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2012年9月

2012年9月27日 (木)

「ドロミテ・アルプス」 40ユーロの安宿で、心が満腹!


モンブランやユングフラウなど 高い山は、 主に ”観る”楽しみを与えてくれますが


「 イタリア、ドロミテ・アルプス 」は  実際に ”トレッキングやスキーをする” 楽しみがあり

日本からも、 夏・冬問わず 続々とツアーがやって来る





                                             





01. この山が これからロープウエイで登ろうという チャヴァーチェス山の後ろ姿

背中だけでも、ただならぬ気配が 漂っています~! 

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02. ロープウエイの登り口は 

ドロミテ山岳街道の最高点 ここ ポルドイ峠 Passo Pordoi 2239mに ある

一見 レストランやホテルがたくさんありそうですが、 メインは 冬季なので、

ホテルはⅠ~2軒しか開いてない   夏季は 事前に予約しておかないと心配です

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03.  泊まった ホテル・サボイは ” 朝・夕食込みで 40ユーロ ” と 格安!

山小屋風の設えで 質素ですが これで充分・・

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04. さて、ここポルドイ峠Passo Pordoi 2239mは、 昔から 

自転車好きのイタリア人たちの「 狂気の!アルプス越え、山岳レース 」の メッカでした


                           



1950年頃の写真ですが、 レース当日 国民新聞 Gazzetta del Popoloの 中継車が出て

このホテルの前に 応援に集まった人々の様子を伝えています

ポルドイ峠の歴史を物語る なんともレトロな一枚 ・・・

日本で 箱根マラソンに 中継車が出るのと 似ていますね

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( ホテルの記録から )







05. 2~3000m級の 山越えだって モノともしない マニアたち   

 
Forza! Buona Gamba!  ガンバれ~!( gambaは 伊語で ”足” )

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06. 安宿と言ったって、 こんな人たちも泊まっていましたよ

1台 1億円は優に超すスーパーカーがずらり、 夕立が来たら あわててシートを掛けました~



話を聞けば ミラノからやって来た 7~8人の リッチな愛好家のグループ

イタリア人は サッカーに熱狂して、 自転車、オートバイ、そしてスーパーカーに夢中になり、

ほんとに 人生が楽しそう !

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07. 40ユーロの宿、 夕食はどうかな~?

パスタ類で 嵩を稼ぐ感はありましたが、 他に 中央テーブルに小料理が並んでいましたから

結構 満足感はありました・・



それにしても 6玉 山盛りアイスは、 食べても 食べても 減りません~~

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08. こちらは ドイツ人ご夫婦と 孫坊や  

彼らの 世界旅行の武勇伝を聞いてびっくり、、 サハラ砂漠を駱駝で横断、

カナダの湖をカヌーで渡ったり、 ガラパゴスや 南極へも出かけたそう ・・


  

日本は ”冒険”の範疇に入ってないらしく、 まだ来てないって

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09. さて、 ポルドイ峠の夜が明けました

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10. ところで、 

ポルドイ峠を最高点とする このドロミテ山岳街道 Strada delle Dolomiti は

ヴェネチアとドイツを行き交う商人たちによって、ルネッサンス時代には 既に切り開かれていました

特に、 第一次世界大戦(1915~1918)のさ中、 軍事上の必要性から ことさら整備が進み、

それが 今日の 平和な観光ルートの礎となったのです

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( 丘の礼拝堂   日曜日の礼拝、どんな気分で 行き来するのでしょうか・・ )






11. 現代のドロミテ街道は スキーとトレッキングのメッカであり、 そこかしこに ロープウエイがある



どれに乗ってみるか、決めなくてはなりません・・   知的な感じの女主人が 静かに言いました
 

「 ここに住んでる私が言うのも 何ですが~  ここ、ポルドイ峠のロープウエイが 一番ですよ!」

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( ホテルの窓から    屋根と岩肌 同じ質感です・・ )





12. まあ、とにかく行ってみましょ、っと 箱に乗り込んだが

彼女の言葉が証明されるまで 10秒とかからなかった !

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40ユーロという格安のホテル、 寝られるだけで十分とは思っていましたが

美味しい空気と 個性的な奇岩のパノラマ、

そこに集う人々の 豊かな人生、

こんな山奥の ポルドイ峠をめぐる 歴史のあれこれ

6玉のアイスクリームのように 結構な満腹感が ありました !

                つづく

2012年9月20日 (木)

イタリアの「ドロミテ・アルプス」は 奇岩の連続

イタリアの北部には ヨーロッパアルプスという 巨大な壁が連なり

その大部分は フランス、スイス、オーストリアと 国境を分かち合っている

しかし 今回訪れる 「 ドロミテ・アルプス Dolomiti 」は 

” 生粋のイタリアアルプス ”と 言えるでしょう

                                                           





01. トレンティーノ=アルト・アーディジェ州 Trentino-Aito Adigeの東部の

アーディジェ渓谷は 

有名なブレンナー峠 Passo del Brenneroから降りてくる道で 大昔から 交通が盛んでした

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02. さすがイタリア、 谷は深くても 日当たりが良いので、

この地域、 斜面では葡萄や果樹が、谷底では 穀物類が 栽培されている


 

歴史的には オーストリアの伝統を受け継いでいるので、 ドイツ語が使われている

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( ワイン街道 ・・・ 標識も 独伊両語で )

03. ガルディーナ渓谷 V.Gardena に入ると、 

緑輝く牧草地が 褐色の岩肌を優しく包み込み、 可憐な野の花が風にそよぐ ・・・


 

   
日照りや風雨に晒される 谷あいのキリスト像は 受難を忍ぶ姿そのものであり

この地域の人々の 純朴な信心をも 彷彿とさせる

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04. 毎日、こんな風景を眺めて暮らせば 夫婦喧嘩なんて ないでしょうネ・・・・!

ガルディーナ渓谷の町  オルティセイ Ortisei
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05. 木製品、錫製品、七宝など 民芸品で有名な保養地

セルヴァ・ディ・ヴァル・ガルディーナ Selva di ValGardina

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06. さあ、いよいよ  ” 奇岩のドロミテ・アルプス ”が 始まります

並走したり 抜かれたり ・・・・・  走りながらでも 友達になれる !?

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07. 「 ドロミテの展望台 」として有名な このあたり、 雄大な奇岩の列が連なる

アルぺ・ディ・シウジ Alpe di Siusi 地方の山々


オートバイ族も ここで 一休み     

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08.  写真07. での 一番右端の奇岩は、 近づくとこんな姿・・

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09. セッラ峠 Pass Sella 2244m、   ここから

ドロミテ・アルプスの 最も広大な絶景 「 セッラ山群 」の 素晴らしいパノラマが見渡せる

ハイシーズンとあって、バス、自転車、オートバイ、自動車、 思い思いの方法で

多くの人々が やって来ています

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10. どうですか~~  熟年 サイクリストたちの この引き締まった美しい肉体!

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11. これが 「 セッラ山群 」

右から 背の高い岩という意味の 「 サッソ・ルンゴ Sasso Lungo 」 3182m

5本指という意味の 「 チンクエ・ディタ Cinque Dita 」 2998m

左が グローマンの峰 「 プンタ・グローマン Punta Grohmann 」 3142m

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12. 灰色の王冠の ギザギザの尖んがりを 天空に伸ばす 3つの峰 、、

その裾野は 緑成す穏やかな牧草の谷 、、、 

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冬は、 そそり立つ3つの峰の 裾に広がる白いスカートが 雪のゲレンデ

そう、 ドロミテは 冬は 夏以上に賑やかな スキー・リゾート基地となるのです

                            






「 ドロミテ・アルプス 」 つづきます

2012年9月13日 (木)

愛妻に捧げられた「ベッラ島」 確かに魅力的です!

 

「 イタリアの湖水地方 Regione dei Laghi」にある マッジョーレ湖 Lago Maggiore

そこに浮かぶ小島 「 イゾラ・ベッラ Isola Bella 」は 島そのものが 華やかな王宮

ボッロメオ家の カルロ3世が ” 妻への愛の証しとして ”建てたものですが、

実際は 迎賓館として 自分のパワーを世間に見せ付ける 恰好の道具となりました

                                                

01. 「 ペスカトーリ島 Isola dei Pescatori 」から、 連絡船で

「 ベッラ島 」に 向います

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02. さて、カルロ3世の妻の名は イッザベッラ・ダッダ Isabella d’Adda、

「 イゾラ・ベッラ 」という島名は 「 イッザ・ベッラ 」との 語呂合わせで付けられたそうです~ !

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03. ゴツゴツした岩がむき出しの 殺風景な裸島に 宮殿と庭園を建設し始めたのが 1632年

17世紀の 技術の粋と芸術的エスプリを融合させた 豪華な宮殿の島、

全体がすっかり完成するには 息子の代までかかりました



庭園には 多種多様 エキゾチックな木々が生い茂り、優しい香りを漂わせる

尖塔や人物像が林立して 何やら 不思議の国に迷い込んだような気分 ・・・

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04. 一艘の船を象った島、 船尾に宮殿、 船首に10段の階段状のピラミッド型庭園がある

’門前町’には、 様々な形で 貴族の生活を支えた人々が 住んだのではないでしょうか 

それにしても これぞ ” 夢の島 !? ” 

( 同じ名前の島が 日本にもありますが ・・ )

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( 長さ300m 幅180mの 手のひらに乗るような小島 )








05. この館には 当時から 王侯貴族や芸術家が 訪問・逗留しましたが、 

時代ごと 様々な役割を果たして来ました


1935年には オーストリア併合に動いたドイツの脅威に対抗すべく、 

ムッソリーニが、英仏側と ここで会談を行っています

今日のサミット会議が 離島や保養地で行われるのと似ていますね



アラブの王族、ベルサーチやジョージクル-ニなど 多くの有名人が、 

そう、 あのチャールズ皇太子とダイアナ妃も こちらの宮殿前の港から上陸しました !

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06. ボッロメオ宮殿 Palazzo Borromeo の内部は スタッコ装飾、フレスコ画、

絵画、タペストリーなど それぞれの時代の頂点の作品で 華やかに彩られている 


                                                     

1797年、ナポレオン戦争のさなか、かのナポレオンが しばしば、ジョセフィーヌを伴い逗留しています

もともとイタリア系貴族の家に生まれたナポレオンですから、 心身の疲れを癒す場として、

ここ イゾラ・ベッラを 選んだのも 自然なことだったかもしれません

ここは 本来、 基本コンセプトが ” 愛妻のための島 ”

特に、 戦で留守がちな夫として ジョセフィーヌの心を繋ぎ止めるには

これ以上ない ”奥の手 ”だったのではないでしょうか

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( 左下が ナポレオンの間 )




07. もう一つ 驚くのは 地下の風景、、  凝灰岩で造られた部屋の 壁や天井一面に 

濃淡取り合わせた貝や小石 黒光りする鏡のような大理石が びっしりと敷き詰められている

洞穴風( グロテスク Grotesco )と呼ばれる 奇妙で個性的な装飾の部屋は

実際 湖の光が反射すると、一層 幻想的になる

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08. ところで ” グロテスク ”という様式は Grotta風 = 洞窟風から来ている


15Cに 地下の洞穴 Grotta から発見された「 皇帝ネロの 壁画遺跡 」が

余りに奇想天外であったことから Grotescoが ” 怪奇な、気味の悪い ”という意味となったそう

つまり ” グロテスク ”は 人間 動物 魚類に 草花を絡ませ 連続して変化する装飾模様を指す

「 純粋な美術用語 」ですが、 

たまたま 洞窟で見つかったのが 気持ち悪い装飾だったことから そんな使い道になったのでしょう・・

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( 町の風景 )







09. 妻のために 王宮島を作ろうというのですから、 

ベッラ島の カルロ3世は ネロのような暴君ではなかったでしょう    寧ろ、

この島の地下に ” 美術様式としてのグロテスク風 ” が どれだけ似合うか

ちゃんと理解していた 粋人だったのかもしれない

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( 一角獣は この島のシンボル )



10. さて、島の南側には ピラミッド型の 「 イタリア式バロック庭園 」がある

幾何学模様と言えば フランス式庭園でお馴染みですが、 それもそのはず



イタリア旅行の際、 目が眩むような美術品と 手入れの行き届いた美しい庭園に魅せられた 

フランスの シャルル8世が、後に イタリアから 一群の造園家たちを呼び寄せて
 
同様なものを作らせたのが 発祥ですから、 似ていて当たり前ですね

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(  奥の 貝殻型の円形劇場、 ボッロメオ家の紋章の一角獣を頂点に、

人物・動物・魚・植物などが 華々しく配置されていて、  まさに グロテスク風 )







11.   話は変わりますが、 18世紀のある時

イギリス国王の妻、キャロライン Caroline of Brunswickが イゾラ・ベッラを訪れると

彼女は 雷に打たれたかの如く 魅力的なベッラ島に一目惚れ、この島が 欲しくて、欲しくて堪らなくなる

さすがに ベッラ島は無理と思い、 別の小島 「 マードレ島 Isola Madre 」を
 
売ってくれ、売ってくれと  ボッロメオ家に懇願する 

しかし、ボッロメオ家が あくまで拒否すると、 彼女は言った 

” じゃあ、結構!  自分で建てるから! ”





そうして 彼女は 同じ湖水地方の コモ湖畔 Lago di Comoに 土地を入手、

 
自分の館 「 Villa d’Este 」を建てたのでした

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( 土産物やさんの軒先から マッジョ-レ湖を 望む )







12. 数々の高貴な女性の心を虜にして来た 「 イゾラ・ベッラ 」

華やかな歴史の香りを 満喫するとともに、

 

船着き場横に並ぶ お土産やさんのテントも 楽しく覗いて来ました~

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そして、 帰りの船から 何度も振り返えり, 名残を惜しみつつ

ベッラ島に 別れを告げ ・・・  

” 確かに あなたは 魅力的でした ! ”

それにつけても

こんな 小さな島に ” あらゆる イタリア文化の粋 ”が 凝縮していたことも 

本当に 驚きでした ~! 

2012年9月 6日 (木)

”ザ・保養地” イタリア人がこんなスマートなバカンスを!?

                                                

「 北イタリアの湖水地方 Regione dei Laghi」には 大小 様々な湖がある

今回の主役は 面積が広く 雄大な趣のある 「 マッジョーレ湖 Lago Maggiore 」



                                                  




01. 湖畔の 大きな町 「 ストレーザ Stresa 」を 車のナビに インプットすると、

” 湖の真っただ中を 真っ直ぐに走れ ” と 指令が出た ・・・

水陸両用車ではあるまいし、溺れてしまうヨ ~~   とりあえず 湖岸に着いて、初めてわかった

それは 即ち、 フェリーに乗って 対岸のストレーザへ行け、 ということだった!

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( ストレーザは マッジョーレ湖に面している )



02.  これこそ ” The 保養地 ! ”  

ヴィラ(別荘)と 豪華なホテル群が 屏風のように 湖を囲む、、、  ロープウエイもある



白いスーツのボーイさんが 車を 車庫に誘導する ・・ ( セレブになった気分 ! )

プールサイドに寝そべる男女 ・・

みんな 長期滞在者     ( 一泊だけ、って なんか肩身が狭い ! )

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03. それでも 黄昏が 湖面を赤く染める頃、 レストランで食事して 湖畔を散歩して

しっかり  ” ロマンチックというものに 溺れてみました~ ” 

翌日は 王族 ボッロメーオ家が所有していた マッジョーレ湖に浮かぶ小島、 

「 ボッロメオ諸島 Isole Borromee 」 のうち 2つの小島を 訪ねる予定

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( レストランの座席から、 刻々変化する 雲や空の色合いを ・・・ )





04. これが 「 ペスカトーリ島 Isola dei Pescatori 」



ストレーザの真向かいにある、 長さ350m、幅100mの 本当に可愛らしい島
  

連絡船で 20分少々 、、、    さあ、 渡ってみましょう !

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05. ” ペスカトーリ ” は 文字通り ” 漁師 ”という意味

王侯貴族の 台所を支えた 漁師たちの島でした

現在でも 湖に出る釣り船が 船溜まりに停泊している

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06. アルプスと アルプスの前の山塊によって 冷たい北風から守られているので

この地域は 温暖な気候に恵まれている

色彩りどりの花々や、シュロが 風情を添えていました

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07. 桟橋に着いたのが 朝の9時過ぎ、  まだ 人も疎ら ・・

手ぶらで サンダル履き・・  島内のホテルに滞在している人たちでしょう

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08. レストランなどの私有地が邪魔をして  島を一周する訳にはいかないが

島の中の 細い小路を探索すると 面白い 

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09. ここは ホテル兼レストラン、 この島にやって来る多くのお客は 実は レストラン目当て

夜は のんびり食べていると 船便がなくなってしまうので、 

主に 昼のランチ時に、 周辺のホテルや別荘に滞在している人々が やって来る

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10.  ” 下支えの人々 ” 

大挙してやって来るランチ客に備えて、 厨房は朝から 大車輪 !


ごみ袋満載の船、 食料やごみの運搬・処理は こういう人たちに 支えられているのですね


昔は 王様のために釣った魚、 今は 王様とは お客様のこと !? 

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11. さて、イタリア全土には 変化に富んだ 華やかな観光地が めじろ押し  !

いろいろな観点から 魅力の総合点数を 付けたら、 

イタリアは 多分 ” ヨーロッパで一番 ” ではないかと 私は思っています~




しかしながら、 世界中から 大挙して押しかける観光客を受け入れる 喧騒の傍ら、

イタリア人が こんな静かな湖畔で ” こんなスマートなバカンス ”を楽しんでいるとは

 

ある意味 感慨深く、 驚きを禁じえませんでした・・・

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12. のんびりランチを楽しむこともせず、 日本人らしく あたふたと 次の島へ向かいます ~

船着き場では 次の船の出航予定時刻が 時計の針で示されている

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ところで、 「 ペスカトーリ島 」には ネコが たくさんいました~! 

日本でも ネコの島、で有名なところがありますが、 

閉ざされた領域で、 人間が拒否せず、鷹揚に受け入れれば ネコは自然と増えるのでしょうね・・


                           




さて   次は 「 ベッラ島 Isola Bella 」

王族が 贅の限りを尽くして造り上げた 宮殿と庭園の島 ・・・


” bella ”としては 行かない訳にいかない 「 Bella島 」 です ! 

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