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2014年7月25日 (金)

「ゴッホの跳ね橋」 そして美しく逞しい「アルルの女」

 
「 アルル Arles 」 は 伝統を守る南仏・プロヴァンス地方でも とりわけ個性的な街、




ビゼーの戯曲 「 アルルの女 」 や ゴッホの数々の名画などを思い出すが

町の歴史は非常に長く、 紀元前まで遡れる







01.   アルルは ローヌ川と地中海と風の作用によって生まれた「 カマルグ La Camargue 」

と呼ばれる 沖積平野の縁にある

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02.    「 円形闘技場 Arenes 」、  アルルがローマ時代の首都だった 紀元75年頃の建造



もう2000歳以上だという その石肌は 何とも言えない風合いだ 

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03.    アレーナの観客席は時代ごとに改修され 今も闘牛やフェスティヴァルに使われている。



因みに カマルグ式と呼ばれるアルルの闘牛は 牛を殺さず 牛の首から紐を外す競技だそうだが

他に ’ ちゃんと牛を殺す ’ スペイン式闘牛も 年に数回行われる

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(  アレーナの外側は 楕円形の道路に沿って  店屋などが 続いている   )







04.    「 ラングロア跳ね橋 Le Pont d’Langlois 」   

1912年当時の橋を 場所も変えて 再現したもの

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05.     ゴッホは弟のテオに    ” 様々な色の上着と帽子を身に着けた洗濯女たち、 

青い川の水と緑の草が生えるオレンジ色の土手、 橋を渡る小さな馬車が青い空にシルエットとなる、

そんな絵を 今日3月15日(1888年)描いた ”  と手紙を送っている

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06.     さて、 市庁舎では 2組の ’ アルルの女 ’ の結婚式がありました



花婿 花嫁 双方の両親を交えて記念写真 ・・

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07.      こちらは 父親が消防署関係でしょうか・・   カッコいいですね!

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08.     華やぐ広場の向こうは 「 サン・トロフィーム教会 Eglise St-Trophime 1080年 」


正面入口の 「 ポルタイユ Portail 」 は 12C末のプロヴァンスのロマネスク様式の傑作とされます

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09.     外の喧騒をよそに 「 内庭の回廊 Cloitre 1150年 」は 光と静けさに満たされて ・・

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10.     さて ” アルルの女 (Arlesienne アルルジエンヌ )” は 美人で有名です

特にアルルの「 衣装祭り 」では、 民族衣装に身を包んだ女性達が  さらに 一層の魅力を放つ !



このようなクラシカルな髪形やレース襟が 万人を美人に仕立てるのは間違いないようですが 

祭りの期間中 彼女らは このドレス姿で 馬に乗ることだってあるのです ! 




’ アルルの女 ’ の真髄は 単に美しいばかりでなく、普段着の女性たちのように 逞しいという側面もありそうです

(   折り畳みが出来る赤い麦わら帽は ローカル色があっていいですね ~!   )

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11.    ゴッホとゴーギャンも1888年11月に アルルの女、 ジヌー夫人 Madame Ginoux

を一緒に描いている。  ゴーギャンがマダムの向かって左側に ゴッホが右側にいたことがわかる。




ゴーギャンは その場でさっさとデッサンを仕上げて 後日油彩で仕上げたが、 

ゴッホは例によって  絵が完成するまで 現場で描いた

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12.    因みに ジヌー夫人は ゴッホが間借りしていた カフェドラガール Cafe de la Gareの

女主人で、 当初 大家と間借り人という事務的間柄でしかなかったが、 



ブルターニュのポンタヴェンから  ゴーギャンが到着した途端、その関係が一変する。

礼儀正しいゴーギャンの態度に マダムの心が 即打ち解け 絵のモデルになることも快諾したという次第。




絵の描き方でも人間関係でも 不器用で融通の利かないゴッホと 

一旦物事を ’ 形而上 ’ に置き換えて 再処理できるゴーギャンと 

うまく行くはずのない間柄だったなあと 今更ながら 思ったものでした

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街角で 主を待つ 自転車と編みかご。   ビニールやポリエステルに取って代わられない文化。




これぞアルル、 これぞプロヴァンス、  そして 絵に描いてみたいようなシーンでもありました ・・・



                                         

 

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コメント

絵になりそうな色の屋根が続く街。
アルルのはね橋。
どこも素敵な風景の広がる街ですね。
ゴッホやゴーギャンが訪れた場所、
訪ねてみたくなりました。

こんばんは
2000年もの昔、石を削りあのような建築物を作るのですから、古代文明は凄いですね。
かたや当時の日本はどうだったのかなぁ・・・?と考えてしまいます。
石の文化ではなく木の文化だったでしょうね。
ゴッホの絵にもある跳ね橋、木造で小さく『絵』になりますね。
って、なってますね (^_^;;!
bellaさんの旅、さしずめ『美術散歩』ですね。
私も少しおすそ分け、楽しませていただきました。

お早うございます。
bellaさんは世界中を飛び回り見知らぬ名所旧跡
風光明媚な風景を紹介してくださって感謝しています。
素晴らしいアトリエの作品展も拝見しました。
下手なコメントの繰り返しで恥ずかしく思っています。

プロヴァンス、カマルグ、アルル、行ったことが無いのに親近感を感じるのは、
やはり、ビゼーやゴッホ、ゴーギャンに負うところが大きいに違いありませんが。
前にも触れたように思いますが、ドーデーを読んだ学生時代のフランス語の授業、後年著名な西洋美術史家となられた若い頃のY先生の影響も大いに関係するのかもしれません。
アルルの歴史遺産は良く知りませんでしたが、地形からもローヌ河口の沖積層平野が早くからの文明や文化に寄与していたであろうことは頷かれますね。
それにしても、ドーデーとビゼーの「アルルの女」ちょっとイメージが離れすぎかも。

すっかりご無沙汰してしまい失礼しました。何時もと変わらぬ素敵な写真と素晴らしい文章による
内容の豊富なブログには改めて敬服しています。
お陰様でアルルの色々の風景も楽しませて頂き感謝しています。
これから順次見ていないブログを読ませて頂きます。

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