« 最古の大学都市「サラマンカ」、美しきマヨル広場・話題の宝庫 | トップページ | 「セゴビア」 ローマの水道橋・仔豚の丸焼き料理屋に入店 »

2018年11月16日 (金)

「死者の谷・ロスカイドス」 たまにはスペインの影を踏んでみて!


スペインと言えば 燦々と光り輝く陽光、 フラメンコと闘牛など

明るい観光立国をイメージする。         しかし、

その光が強ければ強いほど その影は深く暗いもの。   



今回訪れたのは 死者の谷と呼ばれる内戦のメモリアル大聖堂。






01.    マドリッドの北西およそ50km、 グアダラーマ山系の只中

’ 死者の谷 ロスカイドス Valle de los Caidos ’ に 

スペイン内戦の死者の鎮魂のため建設された巨大バシリカがある。

01

                              ( 絵葉書から )






02.     「スペイン内戦」 は1936年に勃発。


左の人民戦線共和派には マドリード カタルーニャ バレンシアなどの

工業地帯の市民 知識人 労働者 共産主義者 アナーキストが含まれ、


右のナショナリスタ派には アンダルシア カスティーリャ ガリシアなどの

保守的地盤を代表する大地主 カトリック組織 そして 軍部が含まれた。

02

               (  雪山が連なる高原地帯を走ってバシリカに向かう。 )







03.      2年8ヶ月にわたった悲惨極まりない内戦は  

ファシスト軍が主力だったフランコ将軍が率いる右派が 素人の即席部隊・

人民戦線を形成した左派を圧倒し、 1939年 勝利のうちに終結した。

03

              ( やがて 巨大なバシリカが 遥か彼方に姿を現した。 )







04.      バシリカに到着したが、 馬鹿デカくて 1枚の写真には

とても収まらない!   1940年~1958年に 岩山をくりぬいて

建造されたこの岩窟聖堂の奥行きは262mもある。
 

因みに 世界最大級のバチカンのサンピエトロ寺院が 211m。 
 

山上に建つ十字架も高さ150mという とてつもない大きさだ !

04








05.      さて ここからは 不本意ながら ウイキペディアや他の

現地サイトからお借りした写真です。     
 

長らく種々の激しいテロが続いたスペインであるし、 左派・右派の怨念が

未だ漂うこのバシリカ、   入り口では 飛行機搭乗と同じく X線による

ものものしく厳しい身体検査が行われ 写真などもっての外だった。 



私も普段の聖堂巡りとは一味違う緊張感に襲われたものでした。

05








06.    この内戦では およそ60万前後の死者が出たと推定されている。 


このうち 戦闘による死者が 10万から15万、  それに対して

テロや処刑による死者が 30万から40万人にのぼるという異常さ。


フランコ側・右派によって牢獄や強制収用所に入れられた者の数も

200万人以上といわれている。

06








07.     同じ国の同胞が殺しあった 悲惨且つ壮絶な記憶は

今日のスペイン人の心に どれほど深い傷跡を残していることだろうか。

07

                                               (  右下は フランコ将軍の墓 )







08.     ところで 当初他国は内政不干渉を標榜していたが、
 

ヒットラーとムッソリーニが やがて公然と武力干渉、  内戦の最中

1937年4月26日、 スペインバスク地方の小都市 「 ゲルニカ 」 を 

ナチスドイツが 前触れもなく無差別に空爆してしまう。



パリでこの報を聞いたピカソが、  かねて人民戦線政府より依頼

されていた パリ万国博覧会スペイン館の壁画として

急遽 その爆撃を主題に描き上げたのが この有名な 「 ゲルニカ 」 だ。

08

                                        ( フランコ将軍の葬式 )







09.      さて、 ここには 戦闘による兵士と市民の4万余の遺骨が

敵味方を問わず収められているのだが、 なんとフランコ将軍自身の遺体も

1975年 堂内に収められた。 



内戦終了後 権力を手にした独裁者フランコが、 傷ついた国民を癒し 

敵味方に分かれた国民の精神的融和を図るという 政治的意図での

’ 合祀 ’ だが 


これほどまで巨大なバシリカだ。  フランコ自身の権威と業績を

後世にも伝えたいという 個人的な思惑もあったに違いない。

09

 






10.       聖堂の外に出て やっと一枚写真が撮れた。

ここに祀られているのは 右派だろうか、 左派だろうか、、

10








11.      フランコは実権を握って以降 ” 歴史上誰よりも多くの、

社会のありとあらゆる分野に 権力を介入させた独裁者 ” となった。
 

彼を称賛する人もいただろうし、 彼を憎み嫌う人たちもいただろう。


取りあえず 加害者たる独裁者と同じ聖堂に祀られたくないと感じる人々も

多かったに違いない。 

11

 

2018年 戦争犠牲者からフランコを切り離すため

フランコの遺骨を掘り出す法案が可決されたと言う。




本当にそれが実行されるのかどうか 気にかかるところだ 、、、






眩く明るいスペイン観光ばかりでなく、  たまには こんなふうに


スペインの影を踏んでみることも 必要かも知れない。








゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

« 最古の大学都市「サラマンカ」、美しきマヨル広場・話題の宝庫 | トップページ | 「セゴビア」 ローマの水道橋・仔豚の丸焼き料理屋に入店 »

スペイン マドリッド・セゴビア・アビラ・サラマンカ」カテゴリの記事

コメント

bellaさん、こんばんは
明るくて情熱的な国というイメージのスペイン、その国の影の部分を垣間見させていただいた気分です。
スペインも近年、そのような内戦があったのですか?!全く知りませんでした。そういえば、カタルーニャがスペインからの独立運動をしていませんか?
それにしても馬鹿デカい十字架ですネェ !巨大バシリカというのですか?!最初の絵葉書を見た瞬間、「デカッ!」って思いましたヨ !聖堂の中はあのバシリカが立つ岩山を削った洞窟なのでしょうか?それとも元々洞窟があってそれを利用したのでしょうか?
内戦による戦死者よりも処刑された人のほうが多いとは・・・!フランコ将軍については名前しか知らないのですが、しかし今さら”遺骨を掘り出す法案”が可決されるって・・・?
今夜も楽しいスペイン・バーチャル旅行、ありがとうございました

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 最古の大学都市「サラマンカ」、美しきマヨル広場・話題の宝庫 | トップページ | 「セゴビア」 ローマの水道橋・仔豚の丸焼き料理屋に入店 »

2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー

リンク先

フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック