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2012年10月

2012年10月30日 (火)

オタワ バイワード・マーケット ” 野菜のパレット ”

カナダの首都、オタワ Ottawa の 

リドー運河の東側にある 「 バイワード・マーケット ByWard Market 」 は 

1840年代から 市民の台所として 親しまれてきました

                              



ざっと見て回りましたが、  野菜・果物の並べ方が なんとも 見事でしたよ ~


南国の市場などでは 放っておいても 色彩の大洪水 !!     

でも、北国では そうはいきません・・  なんとかカラフルに見せようと 知恵を絞る習慣が、 

無意識のうちに 養われて来たのではないかと 想像しました~

 


               
               



”野菜のパレット ” ご一緒に 眺めてみませんか




01. 赤かぶ と 紫キャベツ

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02.  いんげん

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03.  ズッキーニ と 芽キャベツ

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04.  いちご と セロリ

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05.  とうもろこし と キャベツ         

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06.カラー人参 と きゅうり 

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07.   唐辛子か ピーマンのたぐい?

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08.  アップルタルト と ピーチタルト

ラズべリータルト と ブルーベリータルト  ( ’私が作りました’の写真を添えて)

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09.  人参 と カラーじゃがいも

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10.  日本と ほぼ同じですね 

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11.   ラズベリー と ブルーベリー

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12.    カラフル パプリカ

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こうした可愛い 野菜や果物が 

カナダの それぞれの家庭で どんなお料理に 化ける?のでしょうね~~!




.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.





さて、 次回は オタワを出て   「 世界遺産 リドー運河 」 流域を 南下、

オンタリオ湖に 面した街 キングストンに向かいます~

2012年10月25日 (木)

オタワ街歩き : ”こんにちは メープルシロップさん”


カナダの首都オタワ Ottawa   歴史の浅い街で、 これぞ、と言う特色はないのですが

北国らしく 柔らかな日差しが爽やかで  ホッとさせられました~


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★ 






01.  首都ですから やはり 大きいビルが並んでいますが

何故か 空に溶け込む 透明感がありました~    

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02.  さすがに 中国のトイレのように ”開けっぴろげ ”ではないけれど

空港や駅など 公共の場では トイレは このような形


明らかに防犯のため、、、   ”アメリカ的 ” なものの一つでしょうか・・

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( 足が見えるだけでも 結構恥ずかしいものデス )





03.  2階建ての オープン観光バス、  ロンドンのバスは ’赤’ですが、

冬が長い北国 カナダでは これくらいポップでも 十分イケる!?

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04.  大型犬を連れて颯爽と~  なにしろ 国土が広いですからネ    家も広い?

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05.  足早に過ぎゆく カナダの秋、 

ハロゥイン と クリスマスが これからの 長い冬の楽しみ ・・・

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( カナダ訪問時期は 10月前半です  )







06.  かぼちゃにも いろいろ種類があって・・

クリかぼちゃとか ペッパーかぼちゃ   琥珀色かぼちゃとか スイートママかぼちゃ  etc

日本語の看板も見えました~

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07.  こちらも 「 バイワード・マーケット By Ward Market 」での一コマ

カナダには 5000年も前から、  

海で クジラ、アザラシ、魚などを狩猟した イヌイット族、  森林をカヌーで移動した 内陸の狩猟の民    

セントローレンス川流域に定着して とうもろこし かぼちゃなどを育てた 農耕イロクォイ族 などの

” ファースト・ネーションズ (先住民) ”が おりました

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イギリス人の探検家がやって来たのが 1497年、 フランス人がやって来たのが 1534年、

西洋人による カナダ争奪の歴史は 500年も前から繰り広げられていたのです

(  毛皮や羽を素材とした土産物は、 いかにも カナディアン!  )

                       


08.  バイワード・マーケットには 惣菜屋さんや レストランも 沢山ありました

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                                    ( フィッシュ レストラン )






09.  この日の 夜の食事は  肉・魚・野菜、 なかなかバランスの良いメニューです

とりわけ感動したのが 「 鳥の手羽先 メープル掛け」、 カラッと 香ばしく料理した手羽先に

はちみつや ガーリックなど 6~7種類の ” 仕上げの味付け ”を 選べるのですが

メープルがあまりに美味しくて、ほかに どんな味付けがあったか忘れてしまいました~

旅の初めに 早速出会った  ” こんにちは メープルシロップさん ” でした !

