 

今回ブログを書くついでに 私は石狩挽歌を聞いてみた。

” あれから ニシンはどこへ行ったやら ・・・ ”

 


情緒豊かな旋律、  生活や歴史を想起させる歌詞、

日本人好みの侘び寂びに満ちた 想像以上に良い歌だった。

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因みに   本家・北原ミレイの 

野太く投げやりな歌い方も捨てがたいが、


若い頃の 矢代亜紀の歌は絶品だ。 

矢代亜紀ってこんなに歌が上手い って 初めて知った !

 

 

 


*    *    *    *    *

 

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