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2016年8月12日 (金)

「フッガーライ」 モーツアルトの曾祖父も暮らした貧民の福祉住宅

ドイツの観光ルート ロマンティック街道沿いに点在する中世都市の中でも

主要な都市アウクスブルク。  今回はそこにある 「 社会福祉住宅 」 を訪ねてみた。







01.    「 アウクスブルク Augsburg 」 は カトリックと新教のあいだを取り持った

アウクスブルクの宗教和議 1555年 で有名ですが、  香辛料や銀などの貿易で 

巨万の富を得た大富豪フッガー家の隆盛も 街の歴史に大きな足跡を残している。

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02.      ここは 街の北東部にある 「 フッガーライ Fuggerei 」 と言う名の

集合住宅。    塀に囲まれ 幾つかの城門を持ち 一つの町を形作っている。
   

この集合住宅は 1521年 フッガー家の当主ヤーコプ・フッガー J.Fugger が

貧者のために建設した 世界最古の社会住宅です。

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03.   入居者は アウクスブルクゆかりの者で、 勤勉であるにもかかわらず貧しく 

生活に困っているものが対象となった。  一年間の家賃は 光熱費などは別として 

1ライン・グルデン (現在0.88ユーロ) を納めるだけでよい。


この金額は現在も同じで 変動してないところがスゴイ。

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 (  入場門から入るとガイドがお出迎え。  ガイドなしでも自由に見て回れる。  ) 







04.      尖った三角の赤い破風屋根、 オークルカラーの壁に青い蔦がからまり

清潔で美しい建物。    機能性ばかりでなく 装飾性にも気が配られている。

全部で67棟に区分される長屋に 140のアパルトメントがあると言う。

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05.       今日でも150人が実際に暮らしている。 何人か老人を見かけたが

毎日観光客がやって来る住居、  うるさいと感じるだろうか・・     それとも 

それが かえって励みとなり  誇らしいとも感じるだろうか ・・

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06.       ヤーコプ・フッガーの銅像が公園に設置されていた。  

肖像画は 彼がパトロンとして支援した画家デューラーが描いたもの。


ところで、16世紀 梅毒の治療として南米産の木のエキスに効能があるとされ

’ 木療法 ’ なるものが流行り、 その治療が 写真の木の家で行われたそうだ。


皇帝や枢機卿もその木をフッガー家に注文したというのも 面白い逸話です!

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07.     さて タダにも等しいここの家賃だが そこにはもう一つ重要な条件が

付けられていた。 日に何度か 神と創設者フッガー家に対して祈りを捧げることだ。


フッガー家に対する恩義を忘れさせない狙いも 一部あったかも知れないが、

人々が敬虔で勤勉で真面目な暮らしを送りつつ 自立して行って欲しいという

フッガーの真摯な狙いもあったような気もする。         いずれにせよ



こんな穏やかな日々を過ごせるなら 自然と感謝の気持ちも湧くのではないだろうか・・

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08.        創立当時の室内の様子を再現した部屋

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09.       さて、 真ん中のプレートが掲げられた部屋には 

かのモーツアルトのひいおじいさん フランツ・モーツアルトが 1681年から

1694年に亡くなるまで住んでいた。


フランツは左官職人だったそうだが、  その息子ヨハンは製本師、 

モーツァルトの父親レオポルトは宮廷音楽師。 

そして、モーツアルトは天才ピアニストにして天才作曲家。  興味深い変遷だ。



モーツアルトの才能は 祖先たちの血とここアウクスブルクが源泉かも知れない。

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10.       現代はこんな住まい方をしています ~

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11.       フッガーライには 百を越える煙突が立っている。    本来

暖房兼キッチンの数だけ煙突がある訳だが 今はガス調理・暖房になっている。



玄関ベルの取っ手は どれも違う形をしている。 街灯も玄関燈もなかった時代

真っ暗闇の中でも 触れば自分の玄関がわかる仕組みとなっていたのだとか ・・

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12.       「 聖マルクス教会 」   

花は生花でしたから 近日中に結婚式があったはずです。

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13.      こちらはアウクスブルク市内の 「 聖ウルリヒおよび聖アフラ・バシリカ教会 」

いかにも豪華な造りだ。  こうした豊かな富の一部を貧者の厚生に向けるという発想は

確かにある意味宗教的な発想には違いありません。 



しかし 今日まで500年も連綿と 無事運営が続いてきたことをみると、 

お慈悲を与えるといった宗教行為と言うよりは  ドイツ人のクールで知的な社会学に

ぴったりはまる運営思想が この社会住宅にあったと言えるでしょう。

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イタリアには 身寄りのない音楽家,

 ピアニストやヴァイオリニスト 声楽家たちが入る老人ホームがある。


あのオペラ作曲家 ジョゼッペ・ヴェルディが設立した 「 カーサ ・ ヴェルディ 」 だ。

音楽家たちは 素晴らしい環境で 

最後まで自分たちの昔取った杵柄を大切に 暮らすことが出来る。






世界には 実に いろいろな発想 ・ お金の使い方があるものですね ・・・ 








★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

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コメント

bellaさん、こんばんは (^o^)/!
ご無沙汰しております。
フッガーライ、昔、教育TV「ドイツ語会話」で取り扱っていたことがありました。
ほとんど『タダ』と言って良い家賃に、驚いたものです。
日本にもこのような住宅があったら・・・と感じたものでした。

アウクスブルクは、列車の乗り換えで1時間ちょっとあり、ウルリヒ教会へ行きました。
懐かしいです。
地図を見ながら歩いていたら、「Can I help you ?」と声かけられ、
私が地図を見せながらドイツ語で「Wir möchten hier gehen.」と答えたら、
相手は驚きながら、ドイツ語で道を教えてくれました。
そのドイツ語が理解できたことが、当時ドイツ語勉強途上の私には、
とても嬉しかったです。

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