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2014年2月

2014年2月28日 (金)

「ラ・アルベルカ」 イベリコハムと豚アントン君の運命!

 

ここは スペイン中西部、 ポルトガルとの国境近い 「 ペーニャ・デ・フランシア山脈 」の端にある村 

「 ラ・アルベルカ La Alberca 」、   時の流れに取り残された 独特な雰囲気が漂っている








01.     スペインだというのに、 この 何とも言えない寂寥感は 曇天の所為ばかりでない ・・ 


長く道路網が整備されず 村が孤絶していたことで、 結果 他に例を見ない 昔日の趣きが残ったのです

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02.     もともと 深いマリア信仰がみられるイベリア半島ですが、 1434年にマリア像が発見されて以来 

ここ 「 ラ・アルベルカ 」 は聖地となり、 中世期には 多くの巡礼者が訪れる土地柄でした

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03.     実は この村は イベリコハムの珠玉の名品 ” ベロッタ・ベロッタ ” の名産地 !

’ ハモン・イベリコの原木(太ももと足と) ’ が ヒズメを上にして 吊り下げられている
 



この原木の解体は マグロの解体のように、 骨や筋、脂肪などの構造を熟知した人間が ’ ハモネロ ’ という

台座の助けを借りて、 怪我をしないよう 特別な手袋をはめ 手作業でカットするのが正式だ 

当然 ハムのスライスは不揃いだが そこが最高なのだ !

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04.     昔 あるバルで、 出された ハモン・イベリコの皿に ナイフも楊枝もなくて戸惑っていたら 

” 手で食べるものだよ! ” と指示されたことがあった。 文字通り ” おつまみ ” というところかも !


美味しいイベリコハムは とろける様にしっとりして お皿に張り付くので 皿をを立てても落っこちない ・・

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05.     さて 「 聖母昇天教会 Ig. Parroquial 」 前で 一匹のイベリコ豚に会いました


’ 野良ブタ ’ かと思いきや、、  この村では 年に1頭 選び出した豚を 「 聖アントンの豚 」と称し 

牧場ではなく 村の中で自由気ままに過ごさせ 皆で可愛がって 育てると言う 、、  まさに 選ばれし豚なのです !

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06.     教会前に設置された ’ イベリコ豚の石像 ’ と同じ格好で 溜まった雨水を飲んでいる


通りがかりの人たちも 撫でたり 眺めたり、 時には自分が歩く方向に アントン君をいざなったりしている

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07.     しかし、幸せな このアントン君を待っているのが、 12月に このマヨール広場で開かれる

「 マタンサ Matanza 」 だ 、、     マタンサとは 豚の屠殺・解体祭のこと 



普段地味な暮らしの当地、3月の復活祭 8月の被昇天の聖母祭 そして この12月のマタンサに 爆発する

住民のエネルギーは半端ない !

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08.    着飾った人々の熱気と 広場の賑わいは、 私が見たうら寂しい風景からは 到底想像がつかないが 

ラ・アルベルカ村の ホームページ   www.laalberca.com/ で 、 

祭りの様子、歴史など 動画も含めて 詳しく紹介されている

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09.    自動車が近寄っても アントン君はのんびり動じない。   この日は10月31日、

あと6週間程の命だが   このチョロッと巻いた尻尾が 切なく可愛い ・・  

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10.    人口900人程の 小さな集落の外側には、 どんぐりを付ける西洋ぶなや 栗の林が広がり、

高地らしい気候の中 昔ながらの製法を守って ハモン・イベリコを作る事業所がたくさんある



しかしながら 村は見るからに 豊かとは言えない。  農作物の切れる冬場の食糧の代役として

飼育している豚を 冬場に順次つぶして 肉にし、 春場まで食いつなぐというサイクルが 

「 マタンサ祭 」 を生んだ素地となっている  

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11.     ところで、 そのような気候の事情のほか、 大航海時代の 莫大な富から無関係に捨て置かれた

大部分の庶民に、 唯一 牧畜だけが 生活の糧を得る道筋足り得たという事情があったが


それらに加えて、  キリスト教徒によるイスラム勢力への抵抗運動( レコンキスタ )の副産物として、

豚肉を食べないイスラム教徒に対して ” 彼らとの差異を意識的に示す 豚を食べる文化 ” が

広まったという説がある



たかが ハモン・イベリコ  されど ハモン・イベリコ、 スペインの歴史と文化を

あの ” 太もも ” が物語っているのです !

