« 今日の絵画 「 楽園の鍵 」 パステル | トップページ | 「ピエンツァの古チーズ」・「ローマの松を背にアッピア街道からローマ入城!」 »

2015年9月 4日 (金)

芸術の都 シエーナが生んだ色の名は ”バーントシエーナ”

イタリア・トスカーナ州、三つの丘の上に作られた 褐色の古都シエーナ 


そこでは 長い歴史の中から生れた質の高い芸術が 圧倒的な魅力を放っておりました !







01.          シエーナ大聖堂に付属する 「 ピッコローミニ図書館 Libreria Piccolomini 1502年~ 」

画家ピントゥリッキオが 教皇ピッコローミニの生涯のエピソードを描いたフレスコ画が 部屋一面を席巻している。



よく見るやわらかなフレスコ画と違い くっきりした緻密なデッサンと色彩の鮮やかさが際立っている。

01







02.      壁から天井までびっしりと絵や模様が覆い尽し、一切 無地は存在しない。

彼らにとって ’ 無地 ’ を埋め尽くさない限り 仕事が終わったことにはならないのかも知れない。  



’ 余白 ’ を重んじる日本の芸術の対極にあると言えそうですが、 ここまで徹底すればそれも見事です。

02







03.      さて、これが褐色の古都の風景。 この色が絵の具の名前の由来になっている。

つまり 「 シエーナ 茶色 」 または 「 バーントシエーナ 焦げ茶 」 などがその名です。

03







04.      こちらは 市役所 「 パラッツオ・ピュッブリコ Palazzo Pubblico 13C ~ 」

白とシエナカラーがマッチした 「 マンジャの塔 Torre del Mangia 88m 」 は すらりと美しい。 



現在市役所は美術館や劇場になっているが  婚姻届けなどの窓口業務はやっているようだ。           

翌月出産というカップル、 男性のスカーフと胸ポケットのラヴェンダー 女性とのコーディネートは完璧です!



「 双子に乳を与える牝狼 」 のブロンズ像は、 ’ 訳あって森に捨てられた双子が 狼に育てられ

兄のロムルスがローマを作り 弟のレムスがシエーナを作った ’ という逸話が元になっている。

04







05.          市役所内の 「 平和の間 Sale dela Pace 1335年 ~ 」 


よき政府と悪しき政府の効果というテーマが描かれているが、  ここでも ありとあらゆる空間が

絵と模様で埋め尽くされている。   色合いがシックだったこともあり 思わず感動してしまった !

05







06.           「 礼拝堂 Cappella (上)」 

「 マッパモンド 世界地図の間 Sala del Mappamondo にある ’ 玉座の聖母 ’ (下) 」

06







07.              さてここは 「 カンポ広場 Piazza del Campo 」  

上の市役所を中心地として 全体が ゆるやかなすり鉢状の 貝殻の形をした広場だ。 

07







08.     ここでは 年に2回 「 パリオ デッレ コントラーデ Palio delle Contrade 」 という

裸馬レースが行われる。      出場チームは 各地区( コントラーデ ) の名誉をかけ 

聖母マリアの肖像が付いた旗( パリオ )と賞金を目指して闘うのです。   私もテレビ番組では見ていたが 



実際の広場は砂が敷かれてデコボコが少し均されるものの、  全力疾走の馬レース用にしては円周が小さく 

アップダウンもかなり激しい馬場になるなあ、 と 驚いたものでした ・・ 

08

                        (  写真は インフォーメーションサイトから  )







09.       ちょうど 市役所前にあたる貝殻状の中心地から 白い線が8本 放射状に伸び、 広場を

九分割している。 これは シエーナの政府を組織した 小市民階級出身の9人のメンバーを象徴しているそうだ。



その中心には アッシジの聖フランチェスコの一番弟子 ” 聖ベルナルディーノ が 1427年ここで説教した ”

というプレートが埋められている。       アッシジでフランチェスコの足跡を辿ってみた後だけに 

ああ あの人の弟子か~ っと 知り合いでもないのに ちょっぴり感慨深かった ・・

09







10.         もう一度 広場を囲む建物を見てみよう。  


成る程 焦げたシエーナ色、 バーントシエーナ ( Burnt Sienna英 Terra de Siena Tostada伊 )だ!

10







11.      カンポ広場に降りるのも カンポ広場から登るのも、 結構きつい坂道となっている。 

シエーナという町を面白くしてるのは、 こんな変わった地形も 理由の一つかも知れない。

11

          (  下左は フォンテ ガイヤ Fonte Gaia (歓びの泉)  )







12.       ところで今回は 大聖堂の丘の下にある 「 バティステロ聖堂 Il Battistero 」 の

真向いにある宿に泊まった。  部屋に案内され 窓を開けると美しい聖堂のファサードが目に飛び込んできた。




しかし 実際 オールドタウンの真っ只中に 車で入って来るのは至難の業だった。 

帰りは 幾つかの城門を抜け旧市街を出るまで 宿の主人が ’ 代行運転 ’ をしてくれた。

12







13.       この宿は家族経営で 他にも長期滞在用のアパルトメントを持っている。 


世話好きなマダムは いろいろ説明したくて仕方ない。  私にのしかかる様に話しかけて来るので 

思わず一歩後ずさると その分一歩前に攻めてくる !    イタリア人らしいイタリア人だった。




ところで 昔この家には 向かいのバティステロ聖堂の司祭が住んでおり 地下道で行き来していたという。

その名残りの地下道は今や彼らの物だ。 そして来年 地下道をワインセラーに改修する予定だと言う。 



あなたのイタリア語と私の英語は どっこいどっこい(の下手くそ)ね ! と笑って 気に入ってくれたマダム

そのワインセラーのオープンパーティーに 絶対呼ぶから来年来てちょうだい、と誘われた。

    (    マダム、行けるものなら行きたいですよ、 毎年でも イタリアに !   )

13



優しい、やさしい気質の一人息子は 翌日が弁護士試験の発表で もし合格したら 髭を剃る予定なんだとか・・

フェイスブックで髭のない写真が載っていたから きっと合格だったんですね。





ワインセラーオープンの話は伝わって来ないけれど、 シエーナは最高でした。 忘れませんよ、マダム !


そして 大好きな
バーントシエーナ、 これからもチューブをひねる度に思い出します シエーナを !







★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

« 今日の絵画 「 楽園の鍵 」 パステル | トップページ | 「ピエンツァの古チーズ」・「ローマの松を背にアッピア街道からローマ入城!」 »

イタリア トスカーナ地方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/577816/62216788

この記事へのトラックバック一覧です: 芸術の都 シエーナが生んだ色の名は ”バーントシエーナ”:

« 今日の絵画 「 楽園の鍵 」 パステル | トップページ | 「ピエンツァの古チーズ」・「ローマの松を背にアッピア街道からローマ入城!」 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック