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2014年8月 8日 (金)

「エーグ・モルト」海面がピンク色! そして可愛い子供たち

南仏プロヴァンス地方 地中海沿いに ” カマルグ Camargue ” と呼ばれる湿地帯がある

” プロヴァンス平野の父 ” と呼ばれるローヌ川が 土砂や泥土を押し流し、 56、000haという

塩分を含む 広大なデルタ地帯を形作ったのです








01.    アルルの南西30数km、そのカマルグの一角に 「 エーグ・モルト Aigues Mortes 」がある



城壁に囲まれた この四角い中世の町は 当時 海岸線まで3km、 

運河を通って 多くの船団が十字軍遠征に出発した 華やかなる港でもありました 
  


13C フランス聖王ルイの時代、 フランスは地中海沿いには一つも領土を持っておらず

商業上も 十字軍の派遣にも基地が必要であったため、  

国王は 沼地の中で 殆ど島になっていた小修道院の土地を
獲得し、 

その村に特権を与え 小城塞として発展させたのです

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02.    この四角い城塞は 13C末フィリップ美貌王の時代に造られ、 城壁には 防御のため 

20もの櫓が設けられた。  14Cには 15、000人の住民が この狭い空間にひしめいたと言う
  




ところで、海面が何やらピンク色に染まっています !

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(   空撮は 観光課のホームページから   )





03.     遠くに見える白い山は ’ 塩の山 ’ 。  エーグ・モルトの塩は LaBaleine という銘柄で

各地に出回っている。 そして、海面を一面ピンクに染めているもの その正体は 実は 塩分に適応した小エビなのです !



カマルグに住むフラミンゴが このエビを食べるから 体が赤く染まるのだとか ・・

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04.     さて、 ガルデット門 Porte de la Gardette から町に入ると

夕方、観光客と入れ替わるように 地元の人たちが 三々五々 繰り出している

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05.    聖王ルイの銅像がある 「 サン・ルイ広場 」は 観光客の記念撮影が終わると、

やんちゃな子供たちの遊び場となる。     レストランがぐるりと この広場を取り囲んでいるが、


美味い店を引き当てるには 一種の勘と聞き込みが勝負となる

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06.     地元のおばあ達が カフェにたむろしている。  ママが朝から仕事だということで 

孫の世話を任されているこのグランマ、 ’ 目に入れても痛くない ’ とは 世界共通の感情のようだ

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07.     彼女は上の赤ちゃんのお姉ちゃん、 私は後にデッサンでもしてみたいと 10カット程写真を

撮らせてもらった。      子供たちと仲良くなるには 一緒に歌を歌えばOKです !

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08.     日本ではこの夏 白が流行だというが、 この店は 海辺の町らしく 白が永遠のスタンダード !


「 ブラン デュ ニル、 ナイル綿の白 」  という屋号です ・・

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09.     ” おっぱいのようなヌガー ” と言うべきか  ” ヌガーのようなおっぱい ” と言うべきか !?

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10.     この町の小路には 下町情緒が溢れている。 未だ 濃密な人間関係が存在しているようだ


さて夕食は、先程の広場の片隅で パエリャを ’ 露天作り ’ していたレストランを見つけた

                           



最近は スペインでも これだ!と言う 美味しいパエリャに なかなかお目にかかっていない。 レストランでは

20分程お時間がかかります、と確認してくるので ちゃんと手作りはしているのだと思うが、 恐らく 厨房では

パエリャを手早く仕上げる 何らかの近代的な調理施設があるに違いないと想像している。  でないと

大勢のお客に一度に対応出来ないからだ。  大きなエビや魚介で飾れば 即 立派なパエリャに見えてしまうし・・

                         



ここのは 水分が適度に飛んで 美味しい旨みと香ばしさが 口いっぱいに広がり、

生涯でも 忘れ難いパエリャとなった !

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11.    エーグ・モルトの ピンクの海の色に染められた? アイスクリーム屋さんの店先


” まず パパが舐めてからね、、、 ”    子供たちの可愛い表情がなんとも言えません

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12.    さて 現在のエーグ・モルトは この四角い中世の町の外側に発展している



城塞脇の運河 Chenal Maritime には 旋回橋が架かっていて、   朝の通勤時間帯

人々は 足早に橋を渡って行く

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ところで 14C以来、エーグ・モルトの停泊区と水路が ローヌ川の堆積により 徐々に埋まり、 

海岸線も大きく後退し 商業・軍事基地としての役割を果たせなくなった頃、 マルセイユがフランス領となり 

港の役割がそちらへ移ると、  エーグ・モルトは 完全にとどめを刺され 



その名の通り ” 死んだ水 ” となる。    そして、 歴史の外へ忘れ去られた ・・・




因みに 港の役割がなくなったあと、 この町は 長く牢獄として使われたと言う事です

西洋では 隔絶した場所は 多くが 修道院か牢獄になったんですね ・・・






ともあれ エーグ・モルトも 実に面白い町で、   わざわざ足を伸ばす価値があったと言うものでした



そして、城塞の狭い空間で出会った子供たち、 可愛いかったです ~ !

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コメント

こんばんは
エーグ・モルト・・・?どこだ、そこは・・・?
と思いながら、それでもbellaさんの写真と詳細な街の紹介&ユニークな視点に自然に顔がほころんできます。
民家の高さを見ると、城壁はそれ以上に高いし、確かに『牢獄』として使うには「もってこい」の街だったかもしれませんね。
そして、あのピンクの海!?海がピンクに染まるほど、小エビがいるのですか?!
言われてみれば、フラミンゴの色に似ている (^_^;;
どの国でも子供たちの笑顔は素敵ですね。
そしてbellaさんの「子供たちと仲良くなるには 一緒に歌を歌えばOKです」、これには驚きました。
そうは言ってもなかなかできることではないでしょう?さすが!です。
また一カ所、見知らぬ街を旅させていただきました (^_^)!

開けた海に港を持つ欲望は、中世を問わず現代でも身近に見てとれる厄介な事例もありますね。
あんなに大西洋に面した海岸線はあっても、南の地中海への憧れや欲望があったとは。
ローヌの沖積デルタは、数世紀の時間とともに、エイーグ・モルトの夢を残したままに、マルセイユという絶好の港の地形を形作ったことになりますね。
パエリヤ、ナイルの綿、何となくこの地域は南方指向なのでしょうか。

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