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2016年5月

2016年5月27日 (金)

リスボン 「発見のモニュメント」と「サンタ・ジュスタのエレベータ」

            リスボンは ポルトガルの首都だと言うのに 都会の冷たさがない。

               民族の個性を失わず、 良い意味でいつまでもあか抜けない 郷愁の都だ。







   01.        「 リスボン Lisbon 」 は大西洋に注ぎ込むテージョ川の河口から

                        12km内陸に位置する。  大航海時代も今も 船は河口の港から出航する。

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02.        街に入る前にテージョ河畔で遭遇するのが 「 発見のモニュメント 」


                             塔の東と西 両側に、 エンリケ航海王子を先頭に 合わせて約30人の

                              大航海時代を切り開いた偉人たちが並んでいる。


                      ヴァスコ・ダ・ガマ、 マゼランなどの航海士のほか   フランシスコ・ザビエル

                      数学者 神学者 画家 作家などが含まれているのが興味深い。

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03.        因みに 1582年にキリシタン大名有馬晴信らによって送り出された

                         4人の少年欧州親善使節団も ここリスボンの港から上陸し、 

                      シントラ エヴォラ、 スペインを経て ローマに向かった。   

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                                     ( 海とも見まがう幅広のテージョ川 )







04.          観光バスの後を追いながら いよいよ市内に入る。

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05.           赤ポスト、 焼き栗屋さん、、     

                            ポルトガル北部の田舎町と似たような風景です ~

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06.          さて ホテルは オールドタウンのど真ん中に取りました。

                           部屋のベランダから 北側に見えるのが 「 ロシオ広場 Rossio 」

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07.         部屋の真下の賑やかな通りが 「 アウグスタ通り Rua Augusta 」

                            通りのどん詰まりに見えるのが 「 ルア・アウグスタ勝利のアーチ 」、 

                       その先はテージョ河畔。


                             通りに陣取る カフェやレストランのテラス席、

                        楽しそうで すぐにでも降りて行きたいと 気持ちが逸りました !

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08.         しかし、 通りの向かいの建物の隙間から   何やら 

                          高い塔の上に群がる人々の姿を発見 !     まず あそこに行ってみよう !



                            サンタ ・ ジュスタのエレベータ Elevador de Santa Justa 」  この優雅なエレベーター

                         1902年製で 高さ45m、 箱の中は意外と広く 高級感あふれる家具調でした~

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09.        映画にも出てきそうなレトロな雰囲気です。  鉄の芸術と言えば 

                       パリのエッフェルタワーや ポルトの鉄道橋 ドン・ルイス1世橋を思い浮かべます。



           当時の鉄の建造物は だいたいエッフェル社系統の建築家の設計でしたが 

           装飾性で言えば このエレベーターのお洒落度が ナンバーワンではないでしょうか。

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10.          因みに このエレベーターは もともと 観光用と言うよりは 

             30mの高低差がある 上の地区 バイロ・アルトと 下の地区 バイシャを結ぶ

             日常の移動手段という
側面が大きかった。

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                              (   塔からも 私達のホテルが見えました ! (右上)  ) 
 






11.         ” 七つの丘の街 ” と言われる起伏の激しいリスボンの位置関係が


             ざっと見渡せる。   向かいの丘には 「 サン・ジョルジェ城 Castelo de Sao Jorge 」 

             その左に 「 グラサ展望台 」  「 セニョーラ ド モンテ展望台 」 がある。

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12.         夕日に照らされる東側の明るい風景 ↑ を見た後、  
連絡橋を

            西側に歩いて行くと、   1389年に建造されるも、 1755年のリスボン大地震で

            倒壊した 「 カルモ教会 Igreja do Carmo 」 が 悄然たる姿を現した。



            一応工事中の部分もあるが 屋根のアーチ型の骨組みは遺構として残されている。

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13.         さて 再び テージョ川方面を望むと、  07.で通りの端に写っていた 

            「 ルア・アウグスタ勝利のアーチ 」 が 白く輝いていた。

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       これから 下の賑やかな通りを冷やかしながら テージョ河畔まで行ってみよう!



