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2013年7月

2013年7月26日 (金)

「 イングリッシュ・ブルーベルの青い絨毯 」そして「 英国絵画 」

2013年7月22日  英国の ウイリアム王子とキャサリン妃に 赤ちゃんが生まれ

結局、 ブックメーカーで 1番人気だった ” ジョージ ” と言う名が 付けられた 


” It’s a Boy ! ” と 分かると 各所のイルミネーションが ブルーに染められた

そこで 今回は  ” ジョージ ・ アレクサンダー ・ ルイ ” 王子に あやかり

ブログを  ブルー一色で 染めてみることにしました~

                                 






01.    場所は 英国 ロンドン郊外 「 キューガーデンズ Royal Botanic Gardens、Kew 」

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02.    5月になると キュー・ガーデンズ 木立の足元に ”イングリッシュ ・ ブルーベル ”の 青い絨毯が 

一面に広がり、夢のような光景が出現する

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03.     ” イングリッシュ・ブルーベル ”は 「 野生生物 及び 田園地帯保護法 」により 保護されており

今や  野生の球根を掘り出すことはおろか、 自分の庭の球根を掘って販売することも 禁じられている

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04.     ”イングリッシュ・ブルーベル ” は ヒヤシンス科の 球根・多年草で 香りが なんとも香しい

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(    English Bluebell   )








05.    ハイシーズンには  こんな ベンチに腰かけて ひねもすのんびりしたいもの ・・

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06.    クイーン ・ シャーロット ・ コテージ Queen Charlotte Cottage( 1770年 )

茅葺屋根の古い建物が  英国ならではの 趣きある舞台装置となっています ・・

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07.     コテージ前の広場では 開花時期に合わせ 毎年、約一週間という短い期間

” イングリッシュ ・ ブルーベル フェスティバル ” が 開かれる

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(  English Bluebelle Festival  )








08.     いつも なんらかの花々に囲まれる 南欧などと異なり、特に どんよりした天候の英国で、 

花を愛でるフェスティバルは 人々にとって 大きな喜びです ・・!    


                        



ところで、 芸術的天分に恵まれていないとされるイギリス人ですが、 これほど植物文化が豊かであれば 

きっと 植物から、 喜びばかりでなく 広い意味での芸術的な刺激も 充分得ているに違いありません 

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09.     植物や花が 人々に喜びを与え、 芸術に何らかの意味を与える、ということで 真っ先に 頭に浮かんで来るのが

ジョン・エバレット・ミレイ の作品 「 オフィリア 」、   死に行くオフィリアの姿は 衝撃的ですが


この場面に 美しい花々が散りばめられていなかったら どれほど つまらない絵となったことでしょう

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(   ” Ophelia ”    John Everett Millais   )








10.     絵に関しては  英国には 「 ターナー 」しかいないと 揶揄されることがありますが

英国には  「 物語絵画 」という 魅力的な分野があるのを 忘れてはならないでしょう 




 

   
例えば、     オペラのような 華やかな舞台装置もなく、

シンプルな空間で 純粋に 台詞だけがやりとりされる 「 シェクスピア戯曲 」、


人々は いろいろな名場面を ひたすら 頭の中で空想することを余儀なくされました

そして その場面が見てみたいと 激しく渇望したのです     ・・・・・・・

 ・・・・・・      その望みを叶えたのが 「 物語絵画 」 でした!

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11.     こちらも  ジョン・ウイリアム・ウオーターハウスの 「 オフィリア 」   彼の作品、 他に

アーサー王物語 オンディーヌ クレオパトラ デカメロン トリスタンとイゾルデ ロメオとジュリエットなどがある



不思議な魅力を湛えた 人間的で意味深な 英国の「 物語絵画 」、  病み付きになるファンも多いと思う  

そんな特殊な分野の絵画を生み出したのが  まさに 英国の文学や戯曲だとしたら、

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(    ” Ophelia ”  John William Waterhouse    )






12.    その 英国絵画に インスピレーションを与えた もう一方の主役が  まさに

人々に 季節ごと 喜びと刺激を与える 美しい植物たちなのではないでしょうか





 
日本画での  主役・脇役を問わず 植物が果たす役割の大きさを思えば   同じ植物大国のイギリスで 

植物たちが どれほど 絵画や挿絵そしてデザインに 大きな影響を与えたか 容易に想像できるかも知れません

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美しい ブルーベルが はじけるような喜びを 人々に与える様を見て、 ふと 連想ゲームのように

そんなことを考えた次第でした 

 

2013年7月18日 (木)

ゴルフの聖地「 セント・アンドリューズ 」「 T・ワトソンが泣いた橋 」

「 セント・アンドリューズ St.Andrews 」 と言えば 

” 全英オープンゴルフ ” が行われる  ゴルファー憧れの聖地です !



                                                           






01.   1834年に 英国の様々なクラブを統括する ロイヤル&エイジェント・ゴルフ・クラブが設立されると

それまで 各地域やクラブごと ばらばらだったルールが ひとつにまとめられ、 

1860年には 近代ゴルフの出発点とされる ” 全英オープンゴルフ ”が 開催されました 

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紳士のスポーツとされる ゴルフですが、  写真のように ↑ 今から100年以上前に 

女性の大会 Women’s Golf Championship が開かれていたことには 驚かされます

15世紀には クイーン・メアリーも ゴルフをしたということですから 下地はあったのでしょう ・・




                            




02.     この町は もともと 聖アンドリューの遺骨を 祀った地で、 華やかな巡礼のメッカでした

12世紀に造られた 「 セント・アンドリューズ大聖堂 St.Andrews Cathedral」 も

スコットランド最大の規模を 誇っていましたが、

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(   右側は 大聖堂より歴史の古い 聖ルールの塔 St.Rule’s Tower )







03.      カトリックのスコットランドと 英国国教会のイングランドの  宗教改革を巡る戦いで 

大聖堂は イングランドに徹底的に破壊され、 双塔を残し 壁や基礎が僅かに残る 無残な姿となりました


巡礼者でにぎわった頃の 絢爛たる姿は 思い出す術も無くなったのです ・・

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04.    因みに、 大聖堂が崩れ 巡礼客は姿を消しましたが、 15世紀に「 セント・アンドリューズ大学 」が設立され

今、 セント・ アンドリューズは ’ ゴルフ巡礼客 ’のほか  若い大学生が集う町となっています

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05.      北海沿いの岸壁にたたずむ 「 セント・アンドリューズ城 St.Andrews Castle 」

12世紀以来 難攻不落の城でしたが、 こちらも イングランドとの激戦の末 陥落し、破壊され、 廃墟となりました

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06.     さて 「 セント・ アンドリューズ オールド・ コース 」 の 1番と 18番グリーンは

意外なほどあっさりと  ” 道路ぎわ ” にありました



ただし、一たん試合が始まると この辺りには 観客用のひな壇が出来て 様相が一変する !

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07.     ひとくちに 「 セント・ アンドリューズ・ ゴルフコース 」といっても オールドコースや ニューコース 、

ジュビリー、 イーデンなど 6つのコースがある     日本からも ゴルフツアー客が たくさん訪れるらしい

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08.      1番と18番ホールをつなぐ この 「 スゥイルカン橋 Swilcan Bridge 」は

数々の伝説を残した 有名な橋ですが、 その下を流れる クリークも ゴルフの歴史にとって 重要な小川だという




その昔、 地元民が 小川の土手に干していた洗濯物に ボールが乗ってしまったことから

 ” リプレイス ” のルールが生まれ、

川ポチャ から ” ウォーターハザード ” のルールが 考案されたという

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(   写真右側は  コース脇にある 英国ゴルフ博物館 British Golf Museum  )









09.      かつて A・パーマー や J・ニクラウスも このコースで引退を告げましたが


全英オープンで 過去5回優勝の記録を持つ T ・ ワトソンは、 2010年7月 予選落ちした その時 引退を決意、 

宵闇迫る中  スゥイルカン橋のたもとにキス、 橋の上では 流れる涙を拭ぐおうともせず

ただただ  帽子を振り続けたということです ・・・

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10.      米国 「 オーガスタ 」などの 整備の行き届いた 美しいグリーンと比べたら

スコットランド 「 セント・アンドリューズ 」 のコースは 天と地、 まるで原野の如し、かも知れません


その上  こんなバンカーが 112か所も あるそうです

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11.      それに加えて 「 北海 」からの風が 容赦なく吹き付け 

ゴルファーたちは  これでもかと 幾多の試練を 経験させられることになります

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12.    さて当然ながら セント・アンドリューズには 立派な街並みがあり、 漁船が出入りする港もある



コース近くの繁華街には ゴルフ用品店が 軒を並べ、 いかにも ゴルフの町らしい賑やかさ !

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しかし、 日本の専門店でもそうですが ゴルフとなると 道具もウエアも かなりお値段が張りますね

ましてや 英国です !



