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2016年7月

2016年7月29日 (金)

今日の絵画 「 白薔薇 」

 
関東地方も梅雨明けして まばゆい日の光が注いでいます。

本日は  暑中お見舞い方々 白い薔薇の絵を載せさせていただきます。





                      「 白薔薇 」  油彩 F8

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                ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
 

 

2016年7月22日 (金)

固めのお話:磨崖仏大谷観音・長岡百穴・そして宇都宮餃子


栃木県宇都宮市大谷町には 日本最古の石崖仏である 「 大谷観音 」 と

昭和29年に完成した  「 平和観音 」 という二つの観音様が立っておられます。






01.       「 大谷寺 」 は 弘法大師が開いた天台宗の寺院で 

坂東三十三箇所第19番札所となっている。 
 

寺をすっぽり囲む大谷石の凝灰岩層の 洞穴内には 

縄文時代から 人が住んでいた形跡があり 人骨も出土している。

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02.     この大谷寺のご本尊 「 千手観音菩薩立像 」 は  810年、

空海自身が刻んだという伝承がある。


写真はNGで ポスターでの登場となりますが、  大谷石の壁面に掘られた

高さ3.89mの千手観音は 当初は金箔仕上げの華やかな姿だったと言う。

しかし、 風化しかけたお姿も 一層有難い感じではありました ~

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03.      寺を飲み込む、と言うより その胎内に寺を宿すといった風情の大岩

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04.      本尊の他にも 釈迦三尊像、薬師三尊像、阿弥陀三尊像など

平安時代中期から鎌倉時代にかけての制作と推定される  3組9体の 

「 磨崖仏 」 が凝灰岩の洞穴の壁面に彫られている。

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05.      台座下の蜂の巣のようなデコボコは 巡礼者が少しづつ削って行った

のではないかと 私は勝手に想像している。          ところで、



磨崖仏たちは 金箔や彩色が剥げ落ち、 覆っていた漆や粘土が剥離し

今日のすっぴんに戻った訳だが、   柔らかい大谷石が千年以上風化せず 

持ち応えたのは 洞穴内におわしたお蔭だったと言えるでしょう。

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06.       「 大谷景観公園 」 が整備されている。

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07.      さてこちらが もう一つの観音様 「 大谷平和観音 」

昭和23年に 戦没者追悼のため 全て手掘りで建造が開始された。  
 

こちらも 岩壁に彫られているので ’ 磨崖仏 ’ と呼ばれる。

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08.       高さは 88尺8寸8分 (27メートル)、 バーミヤンで爆破された

55メートルと38メートル 二基の磨崖仏の大きさを 何となく想像出来るお姿だ。

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09.      さて次は大谷から離れ 宇都宮市長岡町にある 「 長岡百穴古墳 」

軽石凝灰岩の斜面に掘られた横穴群が 現在は52基数えられる。



当初は もっと数が多く どれにも扉が付いていたらしい。  

7世紀前半に 群衆墳・家族墓として掘られたものとされている。

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10.        今では こうして 畑の向こうに広がる古墳だが、 

子供たちにしてみたら 想像をかき立てられる絶好の遊び場だ。  


ちょっと前までは  ’ ひゃくあな ’ は 子供たちの遠足の地で 

穴の中で弁当を食べたりしたらしい。


しかし 今は文化財の指定を受け 保護されている。

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11.        穴の中に彫られた地蔵菩薩像や馬頭観音像は     

後代  室町時代から江戸時代にかけて彫られたとみられる。 


可愛らしく素朴なその姿は お参りした人々の心を安らげたに違いない。

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12.       さて ’ 固めの石の話 ’ ばかり続きましたので   最後に

柔らかい餃子の写真を載せましょう!    宇都宮餃子発祥の店みんみんは 

今でも変わらず大人気で 長い列が出来ることもしばしばらしい。

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13.      ここのメニューはものすごくシンプル。   

焼き餃子 揚げ餃子 水餃子  ライスそしてビールの5品のみだ。 
 

餃子にもやしが付いたり 餃子の両側に羽が生えたりはしない。


コロッと固めの ’ みんみん餃子 ’ は 香ばしく本当に美味しい。

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’ 柔らかい話 ’ になるはずでしたが 


やっぱり ’ 固めな話 ’ で終わることになりました ~~







・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年7月15日 (金)

「大谷石地下採掘跡地」 「大谷石の魅力はみそがミソ!」


大谷石で有名な 栃木県宇都宮市の西部にある大谷町、 

まず 「 大谷石の採掘跡地 」 を訪ねてみました。 






01.         「 大谷石地下採掘跡地 」   


大正8年から 昭和61年まで 約70年間 掘り進めた地下採掘場、 

現在は 「 大谷資料館 」 として当時の面影を伝えている。

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02.      ところで、 「 旧帝国ホテル 」 が 耐火性の優れた大谷石の

