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2018年1月19日 (金)

「ポルトガル・モンサント」 奇観!巨岩住居・ レストランでの話!


「 モンサント Monsanto 」 は ポルトガルの東部、スペインとの国境近くの

山岳地帯、   丸い巨岩がゴロゴロと重なる山腹にある小村だ。



鷹の巣城とも言える古城遺跡を山頂に抱く 不思議な景観を見せている。






01.    この山は 先史時代より 聖なる場所としてあがめられていたが、

巨岩を友とした このような家に 12世以来人々が住み始めたと言う。 


石への信仰を思わせる石の十字架もあった。  



モンサントは ’ 最もポルトガルらしい村 ’ の称号を得てはいるものの

ポルトガルの中で 最も奇異で 又とない特別な村と呼べるだろう。

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02.     最寄りの都市 カステロ・ブランコから 東に50kmほど山間に入る

のだが、 幾つもの丘を 越えても越えてもなおたどり着けない辺境の地だった。


徐々に道は細くなるが、 途中 原子力発電の冷却炉と思われるものがあった。 


どれ程人里離れているか 想像に難くないだろう ・・

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                                 ( モンサントは 岩山の標高758mに位置している )






03.    夕方到着したが 10月末はもうオフ・シーズンだ。  昼はともかく、 

夜 営業するレストランは一軒のみ。  入口は2つの巨石に挟まれていた。

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04.     お腹を空かせて入ったレストランは 家族経営で、 その夜は

若い青年がマスターだった。    地元のおじさん達が飲んでいた。



壁のそこここに 巨岩が突き出ていて、  余白にに文字が書かれていた。


例えば カステロ・ブランコからモンサントに移り住んだ詩人 アントニオ・

サルヴァドや  ポルトガルの作家 フェルナンド・ナモーラなどの詩が

書かれている。       文字は彼のおじさんが書いたそうだ。




後日 ポルトガル語ネイティヴの女性に 翻訳して、 と頼んだが 

難しい人生の詩、 とっても無理と 笑って逃げられた ・・・・

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05.    メニューに英訳は付いていたが ポルトガル料理の解釈に四苦八苦、

すると 一人の女性がブタ肉料理にしたらいいわよ、 とアドヴァイスをくれた。 



料理は垢抜けてはおらず、 リゾットやデザートのライスプディングには苦戦した。

しかし ハムやスープ 肉料理は美味しく 身体が温まった。

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06.    アドヴァイスをくれた女性は 毎晩ここにビールを飲みに来る。


もしかして 芸術家でいらっしゃる ? と、尋ねたら  よくわかったわね、と

驚いていた。    彼女はオランダから移り住んだ彫刻家だった。



ロダンの女性弟子 カミーユ・クローデルも 子供の頃から故郷近くの巨石群に

インスピレーションを感じていたというが、   この彫刻家にとっても 

モンサントの奇岩は大いなる芸術の友なのかもしれない。



デッサンしたいから写真を撮らせてと私が言ったら、 幾つもポーズを

取ってくれた。    さすがアーティスト、 話がさっと通じた !

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07.     満腹・ほっこりして 宿に帰ったが、  その夜 なんと部屋に

一切の暖房がなく 凍えるような夜を過ごすことになった・・・

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08.      宿のポサーダ (国営ホテル 写真上段) は 転げ落ちそうな

急勾配の道に面していたが 一応大通りだ。   山の上には古城廃墟がある。



そして どんな寒村でも例外がないように、  ここにも教会と薬局があった。 
 

恐らく ファーマシーは古来より 医者の代わりだったに違いない。

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09.          村を巡ってみよう ・・

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10.         今も残る 洞窟 Gruta 住居跡

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11.         ここも住居だ。

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12.    ところで、 残念ながら滞在中は とうとう霧が晴れず仕舞いだった。

いかにも観光地らしい 晴天の風光明媚なモンサント風景も素晴らしいが、 


霧に佇む巨岩家屋は ある意味ラッキーにも 一層不思議な魅力を湛えていた。



岩そのものへの信仰心と 不便さを含めた故郷への愛おしみから

そこを離れない老人たちの思いが 霧の間にまに伝わって来るようだった。

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13.     こちらは オフィシャルサイトが掲載している晴天のモンサント。

我々がディナーを食べたレストランだ。     趣きが相当違うが、


村の裾野にかけて 赤い屋根の普通の住居が広がるのもわかる。    

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どのような村や街にも オールドタウンとニュータウンが存在する。 


オールドタウンは たいてい完全な観光地化するが、    しかし 



モンサントは その辺鄙さゆえに 有史前の尊厳を保ったまま そこにあった。








                      つづく









★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
   

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コメント

bellaさん、こんばんは
ポルトガル・モンサント・・・もちろん初めて聞きました。
魅惑的な街(村?)ですね。とても興味惹かれます。
このような巨石や洞窟などをそのまま現代に生かして、
今もそしてこれからもずっと、残していくのでしょうね。
bellaさんのブログで、「行ってみたい」と思うところがいくつもありますが、
ここは本当に行ってみたいところです。
でも今の私の現状では、とても叶えられません
それでも、見知らぬ海外のバーチャル旅行、いつも楽しませていただいてます
次はどこかなぁ・・・

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