                            

とは言え せっかくの旅ですし、  せめて 記念に ロゴ入りのキャップを買いました

それを被ったからといって ( 主人の )腕前が上がる訳ではありませんが ・・・!

2013年7月12日 (金)

「 エジンバラ最後の一滴 」「 イギリスのパンと朝食、どんなふう? 」





01.    エジンバラ Edinburgh 市内  「 グラスマーケット Grassmarkeket 」の昼下がり

パブやレストランが並ぶ  ” 美味しいエリア ” です

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02.    名前に誘われて このレストランに入りました  「 ラスト・ドロップ Last Drop 」



この広場には 昔 死刑執行の 絞首台があり、    

殺人者、泥棒などが 刑の執行の直前 酒の最後の一滴を口にしたのが この飲み屋さん でした

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03.    メニューには  ” ほら、あなたの隣に 幽霊がいるかも知れません~~ ”   とあったが

見知らぬ人同士が 狭いテーブルに肩を寄せ合う なごやかさ、  一滴の 恐ろしさもありませんでした~!   



ニシンのソテーや スパゲッティをいただきましたが 付け合せの パンもまずまずでした

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04.    ところで イギリスのパンは 日本の「 食パン 」 とほぼ同じ、 

普通 トースターで焼いて食べますが      サンドイッチは 日本のと そっくりですね



「 ベーグル Bagel 」や スコットランド起源の 「 スコーン Scone 」も 軽食に便利です

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05.    こちらのレストランでは 「 フランスパン、バゲット 」 が出ました  

イギリス料理の代表と言えば ステーキやローストビーフですから、 一たん 狂牛病が出ると 大騒ぎとなる訳です

  


一方 海の幸 「 スコットランドのムール貝 」は ふっくら柔らか、 世界一の美味しさでした !!

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06.    イギリスでは近年、 各国のいろいろなレストランが進出、   さらに

モダン・ブリティシュ・クッキングや  もともと素材が豊富な シーフードメニューが 美味しく味わえます




とは言え、  単に 焼いたり茹でたりしただけの 肉や野菜に パッぱと 塩・コショウ・酢などを

食卓でかけて食べる 普通のイギリス人の食習慣が そう簡単に変わる訳ではありません

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(  似顔絵、  よく似ていますね   )








07.    そんな中 朝食は 結構しっかり食べるのが イギリス流・・ 食べる種類は ほぼ一定なのだが

レストランでは、 玉子なら玉子の料理の仕方を 制服姿のウエーターが うやうやしく聞きに来たり、 

あるいは、  間違いが起きないよう リストが印刷された紙に 印をつけさせたりする

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(   似顔絵は 1枚 5ポンド    笑顔の素敵なご夫婦ですね   )  






08.     エジンバラ近郊の B&Bでの朝食     当然ながら  豆は 塩味調理です~

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09.     あるホテルでの朝食     黒いものは 豚の血が入った太いソーセージの切り身

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10.     さて、 これから   エジンバラを離れて 北上します ~~

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(     エジンバラの街角で     )









11.        パース Perth 郊外の「 スクーン宮殿 Scone Palace 」

フランス家具のコレクションなど 豪華な室内、 近年まで住んでいた貴族家族の 日常写真などもあって

なかなか面白かったが、  カメラはNGでした ~

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しかし、 例の、 600年もの間 スコットランド王の即位式に使われて来たが、 ロンドンに持ち去られ

700年後に スコットランドに返還されたという 「 運命の石 」のレプリカに お目にかかりました!

(   レプリカ自体も  相当古いのです ~~   )




                         



12.    この城の ゲートには 門番がいて  いちいち 手動で開閉してくれましたが

ゲート付近の道路に 何やら目の粗い鉄枠が 敷かれておりました   ゴミでも掃き入れるのかと思いましたが

これは ” 羊が逃げ出さないようにする鉄枠 ” でした~  丁度足が嵌りそうな隙間で 動物が怖がるらしい

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エジンバラという大都会を出ると    いよいよ   スコットランドの大自然に抱かれる ・・


”  ヒトと ヒツジと どっちが多いの ?!  ”    ”  ヒツジでしょ !  ” 



これから こんな道路の鉄柵が  あちこちで 見られることになる訳です

2013年7月 5日 (金)

「スコットランドの忠犬ハチ公」 と 「メアリーの涙」・「運命の石」

スコットランドの首都 エジンバラは、  日本で言えば 樺太を遥かに越えて

オホーツク海、カムチャッカ半島付近に当たる訳ですから 相当な北国と言えるでしょう




                           




01.     9月の真昼、 建物の影が横に落ちています

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02.     赤い電話ボックス、 赤いポスト、 そしてゴミ箱も  まだ街中で 健在 !