お蔭で 関東大震災を無事くぐり抜けたと言うのは有名な話だ。     


その建物、 現在は愛知県犬山市の明治村に 移築保存されている。

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03.       大谷石は柔らかく加工しやすいのが特徴だ。  

ホテルの基礎や本体ばかりでなく、   装飾部にも大谷石は

テラコッタ・スクラッチ煉瓦と組見合わせで 使われた。



装飾パーツは 一見 地震にひとたまりもなく崩れそうな繊細さだが、 

実際 どれ程が壊れ どこが再製されたものかは定かでないらしい。

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04.      こちらは 宇都宮市内にある 「 松が峰教会 昭和7年完成 」


大谷石の建物としては日本最大級。  西洋では教会と言えば石が当たり前だが

大谷石の柔らかさが 西洋の物とは全然違う雰囲気を醸し出している。

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05.      さて再び 大谷の地下採掘場。 地下60mまで階段で降りて行く。

未知の世界を探査するみたい !

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06.      採掘した石を持ちあげるウインチ、 決められた大きさに裁断された原石 

などが  昔のまま 放置(展示)されている。

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07.       切り出した石には 大谷石の規格を表す数字が書かれている。 

長さは全て3尺(90cm)だが 厚みと幅が それぞれ用途に応じて異なってくる。



手掘りの時代は  80kgもある石を ’ 小出し ’ と呼ばれる人夫が 

急勾配の階段を 背負って運び出したと言う。

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08.      2万平方メートルという広さの地下採掘場だが 9月のこの日 

全体に サウナのようなもの凄い湿気が漂っていた。  サーチライトの傘が寂びて

ボロボロだった。    人夫達には相当過酷な条件だったに違いない。



もっとも 坑内の年間平均気温は8度Cくらいで 普段ははおりものが必要なくらい

ひんやりしているそうだ。    丁度いい季節に また訪ねてみたいものだ。

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09.        歴史を物語る展示品

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10.       地下の神秘的な空間では 映画やドラマの撮影 コンサートや

結婚式が行われると言うが、  外側もこんな風に便利に使われている。

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11.       エンヤのコンサートもあったらしいが 

あの天使のような歌声がどんな風に響いただろうか ・・!


土産物店も一回りして 楽しいひと時を過ごしました ~

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12.      大谷石は 海底火山が噴火した時堆積した 火山灰や軽石で

できた凝灰岩。     とりわけ ’ みそ ’ と呼ばれる茶色の斑点模様が

暖かい風合いを出している。    ” 大谷石の魅力は みそがミソ ! ”



シミひとつないお姫様と比べ ソバカスいっぱいの町娘の親しさかも知れない。 

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                        (  天狗の投石 と呼ばれる岩  )





13.       大谷には 財を成した立派な石材商がたくさんいる。 

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採掘空洞などの問題もあり 現在の大谷石を巡る環境は昔と違うかも知れない。 



しかし、 少なくとも関東では 塀や蔵の多くは大谷石で出来ていて、

懐かしく 心安らぐ風景となっている。 



いつもの平凡な風景の中に 

密やかでいいから いつまでも大谷石にいて欲しいと願っている ・・・
   







・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年7月 8日 (金)

今日の絵画 「 臥龍の藤 」  そのくねりは正に龍が臥せた姿!


この春 久しぶりに 千葉県の銚子市を訪ねました。


お目当ては 樹齢700年という 伝説的な藤の花。



行ってみると 花はもとより その年月を経た老獪な幹のくねりに驚きました。


それもそのはず その名は 龍が伏せたような姿  ” 臥龍の藤 ” 。






01.       「 臥龍の藤 」   パステル

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02.       700年もの藤を枯らしてはなるまいと、 同じく見事な藤棚で

世界にその名をとどろかせている 足利フラワーパークの庭師が 

この藤の木も管理しているそうだ。

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03.      ’ 藤色 ’ は やはり 日本の奥ゆかしい色ですね ・・

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銚子を訪ねたのは かなり久しぶりでした。 

が、楽しみにしていた 出店が並ぶ懐かしい漁港風景が どこにもありません。



なんと 出店は ’ ウオッセ21 ’ なる大きなセンターの中に収納されてました。

全天候型ですし 冷暖房完備ですし 便利なのはよくわかります。

観光バスも乗り付けやすいですし、、




これは 銚子ばかりでなく 有名な漁港ではどこもこんな傾向にあるようですね。




今度は も少し鄙びた漁港に行ってみましょうか ・・・
 





              

2016年7月 1日 (金)