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日本でも 香ばしい手羽先の空揚げや 竜田揚げに メープルをかけて試してみてくださいね 

( 責任は取れましぇん )


                        



10.  さて、市場では 多種多様な 「 メープル・シロップ 」が 売られていましたが

カナダ旅行では いつ メープルシロップを 買ったらいいかが 問題です

つまり、 ビンが結構重たいので 旅の初めに買ってしまうと 荷物になるし、かといって

帰りの空港の売店では  ローカル色が薄れ、選択の幅が 狭まるし ・・・


旅の後半で ビビビ~っと来たメープルと出会ったら 即 買いましょう!

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11.  工事中の スタジアム   何故か シートが フランス国旗風

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12.  さて、 ” ブーツを履いた コンパス型脚 ” 何組 見つかりますか~~?

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(   10組以上ありますよね・・・     ^&^   ) 

 オタワ つづきます
 

2012年10月18日 (木)

首都オタワ ビクトリア女王に選ばれた水と森の都

 

以前、私は  カナダには アメリカ文化が浸透し、 地理的にも 文化的にも、 

” アメリカと似たような国 ” になっているのかな と想像していました 

しかし、カナダは イギリスとフランスの 開拓と争奪の歴史が刻まれた国 ・・

そして、 アメリカの独立戦争時 英領の植民地として アメリカと戦火を交えた国 ・・


その実態は  想像以上に ” ヨーロッパ的 ” で、 

カナダ独自の文化が しっかり根付いておりました



                                                



今回は まず  カナダの首都、「 オタワ Ottawa 」を 訪ねます~

                                                

01.  オタワ市街は 見事な碁盤の目、 バンクーバーやトロント、モントリオール等もそうですが、

カナダの大都市が 計画的に作られた街だということが よくわかりますね

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02.  オタワ川 Ottawa River を見下ろす丘、パーラメント・ヒルに 

ネオゴシック様式の 壮麗な「 国会議事堂 」がそびえている  


センター、イースト、ウエスト、3つのブロック(それぞれ1865~1877年完成)から成っているが

一部はガイドツアーで見学できる

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03.  「 本会議室 」 イギリスの国会の 対面式構成に よく似ています



昔 イギリス領カナダの首都候補として、 モントリオール、トロントなど4都市が 熾烈な争いを演じていたが、 

ビクトリア女王の裁定により オタワが首都になった経緯がある (1857年)

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04.  議事堂に付属した 「 国会図書館 Parliamentary Library 」

これも 大英博物館の大閲覧室を模した造りで 円型劇場のように美しい



オタワが首都になった時、「 北極に一番近い きこりの村 」と揶揄されたり、

「 侵略者が いかに勇猛果敢に攻め入っても 途中の森で迷子になり、首都に到達できない」と

アメリカの新聞で 皮肉られたこともあった・・

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05.  中央棟にある 「 平和の塔 Peace Tawer 92m 」 の眼下では 

リドー運河が オタワ川に合流し、  遠方には 首都の眺望が広がる 

オタワ川を挟んで向こう側が フランス系のケベック州、 手前が イギリス系オンタリオ州だ



取り立てて これという取り柄がある訳でない ”毛皮商人の町オタワ”が 首都に選ばれたのも

イギリス系とフランス系の両勢力の 微妙なバランスを取るに 好都合だったからに違いない

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06.  このオタワ川を巡る遊覧船があるという・・  昼の腹ごしらえをしてから乗ることに・・


この地の食べ物は ”海の幸” ”山の幸” バランスが取れていて

明らかに フランス食文化の影響を受けている  

食文化に興味の乏しい イギリスの影響だけなら こうはならなかったかも知れない・・!

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07.  水陸両用車 ” Lady Dive号 ” での遊覧です
 



軍用車の払い下げを受けて始まった、 有名な 米・ボストンの ”Duck Tour”を始め、

最近は 日本各地でも 水陸両用車が走っているが、 

ここの売りは オタワ川のゆったりした大きさと 流れの速さかも知れない

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08.  街中を’タイヤで’走っているあいだに 救命胴衣の説明があった     

そして いよいよ ザッブ~ンと水中に !  バックミラーで見る限り 車体がほぼ水没してる!?


でも~  無事に 陸上に 帰ってまいりましたよ ~~

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09.  船から(いえ、バスから?)見たのは このような パーラーメント・ヒル の景色



丘につづく街の高さと オタワ川の水面には これほどの 高低差があります

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10.  全長202km「 リドー運河 Rideau Canal 」には 24の閘門がある

特に ここ オタワ川との合流地、 オタワ水門には 8つの閘門 Locks があり、

船は 320mかけて 24m 上って行く

一つの閘門当たり 3メートルだから 相当な 高低差になります~ !

 ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。



この運河は 1812年の米英戦争のさなか、 セント・ローレンス川の アメリカと国境を接する部分で

アメリカから 攻撃を受けるのを恐れて、 英国陸軍が オンタリオ湖に抜ける

新たな運河を築いたものだが、 結果的には 軍用より 主に木材運搬に用いられ、


 

流域の 多くの巨木が切り倒されたという 切ない歴史もある

( 木材は せっせと 本国・イギリスに送り出されたという  )

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( オタワ水門       閘門の開閉は 全て手作業で行われる )






11.  登る船があるかと思えば 落ちる滝がある
 



「 リドー滝 Rideau Falls 」は 

グリーン島を挟んで 島の両脇から 豪快に オタワ川に降り注いでいる

それが まるでカーテンのようなので、フランス語の カーテン(Rideau)という名が付いたという

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12.  さて、再び 国会議事堂、  東棟と そのゲート

なにやら ” 顔 ”が 見えませんか~   合計いくつ見えますか~ ?

私には 8~9個 見えるのですが・・


なにしろ 「 オタワは カナダの顔 」ですから      ^&^

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(  次回は 街に出てみます ~  )

 


2012年10月11日 (木)

三姉妹の山「トレ・チーメ」 : フニクラはイタリア語ではない!?


北イタリア、 ” 岩の王国 ” と呼ばれる ドロミテ・アルプスに、 

” 三姉妹 ”との異名を持つ 三つの岩峰 (2973m 3001m 2857m)がそびえている

「 トレ・チーメ・ディ・ラヴァレード Tre Cime di Lavaredo 」



天を突く垂直の絶壁が並ぶ 荒涼とした風景ですが、 

見る方向によって ” 姉妹の ” 数や形が 違って見えるのが面白い



                
               


01.   カテリーナ湖 Lago Caterinaに面する 保養地 アウロンツォ Auronzoの

北西 約18km 奥に、 「 トレ・チーメ 」が そびえている

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( 右・奥の 雲に隠れた 三つの峰 :  トレ・チーメからも この湖が確認できます )






02.   こちらも 保養地 ミズリーナ湖 Lago Misurina、

湖の北東方向、 唐松林の背後に、 「 トレ・チーメ 」が 二つの峰となって 鎮座ましている 

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03.   車で かなりの標高を稼げるので、その 「 トレ・チーメ 」に行ってみることに~

 

ラヴァレード谷に そのまま転げ落ちそうな トレ・チーメの急斜面、 そこに 

くねくねと水平に続く トレッキングコースがある

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04.   所どころ 可愛い高山植物が咲いているが 剥き出しの岩肌は 近づき難い仙人のよう



ドロミテ地域は 第一次世界大戦までは オーストリア領だったため 

ドイツ語が話され 文化・建築でも ’ゲルマン’と’ラテン’が せめぎ合っていて

「 トレ・チーメ 」も 「 ドライ・チンネン Drei Cinnen 」と 地図に出ることがある

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05.   ドロミテ・アルプスを形作る 石灰質の岩石を「 ドロマイト Dolomite」と呼ぶが

これは 18世紀にこの地質を研究した フランス人地質学者 ドロミュー Dolomieuに由来すると言う

石灰質の岩から湧き出る ヨーロッパの水が いかに”硬質”であるか 容易に想像されますね

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( 左側の峰 2つ合わせて オッチデンターレ Occidentale 2973m 

右端が グランデ Grande 2999m)







06.   谷を挟んだ 対岸の風景も秀逸 ! 