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12.      石造りと木造を組み合わせた こんな町の風景は フランスやドイツで これまでたくさん

見てきたが、どこかが違う ・・  豊かに満たされた生活の中 あえて 昔の物を美しく大切に守っている、


というのでなく、、、   本当に 昔と言う時代を まだ生きている といった感覚 ・・・

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それに 同じスペインでも あの眩い光がきらめく 「 アンダルシアの白い村 」 と比べたら

ここは 「 サラマンカ(県)の灰茶の村 」 とでも 申したらよいのでしょうか 、、、





スペインの多様性を また一つ 見た思いでした 

2014年2月21日 (金)

荒々しく誇り高い騎士の町「カセレス」、そして「ロブ・デコルテ」

独特の雰囲気を放つ町 「 カセレス Caceres 」 は セビリアの北240km にある
 



普通 ” 中世の面影を残す ” という形容詞には どこか 情緒的な切なさを感じるものですが

” カセレスの中世 ” は まさに質実剛健、 男性的な 騎士たちの時代を彷彿とさせる







01.    アラブ人が造った市壁の内部には いくつもの塔がそびえ、貴族の館が建ち並んでいる

完璧な中世の町並みは ほんの1ミリも現代化されておらず、 多くの映画の撮影地になっている

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02.     カセレスでも ” パラドール (国営ホテル) ” に泊まったが、 新市街の方に 

完璧なセキュリティ付きのパラドール専用の駐車場があり、 電話をすると 送迎車が来てくれた

お蔭で 安心して 歴史地区に入ることが出来た



15~16世紀に建てられた貴族の館の壁は 平らで直線的、 誇らしげな家紋以外 装飾がない

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(  市壁内には 放し飼い孔雀もいて ・・  )   







03.     この町の騎士たちは もともと荒々しい気質で、 アラブ人と闘ったり 

アメリカまで遠征して インディオを征服するなど、 武勇に名を馳せる 誇り高い地方貴族でした 

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 (  旧市街への入口  「 星の門 Arco de la Estrella 」 )







04.     さて 週末ともなれば 必ず結婚式に遭遇する。 世界遺産であるこの小さな歴史地区の 

サン・マテオ と サンタ・マリア 両方の教会に  着飾った参列者が集っていた

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05.     花嫁はもとより、 とても興味がそそられるのが 女性たちの衣装 ・・  



” ロブ ・ デコルテ Robe decolletee ” とは 襟回りを大きく くくり、

背や肩を露わにする 礼服ドレスのことですが、 

肌を出す部分が 大きければ大きいほど 美しく正式だという発想が 本当に面白い 

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06.    肌を出せば出すほど 品を損なうという日本的な慎みとは 真逆なのだ ・・



日本の皇室の あか抜けないロブ・デコルテは そうした文化のはざ間にあって、 

デザイナーたちが ぎりぎり格闘し苦心した跡が見受けられる



西洋の画家たちは ” 神話 ” の名を借りて ヌードを描きたいだけ描いてきたけれど

日本の文化・神話には ビーナスのような女神もおらず、人間の肉体こそが 美の根源という考えもない



良し悪しはともかく、 こんなに肌を出す機会があるなんて ダイエットの励み甲斐があると言うものでしょう!

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07.    ” 城壁 ” というと 日本では 普通はお城だけを守るもので 城下に庶民の町がある


西洋ではたいてい 城壁とは 支配者・市民全てをひっくるめて 町を取り囲むものだ 

従って 城壁は ” 市壁 ” ともいう  

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08.     この市壁の縁のテラス席で 夕食を食べた。  生ハムとサラミ、

きのこのソテーと イベリコ豚 、、、   どうですか、 この肉食人種 !!




飲み物は ” ティント ディ ヴェラーノ ” 赤ワインのソーダ割り  とても気に入り、スペイン滞在中

ずっとこれで通した ・・   ポルトガルに入った途端、 ” 何ですか ソレ!? ” と笑われたけれど

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09.     テラス脇のレストランから 料理が運ばれたが 7時までが 軽食のバルメニュー、 

夜7時過ぎに ようやくレストランメニューになった。  結局 トワイライト サンセット 宵闇

全てを満喫したが、  その間 ボーイは 2ヶ所で 瓶とグラスを割った !  




