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2016年8月

2016年8月26日 (金)

絵画個展のお知らせ

 
まだまだ暑い日が続いております。   さて、 

九月にわたくしの絵画展が ございますので お知らせさせていただきます。

地方での 本当にささやかな展示でございますが ご高覧いただければ幸いです。





01.      油彩画とパステル画 およそ半々の展示になろうかと思います。

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                   「 ファド Lsbon 」  油彩 P8 







02.      ギャラリー

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03.      近くに 鎌倉時代に創立された 「 中山法華経寺 」 がありますので


寺社巡りのついでに  ギャラリーにお立ち寄りいただければ幸いです。

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 

2016年8月19日 (金)

ロマンチック街道「ディンケルスビュール」生きて愛し笑う!

 

ドイツのロマンチック街道筋には 有名なローテンブルクと同じくらい

魅力的な街がいくつかあります。     今回は そのひとつ

「 ディンケルスビュール Dinkelsbuhl 」 を訪ねます。





01.   ディンケルスビュールは ぐるりと城壁に囲まれており、

東西南北に城門が4つ 攻防など様々な役割を持つ塔が15ある。


私達は 北側の 「 ローテンブルク門 Rothenburger Tor」 から

入城。    ドイツらしい 美しい木組みの街並みが待っていました。 

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02.    マルチン・ルター通り Dr.Martin-Luther Str.


千年以上の歴史があるこの街、 19~20世紀に 城壁や濠・洪水調整池などが

改築され 近代的に整備された部分と、   第二次大戦の戦火を逃れた 

貴重な歴史的建造物が中世の面影を見せる部分とが 美しく調和している。 

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03.     中心街 「 ワイン市場通り Weinmarkt 」


なんだか車が多いと感じるでしょうか・・   そう、 ここは観光地と言うよりは

ずっと実際に人々が暮らし続けてきた ’ 現実の街 ’ 。

車が入らなくては 人々の生活が成り立ちません。


つまりは 第二次大戦で壊滅したローテンブルクが 文化財保護の観点から

いわばディズニーランドのような観光エリアとして再生されたのとは 

全く訳が違うのです。

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04.     ワイン市場通りに面したホテルに一泊。  ドイツのホテルは

一般に フランス風ベッドメイキングでなく  日本に近いお布団の整え方。

私は 見かけでなく実利を取った こんなドイツのやり方が好き ! 



ところで たまたま
、 ホテルのパンフに詩みたいなのがありましたよ。

 
” 生きて 愛し そして笑う ”   いかにもビール腹の?ドイツ的な響き、、 

フランス人なら何と表現するだろう、、 イギリス人なら、、 日本人なら、、

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                  ( 右側が 泊まったホテル )







05.     私たちのホテルの左側の建物には 1800年代まで 聖人が

住んでいたらしい。  窓辺の老婦人も 生きて、愛し、笑って来たのカナ・・

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06.    当夜はホテルのレストランのテラス席で 軽くお食事。


ビールと白ワイン、そして私のお気に入り イタリアのスプリッツ・アペロール、

白ソーセージと白アスパラガス、 郷に入っては郷に従えといったディナーでした。 

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07.     「 マルクト広場 MarktPlatz 」 には

ディンケルスビュールの最盛期、15世紀頃の建物が並んでいる。

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08.    「 ドイチェス・ハウス Deutsches Haus 」

現在はホテルになっている。

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09.       明るい 暖色系の街並み

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10.    ディンケルスビュールは  17世紀初頭の 三十年戦争の時、

町を占領し破壊しようとしたスウェーデン軍の隊長に対して、町を救うよう懇願し

破壊から救った子供達を記念して行われる 夏の祭 「 キンダーツェヒェ 」 の

時期以外  観光客がどっと押しかけることは少ない。


従って 百パーセント観光客相手の土産物屋を探すのに苦労した。  本屋 洋服屋

カバン屋 菓子店 文具店などの片隅に それらしい品ものがあるという具合。

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    (  一階部分が 街の人が普通に買い物するお店屋さんになっている。 )


11.     祭りの期間ではなかったけど 大型観光馬車が闊歩してました ・・

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12.    4つの城門のうち 東側の 「 ヴェルニッツ門 Wornitz Tor 」


門を出てみると ヴェルニッツ川から水を引いたお堀がありました。

城壁に沿って水辺の散歩が出来るプロムナードは 静かで心地よかった。

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13.    ローテンブルクにも 3.25リットルのワインを一気飲みして

敵の破壊から街を救った市長さんの話がありました。 

同じバイエルン州の街ですから 似たようないきさつがあるのですね。 

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こちらの方面に行かれる方は、  ローテンブルクの次 

こんなロマンチックなディンケルスビュールに足を伸ばしてはいかがでしょうか。




生きて愛し、 そして幸せな気分になって 心から笑えるかも知れませんから!





☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

2016年8月12日 (金)

「フッガーライ」 モーツアルトの曾祖父も暮らした貧民の福祉住宅

ドイツの観光ルート ロマンティック街道沿いに点在する中世都市の中でも

主要な都市アウクスブルク。  今回はそこにある 「 社会福祉住宅 」 を訪ねてみた。







01.    「 アウクスブルク Augsburg 」 は カトリックと新教のあいだを取り持った

アウクスブルクの宗教和議 1555年 で有名ですが、  香辛料や銀などの貿易で 

巨万の富を得た大富豪フッガー家の隆盛も 街の歴史に大きな足跡を残している。

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02.      ここは 街の北東部にある 「 フッガーライ Fuggerei 」 と言う名の

集合住宅。    塀に囲まれ 幾つかの城門を持ち 一つの町を形作っている。
   

この集合住宅は 1521年 フッガー家の当主ヤーコプ・フッガー J.Fugger が

貧者のために建設した 世界最古の社会住宅です。

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03.   入居者は アウクスブルクゆかりの者で、 勤勉であるにもかかわらず貧しく 

生活に困っているものが対象となった。  一年間の家賃は 光熱費などは別として 

1ライン・グルデン (現在0.88ユーロ) を納めるだけでよい。


この金額は現在も同じで 変動してないところがスゴイ。

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 (  入場門から入るとガイドがお出迎え。  ガイドなしでも自由に見て回れる。  ) 







04.      尖った三角の赤い破風屋根、 オークルカラーの壁に青い蔦がからまり

清潔で美しい建物。    機能性ばかりでなく 装飾性にも気が配られている。

全部で67棟に区分される長屋に 140のアパルトメントがあると言う。

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05.       今日でも150人が実際に暮らしている。 何人か老人を見かけたが

毎日観光客がやって来る住居、  うるさいと感じるだろうか・・     それとも 

それが かえって励みとなり  誇らしいとも感じるだろうか ・・

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06.       ヤーコプ・フッガーの銅像が公園に設置されていた。  

肖像画は 彼がパトロンとして支援した画家デューラーが描いたもの。


ところで、16世紀 梅毒の治療として南米産の木のエキスに効能があるとされ

’ 木療法 ’ なるものが流行り、 その治療が 写真の木の家で行われたそうだ。


皇帝や枢機卿もその木をフッガー家に注文したというのも 面白い逸話です!

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07.     さて タダにも等しいここの家賃だが そこにはもう一つ重要な条件が

付けられていた。 日に何度か 神と創設者フッガー家に対して祈りを捧げることだ。


フッガー家に対する恩義を忘れさせない狙いも 一部あったかも知れないが、

人々が敬虔で勤勉で真面目な暮らしを送りつつ 自立して行って欲しいという

フッガーの真摯な狙いもあったような気もする。         いずれにせよ



こんな穏やかな日々を過ごせるなら 自然と感謝の気持ちも湧くのではないだろうか・・

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08.        創立当時の室内の様子を再現した部屋

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09.       さて、 真ん中のプレートが掲げられた部屋には 

かのモーツアルトのひいおじいさん フランツ・モーツアルトが 1681年から

1694年に亡くなるまで住んでいた。


フランツは左官職人だったそうだが、  その息子ヨハンは製本師、 

モーツァルトの父親レオポルトは宮廷音楽師。 

そして、モーツアルトは天才ピアニストにして天才作曲家。  興味深い変遷だ。



モーツアルトの才能は 祖先たちの血とここアウクスブルクが源泉かも知れない。

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10.       現代はこんな住まい方をしています ~

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11.       フッガーライには 百を越える煙突が立っている。    本来

暖房兼キッチンの数だけ煙突がある訳だが 今はガス調理・暖房になっている。



玄関ベルの取っ手は どれも違う形をしている。 街灯も玄関燈もなかった時代

真っ暗闇の中でも 触れば自分の玄関がわかる仕組みとなっていたのだとか ・・

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12.       「 聖マルクス教会 」   

花は生花でしたから 近日中に結婚式があったはずです。

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13.      こちらはアウクスブルク市内の 「 聖ウルリヒおよび聖アフラ・バシリカ教会 」

いかにも豪華な造りだ。  こうした豊かな富の一部を貧者の厚生に向けるという発想は

確かにある意味宗教的な発想には違いありません。 



しかし 今日まで500年も連綿と 無事運営が続いてきたことをみると、 

お慈悲を与えるといった宗教行為と言うよりは  ドイツ人のクールで知的な社会学に

ぴったりはまる運営思想が この社会住宅にあったと言えるでしょう。

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イタリアには 身寄りのない音楽家,

 ピアニストやヴァイオリニスト 声楽家たちが入る老人ホームがある。


あのオペラ作曲家 ジョゼッペ・ヴェルディが設立した 「 カーサ ・ ヴェルディ 」 だ。

音楽家たちは 素晴らしい環境で 

最後まで自分たちの昔取った杵柄を大切に 暮らすことが出来る。






世界には 実に いろいろな発想 ・ お金の使い方があるものですね ・・・ 








★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

2016年8月 5日 (金)

今日の絵画 「 プロヴァンスの黄色いさくらんぼ 」

          黄色いさくらんぼと言えば 日本では山形の月山錦が有名です。


          甘くて美味しいけれど 育成栽培が難しいらしく 

          採れ高も少なく貴重品、 お高いさくらんぼです。




          01.    さて、南仏プロヴァンスのリュベロン地方などでは 

          サクランボ栽培が盛んで、個人の庭でもサクランボの木を植えている。

 

          友人が黄色いサクランボの写真を送ってくれたので 早速絵にしてみた。

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          02.    サクランボには 最近200もの品種があって 

          色も形も味も用途もいろいろで 瓢箪みたいな形のサクランボもある。

 

          フランス人ですら ’ 黄色いサクランボを見たことがないから 

          どんなものか教えて ’ と ネットに質問投稿する人がいるくらいだ。

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         03.    わたくしの絵では サクランボは主役でなく 窓の外で

         寂しげに脇役となっている。 くちびるを真っ赤に染める赤いサクランボ

         と違い、楚々とした黄色いサクランボは 脇役がふさわしいと考えました~
 

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 バカンスなどで プロヴァンス地方を訪れた時の 自然と共生する人々の

        素朴なライフスタイルを思い出し、室内は一応全て木肌で覆いました!




              ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

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