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2015年6月19日 (金)

「フィレンツェ」ドゥオーモは外側を・ダビデ像は横から見てみましょう!

フィレンツェの顔と言えば  3色の大理石で装飾された 巨大な大聖堂「 ドゥオーモ 」 と  

市庁舎の門前で りりしく立ちはだかる 「 ダビデ像 」 だと言えるでしょう。  





01.     この 「 花の聖母教会 Santa Maria del Fiore (建設は13C~15C) 」 と呼ばれる

ドゥオーモは 名前通りに華やかな立ち姿で、  私も開いた口が塞がりませんでした !01







02.     イタリアでは 主に正面側のみを大理石で装飾した教会は あちこちで見かけるが、 


白 緑 ピンク 3色の大理石を組み合せた 複雑な幾何学模様が 大聖堂の全面を覆い尽くす様は圧巻であり、

当時の自治都市フィレンツェの力の大きさを 如実に示しておりました。 

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03.      ところで、 中央の ’ クーポラ ’ と呼ばれる八角形のドームは  直径40m 

高さ50mもあり、 建設は至難の業とされました。  しかし1420年に 設計案を問うコンクールがあり、

ローマで古代建築の研究をして来た建築家ブルネレスキが選ばれ、 彼は見事にドームを建てて見せたのです。   



当時のフィレンツェは ’ 公募 ’ などと言う公平な仕組みを持つ 先進的な都市国家だったのです ・・ 

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04.     しかし 一歩堂内に入ると、  ある程度の装飾物は別として、  ’ 殆ど空っぽ ’

なことに驚きました。     床の大理石の模様だけが ひたすら空間を埋めている。   



民衆ないし支配階級が 真に神に救いを求め祈った場 と言うより、  シエナ ピサ ミラーノなどの

近隣都市国家に対し ’ フィレンツェが己の力を誇示するため造った大聖堂だった ’ ように私には見えました。



とにかく、 ドゥオーモは 中より外側ですね !

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05.     さて、 たまたま工事中で布に覆われた八角の建物 「 洗礼堂 Battistero 11~12C 」、



この扉の装飾にも コンクールがありました。 そして クーポラの公募でブルネレスキに敗れた ギベルティが 

こちらでは当選し、 旧約聖書の10の場面を題材とした物語を 銅板レリーフに表し 傑作を残したのです。

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06.      ミケランジェロが 後に ’ 天国の門 ’ と呼んで称賛したこの東門のレリーフ、 

一見金ピカに見えるが これは実はレプリカ。 それでも 多分 本モノから蝋でかたどったのでしょうから 

迫力は同じはず。  そのレプリカの制作は 日本の企業の援助で行われたそうですよ。  いずれにせよ



今日の建築や絵画 音楽などのコンクールの起源は 少なくともイタリア都市国家までは遡れそうですね ・・
06

 





07.   次は 「 シニョーリア広場 Piazz della Signoria 」 に面した 「 ヴェッキオ宮 Plazzo Vecchio 」。


門前に 例のミケランジェロの 「 ダビデ像 」 のレプリカが立っている。

ここも 本当に大勢の観光客でいっぱいです !

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08.      13C以来 フィレンツェ共和国の政庁だったこのヴェッキオ宮は 現在も市役所として現役です。

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09.     さて 本物のダビデ像は 1873年にアカデミア美術館内に収められるまで 

1504年からずっと この場所で風雨に晒されていましたが、 

ダビデ像になる前段階の素材としての大理石も さらにその前から野外にありました。



と言うのは、1466年に ある彫刻家が 四角い大理石に 脚と脚のあいだに当たる隙間を空けるところまでいじって

放棄したのを皮切りに、 その後 何度か荒削りされつつ 35年もの間 ただ ’ 高価な大理石として ’ 

役所のかたわらに 飾られていたのです。 



ミケランジェロが やっとこの困難な仕事を引き受けたのが1501年。  造形上 相当な制約があったにも拘わらず

ミケランジェロでなかったら こんな傑作は造り得なかったと言われている。

09







10.     ヴェッキオ宮の隣、 多くの傑作(とレプリカ)が並ぶ 「 ランツィのロッシア Roggia 」。 



当初、ダビデ像を せめて屋根があるこの場所に置いた方がよいという意見もあったが、 

ミケランジェロが拒否した経緯がある。

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11.     既に人の手にかかった セコンドハンドの大理石の塊りに挑戦した ミケランジェロ、 結局は  

不朽の名作・ダビデ像を生み出した訳だが、  しかし 横から見ると 体全体の奥行に欠け やや迫力がない。



こちらからのアングルの写真・画像は なかなか見当たらないはずだ。

フィレンツェにお出かけの際は 是非 横からの姿にも 注目してみてはいかがでしょうか ~11

 







12.       ところで、メディチ家は 幾つかのダビデ像を発注している。    



こちらのダビデ像は ドナテッロ Donatello 作。 なんとも優美でたおやかだ。 これが ミケランジェと同じ

ダビデだろうか!      国歌の守護神として強く逞しい姿を表現したミケランジェロのダビデに対して、 

こちらは メディチ家が 自分たちの守護神として 邸宅内に置くことを前提としていた。

 



しかし 国家の英雄像を自宅に飾ることに対する非難に備えて ダビデではないと言い逃れできるよう、

様々な工夫が凝らされていると言う。     それはともかく、 このダビデ像が 余りに美しく 怪しいほどの

魅力を湛えているが故に  作者の怪しげな性的嗜好までささやかれたこともあった。

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13.      ここは 本物のダビデ像が待っているアカデミア美術館の入口で、 いつも長蛇の列が出来ている。
13

 




イタリアでは 私も数多くの絵画作品に出会ったが、 とにかく 彫刻作品の素晴らしさに驚かされ続けた。




当たり前ではあるが 彫刻は 360度どこから見ても 作品が成立している。 なんと言うスゴ業だろうか !

イタリアに行ったら やっぱり 彫刻ですね !




そして、 ミケランジェロのダビデ像も 360度から ですね ! 




★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★

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コメント

こんばんは happy01
ヒ・ヒエェ~!
な・何ですか?この大聖堂は?!う・美しすぎる・・・ coldsweats02
私でさえそう思うのですから、芸術家bella様は本当に感動されたことでしょう。
しかし中は・・・あれ?巨大空間が!
しかし床の模様やドームの天井画はさすがです。
写真でしか見たことがないダビデ像。
レプリカとはいえ、本物と何ら変わらないでしょう。
言われてみれば正面からの写真しか見たことがありません。
横からの後ろ姿、これも同じダビデ像なのですね。
タイトル通り、ドゥオーモは外側が、ダビデ像は横からも・・・堪能させていただきました。
イタリア・フィレンツェへのバーチャル旅行、楽しかったです。
次はどこかな? wink

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