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2018年2月

2018年2月23日 (金)

「ナザレ」聖母マリア断崖の奇跡・巨大波サーフィン世界記録はナザレで 

 
  • ポルトガルの小さな漁村、ナザレには 崖の上と下とに街がある。


    今回は 崖の上の旧市街 オ・シーティオ地区を見てみよう。






    01.     海岸部のア・プライア地区から ケーブルカーが登り出した。


    両脇のアロエの茂みが南国的だ。 ナザレの緯度は 日本の秋田付近と

    同じだが、 ポルトガルには大西洋の暖流が流れている。

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    02.     広場では 早速 民族衣装のナッツ売りを見つけた。


    試食してみて、と 一つまみのピスタチオを渡された。

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    03.     広場の脇にあるのが 「 ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会 

    Igreja Nossa Senhora da Nazare 1377年建立、 現在のは17世紀 」



    ナザレという地名は 8世紀 ロマノという僧がガリラヤのナザレから 

    マリア像を携えてやって来たことに由来する。

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    04.      崖から望む 素晴らしいコスタ・デ・プラタ (銀海岸) 風景

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    05.     打ち寄せる波が織りなす 繊細な 白いレース模様 ・・



    ところで ガリラヤの僧が持ってきたマリア像は 崖の洞窟の中に隠され、

    468年後、 12世紀に羊飼い達に発見される。  すると ある奇跡が

    起き、 それによってこの地は聖地として一躍有名になった。

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    06.   『 1182年のある霧の朝、 ある城主が馬に乗って狩をしていた時、

      追っていた獲物の鹿が 岬の端でハタと姿を消す。 不意を食らった馬は 

    後ろ足のみで断崖で踏ん張るが 前足はすでに空を切る。 眼下の大海原に

    落ちんとしたまさにその時、 聖母マリアが現れ 馬を押し返した。 』



    九死に一生を得た城主は その加護に感謝して礼拝堂を建てたという。


    その 小さな礼拝堂の内部はアズレージョタイルで装飾されていた ・・

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    07.        「 メモリア礼拝堂 Capela da Memoria 」


    内部にイエスに乳を与えるマリア像があり、 外壁のアズレージョタイルには

      崖から落ちんとする騎馬を マリアが救う場面が描かれている。

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    08.     聖母マリアの奇跡、 その場面が目に浮かぶような断崖だ ・・

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    09.     聖母マリアの奇跡の後 巡礼者たちが押し寄せるようになり

    ナザレ村は大きく発展し 03.の 教会が建てられるほどになった訳だ。


    巡礼者の中には あの ヴァスコ・ダ・ガマもいたと言う。

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    10.      ナザレの女は働き者と定評があるが、  この老婦人も

    せっせとお客の対応に余念がなかった。

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    11.      一方 ナザレの男たち、 展望台で悠々と海を眺め

    話に興じていた。     飼い犬たちも オスに違いない !?

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    12.      さて 話は変わるが、 この青く輝く穏やかなナザレの海に

    冬場 巨大波が出現し、 冒険サーフィンのメッカとなることは 

    あまり知られてないかもしれない。



    2017年の1月、 Benjamin Sanchis というフランス人サーファーは ハワイで

    大きな波を待っていた。 しかし、 数日中にポルトガルのナザレで巨大波が起きる

    と言う天候予測をキャッチ、 急遽ポルトガルに向けて飛行機に乗り込んだ。 




    乗り換えなどで 2日間ろくに眠れないまま 何とかナザレにやって来た彼は 

    1月18日木曜日、彼のサーファー人生一の 25mの巨大波を制覇したのだ !

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    13.     その時の様子を伝える画像・動画などが ネットで紹介されている。


    見物人たちは 断崖の突端、今は灯台が立つ17世紀のサン・ミゲル要塞に

    集まった。  1月のこととて 皆冬服だ。



    因みに 2011年11月に 伝説のアメリカ人 Garrett McNamaraが 

    マークした当時の世界記録23.77mも ここナザレの大波がもたらしたものだ。

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    ’Ouest France ’ の情報記事は  『  65歳のパラシュート退役軍人は 

    見るだけでアドレナリンが身体じゅうに充満する、 彼は狂気のサーファーだ !