ギザギザの峰が印象的な サン・ルカーノ山峰 Cima di San Lucano 2839m

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07.   ”三姉妹”の 一番小さい妹( ピッコラ Piccola2857m )は、

さらに 三つの峰から構成されている

山というのは 方角によっても、 遠近によっても、 随分と見え方が違うものです !

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08.  4~5時間で トレ・チーメをぐるっと一周するコースの 約5分の1来たところで

個性的な山塊と ラヴァレード小屋 Rifugio Lavaredo 2390m を見つけ、

残念ながら このあたりで 引き返すことに・・

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09.  この一周コースには 日本からも たくさんのトレッキングツアーが来ている


トレッキングコースの説明には ”easy”と 出ていて、

実際 大勢の 女性や子供たちと すれ違いました

でも 一周するには それなりの覚悟と装備が重要なのは 言うまでもありませんね

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10.  さて 次は ドロミテ・アルプス観光ルートの東の拠点、

「 コルチナ・ダンベッツォ Cortina D’Ampezzo 」 

町に着いて とりあえず、フニクラの駅はどこか、と 何人かに尋ねたが なかなか埒が明かない
   
なんとロープウエイは 「 フュニヴィア Funivia 」と発音しないと 通じないのだ!

” フニクラ ”が 正式なイタリア語でないなんて 思いもよらなかった~ 

因みに ” 登山電車が出来たから~ 誰でも登れる~~ ” で有名な 

あの ヴェスヴィアス火山の登山電車は 線路を走る 「 フュニコラーレ Funicolare 」


歌詞にある ” フニクリ・フニクラ  フニクリ・フニクラ~~  ” は 

”ガッタン ゴットン フュニコラーレに乗りましょう ”って 調子のよい 語呂合わせ ?!

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( ヴェスヴィオ鉄道は 当初 こんなに急坂で、 危なっかしく、 人々に敬遠された 

だから 人寄せコマーシャルソングが 必要だったらしい・・)






11.  トンディ・ディ・ファローリア Tondi di Faloria 2327mから

コルチナ・ダンベッツォを 見下ろす

初代アルペンスキー3冠王に輝いた トニーザイラーが活躍した 1956年の 冬季オリンピックは 

この町で開催されたが、  なんとも静かで 小さい町


  

最近の大規模オリンピックでは とても引き受けられないに違いない・・・

しかし 自然破壊を忌避する原点回帰というコンセプトなら かえって 開催の意味があるかも・・・

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12.  さて いよいよ イタリア・アルプスに 別れを告げ、次はヴェニス方面に南下する

途中 丸太を満載したトラックや 材木の製材所を 多数見かけた
 


さらに南下すると 稲作の水田地帯もあった    イタリアは本当に個性豊かな国だ

                     

ここは 「 ピエーヴェ ディ カードレ Pieve di Cadre 」

画家 ティツィアーノが 生まれ育った町 
 

ホテルでは 運よく 一番見晴らしの良い角部屋に通された

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地図で、 この「 カードレ湖 」から 真っ直ぐ南に 線を下ろすと ヴェニスに行き当たる

無数の丸太を 杭として打ち込み、 海を埋め立てて出来上がった町、ヴェニス


” ヴェニスの島々を 真っ逆さまに ひっくり返してみたら 林になる ”と言われるが

その木材は このあたりから せっせと運ばれたのかも知れない、 などと想像しながら

湖の霧が晴れるのを 暫し 見入った朝でした・・・・・

                                

 

2012年10月 4日 (木)

ドロミテの雄姿 「 ポルドイ・アズ・ナンバーワン! 」

北イタリア ドロミテ山岳ルートの中でも 

とりわけ印象的な景観を誇る 「 サス ポルドイ Sass Pordoi 2950m 」


2239mの「 ポルドイ峠 」から 「 サス ポルドイ 」まで フニクラ(Funivia)で 登ってみました

つまりは ”高さ 約710mの 空中の旅 ”となります



                        

01.   ゴンドラが 滑り出すと、 緑の牧草地に ドロミテ山岳道が 蛇のようにくねるのが見える

高度が増すにつれ ”パノラマ・スクリーン ”に 次から次と 青い連山が姿を現わす

まるで 巨大なジオラマだ!

