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2017年3月 3日 (金)

パドヴァ 宗教と芸術の町: こんにちは!ジョットさんマンテーニャさん



 

01.        今や黄色に変色した 2000年付けの日経新聞に 

ジョットが描いた壁画の美術記事が出ていた。    


このパドヴァのスクロヴェー二礼拝堂を訪ねたのがやっと その十年後。

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02.   別棟の待合室でしばらく待った後、 行列を作って 順次礼拝堂に向かった。

作品保護のためだろう、  約20分で退室し 次のグループと交代した。



   礼拝堂はこじんまりとした蔵のように見えたが  中に入ると 

天井から壁一面 びっしりとジョットのフレスコ画で覆われ さながら別世界だった。

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                         (  待合室から中庭を見る )






03.      礼拝堂の大きさは 奥行20.5 幅8.5m 高さ18.5m 。 


ジョットが ヨアキムとアンナ( 聖母マリアの両親 )、  聖母とキリスト、 

彼らの生涯にまつわる 39の場面を描いたのは 1305年から1310年にかけてだ。

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                  (  入口上部は ’ 最後の審判 ’、 

徳島の大塚美術館で 礼拝堂内部の寸分たがわぬものが見られる  )








04.     内部は写真はNGだし 壁画を詳しく見る時間的余裕もなかったが、

80ページの 写真付き日本語版の冊子をそこで買い 後に勉強することが出来た。  



「 最後の晩餐 」 は ダヴィンチなどの後世のものより だいぶ素朴だが 

実際はこういう雰囲気に近かったのではないだろうか。 


代表作の 「 キリストの死への悲しみ (左)」 「 ユダの接吻 (右)」 など

美しく力強いジョットの壁画には 深い宗教性が満ちている。

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05.      「 神 (上)」 「 受胎告知 (左)」 「 出エジプト (右)」 


ところでジョットは アッシジで 「 小鳥に説教をする聖フランチェスコ 」 などの壁画で

成功を収めた後、 イタリア中から引く手あまたの花形画家となった。


フィレンツェやここパドヴァでは 単なる絵師ではなく 高利貸や金融業も営む

政治力と経済力を兼ね備えた 総合芸術プロデューサーとして活躍したそうだ。   


その上 並外れた体力にも恵まれていたらしい。



これだけの名声と名画を残したジョットさん、 イメージとは異なるが

基本 骨太であって当り前かもしれない。

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06.  さてこちらは 「 エレミターニ教会 Chiesa degli Eremitani のフレスコ画 」


イタリアルネッサンス期の代表的画家 アンドレア・マンテーニャの作品だ。


1944年の爆撃で被害を受けたのち 欠損部を残したままで 修復された。

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07.      ジョットより僅か100年ちょっと後だが だいぶ趣きが違う。


マンテーニャ (1431年~1506年) は 遠近法を駆使し 揺るぎない

画面を構成、   人物表現も写実的で 宗教画に見られる堅さがない。



前から凄い画家だと思っていたマンテーニャさん、 

思いがけない出会いでした ・・

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                       ( 写真上が エレミターニ教会 )






08.     宗教の町パドヴァには サンタントーニオ聖堂 (1300年建造) もある。  


聖アントニオの聖遺物を保管している大聖堂で、 

今日でも世界中から巡礼者がやって来る。

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09.       ヴェネチアのサン・マルコ教会に似た ビザンチン風の八つのクーポラが

空にひしめいて、 威光が天から降り注ぐようだ !

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10.        巡礼者やお参りに来る人々が 聖アントニオに捧げようと

白く美しいろうそくを買っていく。

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11.      パドヴァの聖アントニオは アッシジの聖フランチェスコの教えに共感し

フランシスコ会に入信、 そこで熱心に活動した人だ。    失せ物 結婚 縁結び 

不妊症などに心を砕き、  愛 老人 動物の聖人となった。



見るからに優しそうな雰囲気の 彼の肖像画は、 幼子キリストを抱き

本とユリの花とともに描かれるのが基本となっている。

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12.        町では ” 聖アントニオ饅頭 !? ” なども売っていた。



アントニオは説教の名人だった。  そのため  信仰を深めるための

メッセージ (記事) を掲載した ” Messaggero di S. Antonio ” なる 

機関誌が  年に11回 ここ百年以上発行され続けていると言う !



説教を生業とする聖人・神父なら だれでも話は上手だろうが 

とりわけ アントニオさんが群を抜いていたとすれば、  言葉の巧みさだけでなく 

人々の心に届く 不思議な魅力を彼が持ち合わせていたのかも知れない。

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13.     パドヴァは 大学の町としても有名だ。



次回は さらに街歩きをして  

素敵な場所、 こんな風にのんびりした人々、 も見つけてみたい ・・・  

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             ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

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