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2017年10月

2017年10月27日 (金)

「飛騨高山」 三町小路で利き酒!飛騨牛は美味・でも高価!

 
その名を聞いただけで何故か懐かしさを感じる 岐阜県 「 飛騨高山 」、 


高山市の一画 江戸末期から栄えた商人の町 ・ さんまちを訪ねた。







01.     三町伝統的建造物群保存地区の いかにも魅力的な古い町並み、 


ミッシュラン効果か、      狭い路地に 

外国人 ・ 日本人入り混じっての活気が満ちていた。

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02.     高山市の中心を流れる 「 宮川 」 に架かる 「 中橋 」


春と秋行われる高山祭では 豪華絢爛な12台の屋台が この橋を通る。   

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 ( 写真左 祭り風景はHPから )







03.      橋の近くには 江戸末期から明治期に建てられた屋敷などが

軒を連ね、 そのしっとりした景観から 「 飛騨の小京都 」 と呼ばれる。

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04.      三つの町を併せて 「 三町 ・ さんまち 」 と称されるこの小路、

電線をすべて軒下配線にするなど、徹底した景観保護が施されている。



通りには地酒や朴葉味噌 飛騨牛など、 飛騨高山ならではの名産品と

民芸品を扱う店がずらりと並んでいて、 観光客は別世界に誘われる ! 

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05.      人力車、 酒蔵の ’ 杉玉 ’、  この上なく日本的だ。


町の別な通りに 着物を着付け・貸し出しする店があり、 

着物美人も闊歩する。         素敵ですね !!

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06.       造り酒屋に入ってみた。 200円出すと 小さなおちょこがもらえ、

写真の棚に並ぶお酒全てを利き酒出来る。   お腹に食べ物が入っておらず

私は2種目の盃でギブアップしたが、   強い人ならお得かも !?




写真のイスラエル人の女性、 日本酒は 結構行けるとトライしていた。


因みに 彼女の父親はロシアから 母親はドイツからイスラエルに ’ 帰還 ’

祖母は ナチによる強制収容で亡くなったと言う。



イスラエルは 日本からは遠い国で、 国情はなかなか想像し難いものがある。

しかし ヨーロッパでは 結構イスラエル人のツアー旅行者も多い。 


政治情勢も今のところは安定し 経済的にも豊かだと言えそうだ。  

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07.      飛騨高山には 版画の題材に打ってつけの 魅力的な家並 

山並み 民芸品の数々 賑やかなお祭 などが揃っている。 


飾り窓の版画に惹かれて 店の中に入った。

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08.      店内には  快活な線と落ち着いた色合いで仕上がった版画皿、

美しい和紙の小物が所狭しと並んでいた。   そして 壁には 奈良・京都 

東北・北海道など ほかの地方に発送・販売された絵皿作品が飾られていた。 



最近は 全国各地の名物菓子が  無関係のとある県で一括生産されている

なんて話を聞くが、  このお店も 全国の和紙絵皿の元締めなのかも知れない。



とにかく軽くてがさばらないし お値段も手頃だ。

飛騨高山らしい図柄の和紙皿を4枚買いました ~ 

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09.       甘いものも いろいろあった。  


みたらし団子 たい焼き 五平餅 甘酒 ソフトクリーム 等々

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10.       こちらの酒屋で 奥の座敷を見ていたら ’ しょうゆソフト ’ の

貼り紙があった。   しょうゆは ほんのり隠し味程度だったが 美味しかった ~

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11.        昔ながらのよろず屋 兼 駄菓子屋さん

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12.       さて 高山ラーメンや 飛騨牛も忘れてはなりません。  

飛騨牛は コロッケや肉まんにも 小片が入っているが、 

やはり丸ごと食べてみたい。



一串800円、600円、400円 の三種があった。  

流石に800円は高い ! ラーメン一杯が食べられる。

肉が違うのか、量が違うのか確かめなかったが、 600円の串にした。




夢のように美味しかった !  一生忘れられないお味だった !