       リスボンでのディナーは どんなものになるのだろうか ・・







・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年5月20日 (金)

「ロカ岬」 西の果て、海は滝となりて奈落に落ちゆく


巨大なユーラシア大陸の西の果て、「 カポ・ダ・ロカ Capo da Roca 」 こう呼ばれるロカ岬、


激しい潮風に吹かれながら いにしえの人々の気分を想像した。





01.          くっきりと断崖が 海に切れ込んでいる。

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02.         一筋の雲が 人々を大西洋の彼方に誘うようだ ・・

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03.     大昔 人々は大海原の突端で 海水がダァ~っと奈落に流れ落ちる と信じていた。


つまり、 海とは魔界であり 恐ろしいものだったのだ。

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04.         ポルトガルの詩人 カモンイスの詩を刻んだ石碑

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05.         ロカ岬 「 ここに地果て 海始まる 」  ヨーロッパ大陸最西端の地 



遠くに見える灯台は海抜165mの断崖に、1772年に建てられたもの。

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06.      ” シントラ市管轄  北緯38度47分 西経9度30分度 海抜140m ”

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07.        アコーディオンが 物悲しいメロディーを 奏でていた。

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08.          断崖の真下は 危険で覗くことは出来ないが、

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09.          横から 荒々しい断崖と切り立つ岩を 見ることが出来る。

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10.          ポルトガルのお嬢さん

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11.      ところで 大航海時代、ポルトガルは破竹の勢いで各地を征服して行った。

アフリカのセウタを征服したのが1415年、 喜望峰を発見したのが1488年、

ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達したのが1498年だ。



しかし 当時彼らにとって 地中海の外に出ることは恐怖そのもので、  こうした航海も 

西方の奈落に落ちないよう、  恐る恐る アフリカ大陸に着かず離れず南下して行ったのだ。

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12.    地球が丸いという信念があったコロンブスが 大西洋を西に真っ直ぐ進み 

偶然アメリカまで到達したのが1492年。  怖がる水夫たちの暴動も起きかねなかったし

コロンブス自身も内心ハラハラだった、と何かに書いてあった。 

 従って 1524年に生まれた ポルトガルの詩人・カモンイスの言葉

 ” ここに地果て 海始まる ” は、 ポルトガルが世界を征服しかけた ’ 上げ潮の時期の海 ’ 

’ 征服と富をもたらす輝かしい海 ’ を意味していたのか


 

それとも、 情報は何十年も遅れて伝わったことだろう、   西に行ったら大変と、、

相変わらず恐怖と畏敬の海だったのかは 計り知れない所です・・

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13.     でも もう一度、 古代人の気持ちで 畏怖の念で海を見つめてみませんか ・・



この水平線の彼方まで行くと ドヮ~~っと イグアスより何百倍も大きな滝に巻き込まれ

奈落に落ちて行くのだと   想像しながら ・・・・・・

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特に 重要なことは   それが 単なる海の果て、地の果て、 なのではなく 

 ” この世がそこで終わる ” と 人々が思っていた点だと言えるでしょう ・・







・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年5月13日 (金)

「シントラ」この世のエデン若しくは起伏の激しいディズニーランド

ポルトガル、リスボンの西28kmにある世界遺産の古都 「 シントラ Sintra 」 は

かつては 王侯貴族の別荘地として 豪華で風変わりな城館があちこちに建てられ華やいでいた。



そして 今日では リスボンからのワンデイ・エクスカーションの地として人気が高く 

街はいつも観光客で賑わっている。







01.     王宮は 起伏の激しい地域の 小高い山の上にあるが、 その王宮の広場から

さらに高い稜線上に 「ムーアの城壁 」 と 「 ペーナ宮殿 」 が見える。

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                                 (  王宮から2つを見上げる   )







02.            従って 街じゅうが坂道だらけで 

あちこちに点在する宮殿など 見るべきものへの移動は一苦労だ。

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03.      観光用に 乗り降り自由の巡回バスがあるが、 馬車やプチトレインも楽しい。

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04.      「 王宮 Palacio Nacional de Sintra 」。    かつてイスラム教徒が支配していた

なごりの城を ポルトガルの王たちが15~16世紀までに 改造・再建していったもの。



二本の円錐形煙突は 厨房から出ているが 多分暖房の役割も果たしたのではないだろうか。

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05.         改築を重ねた結果 王宮には色々な様式が混在して来たが


とりわけイスラム様式は温存され、  1755年のリスボン地震で宮殿全体が損傷した際も 

意識的に ” 古風に ” 修復されたと言う話は 実に納得のいくことだ。

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06.         ’ アズレージョ ’ や ’ アラビアン幾何学模様 ’ が魅力的 !