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( 後方は プンタぺニア山 Punta Penia 3342m   ヴェネチア方向 )
 




02.   雲に隠れた ボエ山 Piz Boe 3152m を目指して歩く アリのような登山者

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03.   ポエ山の さらに東方に、 岩の峰が連なる     まさに ” 地球のひだ ”

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( ウイーン方向 )







04.   さて ここが フニクラの終着点 「 サス ポルドイ Sass Pordoi 2950m 」

デッキで 写真を撮る人、 トレッキングに出かける準備をする人、  様々・・



                                               


予約はこちらへ、と 電話番号が書かれた 山小屋の看板が出ている 

どれも ” 避難小屋 Rifugio ”という ネーミング

昨今は 驚くほど充実した ホテル並み宿泊所が あちこちに あるけれど

きっと 本当に質素な山小屋なんだろうナ・・   でも バーもありますって!

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05.    セッラ山塊 Gruppo di Sella の一部

足元には ラスティエス谷 Val Lasties、  



スキーのスロープにはいいかも・・・   でも、谷底に落ちるかも・・・ 

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( インスブルック、  ミュンヘン方向 )






06.    さて 前回の記事では 後ろ姿でしたが、 今度は 前から コンニチハ!

これが、 「 チャヴァーチェス山 Piz Ciavaces 2831m 」

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07.   「 チャヴァーチェス山 」の谷底も 気になりますが、

こちらも 写真を撮るのは 命がけ
   


一歩踏み外せば 千尋の谷に真っ逆さま     腰が引けて当然です!
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 ( 中央奥  オルトレ山 Ortler 3905m )





08.   「 チャヴァーチェス山 」 の全体像    やっぱり 凄い景色だこと !

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09.    実は 上の写真 ↑  こんな風にして ↓ 撮ったのです


見ていた私も 生きた心地がしませんでしたが、、、

果敢にトライした夫も ” すごい絶壁だったよ、 流石に 怖かった、、、 ” と、

もともと 薄い空気の中、 一層 蒼い顔で戻ってきました

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10. 「 チャヴァーチェス山 」の向こう側には、  前日 その足元を通った 

サッソ・ルンゴ Sasso Lungo 3182mなど 三つの山が 屏風のように連なる

「 セッラ山群 」( 9月20日付け記事 )が 控えている 

 

隣の山の影を 自らの岩肌に写し取る峰々、、、 そんな ダイナミックな光景を見られたのは

フニクラと晴天のお陰、   そして 天地創造の神のお陰!?
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11.   さ~て、 また フニクラで 降りるとしますか・・

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12.   麓の駅では 入れ違いに、 たくさんの子供達が待っていました

子供の頃から こういう スゴイ景色を見て育つって どういう気分なのでしょう  ^&^

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因みに、  例えば 6~7000mの山と言っても、 既に 全体的に 標高が高い地域にいると

その山が 本当に それだけの高さがあるか 実感できないこともある



一方、「富士山」は たかだか3776mだけど 山裾から頂上まで 全てが見渡せる稀有な山、 

そういう意味で 「富士山」は 世界に誇れる素晴らしい名峰ではないでしょうか


                        



垂直に切り立つ形状のため、アルプスの他の山々のように 氷河が形成されたことがないという

独特で個性的なスタイルの ドロミテ・アルプスも、   一度見たら

恐らく 誰しも 忘れられない 名峰であるに違いありません

 

                    

そのドロミテの中でも  「 ポルドイ・アズ・ナンバーワン !」と  私は 呼びたい

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