でもちょっと高かった ・・    あっと言う間に無くなった ・・  



でも 飛騨牛ハンバーガーセットが2300円だというから 

そういう価値のものなのカナ ・・

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13.      「 高山市政記念館 ( 旧高山町役場 ) 」


この中に入る時間はなかったが、      界隈を歩いて   

飛騨高山の歴史と文化の町並みの素晴らしさを 十分味わうことが出来た。

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次は やはり温泉宿に泊まって  飛騨牛をもっとゆっくり食したいものと



一層 憧れを強くした ・・








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2017年10月20日 (金)

「五箇山」 白川郷より重厚で、鄙びた魅力があります!


「 五箇山 」 は岐阜県飛騨地方にほど近い 富山県の南西端にある。


茅葺屋根の合掌造り家屋は 世界的に知られた白川郷と似ているが、

より重厚で 鄙びた魅力がありました。







01.     「五箇山」 は 5つの谷からなる ’ 五箇谷間 ’ と言う地名が

由来となっており、  12世紀に平家の落人が隠れ住み始めた場所だと言う。 

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02.     現在は 「 相倉合掌集落 」 が五箇山の代表格だ。 


村の入り口の駐車場付近に 数軒 土産物店が並んでいるが、

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03.      村の中に入ると 澄み渡る空の下 静けさが満ちていた。

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04.     合掌のお宿 「 庄七 」 、  築200年の合掌造り。


オーナーさんのブログによると、 私達が訪れたちょうど一週間前に

田んぼで稲刈りがあった様だ。  確かに田んぼの柵に稲藁が干してあった。

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05.      民宿 「 勇助 」  こちらは一日一組の客限定の宿。

加賀藩宮大工の技で造られた見事な内部を見学出来る。



時間の都合で上がらなかったが、  ギャラリーや養蚕展示

黒光りの板間や 梁組など 魅力的な内部が垣間見られた。

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06.       観光地とは言え、   白川郷同様 五箇山も 

’ 村人が普通に暮らしている普通の村 ’ だ。    


ゾロゾロ歩き回る我々観光客が  彼らに迷惑をかけないといいが ・・    

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 ( ハト麦茶 山の水などのペットボトルが200円  お金は箱へ )







07.     五箇山は 1994年に重要伝統的建造物群保存地区として選定、

1995年に 「 白川郷・五箇山の合掌造り集落 」 として世界遺産に登録され、

  2009年にミッシュランガイドブックの三ツ星を獲得するなど 


そうそうたる履歴を持つ観光地だ。

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( 手前の 直線的な格子組み家屋も この地方独特のデザイン )







08.       ” 放水訓練 ”   現地の展示パネルより

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09.      山奥のこととて すぐには消防車も来られない。

火事から家屋を守る 「 放水銃 」 を格納した箱が あちこちに立っていた。  

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 ( 小高い岩の表面に 大男らしき足あと状の窪みがあった ! )







10.      ところで この辺りは江戸時代、1690年から加賀藩の流刑地となり、

脱出を防ぐべく 近くを流れる庄川に橋を架けることも許されなかった。



世界各地の山奥 ・ 絶海の景勝地が流刑地となり、  その後

世界遺産の観光地として華やかな脚光を浴びた場所は多いが、


ここでもその例を見るとは 面白いことだ。

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11.        相倉合掌集落の神社からの風景

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12.        さてこちらは 「 五箇山 ・ 菅沼地区 」


こちらにも 合掌造り集落がある。

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13.      五箇山には 国の選択無形民俗文化財に選択された

’ 五箇山の歌と踊り ’ が多数あり、 保存団体により 唄い踊り継がれている。



竹を使った楽器のような大道芸道具 ・ こきりこ 、   私は民俗博物館で

見たことがあったが、  実際の歯切れのよい音を聞いて 感心した!

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有名な白川郷は 幕府直轄の天領だったため 同じ合掌造りでもスマート系


一方 五箇山は 加賀藩の領地だったため 地味だが重厚な趣きがある 。






白川郷ばかりでなく 五箇山と両方訪ねてみてはいかがでしょうか ・・








゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
 

2017年10月13日 (金)

今日の絵画 「 渋柿 」 秋ですね!


