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2015年7月24日 (金)

「ラヴェンナのモザイク画」 美しき聖女たち、1500年も行列し続けてます

イタリア エミリア・ロマーニャ州にある 「 ラヴェンナ Ravenna 」 は 

アドリア海から15kmほど内陸にある 歴史遺産に彩られた輝かしい古都ですが、 



とりわけ そのモザイク は 長く世界中の人々を魅了して止まない芸術品なのです。 







01.            「 サン・ヴィターレ聖堂 Basilica di San Vitale 547年 」 


キリスト教の聖堂としては ごく珍しい八角形をしており、 床・壁など 一面モザイクで覆われている。   



特に 聖堂内陣のアーチの上下左右に配されている キリストと12使徒、 皇帝と皇后のモザイク画は 

率直な人物表現が古めかしくもあり 退色しないモザイクの輝きが新鮮でもあり 本当に見事でした !

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02.      当初西ローマ帝国の首都であったラヴェンナは 6世紀には東ローマ帝国の総督府となる。


8世紀初頭には東ローマ帝国から分離されたものの  河川を通じてアドリア海に開けていたラヴェンナは 

その後も ビザンチン帝国の首都となったコンスタンチノープルと 深い関係を持つことになる。  


聖堂の随所に ビザンチン様式がみられるのも当然のことでしょう。

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03.           アーチ向かって左手の壁  「 ユスティニアヌス一世と廷臣たち 」 

登場人物は  一人ひとり 誰であるか分かるように描かれている。

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04.          向かって右手の壁には 「 皇妃テオドラと侍従たち 」 

ネックレスも冠も 今付けたばかりのように輝いている。

モザイクは タイル 石 ガラス 貝殻 木 などを組み合わせ、 床や壁面に 幾何学模様や歴史画・宗教画

などを表すものですが、 表面のでこぼこを極力抑えつつ 芸術的図案通りに 広い面積をびっしり

モザイクで埋め尽くす訳ですから、 想像しただけでも 気の遠くなる作業だということは間違いありません。



モザイクは  崩れ去らない限り  半永久的に劣化せず輝き続けるのですから

そこが 最大の魅力と言えるでしょう。  

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05.       こちらの 「 ガッラ・プラキディア廟堂 Mausoleo di Galla Plcidia 5世紀 」 は

サン・ヴィターレ聖堂と同じ敷地にあるが さらに古い霊廟です。  四辺のアーチには  キリストと羊の群れ 

聖人の受難などが描かれている。   とりわけ アーチ型の天井に描かれた 濃紺の天空に煌めく金の星々の

精密さには驚かされる。 



どれ程腕の立つ職人が作ったことか、、、 手先の器用な日本人でもお手上げかもしれない ・・・

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06.       狭い内部は真っ暗で 目が慣れるのを待つことになる。  建物を外側から見ると

四方にボールド( かまぼこ型の天井 )(12.5m×10.25m) が伸びているのが分かります。

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07.     話は変わるが、 ラヴェンナでは ホテルでなくアパルトメント(貸し部屋)を予約した。  

朝からオーナーとメールのやり取りをしていたが 約束より少々早めに着いた。



何の変哲もない建物の 「P」 のマークがある所が入口だ。 呼鈴脇にオーナーの電話番号が書いてある。 

たまたま通りがかった彼らが 自分の携帯でオーナーに連絡してくれた。 



オーナーがやって来るまで結構待ったものの  美男美女の顔をまじまじ眺めるチャンスと相成った! 

猫のような銀緑色の目をした彼女はロシア人。 ゴリラTシャツの彼は 26歳のイタリア人。

カルチョ(サッカー)好きだが ラヴェンナのチームは セリエC所属で 弱いからと期待薄の感じ !  



アパルトメントの方は 2部屋続きでベッドは合計5個、 結構広く まあ悪くはなかったですよ ~

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08.          旧市街の ホコ天 メインストリート

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09.     さて再びモザイクです。   こちらは 「 サンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 

Basilica di Snta'Apollinare Nuovo 」。    519年に作られたこの聖堂のモザイク画はデザインが斬新 !      



特に 「 聖女の行列 Processione delle sante 」  は ’白’ が美しく 清潔感に溢れていました。 

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10.     聖女たちは東方の三博士の後に続き 町、港を出て 聖母へ捧げものを手渡すべく行列している。



聖女の向かい側の壁には 玉座のキリストに向けて歩む 26人の男性聖人殉教者たちの行列が描かれている。  

こちらは カメラ的には生憎逆光でしたが、 リズミカルな構成と白の美しさは変わりありませんでした ~

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11.      個人的には 一番心に残ったモザイクでしたので、 改めてアップにしてみました。



女性の顔つきは皆違っていますし 服の模様やひだ、貢ぎ物の持ち方まで それぞれ異なっている。

参考とした実際のモデルがいたかも知れない ・・



とにかく 永遠に劣化しない美しき聖女たち 1500年も行列し続けてるなんて スゴイ!

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12.        ヨーロッパの街角では 不思議と 子供か 犬か 彼女を 連れて歩く人が多い ・・

この町も そんな感じでした ~



ショウウインドウに飾ってあったオートバイは ” ローマの休日 ” で グレゴリーペックとヘップバーンが

乗ったと同じ車種 同じ年代のオートバイだそうですよ 。

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13.        さて ラヴェンナのモザイクは まだまだ随所で傑作が待っていました。  

紙面の都合で 断腸の思いで!? カットしましたが   最後に一言。   



ラヴェンナには 「 ダンテ Dante Alighieri  1265~1321年 」 の墓もありました。

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ローマ教皇庁と神聖ローマ帝国との大いなる争いの中で、 永久追放の宣告を受け、再びフィレンツェに

足を踏み入れることはなかったダンテは、 流浪の生活の果て 最終的にラヴェンナに落ち着き 

1321年 あの 『 神曲 』 を書き上げる。





以後 フィレンツェ側は ダンテの墓のランプの油を毎年奉納し ラヴェンナにダンテの遺骨の返還を

求めているが、 ラヴェンナはこれに応じていないと言う。




ダンテ追放は 歴史のなせる業とは言え、 フィレンツェにとって 逃した魚は大きかったようですね。





★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

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