当たり前ながら 固い硬い石のテラス、 落としたらひとたまりもないことが よくわかりました ~~ 

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10.    市壁の階段を降りると 「 モラ将軍広場 Pl.del G. Mola 」がある



長方形のこの広場、  少々傾斜はあるが 小高い岩山の町にとって どれほど貴重な平地だろうか ・・

昔も今も ありとあらゆる行事が ここで 行われて来たに違いない

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11.     ところで カセーレス県の幾つかの町は このカセーレスを含めて 

” コンキスタドレス 征服者 ” を輩出した町 として スペインでも特異な存在となっている



征服者と言ったら カッコイイ英雄だが、 要するに 平和に暮らしていたインディオなどの町に乗り込んで

騙したり殺したり 悪行の限りを尽くして 金銀をかっぱらった荒くれ者なのだ!

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12.     しかしながら 荒野以外何もない生まれ故郷から 大きな夢を持って海を渡った彼らの

パイオニア精神は 認めざるを得ないかも知れないし、 地元民が誇りに思うのも当然のことでしょう



例えば ペルーの征服者 豚飼い出身の フランシスコ・ピサロ は インカ帝国の王女と結婚し

やがて インカ帝王の権力も奪い 王の富と首都クスコを手中に収める。  銀鉱も発見し

死んだ時は 途方もない大金持ちになっていたと言う ・・

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食事が済んで ホテルへの帰り道、 教会前でロックコンサートがあり

” 肉食で ” ” 荒くれ者の征服者 ” の !? 子孫たちが 熱狂していた 





叩くとカチカチと音がしそうな 堅固な建物の壁に キラキラ躍動する音楽のしぶきを 浴びながら 

こんな黄土色の町から 華やかなりしスペインの栄華を生み出した英雄たちが輩出したのだなあ、、、



” スペインの光と影 ” と言うけれど、 地味であれ 派手であれ スペイン文化の一つ一つに 

何かしらの意味があるのだなあ、、、   と 感じた次第でした   

2014年2月14日 (金)

アンダルシアの白い村「アルコス・デラ・フロンテーラ」見晴らしだけでなく


セビリアの南 約80kmにある アンダルシアの白い村、    

「 アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Arcos de la Frontera 」は とにかく見晴らしが素晴らしい



しかし 「 村 」と言いつつ、 実は 驚く程豪華な宗教遺産にも 恵まれている







01.     白い壁と 胸突き坂 、、、  村人にとっては 当たり前の日常だ

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02.     アンダルシアの 白く輝く岩山が まるで 細長い恐竜の背のよう ・・

しかも その背中には 登り龍の刺青みたいな模様が ” 彫られている ” 
 




こんな迷路に 観光客が 車を乗り入れるなんて 狂気の沙汰かも知れない ・・

前日のホテルで ” 車は 下の町に置いて、あとはタクシーで登るように ” と念を押されていた

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03.    ところが タクシーなんて 影も形もないし、 パーキングは暗い岩穴の中、、

泥棒の心配もあり、迷いに迷った。 近くにいたシニョーラが あれこれやってくれたが埒が明かない




” 上に行っちゃいましょう ! ” 子連れの その奥さんが 車に同乗して 案内してくれることになった

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(  やはり、「 サンタ・マリア教会 」 の前の小さな広場だけが 唯一の公共駐車場でした ! )








04.     急坂、ヘアピンカーブ、 車体を擦らないよう 細い路地を 指示に従って進んだ


こんな教会の門も 狭すぎて  通るには ちょっとした ” 地獄門 ” でした ~~

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05.    ようやく ホテルに着いた !  見晴らしのいい部屋のうち 角部屋は

残念ながら フランス人の長期滞在者がいたので、  その隣を 交渉してゲット




角部屋のバルコニー越しに見る 白い家々の頂上に鎮座ます 「 サン・ペドロ教会 」 の姿は見事だった  



角部屋を取れなかった という心残りも  まあそれなり 一種の旅情と言えそうです ・・

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06.    そのホテルは 「 パラドール・デ・アルコス 」、   ” パラドール Parador ” とは

古城や宮殿、修道院などを改修した 国営ホテルで、 現在は スペイン国内に83か所ある




パラドールと言うだけで 有難がる傾向があるが、  ここは 建物は中級品、

しかし ロケーションが最高で 予約が引きも切らない

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(  体を張って駐車場所を確保してくれたパラドールの女主人と パラドールのパティオ  )







07.    パラドール  テラスの朝

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08.    パラドール  午後のテラスから 
 


画家 西房浩二氏も 2013年の日展に ちょうどこのアングルで描いた油彩画を出品している

和・洋問わず 多くの画家の絵心を誘う風景と言えそうです ! 

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09.     「 サンタ・マリア教会 Ig.de Santa Maria 15C 」 と

「 サン・ペドロ教会 Ig.de San Pedro 」、 二つの教会の内部は 驚くほど豪華だ




アルコスは、 ローマ人 アラブ人が 軍事上の要塞とした町でしたが、 カトリックの修道会が

15Cにやって来てからは 宗教上の拠点となりました。     しかしながら




比叡山とか高野山など 大仏閣は別として、 日本の鄙びた一山寺が こんな豪華なことはあり得ない訳で 

改めて カトリックの力の偉大さ ( あるいは尋常でなさ ) に驚いた次第でした 

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10.    「 サン・ペドロ教会 」 にて 。       聖人の聖遺物、 髪の毛とか血液とか 

頭蓋骨や 大腿骨・上腕骨、 はたまた 有難い説教を唱えた舌などを 祀る教会はたくさんある。



ミイラだって 決して珍しくはないが   特に この聖人、 

デコレーションが とても美しく優雅だったので 失礼して写させていただきました~

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因みに 昔、 山形県で 2体ほど ” 生き仏ミイラ ” に対面したことがありましたが、 日本の場合

高徳の僧が  自らの意思で 歩いて穴に入り 生きたまま死する訳ですから 

その壮絶さは 比べようもないと言えそうです








11.     鷲やタカは この断崖絶壁の町に よく似合いますが、   こんなに

立派に美しく仕上げるのは やはりその道のプロならではの仕事 ! 



子供たちも 足腰が丈夫に育つんでしょうね ・・

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12.     10月初旬、  夜7時、 日没の時間となりました   

2千年も前から  人々は 同じ日没を眺めて来た訳です 

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ところで、  思い返してみれば 住民は殆どが半袖でした  

南スペインは 夏は酷暑、  秋が丁度いい暑さ と言えるのではないでしょうか





そして、  アンダルシアの白い村 「 アルコス・デ・ラ・フロンテーラ 」 は  

是非 訪ねてみたい町の一つ と言えそうです

2014年2月 7日 (金)

日本人の末裔 ’ハポンさん’ が暮らすスペインの町でお喋りを



01.     セビリアの 大聖堂 Catedral には、 大航海時代の冒険家 

あの「 コロンブス Ch. Colombo 」の墓がある。  ただならぬ威厳を放つ 4人の棺の担ぎ手は、 



当時のスペインの レオン カスティーリャ ナバーラ そして アラゴン公国の王たち

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02.     モスクの名残りだという 奥行116m 幅76mの 四角に近い大聖堂には

高さ 97mの 「 ヒラルダの塔 Giralda 」が寄り添っている 
 



塔の先端には 高さ4m、重さ1288kgの ヒラルダ( 風見 )が付いていて   風で

微かに回転するそうだが、    同じものが 地上にも置かれている



こんな重いものを 一体どうやってあの先端に付けたのか 考えたら夜寝られなくなる・・!?

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(  右側のが 地上のレプリカ   同じものが 塔の先端にある  )







03.    「 ヒラルダの塔 」からは セビリアが一望でき、 奥に「 グアダルキビル川 」が見える



パリやロンドンのように、 内陸にある町が発展できたのは 川のお蔭で、  セビリアもその例だが

ここでは 本来の 「 グアダルキビル川 Rio Guadalquivir 」 から引いた ” 運河 ” が流れている

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04.      運河の建設は 12Cから始まったので  コロンブスがアメリカ大陸への航路を発見して後


15世紀から16世紀にかけて   新大陸との貿易が 盛んに行われた時代には

大都会 セビリアとの交易船が この運河を 激しく行き交ったことでしょう

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05.     川沿いの土産物屋で  可愛いワンちゃんの ’ カメラ目線 ’ を頂戴し


セビリアに別れを告げ、 次に  南へ12km 日本人の子孫が暮らすという町に 向かいました ~

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06.    「 グアダルキビル川 」 沿いにあるその町は 「 コリア・デル・リオ Coria del Rio 」

町に入ると 200mおきくらいに なにやら ” 侍の旗 ” が掲げられてる !

