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2012年6月28日 (木)

ブローニュの森 : ダイアナさんとシンプソン夫人 そして森の女



時は 1997年 夏のある日、 私は 不慮の事故で亡くなったダイアナさんの埋葬地

イギリスノーサンプトン州 オルソープ(Althorp)のスペンサー家の館の前におりました。




                                                





01.      屋敷のゲートには 花束が差し込まれて・・・

ダイアナさんが 亡くなったその夏、世界中が この悲劇に 興奮していたものです。

しかし、 パパラッチでもないのに!?

どうして 私がダイアナさんの埋葬地まで おしかけることになったかと言うと、、、

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02. ここは イギリス北部 ヨークシャーの田舎町 ハワース(Haworth)

シャーロット ブロンテ [ジェン・エア] と エミリー ブロンテ [嵐が丘] ら 三姉妹が暮らした町。



ヒースが生い茂る原野の真っただ中 こんな小さな村の建物をも

産業革命時の石炭灰が 真っ黒に染めた訳ですが、


 
この家は ブロンテ姉妹の主治医だった人のもの。 

今では B&B ( ベッドと朝食だけを提供する宿 ) になっておりました。

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たまたま同宿した このご夫婦が 「 ダイアナさんの故郷の町に行くとしたら


高速道路の降り口の看板に シートが掛けられている所が ” オルソープ ” よ、

余りに多くの人々が押しかけるので 困り果て 隠してしまったの・・

むしろ、 それこそが目印よ! 」 と教えてくれた。


そんな情報が得られた以上 素通りする訳にいきません ~~

                                                  







03.   目印の場所で高速を降り、一般道に出ると ありました ”Althorp”の 標識


スペンサー家の広大なお屋敷は 長~い塀で ぐるっと囲まれていましたが 

農牧地に 白馬なんかが遊んでいて 領地全体が いかにも伯爵家らしいムード・・




しかし、 せっかくの緑の大地の一部が 茶褐色の臨時駐車場と化し

私を含む! 沢山の野次馬を受け入れざるを得なかった 

当時の 混乱した状況を物語っていました。

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04.   さて こちらは翌1998年夏、パリ8区 ダイアナさんが亡くなった トンネルの出口、

アルマ橋 Pont d’Alma 付近      
 



そこに たまたま 以前からあった モニュメント 「 自由の火 」 が

これ幸いと すぐさま ダイアナさんの ” 慰霊塔 兼 祭壇 ” に早変わり、

ダイアナさんへ メッセージや花束を供えるため、 そして 

それを見物しようとする 多くの人々が 入れ代わり立ち代わり やって来ていました。

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                                      ( トンネルの出口 )








05.  そのダイアナさん、死の当日(8月31日)立ち寄ったのが ここブローニュの森、

エジプト系イギリス人 ドディ・アルファイド氏との結婚後の新居を下見するためでした。



その大邸宅、それこそ ” 王位を捨てた世紀の恋 ” で有名な 英国王エドワード8世と

そのお相手 ウォリス・シンプソン (Wallis Simpson) が 住んでいたお屋敷 !

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06.   2度の離婚歴があるアメリカ人女性を 英王室が受け入れるはずもありません。


結局エドワード8世は ” 恋を取り ”、 ” 王位を捨てた ” ( 1936年 ) 

そして病弱で吃音の次男、ジョージが王位に就いた ( 現在のエリザベス女王の父 )。





ウォリスは ものすごく美人だったわけではありませんが 

男性を虜にする魅力は 有り余るほど持ち合わせていたに違いありません。
 



チャールズ皇太子も 結局は 風采の上がらないカミラと よりを戻しましたし

ダイアナさんも イギリス紳士とはかけ離れた アラブ系の男性を選びかけた!?

人の恋路を邪魔する奴は 馬に蹴られて ナントヤラ・・・! なんですね。

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                                    ( ウォリス と エドワード )






07.       パリ市に接した ヌイ ( Neuilly )地区は  西側にセーヌ、

東側と南側を ブローニュの森に囲まれた 高級住宅街。

パリ16区同様、外国人のお手伝いさんなんかを雇う お金持ちの暮らしぶりが垣間見られる。



画面中央の D型で囲んだ白枠あたりが マダムシンプソンの広大なお屋敷で

その南側が バガテル薔薇園と なっている。

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08.      現在は Google Earthで こんな風にお屋敷を俯瞰できるが

実際お屋敷の前に立つと うっそうとした木々に囲まれ、中をうかがい知ることは出来ない。

私達も 長くこのお屋敷そばに住んでいたが 出入りする車を数回見かけただけだった。





さて、 1972年にエドワードが死去、 1986年には ウォリス・シンプソンが死去

その後、  この館は 


ダイアナのお相手の父親 モハメド・アルファイド氏の 手に落ちていたそうだから

ダイアナが この地を訪ねたのも 当然の成り行きだったのでしょう。

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                     (  森に接した 一般の高級アパルトマン )