    69歳の漁師は この四分の一の高さの波だって 自分なら船を出さない、 

    彼は向こう見ずなヤツだと言うしかない。   しかし、

    彼のお蔭で ナザレは有名になったけどね ・・ 』  などと伝えている。





    ナザレで 巨大波が発生するのは10月から2月頃とされている。


    興味のある方はお出かけしては ・・  



    サーファーとしてか、 見物人としてか はお任せしますが !








    ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
       

2018年2月16日 (金)

ポルトガル 「ナザレの女」 何ともエキゾチック!


ポルトガルの 「 ナザレ Nazare 」 は 大西洋に面した 人気の観光地で、 

夏はビーチにパラソルの花が咲く。



しかし、今日でもなお伝統的な衣服で身を包む漁師の妻たちの 

エキゾチックな姿が 何と言っても ナザレの代名詞と言えるだろう。







01.     街角で普通に出会う ’ ナザレの女 ’。


スカーフで頭部を覆い 肩掛けを巻き、 7枚重ねのフランネルの

短めのスカートをはき、  金色の刺繍をほどこしたエプロンを巻き、

ハイソックスに突っ掛けで歩く。  丸っこくて印象的なシルエットだ。

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                           (  時期は 10月末  )






02.   コスタ・デ・プラタ (銀海岸) に面した海岸部がア・プライア地区、

崖の上の旧市街地区がオ・シーティオと呼ばれている。



季節によっては ここでアジなどの干物が干されたり    

海水浴客のデッキチェアや休憩小屋が びっしり建ち並ぶ。

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03.     若いジーパン姿の女性と 民族衣装のおばさん達が行き交う、


日常の街角風景だ ・・

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04.    全身黒ずくめは未亡人だが、 そうでなくとも地味な色合いだ。


スカートを重ね着するのは、 もともと 漁に出た夫が帰る7日前から 

1枚づつ脱いでいく という意味があるらしいが、   実質的には


寒い海風から 足腰を守る為ではないだろうか ・・

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05.     観光客相手やお祭り時の華やかな装いと違い 彼女らの

ありのままの日常の姿が見られて感慨深かった。    


また  ナザレが世界中に知られるようになった新しい時代でも

守るべきものを守る ファッションの古臭さにも 心惹かれた。

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06.      中央市場 ( メルカード Mercado Municipal ) は 

まだ 朝の開店準備中だったが 一回りしてみた。

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07.      売り手は殆ど女性たち。  夫が漁に出たあと 

商売と生活の全てを取り仕切るのが 働き者・ナザレの女だ。

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08.     一見恐そうに見えたおばちゃんだったが、 魚を持ってポーズを

取ってくれた。   そして去り際 私に ” リンダ ! ” と声をかけた。

歌の文句ではない。  綺麗、という意味だ。   



そんなバナナと、 どこかからクレームが出るに違いないが、 

怖そうなおばちゃんが発した意外な一言が 旅の土産となった ・・

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09.    さて、 男たちは 街角のあちこちで こうしてたむろしていた。


犬たちも自由気ままだった。

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10.       「 マヌエル・デ・アリアガ広場 」 に面したホテルに一泊。

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11.      夕食は街なかのレストランで ’ アローシュ・デ・マリシュコ ’

を食べた。  イカ、アサリ、カニ、白味魚など シーフード入りのリゾットだ。



隣り合ったのはドイツ人、  彼らから声を掛けてきた。

電子機器の会社の同僚、 ナザレで3日間、研究会があるとか・・

若い人は別として 日本人に興味を持つ西洋人は 誠に珍しい。



男性同士で年齢の当てっこをした後 ( エチケット上 私は除外! ) 

メアドを聞いて来た。    ” こうして 交換しても メール書くことって

ないですよね~ ”  などと つぶやきながら ・・    



因みに 手前の彼は55歳でした ~

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12.       大西洋の砂浜に面したア・プライア地区の北側に

岸壁がそそり立ち、 そこにオ・シーティオ地区がある。



翌朝 ケーブルカーに乗って 上の町に行くことにした。

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13.      1889年に造られたケーブルカーは 1989年に

百年祭を迎えました、 というプレートが貼られていた。 



青いポルトガルの海、赤い屋根と白い壁に輝くナザレの漁村は


果たして どのように見えるだろうか・・!

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幾重にも重ねたスカートと 手編みの肩掛けをまとった ’ ナザレの女達 ’

もたくさん乗り込んで来た。   生活に根差したケーブルカーだ。




観光客も来なかった百年以上前から 動いていたのだから ! 









