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2016年6月 3日 (金)

「テージョ川の夕日」「ファドはイメージと少し違ったという話」

リスボン市内、やがて夕刻を迎えようとしています。







01.       「 アウグスタ通り Rua Augusta 」、  リスボンの石畳の模様は

白と黒を基調としたデザインで、 全て職人の手作業で作られている。



通りの南端にある 「 勝利のアーチ Arco da Rua Augusta 」 をくぐると、

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02.         「 コメルシオ広場 Praca do Comercio 」 に出る。


中央には 「 ドン・ジョゼ一世の騎馬像 」 がある。     この広場にはもともと

リベイラ宮殿があったのだが、 1755年のリスボン地震で崩壊。 


その後 宮殿ではなく、  政府関係の庁舎、港湾・貿易関連の建物が並ぶ

 ” 貿易広場 ” として再建されたと言う。

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03.       それにしても 1755年の大地震では 揺れと津波と火災で 

リスボン市内の大半が壊滅したそうだが、 地震国日本としては 他人事ではない。



広場の先にはテージョ河畔がある。 夕日を見ようと 多くの人々が集まっていた。 

写真の犬は 慣れた様子で波と戯れていてハラハラしたけど  地元イヌなのだろう ・・

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04.       海ではないものの  寄せては返す 夕日の朱に染る川岸の波模様、 

思わず 何分も見入ってしまった。       遠くに見えるのは 「 4月25日橋 」


1974年4月25日に起こった無血クーデタ ” カーネーション革命 ” から

名を付けたそうだ。  空と橋、革命の象徴となった赤いカーネーション色だった !?

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05.         テージョ川の夕日を楽しむ人々

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06.          別な場所での リスボン人の日常の一コマ ・・

’ ハトおばさん ’ はここにもいました ~  

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07.          靴磨き、 焼き栗屋、  まさに 郷愁の都 ・ リスボン ですね~

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08.         さて 当夜のディナーは   ” ファド・ハウス ” にて ~


食事をしながら ポルトガルの民衆歌 ” ファド ” を聞こうというのです。

Fadoの発祥の地はリスボンの下町で まさに本場中の本場と言えそうです。



どうですか この表情とジェスチャー、、       どうやら

一瞬でファドの世界に引き込む ’ ファド歌唱の美的様式 ’ があるようだ。

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09.        ポルトガル独特の哀愁・郷愁を ” サウダージ ” と呼ぶが

日本の演歌が世につれて変化して来たように、 

ポルトガルのサウダージも 時と共に 徐々に曲調や歌詞が変わったに違いない。



一曲目の如何にも物悲しい歌に 期待が高まったが、 

残念ながら その後 心を奪われるような深い歌はあまりなかった。


曲調が明るく 結構軽やかで、絶品と言うほどは歌が上手い訳ではなかった。

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10.        多分 円熟期を迎えた
日本の ’ カラオケ文化 ’ のお蔭で 

 とにかく 歌のうまさに対して日本人の耳が肥えてしまったのかも知れない。


それに 日本の演歌もそうだが ’ 貧しさに耐えて ’ とか ’ 女が

男に奴隷のようにすがって ’ などと言う世界観が無くなったと同様、

ファドの世界観も きっと世につれて変わったに違いない。 

イメージしていたものと少し違って当然だったのカモ ・・

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11.      彼も カッコいいですね~  太らないよう気を付けていそうです。


とにかく 一つ感心したのは ファドの歌い手の ” 様式美 ”

一瞬でファドの中に 人を招き入れる様式を 彼らが持っていること。

多分ポルトガル人だけが持つ 独特の世界 ・ それがサウダージなのでしょう ・・



もっと深く知るためには ガイドブックに載っていないような店を 

探すといいのかも知れない。

しかし ファドハウスやナイトクラブが密集する バイロ・アルト地区の路地裏は

一応 夜は出歩かない方がよいとされています ~~ !

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12.       私達も用心して 往復 タクシーで移動した。   


先ほどまで歌っていた歌手やギター弾きたちが 路上で雑談。  

通りは 店内で働く人達の 次のステージまでの休憩所と言えそうだ。  


そこには そんなに悪い人はいないかも知れないが、、 客引きはいるかも知れない、  

しかし こんな路地こそ歩いてみたい、 などといろいろ想像しつつも 


あっさり タクシーの車窓の人となった ・・・ 

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13.        ライトアップされた 「 サンタ・ジュスタのエレベーター 」 が

存在感を醸し出していて、  その上の三日月も ナイフの様でカッコよかった !

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ホテルの周辺は安全だからと 、、 少しぶらつきながら 、、

先程のファドを思い出しておりました ~





・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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