09.   さて、ブローニュの森 (Bois de Boulogne) 大昔は本当に奥深い森で、

兵隊が野営したり、盗賊の隠れ家になったり、貧民屈になったり 様々な歴史がありましたが、



19世紀に入ってから 市民の公園として 開発が進むと 様子が一変、

明るく 清潔な 美しい憩いの場として パリ市民に親しまれるようになりました。

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10.        ’ 森 ’ と言っても 要するに 広大な公園ですね

いくつかの人工池が備えられ 釣りも出来る。

ドガの絵で有名な 「 ロンシャン競馬場 」、 子供たちの遊園地と 動・植物園を兼ねた

「 アクリマタシオン 」、 
モネの ” 印象日の出 ” で有名な 「 マルモッタン美術館 」、

 
世界のバラ園のお手本となった 「 バガテル公園 」 など 羨ましい施設が満載、

週末になると パリっ子たちは 必ず 犬か、子供か、恋人を連れて 森に出かけ

思い思いに 優雅なひと時を楽しみます。

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                                         ( Bagatelle )






11.         っと ここで終わりたいところですが、、、

ブローニュの森で忘れてならない存在が いわゆる ’ 森の女 Femmes du Bois ’



夜な夜な 奇抜な、というより露出的なファッションで 時には 奇声を上げながら

数人のグループで 陽気に お客を誘う女たち。

( 厳寒の冬季には 彼女たちにとっても 街頭立ちは 苦行となる訳ですが・・ ) 




売春婦(Prostitute)に 直接かかわりのない 平凡な市民も

” 映画の一シーンを垣間見るような 純粋な好奇心と 怖いもの見たさから!? ”

車を 何度かUターンさせて 彼女らを見物することもある。


フランスの売春婦の約半数が パリで稼いでいるそうだが、

その多くが 外国人であったり、ゲイであったり、貧困学生であったりと

時代や世相を反映して その中身も 徐々に変化しているらしい。






12. それに 売春婦は若い、とは限らないし、 夜、とも限らない。

真昼間から ブローニュに佇む 中年のおばさんと、そうとは知らず会話したこともある ・・・


怪しげだが 知的な人も 偶にはいる  

フランスでは ” 人生の達人のスタンダード ” は 様々だ !

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子供から大人まで、王族から売春婦まで、  清濁併せ飲む 懐深いブローニュの森は


そのまま パリの、そしてフランスの、奥深い社会の姿を 代弁しているかも知れない。




                          


パリ散策 つづきます

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コメント

こんばんは (◎´∀`)ノ
故・ダイアナ妃、亡くなられてからずいぶん経ちましたね。
生前、チャールズ皇太子と来日された時の日本中のフィーバーぶり、思い出しました。
日本の『日の丸』を思わせるデザインのドレスが印象的でした。
それにしてもイギリスでダイアナ妃の生まれ故郷へ、パリでは亡くなられたところへ・・・。
さすが、bellaさん!車(レンタカー)でヨーロッパを旅しているせいか、フットワーク抜群!
しかもヨーロッパ通ですから、情報が細かいですね。

はてさて、タイトルの”ブローニュの森”、名前だけは聞いたことがありますが、
たしかに『森』というより広大な公園ですね。
こういう自然環境、ヨーロッパの人々は好みますよね。散歩やジョギング・・・、うってつけの場所ですね。
で、最後に”売春婦”の話。たしかキネマ旬報社製作・武田鉄矢さん主演の『ヨーロッパ特急』という映画(ビデオで何度も見ました)で、出てきた売春婦の設定がそれに近いものでした。

ダイアナさんは、その知的で美しい姿のまま、みんなの目に焼き付いていますね。
都会の中にありながら、うっそうとしたブローニュの森で、幸せな生活を送る目前
だっとは、人生、何が起きるのかわからないものです。  
エルトン・ジョンが 追悼歌として歌った「キャンドル・イン・ザ・ウィンド 1997」を思い出しました。

今晩は
ダイアナさんは日本でも非常に人気がありましたね。
bellaさんはおそらく地元の人より名所旧跡には熟知しているでしょう。
2000年に八ダースフィールドに行ったとき周辺を見物しました。
bellaさんのこのブログを知っていればハーワースを見物できましたね。

今晩は!
イギリス王室は昔から恋多き血筋のようですね。
その点最近の皇室は品行方正模範の夫婦です。
その昔は色々乱れもあったようですが。(笑)

いつもながら、素晴らしい、おく深い紀行日記に感心してます。

今回もいい勉強させてもらいました。

写真が綺麗ですね。

こんなところ住んで毎日お散歩出来たらハッピーでしょうね。

長生きするだろうな。

bellaさん、おはようございます。
夏のスペイン、楽しみにしていたのですが、情勢が少々心配。
夫から」行先変えた方がいいと言われ今になって変更することになりました。
既に満席状態。もう、どこでも。。という気になっていたら、「
ニース、モナコ、パリ」に決定しました♪
今、bellaさんのブログをさかのぼって勉強しているところです。
為になるわ~~(笑)

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