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2013年4月 2日 (火)

「ニュルンベルク」 デューラーが暮らした街 ”憂鬱だっていいんです!”

ニュルンベルク Nurnberg といえば、 サッカーファンには 清武弘嗣の「 FCニュルンベルク 」

音楽ファンには ワーグナーの 「 ニュルンベルクのマイスタージンガー 」

歴史に詳しい人には ナチ戦犯に対する 「 ニュルンベルク裁判 」、、、


そして、何と言っても 絵画ファンにとっての 「 アルブレヒト・デューラー Albrecht Durer 」が

ニュルンベルクの華と言えるのではないでしょうか

                        






01.   街の北側 小高い岩山に、 15世紀半ばに完成した神聖ローマ皇帝の城

「 カイザーブルク Kaiserburg城 」が 堂々とそびえています


  

その 主塔 ジンヴェルトゥルム Sinwellturmから眺める ニュルンベルクの風景は 値千金!

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02.      主搭の足元、 カイザーブルク 城壁内の様子

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03.   城の一部は 自然の岩肌を取り込んで造られています

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   ( 搭に登る 木製の螺旋階段 ) 








4.   カイザーブルクの両端から伸びる城壁が ニュルンベルクの旧市街ををぐるりと取り囲んでいる



大昔の城壁は たいてい 戦争で破壊されたり 街の発展を妨げるからと 取り壊されたりするものですが

ニュルンベルクの城壁は ドイツで唯一 ほぼ無傷で残っている!

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05.  さて、「 カイザーブルク 」の目の前に、   デューラーが  1509年から 

亡くなる1528年まで 20年近く暮らした「 デューラーハウス Durerhaus 」がある

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( 右側の 赤い木枠模様の家が 築600年の デューラーハウス )








06.    デューラー28歳時の「 自画像 」は ミュンヘンの アルテ・ピナコテークにありますが

13歳・ 22歳・ 26歳時の 魅力的な自画像も含め、 

” 自画像を作品として描いた ” 初めての画家だったと 言われており、



作品には 金細工師の子らしく 金彩による AとDの 独特なサイン(モノグラム)が

印されていますが    ” 絵画にモノグラムを記したのも ” 彼が最初だと 言われています 



 

因みに 自分をキリストになぞらえ 堂々と真正面から描いた この構図も 大変珍しく

彼のただならぬ決意が窺えます

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07.   室内の家具や 制作道具などは 当時のまま、、、 

デュ-ラーがここで生活したかと思うと 心が震えました~!

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08.   ところで、 デューラー(1471~1528)は 

ダ・ヴィンチ(1452~1519)や ラファエロ(1483~1520)と ほぼ同時代人


イタリアに2度旅行して、イタリアルネッサンスから 大いなる刺激を受けたデューラーですが  

同時に ダ・ヴィンチやラファエロからも 尊敬を勝ち得て、 書簡などを交わしていたと言う


また マルチン・ルター(1483~1546)とも ほぼ同時代人

    


ルターの宗教改革に共感したデューラーは  ニュルンベルク市が 新教側に付くことを知り、

「 四人の使徒 」という絵を市に寄贈し、ルター訳の聖書の言葉を絵に添えている

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09.    銅版画 「 メランコリア Melancholia 」


深い瞑想にふける女性の背には 翼が生え、  室内には 釘、鋸、鉋などの大工道具、 梯子や砂時計、

痩せこけた犬と童子、 どの列も足すと34になる魔法陣、炎を上げる炉と 水の風景と きらめく彗星と虹




” 名状しがたい不思議 ”があふれた画面だ・・  世の中には 謎を紐解く多くの論文や本が出ていて

ギリシャ哲学、イタリア・ドイツの自然哲学、それらと芸術の融合を 解説してくれている

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しかし、  難しいことは さて置き、

ただ一つ言えることは 登場した人物も道具も 「 憂鬱質の擬人像 」だということ !


人間は ’知性 ’を持ったその瞬間から ’憂鬱 ’という気質を 同時に背負うことになったに違いない

デューラーの この銅版画は ” 憂鬱は人間の証し ” ” 憂鬱だっていいんです! ”って言ってくれる

ある意味 心強い 一枚の絵と 言えるかも知れません ・・・  

                        


10.    デューラーハウスの窓から カイザーブルクと ティアゲルトナー門広場が見える

窓越しに こんな日常風景を垣間見ながら 彼は 毎日制作に勤しんだのですね~


ところで 「 ティアゲルトナー門 Tiergartnertor 広場 」 には 

奇妙な ” うさぎのブロンズオブジェ ” がある

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11.    このオブジェは  30年ほど前に設置された 現代作家の作品ですが