城は一見新しく見えるが、 1910年に王宮が国の物になるまで 実際王家が使用していた

と言うのも その一因かもしれない。

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07.            街には 坂道と階段と土産物屋さんがいっぱいある。 

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08.       ” こんなに俗っぽい街とは 少しがっかりだ ” と 我がDannaさんは

言っていたが、   私は目がキラキラ ! 楽しくお買い物をいたしました ~


しかし、確かにレストランのボーイさんなどは 観光客擦れ!? していた感がありました ~

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09.       スペイン土産まで置いてあるこの店の 床のタイル装飾が個性的だった。

各国語で書いたコルクの看板、  いろいろな国のお客さんが来るのですね ~

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10.            「 レガレイラ宮殿 Palacio Quinta da Regaleira 」 


ポルトの 裕福な伯爵夫人の所有物だったこの館を 1892年に買い取ったブラジル人の富豪が

イタリア人の建築家に改装を依頼したもので、 

その富豪の名前から ’ 百万長者モンテイロの館 ’ というニックネームも付いている。



ポルトガル文化省の管轄になる前に  所有者が何代か変わったが 

その中に ’ 青木 ’ という日本人の名があるのが興味深い。

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11.           深い森に囲まれた領地には この立派な宮殿の他、 

小さいながら複数の階層を持つチャペル、 魅力的な石の装飾ベンチなどが随所に配置されている。 



とりわけ珍しいのが 螺旋階段井戸 洞窟やトンネルなどで 

その一部は 地中で複雑につながっているらしい。



別名 ’ 逆さタワー ’ とも呼ばれる 深さ27mの 「 螺旋階段井戸 Poco Iniciatico 」 

には、 水が張られたことはなく タロットを含む占いの儀式に使われたらしい。

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12.            王族・貴族の立派な居城や遺跡が主役のシントラだが

こんな ’ 庶民のやかた ’ にも また違った趣きがある ・・・

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13.            「 ペーナ宮殿 Palacio Nacional da Pena 」 


この宮殿は比較的新しい。 1755年のリスボン地震で荒廃したペーナ修道院を目の当たりにした

フェルナンド2世、 もともとロマン主義的な空想癖のあった彼は 

同じ場所に、  一風変わった異国風でロマンチックな城を再建しようとした (1836年着工)。


   
ロマンチストで変わり者と言えば かのノイシュヴァンシュタイン城を建てた (1869年着工)

ドイツのルートヴィッヒ2世を思い出す。 2つの城はほぼ同時期に完成した( 1885~6年)。




ところで 2つの城は両方とも 何となくディズニーランドを想起させる。 

もちろん本物と遊園地は 比べものにはならないが、

それだけ夢と発想力にあふれた 現実離れした城だとは言えそうです。

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しかしながら せっかく楽しみにしていたこの宮殿、  入場門の賑わいを確認しただけで

時間の都合で中に入ることは諦めた。    旅にはこんな心残りは付きものです。




後ろ髪を引かれつつ ヨーロッパ大陸の西の果て ロカ岬へと歩を進めました ~ 



・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆




因みに 英国の詩人バイロンは シントラを ” この世のエデン ” と称したそうだが


私には、 園内に 異国情緒たっぷりの宮殿や王宮や別荘、そして土産物屋が点在し、それらを

観光ミニトレインがつなぐ  ” 起伏の激しいディズニーランド ” のようだったな

と思われました ~~       






・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

2016年5月 6日 (金)

