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2016年11月 4日 (金)

ウズベキスタン : イスラームの聖都にロシア風美人が

 
    ウズベキスタンの古都 ヒヴァはアムダリア川流域下随一のイスラームの聖都


と称され、 その長い歴史の変遷を物語る建物が随所にある。       







01.    「 キョフナ アルク (古い宮殿) 」 17世紀に建てられたハーンの宮殿。  

新しい宮殿が建てられた後、 区別するために 古い宮殿と呼ばれるようになった。


3つの入口、 左側の庶民用から右側のハーン用へとドアの丈が高くなっていく。

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02.     ハーン用入口。   ところで チンギスハーンという名前はよく聞くが、 


” ハーン ” という名称は アジアの遊牧民の君主や有力者が名乗る称号で、  

ウズベキスタンも 13世紀にチンギス・ハーン、 16~18世紀にかけて

ブハラ・ハーン ヒヴァ・ハーン コーカンド・ハーン などに支配されている。

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03.      ’ ロシア風美人 ’、 顔つきも服装も土地の人とどこか違っている。

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04.      宮殿内にはモスクやハーレム、 ハーンの玉座の間などがあるが、

兵器庫、火薬工場、造幣所もあった。


絹のお札が作られた時代もあったという。

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05.      宮殿内では かまどを使ってモノを作る場面が再現されていた。 


宮殿の外に見えた 現代のパン焼き釜と比べて

差ほど大きな違いがないところが面白い。  文明の利器が発達しようが

この窯で焼いたパンほど美味しいものはないのかもしれない。

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06.       「 ジュマ・モスク 」 多柱式建築のモスク。


10世紀に建造され、18世紀まで改修が続き現在の姿になった。


約3mの間隔で 231本の木の柱が並んでいるのだが、天井の木組みも含め、

砂漠の国で見る木の仕様は 独特な異国情緒があるものだ。

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07.       柱の彫刻は 一つひとつ違っている。  幾何学模様、

綿花やチューリップの形、 魔除けの印しや仏陀を表すものもある。

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08.      左側は 最も古い柱 ( 10~11世紀 ) の神秘的な彫刻、  

右側は日本語を話すガイド。

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09.        「 パフラヴァン・マフムド廟 」 


ヒヴァの庇護者パフラヴァン・マフムド (1247~1326年) は毛皮職人だったが

同時に詩人・哲学者であり 武道にも優れていたため 人々から絶大な尊敬を得ていた。


従って 彼のそばに葬られると来世で幸せになれるという言い伝えがあり、 

周りに幾つもの墓がある。   もちろん身分の高い人々の世界での話だが ・・

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10.       「 イスラーム・ホジャ・メドレセ 」 1910年築の最も新しい建物

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11.       内部には 民族衣装や道具類が展示されている。



イスラームの影響が色濃く残る ヒヴァの建造物や文化ではあるけれど

ウズベキスタンは 紀元前の古代ギリシアから 7世紀の中国 8世紀のアラブ 

10世紀のトルコ 13世紀チンギス・ハーンのモンゴル

そして ティムール、 ペルシャ、ロシアなど 様々な勢力の支配を受けて来た。



このような道具類にも いくつかの民族の名残が感じられる。

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12.      ウズベキスタンは 近代になると、1860年頃からロシア帝国に、

1924年頃からは ソヴィエト連邦に支配された経緯がある。


そして ソヴィエト連邦の崩壊に伴い 独立したのが ごく最近の1991年だ。  



130年ほどロシアの支配下にあった訳だから、 ロシアの文化も流入し

ロシア人との混血もあっただろう。



観光にやって来た女性たち、    アジアの面影があるようでもあり、、

またロシア風でもある。    服装はヒヴァの人たちより断然現代的でお洒落だ。

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13.      そして、 子供たちは明らかにロシア人的だ。



実は今回のウズベキスタン旅行は アフガニスタンの北側の国でもあるし 

テロなどがあるのではと心配した。         しかし、



1991年の独立まで ウズベキスタンなど中央アジアの国々は 

長く社会主義体制下にあった訳で、   結局のところ


警察権力が非常に強く、 かえって治安がよく保たれていて安心だ、

という 情報があり 旅行に踏み切った訳でした。 

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因みに ブログフレンドの方が 地図では


” ウズベキスタンは UZBEKSKAYA、北側のお隣のカザフスタンは KAZAKHSTAYA ” 

と出ていたと 調べて下さいました。



多分これも ロシア語表記の一環なのでは、 と想像しました 、、、










゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
 

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