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2014年11月14日 (金)

アラゴンピレネーの高い壁が目の前です!「 オルデサ国立公園 」

” ヨーロッパ文明は ピレネーで終わる ” という言葉がある。  ヨーロッパに於ける

スペインの孤立、発展の遅れを意味する言葉ですが、     ナポレオンは さらに乱暴にも

” ピレネーの南はアフリカだ ”  つまりスペインはアフリカ同然だ、 などと言ったそう !!



そんな高い障壁、ピレネー山脈を 近くで この目で見ておきたく、その山裾まで出かけて行きました。








01.    右を見ても 左を見ても 石、石、石だらけの町 アインサ Ainsa(10月31日付け記事)

から、 「 オルデサ国立公園 Parque National de Ordesa 」 に向かうことにした

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02.    アインサの高台から ピレネーの個性的な山塊が見える

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03.    途中で 馬の背のような地型が 幾筋も 川に落ちている個所があった。

石灰岩地層が見せる面白さだ !

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04.    いよいよ 「 オルデサ国立公園 」 に到着した。 千メートルに近い岸壁がそそり立つ。

勢い込んで山道に向かったが、 通行止めの遮断機のバーに阻まれた。  

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05.    考えてみれば当然だが、 自然保護と落石などの観点から、 専用のバスでしか入山できない。



結構なつづら折りの山道だったが バスは慣れた足取りで吹っ飛した。  終点はつまりはハイキングコースの

起点であり、  レンジャーの事務所や ハイカー用のトイレなどがあった。

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06.    公園内を歩き始めしばらして アラサス川 Rio Arazas を横切った。  雪解けの時期には

幾筋もの滝がこの川に流れ落ち 相当な水量になるという。

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07.     コースは ある地点までは このように整備されていて 素人でも歩きやすい。

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08.    岸壁が迫りくる。  これが 文字通り ’ 文明を阻む壁 ’ と言えそうカナ
・・・

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09.    松 唐松 樅 ぶな 楓など 美しい樹林が広がる。  無機質な岩肌の傍らでは

命ある緑が 一層輝いて見える。

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10.    このオルデサ渓谷には 三つの本格的トレッキングコースがあるが、いずれも ちゃんと

万全の装備を整えて入山しなければならない。 日本からもトレッキンググループが 時折来てるようだ。




写真の 「 トロンボテラの滝 60m 」 を眺めた地点で 私は引き返すことに ・・

このあたりまでは おこちゃまでも来られます。

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11.     さて 話しは変わりますが、 フランスとスペインの国境沿いには  西からバスク、

ナバーラ、アラゴン、カタルーニャ という4つの自治州が接しており、  ピレネー山脈自体も

’ アラゴンピレネー ’ と ’ カタルーニャピレネー ’ に分けられます。

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今 独立の機運が高まっているカタルーニャは 北側にピレネーを抱えてはいるが、 東側は地中海に面し

フランスと国境を接しているために 高度な文化・進歩的思想・近代的な工業などが いち早くもたらされ、

バルセロナが スペインのパリと呼ばれた時代もありました。   歴史上の数々の争いや駆け引きには

常にフランスの影響、支援が見え隠れしていました。





現代でも 太平洋側の沿岸から 夏ともなればバカンスで フランス人がどっとスペインに入ります。

と言うのも ユーロ導入の前でも、カタルーニャの観光地ではフランが使えましたし、外国語を話さない

フランス人( 今では死語となりましたが・・ ) が フランス語で気楽に過ごせたからでした。




もっとも最近の独立志向は 歴史的な経緯よりは 経済上の理由の方が 大きいようですが ・・





  ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆



12.    一方 この 「 オルデサ国立公園 」 がある アラゴン地方は 

北側はピレネーに塞がれ、 エブロ川沿岸の僅かな緑地帯以外 全域 荒涼たる原野に覆われ

人口密度も低い。 しかし その住みにくい環境を 頭脳と努力で克服した誇り高い国でした。

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12Cには東の隣国カタルーニャと 結婚によって連合、15Cには南の隣国・カスティリアのイザベル女王と

アラゴン国王の結婚によって 連合王国を築き、  その勢いで レコンキスタ(イスラム勢力からの国土回復運動)

を成就させ、  スペインの一大王国となった時期も長くありました。





その後の あまりにも複雑で波乱に満ちたスペインの歴史の推移は さて置き、





今日 結果的に、 経済発展したカタルーニャは スペインからの独立の道を模索し、 

一方 サラゴサ以外大きな都市を持たないアラゴンは どうみてもカタルーニャから置いてきぼりにされ、 

田舎の国のままでいる。



そんな対照的な2つの地域となりました ・・・





しかし そうした 人間の歴史に頓着することもなく  ピレネー山脈は その大きな胸に 

しっかと アラゴンとカタルーニャを抱きかかえておりました ~

 

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ピレネー山脈・大自然とその文化」カテゴリの記事

コメント

こんばんは
今夜もbellaさんブログでバーチャル旅行にやってきました (^_^)ニコッ!
と、その前に・・・つい先日カタルーニャで独立の是非を問う住民投票が行われ、なんと80%もの人々が独立に賛成したそうですね。
もっともこの結果は法的な力はないそうで、すぐに独立、というわけにはいかないそうですね。
アインサの町、石造り・石畳がいいですね。このような通りを見るたびにネパールのマルファ村を思い出します。
ピレネー山脈、垂直に切り立った岩壁、馬の背・・・まるで『自然の要塞』ですね。
この地形がナポレオンの進行を阻み、それどころか「ピレネーの南はアフリカだ」などと”負け惜しみ
”を言わせたのでしょう。
そんな自然の懐にはカラマツやブナ、さらに可愛らしい花も咲いていてホッと安らぎますね。
今日も楽しくバーチャル旅行させていただきました o(*^▽^*)o
ありがとうございました

石造りの街といい、
岩山のスケールの大きさにびっくりです。

こうしていつも海外の素晴らしく、
時には珍しい写真にいつも感動しています。
まだまだ、私は海外旅行には行けそうもありません。

ついに、bellaさんは高峻なとも形容されるピレネーの山懐までおみ脚を伸ばされたのですね。
写真を拝見すると、想像以上に急峻な石灰岩の岩肌も荒々しい山容にも驚かされます。
ヨロッパ大陸から突き出たかたちのイベリア半島の付け根の、地層が移動し歪んでせり上がった山脈が、なるほどと、納得です。
この山壁が宗教や文化の移動を阻止するような働きが多々あったであろうことは、スペインとフランスの近代からも想像に難くありません。
カタルーニアとバスクは良く耳にする地名ですが、アラゴン、ナバーラは不勉強で知りませんでした。

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