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2017年12月

2017年12月22日 (金)

「古代遺跡の街ニーム」 タイヤがパンク!お陰で色んな人に会いました

 
南フランス 「 ニーム Nimes 」 は 古代ローマ時代からの都市で 


今なお 数多くの遺跡が残っており 現代の街角に溶け込んでいる。







01.     「 円形劇場 Arenes 2C 」   世界遺産に登録。


完全にぴったりと切り揃えられ、 組み立てられたアーチや回廊は

見事と言う他ない。      車が行き来する大通りに面していて

今なお闘牛やコンサートに使われている現役だ。

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02.       華やかな榎の並木の大通りの先、  そして広場に 

ローマ時代の門や神殿がひょっこり現れる。

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03.    「 メゾン・カレ Maison Carree 前16C 」  現在は美術館。


あらゆるローマ神殿の中で 最も完璧な保存状態で残っている。

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04.     一方、  街中では あちこちで道路工事が行われていた。

片側通行部でのすれ違い様、 女の子の鋭い視線が突き刺さった。



しかし、 この時突き刺さったのは 視線ばかりではなかった ・・・ !

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05.     高校 Lycee 前、 丁度学生たちの下校時だった。  日本なら

普通は 制服姿だけれど 自由な私服だなァ などと思っていると 、、、



我々の車の 多分タイヤから 何か異常な音が聞こえて来た。

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06.      取りあえず ガソリンスタンドに入った。  スタッフを探していると


このトラックの運転手夫婦が声をかけてくれた。

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07.      あの付近で突き刺さったのは ’視線’ と ’ビス’ だった !  


タイヤからビスを抜くと 空気も抜けた。   ジャッキで車体を上げる。

タイヤを外して スペアタイヤを付けた。  一つだけ特殊なビスが足りないと言う。


そこで 専門のガレージに行くことになり、 トラックマダムが地図を書いてくれた。



ニームでパンクして、、   トラック夫婦に助けられ、、 
 

異国でトラブる。  やっぱり 楽しいばかりが旅ではありません ~

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08.      さて、書いてくれた地図が実に大雑把。  

実はその後 ガレージを探し当てるまで 相当さ迷った。   

しかし  何とか閉店前に飛び込めて 本当にホッとした。



ガレージ・マダムは 凄いおしゃべり。  ビックリするほど早口でまくし立てた。


” 8月に スペインで3週間のバカンスが待っている。 日頃どこにも行かず

ひたすら ガレージで仕事をしているから 当然のご褒美よ ・・ ”  

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09.      タイヤもすっかり治ってほっとした。  このガレージ夫婦、

フランソワ Francois と フランソワーズ Fransoise という名前だ。


よくある名ではあるが、 偶然の一致が嬉しく誇らし気なのが伝わって来た。



美容室に相当お金をかけてそうな 美しい金髪のフランソワーズ、  

相当なグラム数の 高そうな金鎖を付けたフランソワ、


会社が順調に回っていることがよく分かる。   良いバカンスを !!

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10.     さて、 思わぬ時間を食ってしまったので  次の予定地に

辿り着けず、  街道筋のホテルに泊まることにした。    


長いスロープに プロヴァンスのラベンダーが咲いていた。

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11.      特別有名だったり ミシュランの星が付いてたりしなくても

地元で支持されていれば フランスのホテルやレストランはたいていOKだ。

料理もワインも美味しかった。



隣のテーブルはオランダ人夫婦だった。 アムステルダム在住の彼らは

ニースに別荘を持っている。       年に2~3回やって来るが 

彼らの子供たちの方が より頻繁に別荘を使うと言う。   


別荘をベースに 南仏旅行に出ることもある。  とにかく素敵な人生だ!

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12.     別のテーブルでは バスをチャーターしてやって来た 近隣の

町内会の団体さんが飲んでいた。   料理はほぼ済んだが 

みんな ワインを心ゆくまで楽しみ続ける。  



何と言っても ’ 会話がつまみ ’、    さすがフランス人だ !

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13.     前日 道端の露店で買ったサクランボを ホテルできれいに洗い、

ドライブの道中で食べようと バスケットに用意した。  


プロヴァンスの人々は 手を真っ赤にして サクランボの種を抜き 

ジャムを作る。         甘酸っぱくて 最高に美味しいのだ !  