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07.     テレビ番組の取材であるなら ’ 日本人の子孫と思われるハポンさん達 ’ をざっと数十人

集めておくところでしょうが、 とにかく 何の手がかりもないまま 小さな町をうろうろした ・・



結局 グアダルキビル川の岸辺に 「 支倉常長 」の銅像が立っていることだけ突き止め 川岸に着くと

丁度 川で釣れた魚の売買が 済んだところ ・・  どんな魚が捕れるのか 見てみたかった !

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08.     さて、フランシスコ会の宣教師と 支倉常長が率いる ’ 慶長遣欧使節団 ’ が 現石巻港を

1613年10月出航し、 セビリアへの拠点 ここコリア・デル・リオに 到着したのが 1614年10月



今年でちょうど 400年 !    町中に掲げられた旗は その記念だったのです  

常長は スペイン国王との交易交渉、 宣教師派遣について ローマ法王への拝謁 という使命を帯びていた 



川岸には 1991年 宮城県より贈られた 鳥居と常長の銅像が 立っていて

鳥居わきの小さな四角の枠には 日本の皇太子が植樹した幼木が 植えられていました

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09.     この銅像は 数年前までは 泥が投げつけられ 落書きで汚れていたという 

「 アンダルシアの人々よ立ち上がれ ビールとロース肉、パンを要求するのだ ! 」 



銅像へのいたずらは万国共通だが、 上の文句は 反日というより スペインの経済情勢への不満に違いない



正面のプレートは剥がされたままだったが  慶長遣欧使節団についての説明パネルが 側面に付き

落書きが消され、   皇太子が来るということで !?  最大限に綺麗にした努力 は 感じられた ・・

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10.     今日 この町には 約800人のハポンさんが いると言う。 漁師のおっちゃんに

聞いたら ” そこらじゅうに ハポンがおるよ !  ” と 身振り交じりで答えてくれた 




ところで 使節団 30数名は、 メキシコ スペイン フランス イタリアなどを巡る 過酷な長旅の最中

日本で キリシタン禁止令が発布されたのを知る。  一行のうち帰国せず コリア・デル・リオに 

留まった者がいた。  信仰に身を捧げたのか はたまた 病気になり 帰国の体力を持ち得なかったのか ・・




研究者によると 1667年の洗礼台帳に 初めて「 ホアン・マルティン・ハポン 」 という名が載ったらしい

また ハポンさんの赤ちゃんの中には ’ 蒙古斑 ’ が出る子もいるらしい ・・

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(  この町に橋はなく、 渡船が活躍していて 眺めるだけでも楽しかった !  )
 








11.     さて 川辺には 一軒のカフェがある  カフェと言っても 粗末な金属椅子があるだけ。


マスターが 興奮気味に話してくれた  ” うちの この四角い敷地の周りを ナルヒト(日本の皇太子)が

歩いたんだ ! お付きの人たちが ぞろぞろ付いて 歩いたんだ ! ”  指差しながら3回も繰り返した



” そのあと 観光バスが 少し来るようになったんだよ 、、   っで 日本語教えてくれませんか ?

こんにちは、と 有難う、と さよなら って 日本語でどう言うの ?! ”   



私も 3回繰り返して教えたが 、   今頃 ちゃんと役に立っているかしらぁ~~

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(   コーヒーは ここでも ガラスのコップ入りでした ~  )






12.     公園の掃除をしていたシニョールと  視線が合ったので しばらくおしゃべりをした    

なかなかインテリぽい語り口だったが

バカンスの話になると、 自分は今失業中で 時間はたくさんあるが バカンスなんかは夢だ、と語り



ついでのように 自分の4代前まで 苗字が ’ ハポン ’ だったと言った

極々薄い血だけれど ハポンさんの末裔に やっと出会えた !  




その時 彼の黒い髭が 日差しでキラキラ輝き 美しいと感じた ・・  撫でてもいいかしら ?   

勿論 !  少し身をかがめた彼の頬を そっと撫でた ・・   

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因みに 上の二人 少々フランス語が話せたので助かった。   スペインとフランスは地続きだから

出稼ぎには フランス語は重要な道具だろう。  語学とは 本来 実利があってこそ、のものかもしれない





400年前 ここに残留した ’ 初代ハポンさん ’ が、 切なる望郷の念にかられつつ 眺めたであろう

悠々たる 「 グアダルキビル 」 の 流れを前に、 私も 時間の許す限り そこに居り続けた ~

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