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2013年6月 8日 (土)

「 マカオの中のポルトガル 」 エキゾチックなオアシスです!

ポルトガル人が マカオにやって来たのが 16世紀初頭、  交易と布教を目的として駐留するうち

マカオに居住権を得、 やがては マカオを支配するに至りました




                                                



さて、 マカオの中のポルトガル、  その最も有名なランドマークは

「 聖ポール天主堂跡 Ruinas de S.Paulo 」だと言えるでしょう



01.   1640年に建てられた 聖母教会は 東洋一 美しく壮大な教会と言われていましたが

1835年 火災に見舞われ 建物正面のファサードと階段だけが 残されました


朝10時前は まだ 人出は ボチボチでしたが、、、

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02.   午後2時頃は 押すな押すなの 人混みとなりました

天主堂跡へ通じる 急坂の参道では  前の人のかかとを 踏んでしまいそう ・・

” アジアの熱気 ”を 感じましたよ~~

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03.   この教会の建築には ポルトガル人ばかりでなく 長崎を追われた日本人キリシタンも加わり

”漢字 ”を含む ファサードの彫刻の一部は 日本人が施したものだと言う

1614年のキリシタン国外追放時に 多数の日本人画工や 職人がマカオに逃れたことから

彼らの技術が 珍重されたのではないかと 考えられている

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04.   「 聖ポール天主堂 」の隣の 小高い丘に「 モンテの砦 Fortaleza do Monte 」がある

外敵から街を守る 22の大砲が 海の方向に向けられていて、 実際 1622年には

この大砲で オランダ艦隊を撃退したことがある

そこから 天主堂を見下ろすと 確かに 一枚の壁状となったファサードが 確認できる

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                      (  漢字の文字は 「 鬼 是 誘 人 為 悪 」  )




ところで、 天主堂地下には 納骨堂の他に 「 天主堂芸術博物館 」があり

日本人キリシタン26名が 秀吉の命により 1597年2月5日に 磔に処された様子を描いた 

” 二十六聖人殉教図 ( 1996年複製  元絵は1640年 ) ” が収められている


殉教者については フランシスコ会、イエズス会など 内訳も詳しくわかっているが

絵の中で 十字架に架けられているのは23人、しかも 顔立ちは西洋人、執行人側は 中国人の服装をしている

奇妙な点も多いが、 日本に関する知識や情報の乏しい時代だったし、描いた画家が 中国人だったという説もある 


いずれにせよ、 茨の道を歩んだ キリシタンたちの苦悶が偲ばれます




                          


05.   「 モンテの砦 」からは 街が一望出来るが     左側の 奇妙な形の建物が 

夜間 ド派手なイルミネーションで 人々を驚かす 「 グランド・リスボア・マカオ ホテル 」

こちらは 現代版 マカオのランドマークと言えるでしょう

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06.    「 セナド広場 Largo do Senado 」は いつも 人でいっぱい


パステルカラーの異国情緒豊かな コロニアル的建物に囲まれ、

ポルトガルの熟練工の手による 白とグレーの波模様の石畳が 敷き詰められている

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07.    開店祝い、 南国的色調の生花です !     パジャマ屋さん ・・・

来る人 行く人、みんな 同じメーカーの 同じ菓子袋を持っていたのが とても面白かった

多分 何かにつけて お祝いやお土産に重宝される ” 国民的お菓子 ”なのでしょう

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08.    さて、街のあちこちに ポルトガルの面影を偲ばせる建物がある 


    

これは  「 民政総署 Edifico do Leal Senedo 」1784年

ポルトガル植民地時代、統治の中枢だった建物ですが 

特に ” アズレージョ( 模様が描かれたタイル )”が まさに ポルトガル !

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09.   カテドラルや教会、 総督屋敷や病院・孤児院、 議事堂や図書館、 庭園や公園、 貿易商の館など

ポルトガルの統治によって 今日に残された施設の数々ですが  雑然としたマカオの市内の

いわば ” エキゾチックなオアシス ”となっている


コロニアル( 植民地風 colonial : 統治国の様式を 植民地の気候風土に合わせた )建築が

まさに マカオの魅力の発信源だと言えるでしょう

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10.    結婚式に参列 カナ・・

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11.    店先、 路上、 路地裏、、  テーブルを囲んで 熱心に麻雀などを楽しむ人々

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12.    ” お客は 寝て待て ! ”  ”  品物は年代物  お婆さん、あなたもネ      ”

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因みに ポルトガルが マカオに司教区を開いたのが 1576年、 

正式にマカオを 中国に返還したのが 実に 1999年、 400年以上の長きにわたる 支配でした

その割には マカオは 自分らしさを失わず 大らかな発展を遂げてきたように 見受けられます

                          


今回の旅行でも

雑然としたマカオの街では いろいろ 怖いこともあるのではないかと 実は 心配したのですが、 

人々は みんなとても親切で 素朴、 それに アジア特有の活気が 街に満ち溢れていました



 
ポルトガル的なもの、もそうですが   何と言っても 中国的なもの、 それこそ 

マカオの活気の 大きな原動力 と 言えるかも知れません

次回は  その中国的なもを 見てみましょう ~~

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マカオ ”エキゾチックタウン”」カテゴリの記事

コメント

TVの旅番組もあまり見ることはないので、マカオはかつてポルトガルの支配下にあり、
現代ではカジノの近代的な街、のイメージが漠然とあったのみでしたが。
なるほど、そんな単純なものであるわけがありませんね。
世界のどこにでもチャイナタウンが作られる民族のパワー、400年に及ぶ植民地支配にも屈することなく、マカオは中国そのものでした。
聖母教会の、残された美しいファサード。本体は木造だったのでしょうか。
わが国のような地震国だったら、この構造体は現在まで残されていなかったかも知れませんね。

マカオについては、ほとんど知識はありませんが、
建物等にその名残を残しているんですね。
そこに生活する人々が東洋人というところが、
なにか、不思議な印象を感じます。
400年という長きに渡り支配されたとはいえ、
街中で麻雀にいそしむ人々、中国の生活が続いていたんですね。

こんばんは (◎´∀`)ノ
イギリス領だった香港、ポルトガル領だったマカオ、どちらも中国的なところを守りながら独自の発展をしてきたのでしょうね。
『聖ポール天主堂跡」はTVで見たことがありますが、あの巨大な一枚壁(?)だけで「よく倒れないものだナァ!」と不思議に感心しました。
天主堂跡へ行く参道の熱気、写真から伝わって来ます w(^o^)w!
これぞ『アジアの熱気』ですよネェ (-_-)ウンウン納得!
写真の中の看板に『粥麺飯』というのがあるのですが、どんな食べ物だろう・・・?!気になる (-_-)ウーン...?
あの『二十六聖人殉教図』はちょっとひどいナァ!これも中国らしさの一つかな?!
しかし街の中はポルトガル的なところが随所にあるようで、異国情緒がたっぷりです。
聖ポール天主堂跡も含めたくさんの建物や遺跡が『ユネスコ世界遺産』だそうですね。
最後のお店とお婆さんも世界遺産?(笑)

お早うございます。
旅行をするのに中国、東南アジアは言葉や宿、治安が不安で
一人旅は避けてきました。
マカオは何処?でしたがbellaさんの写真で中国とは違うなぁ~
と感じました。
アズレージョのタイルはリスボンを思い出しました。

聖ポール天主堂跡ファサードと階段の写真を拝見して、確か世界遺産のTV番組で見た事を思い出しました。
ファザードの彫刻の一部が日本人によって行なわれたという様な話はそこでは無かったと記憶しますし、ちょっとびっくりしました。そして天主堂地下には日本人殉教者図があるというのも驚きです。
グランド・リスボア・マカオ ホテル何でこんな形にしたのと聞きたい様な本当に何とも奇妙な形の建物ですね。
多分旅行者が主体と思われる街の賑わいは凄いですね。一方住民は街頭の混雑と無縁に、彼らのスタイルで生活を楽しんでいるのも面白いです。
ポルトガルの面影を偲ばせる建物。「え、どこが」と思った所、以前bellさんがブログで解説して下さったアズレージョが出てきて納得。
もう行けそうにないマカオについて、bellaさんのご紹介で楽しませて頂いています。
何時もBellさんのブログのお蔭で色々と新しい所を知ったり、色々な知識も増えて感謝です。

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