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街道を行く 風力発電の 長~~~~~~いプロペラと 一緒になった。


こんな風に運ばれて行くのだなァ 



台車のタイヤが釘を踏んづけたりしないよう、 気を付けて進んでください。


プロペラ君、 よい旅を Bon Voyage !








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2017年12月15日 (金)

古代水道橋「ポンデュガール」 フランスの子供達によい歴史教材!


  世界遺産 「 ポンデュガール Pont du Gard 」 は 古代ローマ帝国が

紀元前19年頃造り上げた 水道橋の傑作だ。  






01.      「 ニーム Nime 」 という街が発展し、 水需要も増大したため  

ユゼスの水源からニームへ約50km、 2000年以上も前 導水路が建設された。
 

その水路が ガルドン川を渡る部分に造られたのが この水道橋だ。

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02.     今日 有名な古代遺跡の多くには、 ちゃんと道路や駐車場があり

入口には厳重なゲート、 食堂や土産物屋 博物館なども整っている。 

ここには入場発券機もあった。

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03.     従って、 日本のTV番組で レポーターの女優がやっとの思いで

遺跡に到達し、 感激の涙をこぼす、 なんていう構成はもう古いかも知れない。

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04.      様々な年代のフランス人の子供たちが 代わり合ってやって来る。


6月はまだ夏休み前だが コロニー(林間学校)や 校外学習で来ているようだ。

こんな立派な歴史的教材が身近にあって 勉強に大いに役立つだろう ・・

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05.    ポンデュガールの長さは275m、 高さは49m。 


川床に6つのアーチを持つ下層、  11のアーチを持つ中層

35のアーチを持つ 水路のある上層 からなっている。


1日の流水量は約2万立方m、  平均斜度は1kmあたり24.6cm。

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06.     微妙な斜度と水路幅が計算され、 ローマ時代は清潔な飲料水が

600年ほど 順調に運ばれた。   が、4世紀以降はあまり手入れがなされず 


石灰質の堆積物がこびりつくようになり、  9世紀には使用不能となった。

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07.     しかし、使われなくなってからも 1000年以上経っているとは驚きだ。 
 

廃墟となることもなく 堂々たる勇姿を保ち続けてきたポンデュガールは

まさに 石の文化の凄さを物語るヒーローと言えるだろう !

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08.      橋の北側には 如何にも石灰質らしい白い岩が見える。

南側には水泳して楽しむ人々。   水遊びなどレジャー用のゲートは別にある。

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09.      橋で使われた巨大な切石はモルタル無しで空積みされている。   


特にアーチ部の石の組み方など ローマ人の知恵と業には驚かされるばかりだ。

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                                                   (  中層の柱の幅は4mある  )






10.      この辺りから最上層に行けるが、 いたずらや転落防止のため

ガイドツアーとなっている。  ツアー後 最上階通行証明書ももらえるのだが

今回は時間が合わず  残念ながら叶わなかった。 

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11.      ところで この地方には 古代橋や円形闘技場などがあるが、


古代人が自然と共存して暮らした痕跡、 小麦やブドウ オリーブを用いた

食文化の証しみたいなものも そこかしこで発見されるという。

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                                        (  上は ポンデュガールの街  )







12.       もう一度 北側から橋を眺めて 帰ることにした。


こちら側からは 三層の成り立ちがよく窺える。

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13.      ゲートから どんどん 新たな観光客が入って来る。  



駐車場で 流暢な日本語で日本の婦人方を案内するガイドさんがいた。 


大都市からワンデイトリップで車を出すガイドが 登録されているので

こういう旅の仕方も便利かも知れない。

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ポンデュガールを出た後、  近頃では珍しく ヒッチハイクする人たちがいた。   


その埃っぽい道路わきにも糸杉が立っていた。  やっぱり南仏だ ・・




水路がポンデュガールからニームに向かったように


私達も 一路ニームを目指した 。









.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

2017年12月 8日 (金)

「ツールーズ」 バラ色の街 サン・テグジュペリと水辺の風景


「 ツールーズ 」 は フランスの南西部にある フランス第4の大都市だ。

パリから離れている分 パリとは異なる大都市の個性がある。 



観光遺産に埋もれると言うよりは   いろいろな方面で 

新しい時代をリードする活気とエネルギーに満ち溢れた街だ。







01.    さて 私は、 ツールーズの中心地 「 キャピトル広場 」 に

夕刻到着した。   さすが先進都市、  ちょうど ’ ゲイの人達のデモ行進 ’ 

