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2017年12月15日 (金)

古代水道橋「ポンデュガール」 フランスの子供達によい歴史教材!


  世界遺産 「 ポンデュガール Pont du Gard 」 は 古代ローマ帝国が

紀元前19年頃造り上げた 水道橋の傑作だ。  






01.      「 ニーム Nime 」 という街が発展し、 水需要も増大したため  

ユゼスの水源からニームへ約50km、 2000年以上も前 導水路が建設された。
 

その水路が ガルドン川を渡る部分に造られたのが この水道橋だ。

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02.     今日 有名な古代遺跡の多くには、 ちゃんと道路や駐車場があり

入口には厳重なゲート、 食堂や土産物屋 博物館なども整っている。 

ここには入場発券機もあった。

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03.     従って、 日本のTV番組で レポーターの女優がやっとの思いで

遺跡に到達し、 感激の涙をこぼす、 なんていう構成はもう古いかも知れない。

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04.      様々な年代のフランス人の子供たちが 代わり合ってやって来る。


6月はまだ夏休み前だが コロニー(林間学校)や 校外学習で来ているようだ。

こんな立派な歴史的教材が身近にあって 勉強に大いに役立つだろう ・・

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05.    ポンデュガールの長さは275m、 高さは49m。 


川床に6つのアーチを持つ下層、  11のアーチを持つ中層

35のアーチを持つ 水路のある上層 からなっている。


1日の流水量は約2万立方m、  平均斜度は1kmあたり24.6cm。

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06.     微妙な斜度と水路幅が計算され、 ローマ時代は清潔な飲料水が

600年ほど 順調に運ばれた。   が、4世紀以降はあまり手入れがなされず 


石灰質の堆積物がこびりつくようになり、  9世紀には使用不能となった。

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07.     しかし、使われなくなってからも 1000年以上経っているとは驚きだ。 
 

廃墟となることもなく 堂々たる勇姿を保ち続けてきたポンデュガールは

まさに 石の文化の凄さを物語るヒーローと言えるだろう !

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08.      橋の北側には 如何にも石灰質らしい白い岩が見える。

南側には水泳して楽しむ人々。   水遊びなどレジャー用のゲートは別にある。

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09.      橋で使われた巨大な切石はモルタル無しで空積みされている。   


特にアーチ部の石の組み方など ローマ人の知恵と業には驚かされるばかりだ。

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                                                   (  中層の柱の幅は4mある  )






10.      この辺りから最上層に行けるが、 いたずらや転落防止のため

ガイドツアーとなっている。  ツアー後 最上階通行証明書ももらえるのだが

今回は時間が合わず  残念ながら叶わなかった。 

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11.      ところで この地方には 古代橋や円形闘技場などがあるが、


古代人が自然と共存して暮らした痕跡、 小麦やブドウ オリーブを用いた

食文化の証しみたいなものも そこかしこで発見されるという。

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                                        (  上は ポンデュガールの街  )







12.       もう一度 北側から橋を眺めて 帰ることにした。


こちら側からは 三層の成り立ちがよく窺える。

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13.      ゲートから どんどん 新たな観光客が入って来る。  



駐車場で 流暢な日本語で日本の婦人方を案内するガイドさんがいた。 


大都市からワンデイトリップで車を出すガイドが 登録されているので

こういう旅の仕方も便利かも知れない。

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ポンデュガールを出た後、  近頃では珍しく ヒッチハイクする人たちがいた。   


その埃っぽい道路わきにも糸杉が立っていた。  やっぱり南仏だ ・・




水路がポンデュガールからニームに向かったように


私達も 一路ニームを目指した 。









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コメント

bellaさん、こんばんは
この見るからに頑丈そうに造られた三段の水道橋、
これがまさか紀元前に造られたものだとは・・・
そして使用不能になって1000年以上経った今も、
当時の姿そのまま残っているとは
構造的に物理や数学の知識が高いのと、ほとんど人力でしか作れない時代に、
これを建設した技術・・・、古代ローマ人の知識と技術に、ただただ驚くばかりです。
アーチ型に石を積む技術が2000年以上前にすでにあったことに、
本当に驚きました。
石に刻まれた文字や模様も当時のものなのかなぁ・・・?

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