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2019年4月26日 (金)

山形・ 生きたまま穴に入り即身仏となる 究極の衆生救済

 

「 即身仏 」 は今日でもなお全国に18体 うち山形県に6体

おられるそうだ。  即身仏は仏教上の難行苦行の究極的な完成形で、

人々に代わり 生きたまま穴に入りそのまま仏になるというものだ。






01.     10年前 私は 山県県庄内地方で 即身仏がおられる

2つの寺を訪ねた。   ひとつ目は 「 湯殿山 瀧水寺大日坊 」


その年は 寺に祀られている 即身仏・真如海上人 (1687~1783年) 

の たまたま6年に一度の衣替えの年に当った。


寺付近に 知らない人が見たらギョッとするようなポスターが貼られていた。

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02.      鶴岡市大網入道、  田植えを待つ水田、

楚々とした花々が 東北の片田舎の 遅い春を彩っている。


生き仏様を祀るに相応しい 控えめな静けさだった ・・・

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03.     鎌倉時代に建立された 国内最古の仁王門の左右には

風神雷神像が 安置されていたはずだが、 

奉納わらじの束に見とれて  肝心のものを見逃してしまった。


大日坊は、  春日局が 徳川家光の安寧と武運を祈って帰依した寺で

徳川家とゆかりの深い塔や宝物を有し  寺の格付けに寄与している。

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04.    そもそも即身仏とは 江戸時代初期以降、 飢饉や病に苦しむ

農民庶民の悩みを 代行で救うため    千日の山籠もりなどの難行苦行の末 

最終的に自らの足で入定( 穴に入る )し  文字通り生ける仏となった僧侶を指す。



今日は法律で禁じられてはいるが 真似のできる人はいるだろうか ・・・

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05.      5年程前だったろうか、  休暇と 有り金の全てを

日本旅行に捧げているフランス人の友から この寺について尋ねられ、 

答えに四苦八苦した思い出がある。


最近はミシュランガイドで紹介され、  外国語版ホームページも充実し

多くの外人さんが押し寄せ易くなったのではないかと 想像する。

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                      (  ホームページから  )







06.      即身仏真如海上人の衣替は 6年に一度行われるが

脱いだ御衣は細かく切られ  御守りの中に入れて人々に提供される。



この日は 即身仏の成り立ちなど お坊さんのかなり丁寧な講和の後 

衣替えの年でもあり お守りを受けるよう (もちろん有料) 勧められた。
 

私はかなり迷ったが 粗末に扱い失くしでもしたら大変と、 遠慮した。 

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               ( 衣替えの様子は ホームページから )




 

07.      講話によると  即身仏になる為には 木食修行なる厳しい勤行

つまり   ” まず 米・麦・豆・ヒエ・粟などの穀類を絶ち、 

山中にて木の実や山草だけを食べ 肉体の脂肪分を落とす。      そして 

生きているうちから即身仏に近い状態の体を 10年程かけて作り上げる。 ”  

という修行を 実行しなければならないのだ。



1~2週間の 断食ダイエットとは全く別物だし、

酒池肉林の!? 我々の体では あっと言う間に腐り果てるだろう ・・

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08.    次は いよいよ 土中入定( にゅうじょう )だ。 命の限界が近いと

悟ると お上人は深さ約3mに掘ったたて穴の木箱 (約60X80cm) に 

自ら歩いて入り、    空気棒のみを残し箱は土で埋められる。 

僧は鈴を鳴らし お経を読み続け、  人々は鈴の音を確かめる ・・



やがて 死後3年3ヶ月後に掘り起こされ、 いくつかの処置と乾燥を経て

即身仏として安置されるのだ。

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09.    二つ目のお寺は 鉄門海上人 ( 1759~1829年) を

祀った 「 湯殿山 注連寺 」。

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10.     逸話に残る立派な行者は多々おれど  鉄門海という人は 

修行僧の中の修行僧、 正に ’ 行者の神様 ’ なのだそうだ。  

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11.     実際は 鉄門海上人は生きたままの土中入定に失敗している。

布団の上で絶命したあと 信徒たちによって穴に運ばれ即身仏になったのだ。



しかし 彼の70年にわたる生き様そのものが 心身ともに既に即身仏

そのものだったが故に、 人々は何のわだかまりもなく 彼の遺体をかかえ

入定せしめたのだ。


その詳細は  NHK歴史秘話ヒストリア ”オレは即身仏になる!” の

You Tube版で見ることが出来る。

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(  ミシュランで取り上げられた天井画など 写真はホームページから  )

 





12.     ところで 訪ねた日 寺には誰もおらず、 大声で挨拶したら 

奥からおばさんが出て来た。 そして電気を付けると 祭壇にではなく 

直接 即身仏の方へ案内してくれた。


ご本尊へのお参りより 即身仏に会いに来た!? と 見抜かれた ・・

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               ( 注連寺の木彫もかなり貴重な文化財だ )






13.       さて この地域に 即身仏の風習が根付いたのは

当然 出羽三山への深い信仰があったからではあるが、  同時に


東北の豪雪や冷害などの自然条件 病気や貧困など 人々を虐げる

要因が 厳しければ厳しいほど  その衆生救済の道も 自ずと究極へ

突き進むことになったから と言えると思う。

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ヨーロッパでも 多くのミイラ聖人に出会ったが 

いずれも死後の処置であり、  生きたまま自ら穴に入る

即身仏の世界には ただ驚嘆するばかりだった !



 

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コメント

bellaさん、こんばんは(^o^)/!
即身仏・・・、聞いたことはありますが、そのようなことを実行された方が本当にいること自体、スゴイことだと思います。自らの命を捨て仏になる喜びがあったのでしょう・・・と、私が言うことではありませんね (^_^;;アセッ!
日本国内にある即身仏18体のうち6体が山形県にあるとは、やはり出羽三山の信仰によるものでしょうか?詳しくは全く知らないのですが、出羽三山と聞きますと山伏や修行と言った言葉を思い浮かべます。
現代では法律で禁じられているそうですが、ある意味「自殺行為」ですから、それも納得できます。しかしほんの数百年前、科学が発達していない時代、人々を救済するために難行苦行の末自ら命を絶った人もいること、忘れてはならない事実なのでしょうね。

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