がお開きとなったばかりで 広場は混雑していた。

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02.    広場の東側に、 煉瓦と石の組み合わせが美しい調和を見せる 

「 市庁舎 Le Capitole 18C 」 があって、    その南側に 

宿泊する予定の グランドホテル・ド・オペラ があった。



歴史地区に車で乗り入れた私達は あっと言う間にポリスの尋問に遭った。


” あァ ホテルに泊まるのですか~  オッケー 了解 ! ”

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03.      ポリスの次は電話だ。     専用のゲートから電話をかけると 

地面からニョキっと突き出した杭が沈み (写真右)、 道路に侵入出来るのだ。 



電話の相手がホテルの場合もあるし、  運用事務所の場合もある。

上手く通じるとは限らないし、 この作業は 何度やってもハラハラする ・・

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04.   外の喧騒をよそに 市庁舎の内部は 静かな美しい佇まいを見せている。

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05.       ホテルの内部も 外とは別世界、ノイズレスでエレガントだった。


   世の中が簡略化してるのか、 私が実用本位でホテルを選ぶせいか分からぬが、

  ボーイさんに荷物を運ばせてチップを渡すなんて習慣がぐっと減った気がする。


たまには 高級ホテルもいいものだ ・・

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                               ( 珍しい腰高のベビーカー  リッチな宿泊客 ? )






06.     ツールーズは ’ バラ色の街 ’ と呼ばれている。


中世以降 街は飛躍的な発展を遂げ 拡大したため 建材不足に見舞われた。


一番近い採石場でも80kmも離れていたと言う。  そこでガロンヌ川の粘土から

頑丈で安価な煉瓦が作られ、 それが今日のバラ色の街の礎となったのだ。

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07.      「 サン・セルナン・バシリカ聖堂 Basilique St-Sernin 11C 」


バラ色の煉瓦に石のアクセントが美しい ロマネスク様式の見事な聖堂だ。

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08.     古いものがある一方、 ツールーズは航空産業と航空宇宙領域で

世界をリードしている。   エアバス社の旅客機、 宇宙ステーションミュール、

種々のロケットなど 最先端の技術がツールーズに結集している。



因みに あのサン・テグジュペリ (1900~1944年) も ここの航空学校で

技術を習得した後、 ツールーズ=カサブランカ航空郵便路線の飛行士となった。


さらに いくつかの航空路線を開拓したが、   第二次大戦末期 

コルシカ島を飛び立ったまま 彼は行方不明となった。

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               ( ホテル・ル・グラン・バルコンは 路線を往復する彼の常宿だった )







09.    ガロンヌ川の岸辺、  等間隔にアベックが並んでる ・・


日本でも 似た光景が見られます ~  

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                 (  奥は 「 ポン・ヌフ橋 Pont Neuf 」  )







10.       「 サン・ピエール橋 」 で花婿と花嫁に遭遇。   

生まれも育ちもツールーズっ子の両人、 この橋で記念写真を撮りたかったそう。



嬉しそうな両親の安堵感 、、  きっとどの国の親も同じでしょう ・・

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11.          お幸せに !

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12.        ガロンヌ川に夕日が沈む頃 

バラ色のツールーズが 一層美しく輝く時間だ。  


大都会の河川敷に こんな憩いの場があるのは 本当に素敵なことだ。

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13.      ツールーズには 地中海と大西洋を結ぶ ヨーロッパで一番古い

「 ミディ運河 」 もあって  旧市内を半円形に囲むように流れている。


382の水門 水道橋 トンネル 庭園や植物園 自転車道 等々があり

遊覧船やボートでのんびり楽しむことが出来る。   

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今回のツールーズは 飛行機の都合上 南仏旅行の発着地点だっただけで

それほどゆっくり見て歩けなかった。



 次回はこの運河で 心ゆくまで 川岸の風景を楽しみ 絵を描いて 

美味しいものを食べる旅をしてみたい。




ドナウ川を大型旅客船で何か国も遡るとか、  地中海クルーズもあるが 


ヨーロッパ各所の 小さな運河の旅が 私には一番向いてそうな気がする ・・ 








・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
   

2017年12月 1日 (金)

南仏「カルカソンヌ」 鉄壁の二重城壁、塔からブタが投げ落とされた!