これは デューラーの水彩画 「 野うさぎ 」1502年を 念頭に 作られている



デューラーのうさぎは 毛一本一本にいたるまで 細密に 卓越した技量で描かれているが 

警戒心と憂鬱さを湛えた その表情は ” 可愛らしいうさぎ ”とは ほど遠い

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ブロンズオブジェの方も、 壊れた木箱に 木っ端と共に押し込められた 大小のうさぎたち 

気味悪く、  
いかにも意味不明!!     ふと気づくと 人間の足がはみ出しているではありませんか~ 

まるで ” うさぎという形をした憂鬱 ”に 人間が押し潰されているかのようだ ・・・


                                               


12.   さて、 今回は  デューラーハウスのすぐ隣のホテルに 宿泊したが

城や城壁につづくこのエリア、

つま先上がりの 極端に急こう配な道に 嫌気が差し 2泊の予定を1泊で切り上げてしまった~

穏やかなステイを望むなら 旧市街の真ん中の広場や ペグニッツ川沿いに 素敵なホテルが多々あるが・・

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そんなホテルではありましたが、   メイドさんが 民族衣装でお出迎え

この時期(6月)、南ドイツのお天気は気まぐれ・・・ 晴れていても 急に雨が降って来る・・・

ガーデンチェアのクッションを 慌てて取り込むメイドの姿は 

まるで 中世の 一幅の絵画のようだった






                          



 

世界遺産の威容ばかりでなく こんな 何気ない一瞬が 瞼に焼付く、、、、、  

旅とはなんと不思議なもの!

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ドイツ「 古城街道 」」カテゴリの記事

コメント

歴史を感じさせる街並みがいいですね。
赤い屋根が連なる光景は、そのまま絵になりそうです。
デューラーはちょっと馴染みがありませんが、
やはり時代背景から古典絵画のようですね。
これが、先日のコメにあった、ウサギのオブジェですね。
確かにウサギの形はしていますが、作者の強烈なメーッセージが
何かあるんでしょうね。
最後の写真、どこかのメイド喫茶のメイドさんとは違って、
絵になる雰囲気を持っていますね。

こんばんは (◎´∀`)ノ
嬉しいナァ~!( ^ω^ )
私がまだ知らないドイツ、こんなに紹介して頂いて (゚ー゚)!
ニュルンベルクも訪れたことがないのです。
いやはや、素敵な街ですネェ (゚▽゚*)!
中世のころと変わらない風景が、今も残っているのが素晴らしいです。
無傷で残っている城壁、ずいぶん高さがあるのですね。
ローテンブルクの城壁に比べ、ずいぶん高いのでは?

ニュルンベルクの動物園でしたっけ?
かつてシロクマの赤ちゃん『フロッケ』が大人気だったのは?
今はずいぶん大きくなったでしょうねぇ!

ニュルンベルグの風景や建造物は素晴らしいですね。
木骨組の建物は本当に見応えがあります。
大戦中に被爆せず残されて良かったですね。
街全体が世界遺産ですね。
bellaさんのお陰で色んな国を知ることが出来ます。

ジンベル塔からの眺め素晴らしいですね。私もジンベル塔に登ったことがありますがそこから町を眺めた記憶がありません。城壁よりも高いので俯瞰がずっと広がりますね。
デューラーの家も中には入らなかったので興味深く拝見しました。

ベームさま
お立ち寄りいただきありがとうございました 
私もカメラがなかったら 忘れてしまったり、ほかの場所と混同したりの連続かもしれません
文明の利器に感謝しつつの ブログ書きです~~

ニュルンベルグで脳裏を過ぎるのは、まずは「ワーグナー」、つづいて「裁判」でした。
残念ながら、ちょっとだけ敷居の高かったデューラーではありましたが、
bellaさんレポートで、ニュルンベルグもデューラーも、大変身近なものになってきました。
ヨーロッパの歴史と謎は、ますます深まりはするのですが。

ニュールンベルクの景色は正に値千金で、木格子の家も素敵ですね。この都市の名前を見ると小生財団時代に国際シンポで講師として3度ご招待した同市の水道局長さんを思い出します。彼とは非常に懇意になり、以前書いたと思いますが、陶器製の立派なジョッキを頂いたり、是非くるようにとも言われていました。実は財団では同市訪問を含む海外視察団を毎年派遣し、職員も同行していましたが、小生は国からの調査依頼で一人であちこち海外出張をしていたため、これに加わる事が出来ずに終わってしまい残念です。
デューラーといえば、自画像、アダムとイブ、4人の使徒は思い浮かびますが、気味の悪いブロンズのオブジェは初めて拝見しました。

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