「フランスの洪水ビフォー・アフター」「ハンサム顔のビフォー・アフター」


5月~6月にかけて フランスやドイツを襲った洪水のニュースをTVで見るにつけ

世界のあちこちで起こる異常気象が気になるこの頃です。







01.     パリでは セーヌ川のプロムナードを水没させ、 いくつかの有名な

橋の足元を今にも襲いそうな濁流を見て 私はハラハラしたものでした。
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02.      しかし 深刻な被害は パリより南に下った地域に多く出たようだ。

ここは 第一回目のサミット会議が開かれた町 「 ランブイエ Bambouillet 」


慣れない手漕ぎボートに四苦八苦する警官たちの動画もアップされてました。

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          (   01. と 02.の写真は 情報サイトより   )






03.      さて  私の心配が的中したのが パリの南西27kmあたりにある 

「 シュヴルーズ Chevreuse 」 という町。       


長年の友人が住んでいて 一体どうなったか気になっておりました。

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04.      ごく普通のパリの郊外の町だが 緑地や住宅地のはざ間を様々な姿を

見せながら走る 「 イヴェット川 R. Yvette 」。  その風景は 本当に魅力的だ !

花の季節になると 岸辺を花で飾るコンクールも行われる。

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05.      蓮の葉が浮かぶ川面に面して 昔の洗濯場がある。

絵の題材としては 願ってもないロケーションで、 多くの画家が三々五々訪れる。

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06.      さて この石橋を渡って少し北上したところに、 住まいとは別に

フィリップ達の庭がある。

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07.      石塀に囲まれた百坪ほどの草地に リンゴやサクランボの果樹

バラや紫陽花が 点々と植えられている。  収穫のための庭というより 


遠くに教会や マドレーヌ城が見える まさにカントリー的な寛ぎの庭だ。

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08.       その庭がこんな有様だ !   イヴェット川が氾濫することは

たまにあるけれど 庭まで水に浸かったことは初めてだと言う。

正に 洪水による ” 庭のビフォー ・ アフター ” には 驚かされた。

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09.      ところで この庭は フィリップの母親ドニのものだ。 

ドニ一家は 長くパリに住まい、 夫のリタイア時に シュヴルーズに引っ込んだ。 

パリ時代の二人は美女・美男の親子と言えるでしょう。

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10.      シュヴルーズ時代のドニは  私のような家は ’ メゾン・ド・デュー 

神の家 ’ と言うのよ と語りつつ、 バカンスの度 年に何十日も孫たちを預かり、

一方 教会での様々な奉仕活動や    スキー板ではなく かんじきを履いての

雪山の踏破に意欲を燃やした。


パリ時代の黒髪 白髪となったシュヴルーズ、 ドニのビフォー ・ アフターも感慨深い。

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11.    一方フィリップの中年姿も なかなかイケている。 今や立派な建築家だ。

妻ドミニクは パリで歴史資料図書館で働いていたが 仕事の関係で資料を探しに来た

フィリップと知り合い結婚した。    フィリップにとっては再婚となるが ・・



ドミニクに聞いてみた。   フィリップと結婚した理由は?

フィリップの顎を撫でつつ 即答した。     ” ハンサムな顔 ! ”


あの栗色の髪の少年が ロマンスグレーとなった ビフォー・アフターの姿も 

ある種の感動だ。

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12.       さてこちらは 日本での話。   サンドラ一家とフィリップ一家は

シュヴルーズで 家族ぐるみの仲良しだ。     サンドラは今日本で働いている。


サンドラの日本びいきの度合いは図抜けている。  日本語を聞いて話せるばかりか

読み書きも出来る。   夏目漱石やよしもとばなな等も愛読書だ。

スーパーインテリと言って差し支えないだろう。




サンドラは一家で南アフリカで暮らした後 シュヴルーズにやって来た。  

事業に成功した彼女の親は金持ちだ。  

しかし、 
彼女が日本に来るにあたって 親の援助は一切ない。



彼女は東京でちゃんと働き 自立している。  

如何にもフランス的な親子関係に ただ感嘆するばかりだ。

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13.      ところで、 サンドラに ’ フィリップってハンサムよね~ ’ と呟いたら

大笑いされた !          ’ ああいうのハンサムって言わない。 ’

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今どきの若い子の好み ロックバンドの誰それなどと 名前を聞いても

分からないだろが、

取りあえず ” 男性のハンサム顔のビフォー ・ アフター ” っていうのがある、

と言う事だけは 思い知ったのでした ~~ 







シュヴルーズも今は水が引き なんとか平穏な日常が戻ったようだ。


来年の イヴェット川沿いの花のコンテストが楽しみだ !
 



                

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