○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*
   

2018年2月 9日 (金)

今日の絵画 「 晩夏 」 油彩

 


寒さも今がピークですが、 


今日の絵画は ひまわりが枯れる頃 「 晩夏 」




人の人生にも 何度か晩夏が訪れることでしょう。



Photo

 









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・・
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆    

2018年2月 2日 (金)

「ポルトガル・トマール」 騎士団の修道院・ポルトガルでユーカリの話


「 トマール Tomar 」 は ポルトガルの地図上ちょうど真ん中辺りにあり、

世界遺産登録のキリスト教修道院など 有名な歴史遺産を多々有している。



そんな中、 とりわけ ナバオン川の清らかな風景が魅力的だった。 







01.   ローマ時代からこのナバオン川を礎として発展して来た街だが、 

近代では川の水利を活かして 織物 製紙 鋳造 ガラス 絹 石鹸

などの工業が盛んだった。     



しかし、人口4万人ほどの小都市でもある

トマールは 世界遺産登録後は 観光産業が主となっているようだ。

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02.     街の高台に 「 トマール城 」 がそびえている。


中世時代 殆どの住民は この要塞城壁の内側で暮らしていた。

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03.     城壁は12世紀頃築かれた。 城内では急な登り坂が続くが

プチ・トランも利用できる。     子供たちが丁度帰るところだった。

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04.     「 キリスト教修道院の円堂 Convento de Cristo em Tomar 」

外観は16角形で 鐘楼もあるが、 内部は8角形という構造になっている。



もともと城塞として造られた建物だが  地下には修道院や回廊があり 

いわば教会でもある。    領地や財力を持ったキリスト教騎士団が

軍事と信仰を表裏一体となし、まるで国のような勢力誇った時代が見て取れる。

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05.     古くはエルサレムに遠征した十字軍に始まる騎士団だが、


ここでは 14Cのテンプル騎士団、  15C大航海時代のエンリケ航海王子

15C末のマヌエル一世などが率いた騎士団、  それぞれが増築・建設した

目を見張るような美しく壮大な構造物が 内部で複雑に絡み合っている。

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06.      城壁からの遠望も清々しく  深緑の糸杉や松林が美しい。

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07.      駐車場での露店。   バスの運転手さんもぶらりと・・


ヨーロッパの果物はだいたい見栄えが良くない。  日本では 果物は美しく 

甘く 美味しそうでないと市場でモテない。   それが普通だと思いきや


そんなことはない。   善し悪しは別として 日本人の繊細な感性や 

外見をおもんぱかる価値観、  改良の研究熱心さは格別だと思う。

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  • 08.      キリスト教修道院の西側の風景。  


    マヌエル様式の丸窓が見える。  オリーブの木が銀緑に輝いている。

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    09.      さて 「 トマールの水道橋 Pegoes Aqueduct 」 も有名だ。 


    12世紀頃 水を送るため 修道院建設と同調して造られたと言う。

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    10.     エンリケ航海王子の治水事業を受けた 全長66kmの

    ナバオン川。     豊かな水量が かつては流域の工場群を潤したが


    現在は 街の中心で どれほど市民の心を癒していることだろうか ・・

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    11.       鳥たちの楽園でもある ・・

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    12.     街を出ると ポルトガルでは だいたいすぐに田舎となり

    ロバの 辺りを憚らない大音量の鳴き声が 野原に響き渡ることもある。



    そして 県道や高速道路の両側には 延々とユーカリ林が続く。



    驚くことに ポルトガルではここ数十年 オーストラリアなどから輸入された

    ユーカリの木が多く栽培されている。    ユーカリは 成長が物凄く速く 

    パルプ、 特にトイレットペーパーなどの製紙業にピッタリの植物なのだ。

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    13.    しかし ユーカリは土地から多くの水分を吸い上げてしまうし、

    葉に油分が多いので ちょっとした摩擦で燃えたり 

    落雷によっても 山火事が起きやすい。       しかも



    ユーカリが植えてあった土地で 数年間は他の木が育ちにくく

    一旦持ち込まれた新種の動物の駆除が難しいのと同じような

    厄介な問題をはらんでいる。

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    しかし、 他国の産業政策に何をか言わんやだ。 


    日本だって言われたくないこともある。




    64名もの死者が出たという 昨年6月のポルトガル中部の山火事も、

    そこかしこで バサバサと枝を伸ばすユーカリの風景を思い出しながら 


    ニュースに耳を傾けた私でした。。。    









    ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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