「エルヴァスの星形要塞」 国境だからの大きな文化・小さな文化

ユネスコ世界遺産に登録されている 古都 「 エルヴァス Elvas 」 は 

ポルトガル・アレンテージョ地方、 スペインとの国境 わずか12km地点にある。



ローマ軍による支配 イスラム勢力の台頭 キリスト教徒によるレコンキスタ ナポレオン軍の侵攻

スペイン・ポルトガル間の戦い、 エルヴァスは 常に様々な攻防戦の最前線にありました。







01.          戦いに備えることが宿命だった ” 国境防衛都市エルヴァス ” は 

町自体が世界最大と言う堅牢な星形城壁にがっちりと囲まれている上に  周囲の荒野にも


数々の要塞がちりばめられている。   町の一段高い所には ローマ人 イスラム人が作った

城があったが 今は城壁 13C だけが残っている。

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02.        現在 町を囲む荒涼たる台地には 7つの稜堡と2つの星形要塞がある。 

町自体もギザギザと角を持つ多角形の星形をしているが (写真右下)



全方位を守備範囲に入れるであろう 「 グラサ要塞 Forte de Nossa Senhora da Graca 1763~ 」

(写真上と左下)は 宇宙人にもアピールしそうな 見事な造形美です !

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 ( 左下の空撮写真は 世界遺産のサイトから )  




03.     町並みの向こうに見える 「 サンタ ・ ルジア要塞 Forte de Santa Luzia 1641~ 」

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04.           ポルトガルの美人さん   城山はデートコース !?



城門の下は防衛のための空堀になっている。

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05.     エルヴァスの歴史地区は 17Cに建造された ’ 塁壁(砦用の壁) ’ に囲まれている。


「 サンタ・クララ広場 Largo Santa Clara 」 に立つ柱 「 ペロリーニョ Pelourinho 16C 」

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06.        白壁に黄色のラインがアクセントとなっている ポルトガルらしい家並。


ヨーロッパではいずこも同じ、、  日中は年寄の姿が目に付きます ~

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07.       幾何学模様が美しい 町の中心地 「 レプブリカ広場 Pr. da Republica 」


画面手前には 「 ノッサ・セニョーラ・ダ・アスンサオン教会 」 が立っている。

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08.      お勧めなのが 別の教会 「 ノッサ・セニョーラ・ダ・コンソラサオン 16C 」 



知らないと通り過ぎてしまいそうな小さな教会だが  中では幻想的な雰囲気の小宇宙が待っている。

壁は17Cのアズレージョタイルで覆われ、 8本の柱にはグロテスク(唐草)模様が描かれていた。

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09.       変則的な八角形をしたドームが面白い。  訪ねたのは夕方5時過ぎ。



掃除も終え バッグを抱え帰宅しかかった若い係員が 教会の扉を親切にも開けてくれた。

文字通り ’ ノッサ・セニョーラ 我らが聖母 ’ でした!

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10.        「 アモレイラの水道橋 Aqueduto da Amoreira 1498~1622 」


4階建てのアーチ数800、地下構造が6m・地上の高さ31m、 全長7.5kmにも及ぶ

この水道橋は保存状態が良く、現役で使われているそうだ。



辺境の地で!? こんな立派な水道橋に出くわすとは 実は想像していなかった。 


しかも 古代ローマの文化なら別だが、 16・7世紀になって 何故こんな大層な

ものを造ったのかも、 不思議なことではありました ・・

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11.          水道橋の近くに エルヴァスの刑務所があった。    

面会の人達だと思う。  面会時間は ’ 内側の事情で ’ いつになるかは定かでなく、

長期戦で待つという鷹揚な覚悟が 外側の人達にある雰囲気だった。



道路っぷちで まさか 刑務所に出くわすとは これまた 想像外でした ・・・!

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12.          さて郊外の道路ぎわ ローカルなサービスエリアに寄ると 、、 

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13.        スペインとの国境だけあって スパニッシュ文化も混ざって 、、


絞った日付が書かれた 生オレンジジュース Sumo Laranja Natural のカップが並んでました。

お菓子は ポルトガル菓子 エッグ・タルトが 一番の売れ筋だったようですよ ~

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ポルトガル語を起源に持つ日本語は多いようですが

 ’ 相撲 sumo がジュース ’ だったとは 心の中でニコリとしました ~


  (  本当は スーモって発音するらしいですけどね ^&^  )





しかし フレッシュは素晴らしいと 生オレンジジュース 調子に乗って飲み過ぎると 


お腹には刺激がきつ過ぎる場合もありました ~   ご用心、 ご用心 !?








★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

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