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03.     さて、 通りを歩いていると なにやら人垣が出来ていました    そう、

”スコットランド版 忠犬ハチ公 ”「 グレイフライアーの ボビィ Greyfriar’s Bobby 」の像が 

そこにあるのです

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04.    主人のジョックじいさん Old Jock 亡き後、 14年間も 彼のお墓に寄り添い続け

エジンバラ市民の感動を誘った ボビィは、 ハチ公と同じように 銅像になり、 絵本も書かれています    




ジョックじいさんが葬られた グレイフライア・チャーチの門前には 一軒のカフェがありましたが

長年 ボビィの面倒をみて来たのが そこの女主人 ミセス・ラムゼー 、

今 その店は ” グレイフライアー・ ボビィ ” というレストランとなり 観光客で賑わっています

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05.    因みに  忠犬ハチ公は 秋田犬、 10年間 大学教授だった主人の帰りを待ち続け 

1935年 11歳で 死去。   死の一年前、 自身の銅像除幕式に 参列している





ボビィは スコティッシュテリア、 14年間 主人の墓に寄り添い  1872年に 16歳で 死去

ジョックじいさんの仕事は  翌朝市場に出される 牛や羊などの家畜の 寝ずの番をすることで、

吹雪の夜も 凍てつく風の夜も 一晩中 ボビィと共に耐える日々でした  

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06.    今や 観光バスでも 銅像付近で 彼のガイドが流れます



ボビィの銅像の噴水は 二段になっていて 上は人間用、 足元が犬用となっています

動物に配慮したデザインとなっているのは さすがですね !

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07.    さて、 次は オープン ・ ダブルデッカーに乗って エジンバラ城に出かけます~

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08.     スコットランド史の あらゆる場面に登場する エジンバラ城は 、 

ローマにもイングランドにも屈することのなかった スコットランドを 象徴する頑強な城と言えるでしょう

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(   城壁から見た エジンバラ市街と   その向こうの 「 北海 」  )









09.    ところで、この城にまつわる 特に有名な人物が メアリー・クイーン・オブ・スコッツ Mary Queen of Scots

( 1547~87年 ) 悲劇の女王として その生涯は 映画にもなりました


メアリーは 生後6日で女王に即き、 5歳で母親の故郷、フランスに渡り 15歳で仏王子と結婚、

しかし夫が急逝すると 18歳でスコットランドに戻る

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10.    その後 さらに2回結婚し、 夫暗殺の嫌疑をかけられ、 プロテスタント軍と戦ったあげく

ロッホ・リーベン城に幽閉される、  そこから脱出し、 イングランドへ逃亡するが



 

生涯のライバルと言われた イングランドのエリザベス1世とは確執があり、しかも そのエリザベス暗殺陰謀に

加担したとの罪状で、  結局 イングランドフォザリンゲイ城で処刑、  メアリー44歳のことでした




                                     


ジェットコースターのような人生の果てに 彼女が残したものは、   彼女が亡くなった日に

” メアリーの涙と言われる 紫色のアザミの花が開く ”  という伝説でした ・・・

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( メアリーは この部屋で 2番目の夫の子、 後のジェイムス6世を出産した )








11.     話は変わりますが、 エジンバラ城の クラウンルームには 「 運命の石 」というものが (写真はNG) 

ガードマン付きで 展示されている    歴代のスコットランド王が 即位式で必ずそこに座ったとされる石


その大事な石が 1296年の戦で イングランド王 エドワード1世によって イングランドに持ち去られ、  

以来 実に 700年ものあいだ ウエストミンスター寺院に保管されていたのだが、  

1996年に  ようやく スコットランドに返還されたのだという 

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12.     ところで、 スコットランド王の即位式で使われた その「 運命の石 」が 

もともと あった場所が、  エジンバラの北50km、パース郊外にある 「 スクーン宮殿 」



現在は 宮殿の庭に 運命の石の ”レプリカ石 ” が置かれているというので 

パースを見物してから そこも 訪れてみることにした

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しかし、 こんな話もある


イングランド軍が持ち去った石は 始めから 偽物で、 ホンモノは ちゃんと 他に隠してあるのだとか・・・


たかが石、 されど石、 ですね !    

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