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2016年12月23日 (金)

サマルカンド ティムール帝国の巨大建造物と みんなの笑顔

 
サマルカンドの北西部にあった都が 13世紀に チンギス・ハーンによる 

壊滅の憂き目を見たあと、  14世紀後半から16世紀初頭にかけ


ティムールの指揮の元 優れた建築家、芸術家が集い  街の南西部に 

ティムール帝国の首都として  壮麗な青い建築物が幾つも建てられた。






01.     「 レギスタン広場 」  チンギスハーンの来襲でアフラシャブの丘の町

が壊滅したあと この広場がサマルカンドの商業の中心地になった。


メイン道路の交差点・公共の広場として 謁見式や閲兵、処刑なども行われた。

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02.     「 レギスタン広場 」 には メドレセ ( 神学校 ) が3つ 

コの字型に整然と建てられ 見事な調和を見せている。



正面は 「 ティラカリ・メドレセ 1660年 」  青いドームの下には礼拝所がある。

ティラカリ (金箔された) という名の通り 3kgもの金が使われ 豪華な内装だ。

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03.     「 ウルグ・ベク・メドレセ 1420年 」 (写真左側)  ティムールの孫

ウルグベクが教壇に立った神学校。  天文学に通じたウルグベクの嗜好を反映して

正面の門は 青い星をモチーフにしたタイル模様となっている。

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04.     「 シェルドル・メドレセ 1636年 」     正面アーチには

小鹿を追うライオンが 日輪を背にした人面と共に描かれている。



本来イスラームの文様は 偶像崇拝を否定し 人や動物をモチーフにはしない。

しかし 別名 ’ 神をも恐れぬメドレセ ’ と呼ばれる通り

支配者が自分の権力を誇示しようとした と言われている。

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05.         シェルドル・メドレセの中庭 

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06.      土産物屋   楽器ロードとも呼ばれたシルクロードの 民族楽器が

ずらりと並び、   主人が様々な楽器を次から次へ実演演奏してくれた。


素朴でノスタルジックな音だ 、、、 

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07.      中央アジアでは 民族によっては 成人の証しとして 

眉のあいだに刺青をいれたり 眉墨で染めたりする習慣がある。   この女性   


一見ギョッとするが、 よく見ると まっすぐで優しい人柄がにじんでいる。

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08.         皿やタイルなども ブルーが美しい。

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09.        若い女性の民族服は ある意味新鮮だ!

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10.      今や世界遺産となったサマルカンドの文化遺産だが 1991年の

ソ連解体に伴って独立するまでは 歴史的遺構はこのような状態だった。


共産主義は 原則宗教を否定するものだから モスクなどが本来の役割でなく

軍隊の駐留用や 倉庫用に使われたものもあったらしい。



因みに 現代生活のモスクは 観光地でなく普通の街中にあり こちらは

文字通り祈りの場であって 観光客は入れない。

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11.       「 ビビハニム・モスク 1404年 」  中央アジア最大のモスク


ティムールが 第一夫人のため 世界に類のない巨大なモスクを造ろうと

内外から多くの職人・労働者を集め 重い石板運搬用の象を95頭も集め 

突貫工事を押し進めたもの。


ティムールは現場に入り、 籠の上から 肉や貨幣を投げ入れ 人夫を鼓舞、

工事の進行を盛んに急がせた。



しかし、建設を急ぎ過ぎたこと、  サッカー場が収まる程 あまりにも巨大だった

ことなどから  完成数年から 崩壊が徐々に進み始めたと言う。

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12.       2015年10月 安倍首相がウズベキスタンを訪問し 

カリモフ大統領との会談で両国の友好関係が促進されたことで 

2016年4月から 成田⇔サマルカンドの直行便が飛ぶようになった。


可愛い女の子たちが大きくなる頃には 彼女たちが日本に来るかも知れない。

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13.      今後 美しくも巨大な文化遺産群を守っていくのは 君たちの役目ダネ。



とにかく みんなのはにかみながらの笑顔が印象的な街でした ・・

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次は ウズベキスタンの首都 中央アジア最大級の街 タシケントに移ります。  



ソ連時代は 当然ながら ソ連そのものだった街 


歴史と現代がどのように混在しているのだろうか ・・・
   








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「ウズベキスタン」 サマルカンドとタシケント」カテゴリの記事

コメント

こんばんは happy01
今夜もバーチャル旅行しに来ましたぁ coldsweats01

サマルカンドのモスクのブルー、青空の色に近いですね。
日本にも「ジャパニーズブルー」と呼ばれる色がありますが、
こちらはさしずめ「サマルカンドブルー」でしょうか?!
ソ連が崩壊し独立して、人々は民族意識をより強くしたのではないでしょうか?
そしてこの国の将来を担う子供たち、彼らの笑顔に明るい未来が感じられました。

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