主人が ご近所から柿をいただいて来た。 

しぶ柿だから 干し柿にしてからでないと食べられない。 



パクっと喰らいついてはいけないよ、 と注意された。

私ならやりかねない 。。。




では、 干されて シワシワになって 飴色になる前に

つやつや美人の姿を描いておいてあげよう !



久しぶりに 水彩絵の具を取りだした私でした ・・・

 
Photo








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2017年10月 6日 (金)

「セントラルマーケット」 アールデコの屋根の下渦巻く熱気と混沌

 

「 セントラル・マーケット 」 は プノンペン市を南北に貫くメインストリート、


モニポン通りの中心にあり、  まさに街のランドマーク的存在だ。







01.     マーケットに向かう途中、 通りで目にした ’ 青空床屋さん ’ 

カフェのテーブル席が通りを占拠するのと同じ ?!  大らかさ ・・ 

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02.      プノンペン市民にとって無くてはならない 「 セントラル・マーケット 」 


中央ドームから4本のアームを伸ばした独特の形は 

フランス人建築家によってデザインされ 1937年に完成した。

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03.      アジアの古い街には ちょっと違和感のある雰囲気の建物だが、 


それは 1925年のパリ万博に端を発したアール ・ デコと呼ばれる

直線的な装飾性
を持つ建物が

一世を風靡した流れを このマーケットも汲んでいるからだ。


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04.      4本の十字回廊のあいだに  さらに屋根やテントが掛けられ

巨大なマーケットを形作っている。   ありとあらゆる品物が扱われ

発展する街の熱気とエネルギーが溢れている。

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05.      サトウキビを絞る人、  かぶの皮を剥く人、 


魚介類 そして もちろん昆虫の佃煮を売る人も。

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06.        かと思えば、  こんな美しいドレスも売っていた !

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07.     側の薄暗い部屋に  ひたすらミシンに向かう人たちがいた。

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08.      まばゆい宝石の輝き !  真贋含め 玉石混交とは思うが


女心がくすぐられる ・・

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09.      4方に伸びる回廊の形が同じなので、  マーケットの

どこを歩いているか 分からなくなること請け合いだ。 


時計・宝飾品などがある中央ドームを目印とすれば良いかも知れない !

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10.      旅行カバン ベルト シャツ ズボン、、  紳士専門店のようだ。

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11.     靴の山 !   ごちゃ混ぜだが よく見ると子供靴は下の方に。


何がどこにあるか 店主の頭には全てインプットされているに違いない。

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12.      ところで 街の南 パサック川沿いに 2014年にオープンした

イオンモールがある。   ショッピングやレストランはもちろん、 シネコン、

ヘアーサロン、ジムやスケートリンク、趣味のスクールなどからなる4階建てだ。



当然ながら 日本のイオンと基本的に同じ建物構造で 広々としている。

日本で イオンの大店舗に行くと 実は私は ワクワクしてしまうのだが、



セントラル・マーケットのような 雑然・混沌とした売り場に慣れた地元の人たちに

整然とコーディネートされた イオン店舗はどう映るのだろうか 。。

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13.      結論から言うと これがグローバリゼーションなのだろう。


外から入って来る新しいものに胸躍らせ それを受け入れる潮流と

自らのアイデンティティの根深さ 重要性に 逆に気付かされる潮流とが


時代という大海原で渦巻き、

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こんな可愛い子供服を着る子供たちの将来は 


内戦を経てきた混沌の時代とは 自ずから違うものになるだろう。





因みに、  プノンペンイオンは 
若者であふれている。


まず 大人気なのがエスカレーターだ。

他ではなかなか体験出来ないらしい。



それに 冷房が利いている売り場空間は極楽だし

スケートリンクに至っては まさに熱帯地方の異空間と言えるだろう。






プノンペンの未来は 明るいに違いない !










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