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2017年9月29日 (金)

プノンペン 「ぴかぴかの王宮」「ポル・ポトによる拷問と処刑の場」

 
  長い内戦の年月を経て 今や250万人が住むカンボジア国王の首都 ・


プノンペンには 若い活気とエネルギーが満ちている。






01.     「 王宮 」 は公園のような広大な敷地を有しており、

なかでも ひと際目を引くのが 「 即位殿 」。 


現在のシハモニ国王の即位式も ここで行われた。

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02.     一部 現に王族が住んでいたり 執務を行う建物もあるが、 他に 

パゴダや鐘楼、図書館や宴会ホール 宝庫や博物館など 多種多様の

美しい建物が点在している。

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03.      ところで クメール王朝は 前期・後期と
栄枯盛衰が

あったものの、 国の西方 アンコールワット遺跡群が点在する地域で  

7~800年近く続いてきた。  


それが 現在の首都・プノンペンに遷都されたのが1870年。  さらに

フランス人建築家によって今のスタイルに再建されたのが1919年だ。


従って

世界の他の王城と比べたら この王宮は 新品同様と言えそうだ。
  
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   (  美しい南国の花を咲かせている沙羅の樹の下 釈迦像 )







04.      しかも ロン・ノルや ポル・ポトの時代には プノンペンは

大混乱を来していた訳で、   王宮が王宮らしい安定感と華やかさに

彩られ始めたのは ようやく 1991年のパリ協定の締結以降となる。     


 観光も含め、プノンペンの繁栄はやっと始まったばかりなのだ。

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05.     特に 3年8か月のポル・ポト統治時代には、 都市の無人化 

人々の農村への強制移住政策が取られたため  街は空洞と化し、

市民生活は崩壊した。



写真は 「 シルバーパゴダ 」    実際に王室の仏教行事が行われる

宮殿で、  内部の写真は撮ることが出来なかったが、


宝石がちりばめられた金銀の仏像が1650点、  床には20cm平方の

銀タイル 5329枚が敷き詰められていた。

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06.     さて 華やかさから一転、 ここは 「 トゥール・スレン博物館 」

ポル・ポト時代に吹き荒れた粛清の嵐の舞台だ。  



ありとあらゆる人々が 何の根拠もなく反革命分子として捕まり 

ここで激しい拷問を受け 結局は 空しく処刑された建物だ。

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07.      ここは もと高校の校舎で 一部 その黒板が残っていた。

当時の 拷問の様子 犠牲者たち 積み重なる骸骨等の写真も展示されていた。



特に 印象的なのが 子供看守の写真だ。

ポル・ポトは 階級・格差が存在しない ’ 原始共産主義 ’ を信奉したため

格差を生み出す 学問 技術 芸術 思想などを悪と定義、


まだ その ’悪’ に染まっていない 13歳以下の子供たちを 

兵士や強制収容所の看守などの役目に就かせた。


医療も 子供医者が従事したと言うから 本当に異常なことだ。

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08.      ポル・ポトは国内から知識人層を根絶することを目指し、


” 医者・教師・技術者・学生だった者は名乗り出てほしい。 国の再興には

君たちの力が必要だ ” と 呼びかけ、 それに気概を持って応じた全員を

まんまと処刑してしまったのだ。

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  ( 人々が処刑されたり、 逆さに吊るされ 水瓶で拷問を受けた木枠 )







09.       さて 場面は変わり お昼ご飯へ。     ランチは 

外国人観光客を念頭に置いた ?  ビュッフェスタイルだ。

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10.       観光立国としての発展を軌道に乗せるべく、  


働き手は ’ 清潔と勤勉 ’ に勤しんでいるようにも見えた ・・・

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11.      最後は 「 国立博物館 」、   赤いクメール様式の外観が目を引く。

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12.      カンボジア全土から出土した彫像や青銅器など 

考古学的に貴重な クメール芸術の粋が収められている。


「 ガルーダ像 」 や 「 8本腕のヴィシュヌ神 」 などが有名だが

全体的にプリミティヴな大らかさが魅力だ。

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13.     緑に覆われた気持ちの良い中庭に 「 ライ王 」 像が鎮座。


ホッとする空間だ。

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ところで   ポル・ポトの時代には

字が読める、本を持っている、絵が描ける、眼鏡をかけている、腕時計をしてる、

それだけで 殺される理由になったのだが

ポル・ポトが 仏像や芸術品を破壊しなかったのは幸いだった。




トゥール・スレン博物館だけで2万人が殺されたというが、  彼の時代が 

もしもっと長く続いたなら ポル・ポトは 人間の次に芸術品を壊しただろうか ・・












゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
 

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コメント

bellaさん、こんばんは(^o^)/!
悪名高きポル・ポト政権、しかしその内情はよく知りませんでした。
正直に言えば、あまり関心が無かったです (^_^;;アセッ!
まさか、こんな酷いことが行われていたとは・・・ヾ(.;.;゚Д゚)ノ!
しかも「国の再興のために・・」と言って集まった人々を騙していたとは!
いやもう・・・人間のすることとは思えません (>_<)!
沙羅の樹の下のお釈迦様は、どれほど嘆いたことでしょう?!
カンボジアだけでなく、世界中にこのような権力者が現れないことを願うばかりです。

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