南仏ラングドック・ルシヨン地方にある 「 カルカソンヌ Carcassonne 」 は 

地中海とツールーズを結ぶ交易路上の中心都市として栄えて来た。



それぞれの時代の支配者たちが造った堅牢な城壁が 

旧市街 ( ラ・シテ La Cite )を ガッチリと二重に囲んでいる。







01.       見るからに頑丈そうな城塞だが、   解説書によれば 

その独特な姿から 知恵の限りを尽くした中世の攻防戦の様子が窺える。


城壁の内・外に  跳ね橋 落とし格子付き固定橋 跳ね出し櫓 

銃眼付き防衛壁 巡回路付き幕壁 望楼 石落とし 等々の仕掛けがある。

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02.     内壁 Enceinte interieuer と外壁 Enceinte exterieure は

5~13世紀にかけて 継ぎはぎしながら造られていったものだが 


これ程見事な 鉄壁の城壁は 私はかつて見たことがない。

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    ( 右下は カルカソンヌ初期の伝説の王妃ダーム・カルカス Dame Carcass )   







03.      入口の 「 ナルボンネーズ門 Porte Narbonnaise 」 をくぐると 

急勾配の小道の両側に 中世の街角が待っていた。

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04.     さて 8世紀  カール大帝がこの城を兵糧攻めした際のこと、 


王は既に亡く 王妃ダーム ・ カルカスは 何とか籠城5年目を迎えていた。

兵隊の多くを失い 食料も底をつきつつあった。  彼女は兵隊の代わりに

カモフラージュの藁人形を並べるなど 様々な策を尽くしたが 、、、  



遂に食用の豚が一匹になった時、 彼女は なけなしの貴重な小麦を

敢えて豚に食べさせ、 なんと それを塔から投げ落とした!


地面に叩きつけられた豚の胃袋が裂け 大量の小麦があふれ出した。 



それを見たカール大帝側は カルカソンヌ城には 豚に食べさせるほど

充分な食料がまだある、   これ以上粘っても無駄だと 撤退を決めた。

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05.      撤退しかかった大帝軍に 王妃カルカスはラッパを吹き鳴らさせ

和平を結ぼうと呼びかける。 すると王は承諾し 見事に条約が結ばれた !


カルカソンヌという街の名前は ” Carcas sonne カルカスが吹き鳴らす ”

という由来がある。    ( 鳴らしたのは鐘という説もあるが 

仏語では ラッパ les trompettes と表現されている。 )



伝説とは言え、 窮地に陥っても 知恵を絞り 捨て身で対処することで

逆転勝利の道が開けることがある という教訓になりそうだ。

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06.      ここは  「 伯爵城館 Chateau Comutal 」 広場


なんで みんな携帯電話でお話し中なの 、、、   


っと思ったら 音声ガイドを聞いてました ~

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07.      素敵な家並、    木骨造りで二階の方がせり出している。

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08.      6月のこの日、 まだ本格的ヴァカンスの時期ではなかったが 

どこも観光客でいっぱいだ。  カルカソンヌは パリやモンサンミッシェルと並び

フランスの世界文化遺産の人気上位に位置しているので 当然かも知れない。 

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09.     この 「 大井戸 14C 」 は ラ・シテ内にある22の井戸のうち

最も古いもので  財宝が隠されているという言い伝えもあるが、


丘の上に造られた城塞都市にとっては 井戸から湧き出る水そのものが

金銀財宝だったに違いない。

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10.       「  サン・ナゼール寺院 St-Nazaire  」

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11.       カルカソンヌが位置する ラングドック ・ ルション地方は 

地中海の風が恵みを与えるワインの産地として有名だが  


レストランテラスにも 地中海の明るさが満ちていた。

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12.      さて、 こちらのレストラン   名前が格別素晴らしかった。


「  時の鏡   Le Miroir du Temps  」 
    
歴史ある街角にぴったりの 趣き深いネーミングだ ・・・

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13.      東側から入城したが 西側からラ・シテを退出。 



振り返えると 城塞の丘が見え、   


橋の下では オード川 l’Aude の水面がキラキラ光っていた。

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こんな美しい風景の中では ビキニになって日光浴でもしてみたい ・・




オッと  先客がいらした !!  
 







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